艦CORE「青い空母と蒼木蓮」   作:タニシ・トニオ
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吹雪が黒い鳥だけど、あくまでこの話の主人公はマギーさんなのです
悩める乙女?の話


第二十九話「木蓮を縛るもの」

 加賀から吹雪が『戦艦棲姫』と『死神部隊』を撃破したと聞いた時、私は自身に問わずにはいられなかった。

 

(私なら勝てた?もうブランクも何もない、今の私なら……)

 

 答えはきっと「否」だ。私は以前の出撃で戦艦棲姫を二体相手したとき、一人で倒すことができなかった。確かに武装の相性というのもあった。けれど、吹雪はそんなのお構いなしに、それよりも脅威的な相手を瞬殺してしまった。

 そんなことができるのは、私の知りうる限りではたった一人しかいない。『黒い鳥』……『彼』だけだ。

 つまり吹雪は『財団』の思惑通り、完全に"目覚めて"しまったのだろう。

 

―――あちらの損傷は軽微、弾薬もAC一体分ぐらいは残ってる。こっちと条件はそんなに変わらない。 

 

 左手の疼きと共に、そんな囁きが聴こえる。

 だからなんだ。それがどうしたというんだ。加賀にも言われただろう、敵は『死神艦隊』だ。吹雪じゃない。

 

―――でも『黒い鳥』は私の自由を縛る敵よ。越えるべき存在よ。いいの?今しかないわよ?

 

 黙れッ。だからなんだ!?なにが今しか、だ!?競うだけならシミュレーターがあるだろう!?あの時とはなにもかも違う。私は何を焦ってる!?

 私は何度も左手をシートへと叩きつける。何度も、何度も……。

 

「マギー、吹雪の支援には向かわないの?」

 

 加賀からの通信に我に帰る。そうだ、確かにまだ『死神艦隊』が残っている。普通なら支援に行くべきだ。

 ……しかしきっと、今の私が行くべきではない。何故かは考えたく無かった。

 

「……もうこの戦場に私の出る幕は無いわ。行っても資材の無駄よ」

 

 そう言って誤魔化す。半分は本当のことだ。吹雪が『黒い鳥』として目覚めた今、あの子にとって『死神艦隊』ごとき敵ではない。実際、艦載機を通してその強さを見ていたからか、加賀も「…そうね」と言って追及してこなかった。私は正規空母『加賀』の甲板へと帰投する。

 しばらくすると瑞鶴から通信が入ってきた。

 

「加賀さん、吹雪からスポット砲撃の要請が来てるんだけど……」

 

「そう…。各艦通達、これより旗艦を加賀から瑞鶴へ移行、AMSリンクの切り替えを願います」

 

「ちょっとちょっとちょっとちょっと!?加賀さん、いきなりなに言ってるの!?」

 

「吹雪は貴女の艦載機でしょう?なら貴女がやりなさい」

 

「でもやり方聞いただけで練習だってしてないのよ!?」

 

「あちらが言っていたでしょう。これは"演習"だと。丁度いいじゃない。貴女ならできるわ……」

 

 加賀はそう伝えると本当に艦隊指揮権を瑞鶴へと移し、後は仲間たちの動きを見守るだけだった。艦隊が攻撃を開始し始めた時もただ眺めているだけだ。

 

「……加賀、貴方は参加しなくていいの?」

 

「もう私の出る幕は無いわ、資材の無駄よ」

 

「…それ、当て付けのつもり?」

 

「マギー、私は事実を言ってるだけよ。それに拗ねているのは貴女でしょう?子供みたく……」

 

「誰がッ……!」

 

 言葉に詰まる。加賀の言う通りだ。結局のところ、私が倒せないだろう敵を吹雪が倒した……また『黒い鳥』に勝てなかった。それが悔しいだけだ。負けたままでいるのが嫌で癇癪を起こしている。これでは子供と言われても仕方ない。

 「まるっきり子供だなぁ」、そうファットマンに言われたときから、私はまるで成長していない……。

 そんな私をなだめるように、加賀は言葉を続けた。

 

