艦CORE「青い空母と蒼木蓮」   作:タニシ・トニオ

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番外編は基本的に裏設定的なものや人間関係を説明するものだったりします、といまさらながら説明。


第四十話_番外編「弟子達の憂鬱と師匠達の雑談」

鎮守府のドックに今しがた任務を終え帰港してくる艦隊がいた。旗艦の空母から緑髪のツインテールを左右に揺らしながら少女が降りてくる。

 

 

 

「うん、今日も快勝!瑞鶴には幸運の女神が付いてくれてるんだから!」

 

『沈黙海域』の攻略に向けてか、私の鎮守府はここ一ヶ月ほど『沈黙海域』周辺の深海棲艦の間引きの任務に当たっている。担当しているのは鎮守府の第一艦隊で、旗艦を私と加賀さんで交代しながらだ。生まれてから日も浅い私が他の熟練の艦娘を差し置いて旗艦にさせられているのは恐らく……と言うより十中八九、『吹雪弐式』を艦載しているからだろう。

 

 旗艦の空母はACとリンクする事でオペレーターシステムが発動することができる。それにより通常の偵察機では得られない圧倒的な情報量を持つACのスキャン情報を艦隊に展開する事ができるのだ。その機能の中でもACのスポットを利用したスポット射撃は弾着観測射撃とは比べ物にならない程の精度を誇り、しかもその恩恵を艦隊全員が得られるというのだから利用しない手はない。ACは単機の戦闘能力は言わずもがな、上手に使えば艦隊の戦闘能力を底上げする事も出来る優れた艦載機なのだ。

 んでもって私たちの鎮守府には『吹雪弐式』『ブルーマグノリア』『UNACちゃん』の三機のACが存在しており、それを運用できる空母も私『瑞鶴』を含め『加賀』『龍驤』しかいない。千歳さんと千代田さんの船も空母に改装してるけど「まだ普通の艦載機にも馴れてないのにACなんて無理」と断ったそうな。そんなわけで必然的に私が『吹雪弐式』を載せることになり、それが旗艦に任命されていることに繋がる。

 

 あ、そうなると私についているのは『幸運の女神』ではなく『全てを焼き尽くす死を告げる鳥』というのが正しいのか?……なんか不吉だし吹雪に合わない気がする。ACに描かれているエンブレムはヤタガラスなので『全てを守護するヤタガラス』なんていうのはどうだろうか?……うん、良い感じ。

 

「あ、瑞鶴さん、お疲れ様です!司令官に報告に行くんですよね。私もご一緒していいですか?」

 

 そんなことを考えているとその“ヤタガラス様”から声を掛けられる。

 

「え、ああ良いけど……もしかしたら長くなっちゃうかもよ」

 

 なんでっていうと、私が報告に行くといっつも加賀さんが何か言ってくるから。情けない戦果を報告した日にはそのまま説教へ移行する時だってあったりする。しかも提督もマギーさんも巻き込まれるのが嫌だからその時は知らん振りして助け船をだしてくれることは無い。それで吹雪を待たせるのは忍びない。

 

「大丈夫ですよ。今日は文句なく快勝でしたし、何かあれば私が『瑞鶴さんと約束がある』って言えば長くはなりませんよ」

 

 ああ、なんてありがたい。やっぱり持つべきものは頼れるパートナーだ。今の私には吹雪が天使に見える。もうなにも怖くない。

 

「ありがとう!じゃあパパっと報告終わらせちゃおう」

 

「はい。あ、さっき言った『約束』ですけど、間宮の新しい甘味を食べるっていうのはどうですか?」

 

「いいわね!賛成っ!!」

 

 心強い味方と仕事の後のご褒美を心の支えに、私たちは提督の元へと向かって行った。

 

◇ ◇ ◇

 

「存外呆気なかったわね」

 

「だから言ったじゃないですか、大丈夫だって」

 

 提督に任務の報告を終えた私はその時のことを振り返る。

 

