転生
今、目の前に三つの箱と一つの立て札がたっている。辺りを見渡しても他に目につくものはない。ただ、絵の具をぶちまけたような、のっぺりとした白い空間が広がっているだけだ。
はて、なぜ私はこんなところにいるのだろう。今までは何処にいたのだろう。名前は、性別は、容姿はどんなだっただろう。何も解らない。
私はどんな顔をしているのか、確かめるために顔をさわってみて驚いた。
何もないのだ。目も、鼻も、口も、其処に有るべきパーツが一つもない。毛の一本も生えていない。恐らく毛穴すら無いのだろう。
ただ、視覚はあるようで、顔をなで回す手を見ることはできる。白い手だ。おおよそ人の手とは思えない。よく目を凝らさなければ、たちまち、真っ白な背景と同化してしまい、形すら分からなくなるだろう。
声はどうだろう。口はないが、物は試しだ。適当に思い浮かんだ文章を言葉にしようと試みる。
「リア充爆発しろ」
・・・・・。
今、私がいかに寂しい人間か理解した。正直、あまり理解したくなかった。こんな悲しい現実。
現状、私には記憶がない。ただし、言葉を話せる事と、手足を自由に動かせることから意味記憶と手続記憶は無事なのだと思われる。反面、思い出を司るエピソード記憶に関してはとんと思い出せない。
にもかかわらず先程の言葉をつい、口にしたのだ。まるで日常的に叫んでいたかのように。まるで魂に染み付いた言葉であるかのようにッ!
・・・・・。
止めよう。深く考えるのは止そう。砂粒ほどの得にもならない。わざわざ消えた傷跡をほじくりかえす必要はない。それよりもっと建設的な事を考えよう。
目の前に置かれた四つのアイテムを調べなければならない。
まず、立て札を読む。
『残念!貴方は死んでしまいました(´・д・`)』
死んだと言われても、記憶がなければピンと来ない。あと、顔文字ウゼェ。
『ですが安心してください( ^ω^ )貴方には特別に記憶を引き継いでの転生が許されました(((o(*゚∀゚*)o)))』
いや、おもいっきり忘れているんだが。あと顔文字ウゼェ。
『方法は簡単です( ´∀` )b三つのくじ引きを引くだけ!それぞれのくじ引きで種族・容姿・転生先を決定します(o≧▽≦)ノ』
顔文字ウゼェ。
『ぴーえす 直接案内できなくてごめんね?(*>д<)天界も人員不足でさぁ(ToT)その分転生先のスペックには色をつけておくからさ( ´∀` )b許してちょんま「顔文字ウゼェ」
あまりのうざさに耐えかねて私は立て札を蹴り倒した。気がつけば安物のマネキンのようなボディになって、記憶もなく、謎空間に独りぼっちの極限状態であのハイテンションは強烈にトサカにきた。
まだ文章は長々と続いていたが、どうせ無駄話だけだろう。さっさとくじを引いて、転生とやらを終わらせてしまおう。
私は横一列に並んだくじ引きのうち、一番左の箱に腕を突っ込んだ。適当に中身の紙切れをかき混ぜて一枚引く。すると、私に引かれた三角折りの紙切れはひとりでに宙を舞い、折り畳まれて中身を露にした。
どことなく優雅な動きだ。だが、縁日で見かけるような安っぽいくじにはこれっぽっちも似合わない。
くじにはシンプルに結果がポツリと書かれていた。ノーマルなテンションが大変ありがたい。
『半人半霊』
人なのか霊なのかはっきりとしない。これではっきり転「生」と言えるのだろうか。ただ、どこかでこの言葉を聞いた覚えがある。ような気がする。まぁ今は気にしないで、さっさとくじを引いてしまおう。
真ん中のくじを引いた。
『女 銀髪 青眼 身長低め 巨乳 大変美しい』
これは当たりを引いたのではないだろうか。出来れば身長は高い方が良かったが、この容姿ならば来世では「リア充爆発しろ」等と言わなくてもすむだろう。
少し上機嫌になりながら三つめの箱に手を入れる。平和な世界であることを願いながら最後のくじを引いた。
引いたくじにはもう一枚紙が引っ掛かってついてきた。これはついてきた方を戻すべきだろうか。そう思ったが二つともさっさと開いてしまった。この場合はどうなるのだろう。
『東方projectの世界』
『ハリー・ポッターの世界』
はて、なぜだろう。平和な生活は送れないような気がする。
私が首をかしげたところで、視界が暗転した。そして、意識も薄くなっていく。眠るように、穏やかに・・・。
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気付けばまた知らない空間にいた。今度はくらい場所だ。だが不安は感じない。温かく、安らぎを感じる。ここにいれば安全だと自然と確信できる。
ここは恐らく母の子宮の中なのだろう。どうやら転生はうまくいったようだ。少し未来への不安はあるが、それ以上にここから出る日が待ちどうしい。しかし同時に、ここから出たくない、ずっと居たいとも思う。
とにかく今は眠っていよう。母の温もりを感じながら。
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あれから何度か寝て起きてを繰り返した。此処では、母の鼓動の音と、時々外からも声が聞こえてきた。いくつかの声が聞こえてきたが、どの声も私が生まれるのを待ち望んでくれているようだった。
最近では、体も完成してきたようで、壁を蹴れるようになった。蹴る度に母が喜んでくれるので、起きているときは時々蹴るようにしている。
此処から出る日も近いのかもしれない。
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眠っていると突然、強い衝撃で目が覚めた。何事かと思い辺りに意識を集中させると、母の苦しげな声が聞こえた。どうやら今日が私の誕生日になるようだ。
母が、私を産んでくれようとするのを、私も精一杯手助けする。
産道にはしっかり頭から入った。腕や足も伸ばし、つっかえないようにする。
私はあまり時間をかけずに生まれた。外の声には子供のものもあったので、私の母は経産婦だったのかもしれない。私の精一杯の手助けに効果があったのか分からないが、とにかく安産だったように思う。
生まれてすぐ、私は力の限り泣いた。転生の喜びと、両親への感謝を、泣き声へと変えて。
過去の私がどんな人間だったかは分からないが、そんなものは関係ない。私は今生きている。過去ではない、今に生きているのが私だ。全力で生きて最高の幸せを手にいれてやる。
決意を胸に、私は母の腕の中で再び眠りについた。
(2016/2/20)一部修正しました