「……マギー、貴女自身がどう思ってるか知らないけれど、私は決して貴女が吹雪に劣っているとは思わないわ」

 

 知らないと言いつつ、私がどう思っているか良くわかっている事を言う。そういえば最初の出撃の時から、加賀は私に対する勘が鋭かった事を思い出す。私の体が『赤城』のせいだからなのか?あの時も同じように落ち込んでいた私に声をかけてくれたっけか……。

 

「貴女がいなかったら、少なくとも榛名と金剛は今ここに居なかったわ。吹雪も貴女を信用していたから後ろを頼んだのでしょう。……貴女は紛れもなくこの鎮守府の、私の"一航戦"よ。もうここに欠かせない存在、それは自覚して……」

 

 ……確かに私はこの鎮守府が居心地がいいと思っている。皆のことを仲間だと思っている。

 加賀と一緒に食べる食事は美味しいし、那智たちと酒を呑みかわすのは楽しい。金剛が提督とのティータイムを得るために秘書艦の私たちに振る舞ってくれるお菓子(ワイロ)も日々の楽しみの一つだ。

 艦娘『赤城』、それに私の魂が上書きされて出来た今の私。その私の中にある『赤城の残滓』から「ちょっぴり私も混ざっている」と言われたことがある。そのせいもあるのか、今の生活にファットマンと彼との三人家族だった時と同じ温もりを感じていた。気付けば、ここが、皆が、私の大切な存在になっていた。その自覚はあった。

 そうした"日常"を私は自らの手で今日も守ったんだ。

 

(それでいいじゃないか)

 

 そう自分に言い聞かす。私は何一つ負けてなどいない。目標は達成している、だからこれでいい。これでいいはずなんだ。

 

―――それで、私は私を赦せるの?赦せないから、私は"彼ら"と決別したのではないの?

 

 また声が聴こえる。それでも、それでもと……なにかが再び燃え始めている。

 

「加賀、それでも……それでも私は―――」

 

 

「こちら吹雪、敵艦隊の全滅を確認しました。これより艦隊へと帰投します」

 

 吹雪からこの戦闘が終わったことを知らせる通信が入る。気付けば味方も砲撃をやめていた。

 

「Congratulation!私たちのvictoryデース!」

 

 金剛が勝どきをあげ、それを皮切りに艦隊が湧きはじめる。

 

「どーよ、加賀さん!ちゃんとこなしてみせたわよ!!」

 

 瑞鶴も上手く艦隊に指示できたのが嬉しいらしく、ドヤ顔なのが透けて見えるような上機嫌な声で加賀に話しかけてきた。

 

「……そうね、いい艦隊指揮だったわ。次もまたその調子でお願いしたいわね」

 

「…うそ、加賀さんがマジで誉めてくれた……」

 

「Oh!?これはstormが来るネ……」

 

「私だって誉めるときは誉めます……」

 

 艦隊内に皆の笑い声が響く。もはや闘争の空気は霧散していた。真面目な妙高ですら「皆さん、そんなに笑っては加賀さんに失礼ですよ」と言いながらも、少し笑っている。

 

―――興が削がれた。

 

 いや、これでいい。左手の疼きも、あの囁きも、今はもう鳴りを潜めていた。あのままだったら、きっと私は……。だから、これでいいんだ……。

 そう自分に言い聞かせながらも、私は仲間たちの会話に加わる気にはなれなかった……。

 

◇ ◇ ◇

 

 母港に着き、各員が補給のため自分の艦をドックへ入れる。戦艦『榛名』は大破、『吹雪弐式』は軽微の損傷を受けていたため工廠の修理装置入り、いわゆる『入渠』することとなった。

 吹雪がACから降りると、何もない所で転びかける。瑞鶴が駆け寄り吹雪を支えた。

 

「大丈夫!?吹雪!」

 

「だ、大丈夫です。少し立ち眩みしただけですから……」

 

 そう言って吹雪は瑞鶴を退けようとするが、その顔からは血の気が引いており、体調が優れていないのは誰の目から見ても明らかだった。

 その様子を見てマギーは瑞鶴に指示を出す。

 