『……一航戦なら当然の戦果ね』

 

 私の報告を提督の横で聞いていた加賀さんはそう一言呟くだけだった。

 

「いつもだったらもうちょっと何か言ってくるんだけどな~。やっぱり吹雪がいたおかげ?」

 

「関係ないですよ。単純に今回の戦果が良かったからですって。加賀さん誉めてたじゃないですか」

 

「え!?あれ褒めてるの?」

 

 分かりづらっ。本当にそうなのかな……?だったらもうちょっと言い方があると思うけど。

 

「本当ですよ。じゃなきゃ“一航戦”なんて言葉を使いませんよ、加賀さんは」

 

 そう言えばそんなことを言ってたな。思い返してみると最近は“五航戦"”って言われていないかも。ん……?もしかして私、以外に評価されてたりする?

 

「はぁ、羨ましい話ね」

 

「うわぁっ!大井!?」

 

「ちょっと、そんなに驚くこと無いじゃない?失礼ね」

 

「じゃあ後ろから急に声かけないでよ!」

 

「あれ、大井さん一人ですか?珍しいですね」

 

「はあ~瑞鶴、あなたは吹雪さんの落ち着きを少しは見習うことね。……実は貴方達に相談があって探してたのよ」

 

 後ろがら恨めしい声が聞こえてきたら普通は驚くっつうの。

 ……にしても、大井が私たちに相談?病的に北上にベッタリで出撃してなかったらいつも二人一緒で怪しい噂までたってる大井が?私たちに?

 そんな大井が私たちに相談するということは、その内容は一つしかない。

 

「相談って……北上に関することよね?喧嘩でもしたの?」

 

「喧嘩?あり得ないわ!あと“さん”をつけなさいよペタンコ野郎!」

 

「あ"あ"!?爆撃されたいの!!?」

 

「まっ、まあまあ、お二人とも落ち着いて。大井さん、私たち間宮に行くところなんですけど良かったらご一緒しませんか?立ち話も難ですし」

 

「それもそうね。ご一緒させてもらうわ」

 

「え~!?」

 

 仕事の後の甘味っていうのはなんていうか、こう、救われてなくっちゃならないのに……。北上フリークスの相談なんて受けたらきっと幸せな気分が霧散してしまうだろう。絶対にろくなもんじゃないに決まってる。

 

「良いじゃないですか瑞鶴さん。同じ艦隊の仲間じゃないですか。それに私たち境遇も似てるから大井さんも相談しやすいんですよ、きっと」

 

「流石吹雪さん、よくわかってくれてるわ~、何処かの空母と違って」

 

「あんた本当に相談する気あんの!?」

 

 まったく、吹雪と私への態度が違いすぎじゃない?確かに吹雪はウチのエースだし艦娘としても大先輩だけど。でも大井のこれは絶対それだけじゃない。きっと吹雪の顔つきが北上に微妙に似てるからだ。目付きとかほっぺのラインとか髪形とか。もし吹雪のことをロリ北上とか思ってるんだったら本気で爆撃せざるを得ない。

 

「……何かあなた、失礼なこと考えてない?」

 

「何処かの雷巡にずっと失礼されてるからね」

 

「はいはい二人とも。続きは間宮でしましょうね」

 

 また口論になりそうなのを察したのか、吹雪は手を叩いて私たちを制止しそのまま間宮まで引っ張っていった。

 

◇ ◇ ◇

 

 フォークを生地に差し込むとパリパリパリと小気味良い音と共に切り口から湯気が上がる。その湯気を鼻孔に満たすとリンゴとシナモンの香りが広がった。それは疲れた脳を刺激し唾液が止めどなく溢れてくる。

 

「いただきます」

 

 もう我慢できないとフォークに差した一片を口の中に入れ噛み締めた。サクサクと何層にも重ねられた生地の食感と、その奥にあるリンゴから溢れ出てくる果汁のハーモニーは悪魔的だ。悪魔的美味。ああ、私今幸せだ。

 

