ありきたりなお話ですが、とても大切なお話です。

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大切な友達

 女の子が泣いています。男の子はどうして泣いているのか分かりません。どうしてでしょう、分かりません。なので男の子は最初から思い出してみることにしました。

 

 とある夫婦に二つの命が仲間入りしました。一つは大人しい男の子。もう一つは活発な女の子。

 記念に、と撮ったカメラが不用意にもフラッシュを焚いてしまい、男の子も女の子も怯えてしまったり、泣き出してしまったりするのでした。

 男の子と女の子は、ずっと一緒にいました。

 勿論、何かを考える程、成長はしていませんが、それでも男の子と女の子は、自分達は兄妹もしくは姉弟なのだろうと、そんなことを思っていました。

 でも、少し時間が経つと、その考えがどうやら違うらしいのだと男の子も女の子も分かりました。成長する速度が少しばかり違うようなのです。

 

 男の子の方が早く成長しました。元気よく走り回るようになり、すりすりと女の子に頬ずりをしたり、泣いている女の子の涙を拭うように舐めたり、ついうっかりテーブルの脚に頭をぶつけたりしました。頭をぶつける度に泣き声を漏らすと、お父さんとお母さんは男の子の頭を優しく撫でてくれました。それがとても嬉しかったのです。

 女の子はまだ、歩くことすら出来ていません。

 

 更にしばらく時間が経つと、ようやく女の子が歩けるようになりました。とはいえ、それはハイハイなのですが、女の子の活動範囲は何倍にも広がりました。

 男の子は女の子よりも歩きの先輩です。だから女の子の前を歩いて、沢山の事を教えました。ここは危ないんだよ。お父さんとお母さんはここかここにいるんだよ。ご飯はここにあるんだよ。

 少し余計なことを教えてしまうとお父さんとお母さんに怒られましたが、優しく怒られただけなので何回か繰り返してしまいました。ともかく、男の子は女の子の為に一生懸命、色々な所を教えました。すると女の子はお父さんとお母さんの真似なのか、優しく男の子の頭を撫でました。力加減もままならない小さな手でしたが、それでもとても心地良く、とても嬉しかったのを男の子はずっと覚えています。

 兄妹もしくは姉弟ではなくとも、男の子と女の子はとても仲のいいお友達になりました。どんな友達よりも深く、固く、強い絆を持った友達になりました。

 

 更に時間が経つと男の子も女の子も大きく成長しました。男の子は十分に大きくなり、女の子は沢山歩き回れるようになりました、沢山走り回れるようになりました。男の子と女の子の目線は大きく変わりました。男の子よりも女の子の方が高くなりました。

 二人は少し遊ぶ時間が少なくなりましたが、その分遊ぶ密度がとても濃くなりました。

「よし、遊びに行こう!」

 保育園から帰ってくると女の子はそう言って男の子と遊びに出掛けます。新しく出来た友達とも一緒に、公園や街中を駆け回ったりしました。活発な女の子やその友達は信号を待つのもじれったく、時たまスリリングな遊びと称して信号無視をしようとするのですが、男の子は必死に止めます。

「危ないよ。ルールはちゃんと守らないと」

 そう言っているのです。

 そうすると女の子や友達は、「ありがとう」と言って男の子の頭を撫でました。沢山撫でられました。色んな人に撫でられると男の子はとても嬉しくなります。でも、女の子に撫でられるのが一番嬉しくなります。そうして男の子は甘えた声を漏らします。

 

 更に女の子が大きくなりました。男の子はもうこれ以上大きくなりません。目線は二倍程の差が出来ましたが、女の子は屈んで男の子の目線に合わせるか、男の子を抱えて目の前にまで持ってくるかして話す時はずっと目線を合わせていました。

「あははっ! もう、やめてよー!」

 男の子が甘えると女の子は楽しそうに笑いました。女の子が笑うと男の子はとても楽しくなります。それはずっと変わらないと思っていました。男の子も女の子も、ずっと変わらないと思っていました。

 

 女の子は制服というものを着て、更に多くの時間を男の子とは別々に過ごすようになりました。部活動というものにも入って、更に一緒に遊ぶ時間が少なくなりました。女の子はあまり男の子と遊ばなくなりました。

「遊んで、遊んで」

 女の子の下に男の子は行きますが、女の子は少し鬱陶しそうに、少し面倒臭そうに、男の子を追い払いました。

「僕のこと、嫌いになったのかな」

 そんなことを思いながら男の子は女の子の下を離れます。とても悲しそうに男の子は去ります。女の子はとても悲しそうな顔をしていました。

「ごめんね」

 そんな言葉を男の子に向けます。とんでもない罪悪感に女の子は苦しめられます。そんなつもりではないのにごめんね、とその度に女の子は思います。

 女の子は男の子のことを嫌いになんて思っていません。ただ何となく、心が落ち着かないのです。色々な不安が女の子を押し潰そうとするのです。

 新しい友達、先輩や後輩との関係、部活動やその他諸々。勉強も難しくなりました。先生から将来のことを考えるようにとも言われました。色々な選択肢をくれますが、どれも最後は「自分で決めるものですから、よく考えなさい」とそんなことを言うのです。何を聞いても最後にはそう言うのです。あと少しくらいの後押しが欲しいのに、先生は全然くれません。何と言うか無責任にも思えます。