「瑞鶴、吹雪をそのまま医務室にまで連れてって。……吹雪、後の処理は私がやっておくわ。休むのも仕事よ、今は休息を取りなさい。……今日は、お疲れ様」

 

 吹雪は渋い顔をしながら、「済みません、後はお願いします」と言って瑞鶴と共に医務室へと向かっていく。

 

(……もしかしたら"目覚める"のが早すぎたのかも)

 

 吹雪の様子を見てそう思う。かつて『彼』が力の片鱗を見せ始めた頃、言っていたことがある。

 

『マギー、何だか周りが遅く感じるんだ』

 

 いわく、集中すると周囲がスローモーションになるらしい。そして敵がどう動くのか予想でき、自分がどう動けばいいか何となく分かるのだとか……。私もそういう経験が無いわけでもないが、それを意図して発現し、持続することは不可能だ。恐らく『素養』と『経験』が合わさることで実現する、『黒い鳥の力』の一つなのだろう。

 

 吹雪は今回の戦闘でその二つの要素が揃い力を発揮することができた。しかしきっと、体が追い付いて来てないのだ。

 それほど感覚を研ぎ澄ませれば当然強い負担がかかる。『彼』は徐々に力を着けることで脳や体、精神力もそれに適応していったのだろうが、吹雪にはそれがない。恐らく強化人間の体で無理矢理耐えているだけだ。

 その予想は私にある懸念を抱かせる。そしてそれは的中していた……。

 

 『吹雪弐式』は装甲が多少損傷した程度の軽度のものだったので入渠の時間は大したことなかった。わたしは自分の愛機と一緒に弾薬の補給や動作チェックを行う。『吹雪弐式』のコックピットに入り整備をしていると、まるで”彼“の手伝いをしていた時を思い出した。そういえば彼にACのことを色々叩き込んだもの私だったか……。そのときみたく、今度は吹雪に整備の仕方も教えなくては、と思う。ACのパイロットは整備も含めて色々できて一人前だ。あの子にはまだ覚えてもらうことが一杯ある。

 

『あれ、ここどうすんだっけ?マギー』

 

『ああ、それは……』

 

 まるであの時のようだ。“彼”がまだ雛鳥だったころ……その時は彼に才能は感じていたものの『黒い鳥』になるとは思ってもいなかった。もし“彼”がそうでなかったら……私には一体どんな未来があったのだろう?

 だが、そんな未来は、“もしかしたら”は訪れなかった。再び生を享けたその先で、私の前に再び『黒い鳥』は現れた。今の状況はまるで再現だ……あの時の。

 

(いいや、違う。条件も何もかも……。“比べっこ”ならいつでも出来るじゃないか……)

 

 そこである懸念が再び浮かぶ。それを確かめたくてACの整備を終えた私は、いそいそと吹雪のいる医務室へ向かった。

医務室に着いたものの、もう結構いい時間なことを思い出す。外を見れば真っ暗で、医務室ももう消灯されていた。ゆっくりと中に入りベットのある部屋を覗き見る。案の定、吹雪はもう寝ており、起こさぬよう静かにベッド横の机に置いてあった診断書を手に取った。そこには『極度の緊張による~』やら『脳波の乱れが~』などそれっぽいことがつらつら書き並べられている。

 

(要は『過労』か、やっぱり……)

 

「マギーさん……?」

 

 診断書を机に戻した時に、ベッドから声がかけられる。

 

「ご免なさい、起こしてしまって。吹雪」

 

「いえ、別に……。たまたま目が覚めちゃっただけですから」

 

 吹雪は眠たそうな目を擦りながら上体を起こした。

 

「大丈夫?無理しなくていいわよ?」

 

「大丈夫です。始めてACに乗った時と比べれば全然ですし……」

 

「そう……。ああそうだ、ACの整備、もう済んでるから。大した損傷じゃ無かったから時間もかからなかったわ」

 

 吹雪の顔が明るくなる。

 