 間宮の新作デザートはアップルパイだった。なんでも今はリンゴが旬なのだとか。

 間宮さんは「あまりこういうの作らないから自信無いのよね」なんて言っていたが、これで自信無いなんて言ってたら全国のお菓子職人は店を畳まなくてはならないだろう。

 まぁ戦時中で物資が優先的に集められる鎮守府と違い外で同じような物を作れるかは知らないけれど……。そもそも任務以外で鎮守府の外に出たことなんてないから街の様子も見たことないし、お菓子職人が現存してるかどうかも知らない。

 そう考えると目の前にあるデザートって実はとんでもない贅沢品なのではなかろうか。ならばもっと味わって食べなければ、なんて思いつつ残りのアップルパイを平らげていった。

 

「あ~美味しかった!」

 

 もうちょっと食べたいという気持ちを緑茶と共に飲み込む。本当は紅茶の方が合うのかも知れないけど生憎間宮にあるのは緑茶だけだった。金剛さんがいつも飲んでるからあると思っていたけど、どうやらあれは自前らしい。金剛さんも一緒だったらご馳走してくれたかもしれないが今はいないので仕方ないか。緑茶は緑茶で悪くないしね。

 ああ、あとはこのままお風呂に入ってホカホカのままお布団で寝れたらどんなに幸せだろうか。しかし現実はそうもいかない。

 ため息をつきながら湯飲みをテーブルに置いた。

 

「……で、大井。相談ってなに?」

 

「なんだか嫌そうね。……まぁいいわ」

 

 そりゃそうでしょ。北上中毒者から北上に関する相談を受けるのだ。それを喜ぶ奴なんている?

 大井は湯飲みのフチを憂鬱そうに指でなぞりつつ口を開いた。

 

「……その、ね。北上さんに認められたいの、私。私たち境遇が似てるけど、私だけが信用されてないじゃない?だからどうしたら貴女たちみたくなれるのか教えてほしいのよ……」

 

「信用されてない?大井が?」

 

「そうよ。死神艦隊との戦いの時も私だけ北上さんから出撃を止められてたでしょ。貴女たちは加賀さんとマギーさんから推薦されてたのに……」

 

 思いの外真剣かつ真面目な相談に驚きつつ、その時を思い出す。そういえば北上が「荷が重い」って言って大井の出撃取り下げようとしていたっけ。結局提督の判断で大井は出撃になったけど、北上は最後まで渋った顔してたな。

 

「そう言えば今回の任務も大井さんが出撃するの渋ってましたね、北上さん」

 

「ええ、そうなのよ……」

 

 知らなかった。そうだったんだ……。でもなんでそんなに北上は大井の出撃を拒むのだろうか?

 

 私たちは非常に良く似た境遇にある。お互いこの鎮守府で産まれたこと。正規空母も雷装巡洋艦も私たちを除くと『加賀』と『北上』しかないため、お互いマンツーマンで加賀さんと北上から師事を受けていること。そしてACとの相性の良さから高練度の『MI生き残り組』ばかりで構成される第一艦隊に『建造組』でありながら組み込まれていること。

 

 雷装巡洋艦は甲標的という特殊兵装を扱える数少ない艦種の一種だ。単体でも結構強いけど、ACのスポットと組合わさると百発百中で酸素魚雷をぶちこむ凶悪兵器になる。以前の出撃の際に戦艦レ級と出会ってしまったことがあったが『吹雪弐式』のブレードでレ級の装甲に切り込みを入れ、そこに甲標的の魚雷を差し込み内部爆裂させて撃破した時は流石の私も若干引いた。

 

 とにかくそんな理由で私たちは一緒の艦隊になることも多い。つまり戦歴も一緒ということだ。艦種が違うので一概には言えないかもしれないけど、私と大井の練度は大して変わりないと思う。

 しかし私は加賀さんに出撃を止められたことはないし、むしろ積極的に最前線に駆り出されている。この扱いの差はなんなのだろう?少なくとも大井に問題があるようには思えない。

