「100年時を遡っているとは思えないな…。」
勤務を終え街に繰り出した槙島は既に廃墟と化したビルの屋上からそうつぶやいた。
100年後より幾分か奇抜な建造物、小説に書いてあった『水の都』にありそうな河川が街を覆い、
廃棄区画のような国によって見捨てられた場所も見た限りでは存在しない。
元いた世界が科学的に100年先を行っているのだとすれば、この世界は文化的に100年進んでいるといったところか。
調べたところシビュラシステムが存在している世界とは違い、この世界では大抵の自由は保障されているようだ。犯罪はどこでだって起きるし、職業選択は望む結果が得られるかはわからないが誰にだって選ぶ権利はある。果ては命の放棄だって誰にも知られずにすることが可能だ。
まさかそんなことが…と最初こそ思ったが、このビルの地面が妙にへこんでいて、妙に赤黒い不思議な色が付着しているのはつまりそういうことなのだろう。
しかし自分で自分を終わらせることすら許してはくれない…伊藤計劃の言葉を借りるなら『真綿で首を締めるような、優しさに息詰まる世界』よりは遥かにマシな世界であると言えるだろう。
双眼鏡越しに、しばらく人々を観察していると見覚えがある制服を着た二人組の後ろをずいぶんと離れた距離から尾行している不思議な学生がいることに気付いた。
「確か暁美ほむら…と言ったかな。」
不審な動きを観察しようと目を凝らすと不意に暁美ほむらの姿が消えた。
見失った、というわけではなく
双眼鏡のせいで視野が狭まっているからとはいえ、少女一人を見失うなどこの世界ではありえない。前の世界であれば外装ホロで扉その物を隠したり自分そのものをホロで覆い別人になりすますこともできただろうが一瞬で周りの風景と同化するのはかなりの手間と労力が必要なはずだ。
つまり見間違えでないのならば、彼女には一瞬で姿を消したからくりが存在するはずだ。
それは確認しなければならない。何故ならばそんなオーバーテクノロジーを一個人が所有し存在するのであれば、暁美ほむらという人間は僕の世界にいた人間かもしれないし前の世界の手がかりになるかもしれないからだ。
「彼女のことを知る必要があるな。」
でも何から?彼女の個人情報なんてものは教師の権限を使いそこそこの情報を得ることはできるだろう。しかし今自分が知り得るべきは彼女が何を目的に行動をしているかだろう。それにはまず彼女が尾行していた二人組の少女…彼女たちにいち早く接触するのが近道か。そうと決まれば彼女たちを追わねば…都合がいいことに二人の少女はCDショップに寄り道をしているようだ。
双眼鏡から目を離し目視でCDショップまでの道順を確認した槙島は颯爽とビルを後にした。