「ありがとうございます、マギーさん!それなら直ぐに訓練できますね。私も明日には復帰できますのでよろしくお願いします!」

 

 やはり今回の戦いで何か掴めたのだろう。それを確かめたくてウズウズしているようだった。それは私も同じだ。この子の成長を早く見たい。しかし先程から確認したい懸念事項があった。それを吹雪に尋ねる。

 

「……一つ聞いてもいいかしら?」

 

「なんですか?」

 

「あなた……『戦艦棲姫』や『死神部隊』と戦っていた時のあの力……あれを自在に引き出すことはできそう?」

 

―――吹雪の顔が曇る。自身の手を開閉し、何かを確かめるような動作をしながら彼女は答えた。

 

「……済みません、それは…無理、ですね」

 

「そんなすぐわかるの?」

 

「はい。周りがゆっくりになるあれですよね?記憶の中の『傭兵』は自在に"入れた"んですけど……今集中しても私は出来ませんでしたから……」

 

「記憶の中の……?」

 

「あの戦いで『傭兵の戦闘記録』が私自身の記憶みたく馴染んでくれたんです。艦娘に刻まれている艦の戦闘記録、『前世』と同じように。ただ……まだ"器"ではないんです、きっと。練度が足りませんね、あははは………」

 

 吹雪は頭を掻きながら申し訳なさそうに苦笑いを浮かべている。

 なるほど、やっぱり……。私の懸念は当たっていたようだ。吹雪はまだ力を使いこなせない。なにかしらの切っ掛けが……強い『殺意』を抱くなにかが必要な様だ。少なくとも訓練であの力を拝むことはできないだろう。今はまだ……私が『黒い鳥』に会うことはできない。

 

「なんか……本当にすいません。期待外れで……」

 

 吹雪が心底申し訳なさそうに呟く。どうしたのだと吹雪を見ると、その後ろの窓に酷く落胆したした表情を浮かべている自分がいた。

 情けない。『黒い鳥』との再戦は私の願望だ。あくまで私の都合だ。吹雪は関係無いことなのに、この子に気を使わせてしまっている。自分が惨めで堪らなくなった。

 

「……気にしなくていいわ、吹雪。むしろ実戦二回目でその領域に行けただけ上出来よ。焦ることはないわ、時間が解決してくれる。そう、きっと……。だから………おやすみなさい」

 

 半分は自分に言い聞かせていた。そして惨めな自分から逃げるように、医務室をあとにしようとした時だった。

 

「マギーさん。私からも一つ、いいですか?」

 

「なに?」

 

 吹雪に背を向けながら応える。吹雪はそれに構わず、ゆっくりと喋りだした。

 

「私は確かに『傭兵』の記憶を貰いました。でも、私は私なんです。……『傭兵』では…ないんです(俺じゃないんだよ、マギー)……。だから、例えマギーさんの生き方を否定しても……私は"あの時"みたく貴女と決別したくない…です……」

 

「……そう」

 

 私は一言だけ告げると、吹雪の顔を見ることもせず医務室を後にした。

 

 自室への帰り道、その足取りはとても重いものだった。最悪だ。なぜ「そんなことするわけない」と言ってやることができなかったのか……。こんな態度があの子にあそこまで言わせてしまっているのに。

 

―――そんなの、まだ諦めていないからでしょ?

 

 またあの囁きが聞こえてくる。ファットマンが言っていた、私の中にある『恐ろしいなにか』。鳴りを潜めていたそれが再燃しているのが分かる。

 

―――なにを躊躇っているの?『傭兵』の時と何が違うの?『黒い鳥』と戦う方法を、本当は理解しているクセに……。

 

 煩い、黙れ。これは時間が解決してくれることだ。吹雪が"器"になるまで待てばいい。『黒い鳥』に挑むのはそれからでいいはずだ。

 

―――もっと確実な方法があるでしょう?