 

「……それ大井が悪いっていうより北上…さんが心配性なだけじゃない?大体、今の敵って『MI』の時よりやばいって金剛さん言ってたし」

 

 今攻略しようとしている『沈黙海域』の奥に深海棲艦の統轄機構があるらしい。つまり私たちの戦場は敵本拠地の目の前、最前線中の最前線だ。それでも快勝できるのはACの力でごり押してるからに他ならない。『ブルーマグノリア』と『吹雪弐式』という規格外の戦力があるからこそ成り立つ任務なのだ。

 そう考えると新参者の私たちが第一艦隊に紛れているのがどちらかと言えば異常であり、北上が心配する事が普通に思える。

 

「そうなのかしら……?」

 

「確かに瑞鶴さんの言うことも一理あるかもですね」

 

「吹雪さん……」

 

「ほら、私たちと違って大井さんはその……北上さんの“特別”じゃないですか。だからどうしても心配が勝ってしまうんじゃないですか?」

 

「それって私が二人目だからってことかしら?」

 

「え!?いえ、決してそんなつもりじゃ……」

 

「二人目?」

 

 どういうことか理解できず思わず復唱してしまう。

 

「北上さんにとって私は二人目ってことよ。北上さんは前の鎮守府の時も“違う私”とお付き合いしてたらしいのだけど……『MI作戦』の時に亡くなってしまったらしいわ……」

 

「そうだったんだ……。てか、そんな理由があるなら心配するに決まってんじゃん!」

 

 話の流れからしてどうやら『二人は付き合っている』という噂は本当のようだ。つまり北上からすれば大井は恋人でありトラウマそのもの。心配しない訳がない。

 

「わかってるわよ……。でも、それでもッ…私は“対等”に成りたいの!“前の私”と私は違うの!それを北上さんにわかって欲しいのよ!!」

 

 大井は大声をあげてテーブルを叩いた。私はそれに驚いて思わず「うわっ!?」と声をあげてしまう。

 

「……ごめんなさい。驚かせてしまったわね」

 

 溜まっていたものを吐き出せたからか大井は冷静になって姿勢を直す。いや、冷静になったというよりしょげているだけか。

 なんて声をかけたらいいか分からず嫌な沈黙が数秒間続く。それを破ったのは吹雪だった。

 

「……強くなるしかないです。いくら気持ちが強くても弱ければ意味はありません。北上さんが心配できないぐらいの実積をあげて証明するしかないんです。……大井さんならできますよ。大丈夫です、いつもすっごく頑張ってるじゃないですか。それに私たちもいますから」

 

 ……やっぱりそれしかないか。私も概ね賛成だ。それなら私たちも手伝えるしね。大井は嫌なとこもあるけど何だかんだいって似た境遇の大切な仲間だから、まぁ手伝えることがあるなら手伝ってあげてもいい。

 

「吹雪の言う通りよ大井。この“一航戦”瑞鶴も力を貸してあげるわ!」

 

「……調子に乗りすぎです、瑞鶴」

 

 後ろから聞き慣れた声が聞こえ冷や汗が流れる。もしやと思い振り返るとその答えあわせのように頭をがっしりと掴まれた。いわゆるアイアンクローを加賀さんに決められる。

 

「え、なんで加賀さんが!?まだ執務中じゃあがががががッ」

 

「全く、少し誉められたぐらいで増長するとは……。やはり貴女は五航戦ね。言っておきますが瑞鶴、私が信用しているのは貴女ではなくて貴女に艦載されている吹雪よ。それを自分の力と勘違いしないことね」

 

 痛い。坦々と辛辣な言葉を吐きながら加賀さんはこめかみにかける指の力を強めていく。心と体が二重に痛い。……すいませんごめんなさい痛いです許してください。

 

「大井、貴女もよ。第一艦隊に所属できているのはACのお陰だということを忘れないように。だから吹雪のいう通り精進を続けなさい。……北上はちゃんと“貴女”を見ているわ」

 

「加賀さん……」

 

【挿絵表示】

 

 

 良い雰囲気なとこ悪いけど痛いんですけどー。なんで二人とも人がアイアンクロー喰らいながら悶えてる横で平然と会話できんの?頭おかしいんじゃないの?てゆーか私の頭がおかしくなっちゃう!痛い痛い痛い痛い痛い!