 お父さんやお母さんと沢山の喧嘩をします。女の子は少し変わった将来へと進みたいのに、お父さんやお母さんは反対をするのです。「貴方の為を思って言っているのよ」、「貴方の為を思って言っているんだ」、そう言うのです。私の為を思っているのなら反対なんてしないはずなのに。女の子はそう思います。

 そういった様々なことが、女の子を苦しめます。余裕がなくなります。男の子と遊べる程の余裕がなくなるのです。

「……ごめんね」

 そう思うのです。そう思うと胸が苦しくなります。だから次は優しくしてあげようと毎回思うのですが、そうなる前に更に多くのことが女の子を苦しめるのです。

「寂しいな」

 そう思って男の子が家の中を歩いていると、お父さんとお母さんが少し優しくしてくれます、頭を撫でてくれます。お父さんとお母さんも女の子と喧嘩をして寂しいようなのです。頭をなでてくれると嬉しいですが、女の子に優しくされる程は嬉しくなりません。やっぱり女の子に優しくされたいです。やっぱり女の子に頭を撫でて貰いたいです。

 いつか女の子と、また楽しく遊びたいなと思います。ずっと思います。思っています。

 

 女の子は新しい制服を着て別の所へと登校するようになりました。

「ごめんね、これからはもっと遊ぼう」

 いつしかそう言って、女の子は男の子と沢山遊ぶようになりました。でもどうしてでしょう。男の子はあまり遊べません。とても疲れやすくなっていました。もっともっと遊びたいのに、やっと遊べるようになったというのに、全然遊べません。

「そろそろなのかな」

 男の子はそれを理解していました。

「もっと遊びたいな」

 そう思いました。だから男の子は一生懸命、遊びました。遊びに行きました。

「ごめんね、もっと遊べたらよかったのに」

 息を切らしながら、そんな風に謝ります。女の子に抱えてもらって、家に帰りながらそんなことを思います。

「ごめんね」

 女の子も同じことを思います。ごめんね、もっと遊べたらよかったのに、と。遊んであげられていたらよかったのに、と思います。

 将来のことも大方決まりました。あとは勉強をして、それなりに友達と遊んで、そうしていけば多分、その将来へと進めるでしょう。友達や大人、お父さんやお母さんとの付き合い方も分かりました。お父さんとお母さんが言っていたことも分かりました、先生の言っていることも分かりました。

 文句なしと言えば嘘になりますが、満足な将来設計だと女の子は思っています。心に余裕が出来ました。心に余裕が生まれました。それは単純に心配事がなくなったからなのか、心が大きくなって広がったからなのかは分かりません、とにかく女の子は男の子と遊ぶ余裕が出来ました。

 男の子と沢山遊びました。ああ、どうしてこんなにも楽しいことが出来なかったのだろうと後悔しました。とてもとても後悔しました。過去の自分を恥ずかしく思いました。

「なるべく沢山遊んであげるからね」

 女の子は優しく男の子の頭を撫でてあげます。男の子は嬉しくなります、大きくなった女の子の手の平は男の子の頭を覆います。全体を綺麗に撫でてくれます。とても心地よくて、とても落ち着きます。手の平は大きくなりましたが、その心地よさは、嬉しさは変わりません。

 嬉しいです。楽しいです。心地良いです。もっと遊びたいです。

 男の子は心の底からそう思いました。

 

 更にしばらくの時間が過ぎました。

 また先生は女の子に将来について考えるようにと言いますが、女の子はもう悩みません。お父さんやお母さんと喧嘩することもありません。二人共女の子を応援してくれます。その道に行くと決意していると、もう将来について今について不安に思うことはありませんでした。突き進むだけでした。

 それよりも男の子のことが気に掛かります。とても不安です。

 男の子はもうほとんど動けません。起きて、ご飯を食べて、また眠る。そんなことを繰り返していました。もっと遊びたいと男の子は思っているのに体が全然動きません。

「ごめんね、ごめんね」

 女の子は涙を流します。とても悲しそうに涙を流します。それを見ていると男の子もとても悲しくなります。

 とても疲れています。何をしても疲れます。ぐったりとしていて、動けません。とても眠たいです。眠たいけれど、ただ何となく眠ってはいけない気がして、一生懸命、必死に起きています。

「ごめんね、ごめんね」

 女の子はまた涙を流します。それが見ていられなくて、男の子は女の子の涙を拭います。ペロペロと優しく拭います。すると女の子は優しく笑いました。女の子が笑うと男の子も嬉しくなりました。とても、嬉しくなりました。

「くすぐったいよ」

 ぎゅっと女の子は男の子を抱きしめます。強く抱きしめますが、苦しくはありませんでした。とても幸せでした。

「もっと遊べなくて、ごめんね、大好きだよ」

 男の子はそう思います。

「もっと遊んであげられなくて、ごめんね、大好きだよ」

 女の子はそう告げます。

 とても眠たくなりました。もう耐えられないみたいです。

 ごめんね、ごめんね。

 最後に甘えた声を漏らして、男の子は眠りにつきました。とっても幸せそうに眠りました。最期の最後まで男の子は幸せでした。

 

 女の子と男の子は家族でした。友達でした。大親友でした。

 男の子は女の子にとても大切なことを沢山教えました。色々なことを教えました。そして最期にも、とても大切なことを教えました。

 お別れ、というとても大切なことを。

 男の子と女の子は、とっても大切な友達でした。


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