 

 ああ、クソッ。本当に……今日の私はどうにかしている。

 仕方ない、酒を呑もう。あまりこういう頼り方は好きではないけど、このままでは幻聴が煩くて堪らない。私は向かう方向を食堂へと変え、早歩きで向かっていった。

 

◇ ◇ ◇

 

「おお、マギー。遅いじゃないか。もう祝勝会は閉会間近だぞ」

 

 那智が上機嫌で私に手を振る。やはりと言うべきか、食堂に入るといつもの呑兵衛ズが酒を煽っていた。

 ちなみに本当の祝勝会は吹雪の体調不良もあり明後日である。これ自体も有志が自主的に行う宴なので本当も偽物もないかも知れないが、何かにつけて呑んでいるこいつらが言う祝勝会は何だか胡散臭い。

 

「あれぇ、マギー。どうしたのぉ?ふふっ、顔が怖いわよ~」

 

「あら、ホント。駄目よマギ~。そんなんじゃ男が逃げるわよ?」

 

 千歳と足柄はケラケラと笑い、千代田は相変わらす酔い潰れている。いつもと変わらない光景だ。テーブルの上には飲みかけの酒瓶が何本も乱立している。なんともまあ、だらしない……。でも今の私には、この闘争からかけ離れた空気がありがたかった。

 

「余り貰うわよ」

 

 那智の隣の席に座り、ウィスキーの瓶を手に取る。空いているグラスに並々と注ぎ、一気に煽った。身を火照させる液体が、食道を通り胃に染み渡っていくのを感じる。そういえば鎮守府に帰ってからまだ食事を摂っていなかったか。空きっ腹にアルコールは良くないが、今は酔いたいから丁度いい。

 

「ヒュ~、飛ばすわね~マギー。じゃあ私も」

 

 千歳が茶化しながら私と同じように清酒を煽る。そこに普段の上品さは無い。お猪口を空にすると、またケラケラと笑いだす。

 

「どうした、マギー。らしくないじゃないか?」

 

 ウィスキーの入ったグラスを手で回しながら、那智は普段と違う飲み方の私を心配してくれた。私と那智はいつも酒の味を楽しむように呑むためペースは遅めだ。なので一気飲みする私に違和感を感じ取ったみたいだった。

 それを見ていた足柄がニタニタしながら言う。

 

「あ~分かったわよマギ~。妙高姉さんから聞いたわ。貴女、相変わらずの活躍だったけど吹雪ちゃんにMVP取られちゃったんだって?それが悔し~んでしょ~」

 

 

「………黙れッ!!」

 

 

 グラスを握り割る音が食堂に響く。千歳、那智、足柄は驚いて目を見開き、時が止まったように固まった。

 

「ご……ゴメン、マギー。そんな気にしてるとは思ってなかったのよ!気を悪くさせたなら謝るわ!このとーり!」

 

「そ、そうよ、足柄が空気読めないのは何時ものことでしょ!?ささっ、飲みましょ飲みましょ!」

 

 足柄と千歳が空気を取り戻そうと必死に明るく振る舞う。違う。そうじゃない。そうじゃないのよ……。足柄は悪くない。聞こえたのよ、幻聴が……。

 

 

―――悔しいのよね?だから『黒い鳥』を殺しましょう。

 

―――力を引き出すのは簡単よ。あの子の敵になればいい。どうすればいいかも分かっているでしょ?

 

 

 

 

―――目の前の、彼女たちを殺せばいい

 

 

 

 

 黙れッ!黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!!

 お前は、……私は今何を考えた!?彼女達を殺す?『黒い鳥』に会うためだけに!?自分の願望の為だけに、そこまで落ちぶれるつもりか私は!?それが、そんなものが本当に私の願望なのか!?