 

「あの、加賀さんそのへんで……」

 

「そうね」

 

 鶴の一声ならぬ黒い鳥の一声でやっと私は開放された。吹雪が言わなかったらいつまで続ける気だったの、この人……?

 

「じゃあマギーを待たせてるからこれで……」

 

 加賀さんはそう言うと先程まではテーブルの上に無かったティーポットを持ちあげた。芳醇な紅茶の香りを漂わせるそれは加賀さんが私を折檻する前に置いたものだろう。……ん?紅茶?紅茶は間宮に無かったはずだ。

 

「なんで紅茶が……」

 

「秘書艦をやっていると色々役得もあるのよ」

 

 加賀さんは不敵に笑い間宮の奥へと消えていった。

 

「……なんなのよ!もうっホント信じらんない!ていうかあの人どっから聞いてたのよ~」

 

 私は頭を掻き乱しながらテーブルに突っ伏してしまう。それはそうだ。アイアンクローを決められた挙げ句に美味しい所を持っていかれたんたんだから。

 

「瑞鶴、一緒に認められるように努力しましょう。この“雷巡”大井も力を貸してあげるわ」

 

「なにそれ皮肉!?」

 

 大井がさっきの私の真似をしてきた。しかも少し見下した目付きで。私そんな目してないでしょ、腹立つな~。

 

「……お二人とも羨ましいです」

 

「「……どこが?」」

 

 吹雪が溢した以外な一言に大井とハモってしまった。今までのどこに羨む要素があるのだろうか?

 

「お二人は師事してくれてる二人と“師弟”っていう感じがするじゃないですか。私の場合は……多分そんなふうに思われてません。良くも悪くもマギーさんは私を“同等”に見てるんですよね……」

 

 吹雪の中では私と加賀さんは師弟らしい。そう思われてるのは不本意だけど、まあとにかく吹雪は“師弟”という関係に憧れているようだ。

 

 艦娘はクローンとして産まれるため当然家族は存在しない。その為かいつの間に姉妹艦の艦娘と姉妹関係を結ぶという伝統のようなものができている。特に軍から強制されてるわけでもなく自然とできたものらしい。鎮守府の仲間は家族も同然だが、やはり皆自分の“特別”が欲しいのだ。

 私も別段寂しさを感じるような生活は送ってないが、以前演習で他の鎮守府にいる瑞鶴が翔鶴という姉に甘えている光景を目撃し凄く羨ましがったことを思い出した。

 

 きっと吹雪も同じなのだろう。ウチにいる吹雪の姉妹艦は叢雲だけだし、一応吹雪のほうがお姉さんだ。だから姉代わりに師匠が欲しいのかもしれない。

 最近の吹雪は、特にACに乗っている時、歴戦の傭兵の様な風格を纏っておりその戦果も相まって皆から頼られる存在になっている。あの加賀さんですら全幅の信頼を寄せているのだ。そんな立場になってしまった吹雪からするとマギーさんだけが弱音をさらけ出せる相手なのだろう。だからマギーさんと“師弟”という関係でいたいのかもしれない。しかし……。

 

「同等ね……。確かにマギーさんって吹雪のこと弟子とは見てないかも。どっちかっていったら……ライバル?」

 

 吹雪が強くなってきたこともあり、最近の吹雪とマギーさんとのシミュレーターの戦績は五分五分となっている。あの人の性格からしてそんな相手を弟子とは言わないだろう。

 

「ライバルなんて嫌です~!!もうマギーさんと決闘なんて懲り懲りですよぉ!うぅ……」

 

