「これが、昨日の魔女が残していいた魔力の痕跡」
僕達は、あのコンクリートが剥き出しになった、昨日のモールの改装エリアに来た。
そこで、マミが取り出したソウルジェムの光が照らし出した黒いシミのようなものを見つめていた。
「基本的に魔女探しは足が頼みよ。こうしてソウルジェムが捉える魔女の気配をを辿っていくわけ」
「意外と地味ですね…」
さやかの声がコンクリート壁に響き、マミはそうね、と微笑んだ。
ソウルジェムは、時々光の強さを変え導くように明滅している。どうやらマミはそれが意味することを理解しているようで迷うことなく歩を進めていく。僕たち三人はマミの背後でおっかなびっくりついていくのだった。
しばらく歩きショッピングモール、商店街を出て住宅街まで進むと光の明滅が途切れてしまった。
「あれ…?光が…」
さやかがそう言うとマミも辺りを見回し頷いた。
「問逃がしてから一日経っちゃったから足跡も薄くなってるわ」
「あの時すぐに追いかけていたなら…」
責任を感じたのかまどかはそう呟いたが、マミはまどかに優しい微笑みを返した。
「気にしなくていいの。仕留められたかもしれないけど、あなた達を放っておいてまで優先することではなかったわ」
「うん…。やっぱりマミさんは正義の味方だ!」
その言葉にさやかはいたく感激したらしく嬉しそうに叫んだ。
「正義の味方か…」
僕は静かにそう呟きマミを見つめた。
「なんですか…?槙島先生」
「こんな時だけれど君に一つ聞きたいことがあってね」
「なんでしょうか」
「トロリー問題というのは聞いたことがあるかな?」
「トロリー問題?」
三人は聞いたことがないと首を横に振る。
「例えばマミは線路の分岐器の目の前にいて、マミがトロッコの進路を切り替えれば5人は確実に助かる。しかしその別の路線では見知らぬ人が1人で作業をしていて、5人の代わりにその1人がトロッコに轢かれて死ぬ。さて…マミはトロッコを別路線に引き込むべきなのか…否か。勿論マミはこの手段のみでしか助けることはできず、法的な責任は問われないものとする。まぁ、簡潔に言うなら『5人を助けるために他の1人を殺してもよいか』という問題だ。
「そんな選択…!」
さやかは声を荒げたが僕は続けた。
「これから彼女が君たちを助けたように目の前の人々を救い続けるのであればいずれ必ずこの問題に行き当たる。その時マミ、君が何も選択できなかった時きっと君は絶望し壊れるだろう。自分が選択しなかったせいで死んでしまったことをきっと一生後悔する。だから…もう一度問おう。君ならどうする」
ある人を助けるために他人を犠牲にするのは許されるのか…
功利主義(善悪は社会全体の効用によって決定されるという立場。最大多数の幸福が目標になる)に基づくのであれば勿論5人を助けるために他の1人を殺す方をとるべきだが、義務論(どんな場合でも無条件で『行為の目的』や結果を考慮せず道徳的規則に従う)に従うのであれば誰かを他の目的の為に利用すべきではなく、何もするべきではないということになる。この問題に答えはない。だが答えを出すことには意味はある。
「私は…5人を助けると思います」
マミは苦渋に満ちた顔でそう答えた。
「その一人がさやかやまどかでも…?」
「それは…」
さやかとまどかを交互に見つめ迷うような仕草を見せるマミ
まどかとさやかはそれを見て暗い表情になってしまった。
「意地悪な質問をしてしまったね。すぐに答えは出ないだろうが必ず答えは出しておくことだ」
「でもそのトロッコの分岐器を切り替えず1人を救うことを選ぶ人なんてそういないんじゃないかな」
まどかはおずおずと自信なさげに僕に聞いてきた。
「確かにそうはいない。でもその1人が自分の大切な人なら人は案外簡単にその『1人』を選択するだろう。人間とは時に自分の命より愛やモラルを優先させてしまうことができる歪んだ生物なんだ。他利精神で身を滅ぼしてしまうことのできるそんな種族なんだよ…。モラルを見くびってはいけないよ」
槙島は茜色の空を見上げた。
彼女達の反応を見ることはなく。
「このトロリー問題には派生問題があってね。もしマミが橋の上で見知らぬ人の横に立ち、トロッコが5人のほうに向かっていくのを見ているとしよう。トロッコを止める方法はたった1つ。隣の見知らぬ人間を橋の上から線路へ突き落しトロッコの進路を阻むしかない」
「そんなこと…できるはず!」
今度はまどかが声を荒げた。
「そう、大抵の人間はできないだろう。しかしトロッコの前に人を突き落とすのと、トロッコを1人の方へ向かわせることにそう大した違いはないはずなんだ。でも何かが異なるようだと僕達人間は直感的に感じる。しかし何故そう感じるのかは社会心理学でも神経科学でも哲学でもいまだ解明はされていない。これがチンパンジーであれば、人間は躊躇なくチンパンジーを線路に突き落とす選択をとるのだがね…」
「でもそれは…」
「だが愛やモラルはその見知らぬ人間一人を一時的にせよチンパンジーに変えてしまうのさ」
マミの言葉に被せて僕は言いきった。
何とも言えない重苦しい空気が流れ魔女探索の為歩き続けているといつしか周りは薄暗くなっており彼女たちの心の移り変わりを現しているかのようだ。
「槙島先生」
放棄されたであろう工場跡地まで来た時、唐突にマミが僕に話しかけた。
「私はどこかで正義の味方をする自分に酔っていたのかもしれません。でも私は目の前の人を助けるのはやめられません。目の前に困っている人がいれば助けるしどちらも助けられない状況になってもどちらも助けられる最大限の努力をします。それでもどちらかを助けろと言われたなら私は私を犠牲にします。できるかはわからないけれどそれが私の今できる精一杯の回答です」
その発言に槙島は少し驚いた。
この歳の女の子にそれほどの覚悟があるとは思わなかったからだ。
魔法少女という特権的な力があれば確かに自分が犠牲になれば他は救えるかもしれない。それは口だけで実際にその事態に直面すれば命なんて投げ出せないかもしれない。だがそれを口にするのはとても勇気がいることだ。
「なるほど。君は本当に正義の味方になれるのかもしれないね」
人間の意志の強さを見た僕は先程まで考えていたことを口にした。
「さて…暁美ほむらならどうするんだろうね」