 何がなんなのか分からなくなる。自分がグチャグチャになっていく……。この新しい温もりを大切にしたいと思う傍ら、その全てを捨ててでも“負けたままの自分”を赦す事が出来ない自分がいる。

 

―――ああ、私は、何のために戦うのだっけ……

 

 

 わからない。煩いくせに、肝心なことに幻聴は答えてくれない。ああ、クソッ!今日は散々だ。もうなにも考えたくない。

 

 丁度よく目の前にあった酒瓶を手に取り、グラスに注がずラッパ飲みする。完全にやけ酒だ。

 

「おい待て、マギー!!それはスピリ――」

 

 那智の制止も無視して中身を飲み干していく。かなり度数が強いのか、喉から胃にかけて焼けているような感覚が走り、脳に熱湯をかけられているような気分になる。グツグツ煮詰まった頭は考えることどころか意識を保つことすら放棄し、私の視界は暗転した……。

 

◇ ◇ ◇

 

―――夢を見ていた。ずっとずっと昔の夢を……。

 

 私はずっと、自由に憧れていた。堅苦しいEGFの社会。思想を押し付けれ、自分であることができない場所。

 そこはまるで鳥籠で、私はずっとそこから灰色の空を眺めていた。そしてその空に、自由に近づきたくて、私は戦場へと赴いた。そこで私は“鴉”達に出会う。鼻歌を歌いながら人を殺し、自分の命をドブに捨てる。あまりにも刹那的な生き方をする人種、傭兵――。でも自分の意思で自由に戦場を舞う鴉たち、その姿は私にとって宝石よりも綺麗に見えた。だから私は、鴉になった。

 素晴らしかった、最高だった。好きなように戦場を飛び回り、好きな獲物を喰らう。そこに私の求める自由があった。灰色の、どこまでも汚れた世界だけれど、私には輝いて見えていた……その翼を失うまでは。

 弱肉強食の世界で、ついに私が弱者に回る時がきた。ただ幸か不孝か、コウノトリに助けられ私は生き残ってしまう。

 助けてくれたコウノトリの翼を借りることで、私は辛うじて生き長らえる事ができた。そして道中、雛鳥を拾い育てることになった。

 その生活は、それはそれで悪くなかった、そう思う。そこに私の求める自由は無かったけど、私の知らなかった温もりがあった。雛鳥は立派な鴉へと成長し、私の心と体を預けられる存在となった。それを見守るコウノトリは、私に安心感を与えてくれた。両親のいなかった私だけれど、「父がいたらこんな存在なのかな」、そう思えた。

 そして私はそれに満足しようと、戦場を舞うことを諦めた。

 

―――でもそれは、許されないことだった。

 

 私の愛する鴉を見送る度に、どうしても視界に入る灰色の空、火薬の匂い。その戦場を舞う彼の勇姿に、かつての自分を重ねてしまう。私は嫉妬していた。

 

(―――そこは私の場所だ)

 

 我ながら最低だと思う。彼は何も悪くないのに……。悪いのは弱かった自分なのに……。

 そう、だからこそ自分が許せなかった。弱い自分が、自由に戦場を舞えない自分が憎かった。彼を見るたびに、その黒い感情が高まっていく。『恐ろしいなにか』が膨らんでいく。

 

 だから私は偽りの翼に手を出した。

 

 どんなことをしてでも、私は再び戦場を舞いたかったのだ。そして、戦場の覇者となっていた彼を倒して“自由”を取り戻したかった。もう二度と、何にも誰にも邪魔をされない自由が、彼を倒せば手に入ると思っていた。

 

(今の貴女は不自由なの?)

 

―――声が聞こえる。今までの幻聴とは違う、暖かい声。

 

 わからない。ファットマンや彼と過ごしていたときも、ここで、加賀達と共に過ごす鎮守府での生活にも……嫌と思ったことはない。でも、なにかが私の心を縛るのだ。……そうだ、左手を失った時に代わりのように植えつけられた敗北の記憶。また翼を失うのではないかという不安、自分を赦せない怒り、そうしたものが黒いものが私を塗り潰そうとしてくる。それを拭いたい、でないと―――

 

「……苦しい…の」

 

 なにかが頬を伝わる感覚がする。まるで子供だ、情けない……。すると頬を伝わるそれを拭うように、暖かい、心地のいいものが頬を撫でる。

 

(そう……なら、―――すわ、―――を……)

 

 なんと言ったか聞き取れなかった。ただ何かに包まれているような安心感を感じる。私はそれに身を任せ、再び深い眠りへとついた。



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