 認められている吹雪ですら色々と悩みはあるらしい。認められようがられまいが、私たちの悩みは尽きなさそうだ……。

 

◇ ◇ ◇

 

「待たせたわね」

 

 加賀がティーポットをテーブルに置く。それを待ちわびていたのは二人の女性だった。

 

「いや~ありがとね、加賀さん」

 

「紅茶のなんて二人淹れるも三人淹れるも変わらないわ」

 

「いや、そっちじゃなくてさ~、大井っちのこと。加賀さんがああ言ってくれて助かったよ」

 

「ああ、先程の……。別に私は事実を述べただけよ。誰かさんが何時までもウジウジしている代わりにね」

 

 加賀はマギーと北上のカップに紅茶を注ぎ込む。

 金剛から提督とのティータイムを確保する代わりにと秘書艦達に渡された賄賂はなかなか上質の茶葉らしく、芳醇な香りが三人の鼻孔をくすぐった。これに間宮特製のアップルパイが加わり完璧なセットが出来上がる。

 

 加賀とマギーは瑞鶴達が執務室を後にした直後、金剛の頼みにより休憩に入っていた。そこに北上が大井と似たような相談を二人に持ちかけたため三人で間宮に集まっていたのだ。そこで弟子達の歓談を見つけ隠れるように奥の席に座っていた。

 ちなみに北上の悩みは紅茶を淹れに行った加賀が大井にアドバイスしたことによって解決したため、後は瑞鶴達の会話を盗み聞きしつつ雑談といった体になっている。

 

「ウジウジって、これでも大分良くなった方なんだよ~。そんなキツい言い方しなくてもよくない?だから加賀さんは瑞鶴に嫌われるんだよ~」

 

「それであの子が生き残ってくれるなら安いものです」

 

「でも好きな子に嫌われるのは嫌じゃない?」

 

「慢心して傷つかれるよりはマシよ」

 

「好きな子っていうのは否定しないのね、加賀」

 

 聞きに徹していたマギーが口を挟む。不意を突かれた加賀はみるみる顔を真っ赤にさせていった。

 

「マ、マギー!?いえ、そのっ、瑞鶴の事は確かに悪くないと思ってるけれどそれは後輩としてで、そういう意味ではなくて、その……誤解よ!」

 

 加賀の慌てふためく姿に北上は「はは~ん」と口元を吊り上げる。

 

「なに必死に弁明してるのかなぁ~。いやー加賀さんにはシンパシー感じてたけど、やっぱり似た者同士だったんだねぇ~。ねえ、マギーさんとは“どれくらい”なの?」

 

「まだマギーとはなんでもないわ!」

 

「まだ?まだって?」

 

「~~ッッッ!!」

 

 瑞鶴の前では決して見せないだろう加賀の姿に、マギーは肩を震わせながら笑いを押し殺していた。元々ファットマンと傭兵と過ごしていた彼女はこういった下らないやり取りが結構好きだったりする。仕事中でなければダラダラするのは嫌いではない。

 ついでに言えばマギーは加賀の気持ちに気づいており、どっちも経験がある彼女は加賀に求められるのも満更ではないと思っていたりする。

 それほどまでに信頼できるパートナーと自分の心を震わせてくれる相手(吹雪)に恵まれ、今の状況を悪くないと思っている自分にマギーは紅茶を飲みながら改めて気付いた。

 

(……私も随分ここに馴染んだわね。ここが私の魂の場所……ということかしら)

 

――だから終わらせるつもりはない。

 

 マギーは紅茶を飲み干すと未だに北上と口論を続けている加賀に声をかけた。

 

「加賀、もうそろそろ戻りましょう。例の書類も片さないといけないし」

 

「え!?……ええ、そうね。では北上、私たちは先に」

 

「はーい、ありがとね~」

 

 マギーと加賀は執務室へと戻っていく。執務室の机には『沈黙海域攻略作戦』と書かれた書類が置かれていた。……決戦の時は近い。

 


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