「随分と戻ってくるのが遅かったわね。そこの息が切れてるこぁと関係あるのかしら。」
パチュリーの正面、そこには息絶え絶えなこぁと、しれっとした顔のアルトリウスがいる。
「ア、アルトリウス、さんが・・・。」
「こぁ、深呼吸をしてみるんだ。そうだ、吸って、吐いて。」
息切れしていて、何を伝えたいのか、わからなくなっている。そんな様子を見たアルトリウスは、地下で言った時と同じように、こぁは言われた通りに深呼吸をした。
「またですか!何でそんなに落ち着いてるんですかアルトリウスさん!」
「まぁ、まて。一旦落ち着くんだ。そんなに急いでいては事を仕損じるぞ?」
宥めるようにアルトリウスは言う。
「そうですね。ここは一旦落ち着いて・・・そうじゃなくて、私じゃなくてアルトリウスさんの問題でしょ!?」
「そうだったのか?それは済まないことをしたな。」
特に気にする様子もなく応えるアルトリウス。それに対して、こぁはアルトリウスの態度に叱るような口調で声を発する。依然アルトリウスの顔はしれっとしたものから変わることはない。
「こぁ、あんまり大きな声出さないでくれる?頭に響くわ。」
「え、あ、はい。すいませんでした…。」
何故ここでこぁが窘められる事になるのか、こぁは納得のいかない様な顔をしている。
「なんでそんなに慌ててるのかは知らないけど、今は紅茶を淹れてきてくれる?」
こぁは渋々と生返事をして行ってしまった。
「で?アルトリウスは何をしでかしたの?いきなり目の前でコントまがいの事されて驚いたじゃない。」
「そうか?あまり驚いているようには見えないが。」
殆ど表情を変えず驚いたというパチュリー。全くと言って信憑性に欠ける驚きである。
「あら、これでも驚いているのよ?わからない?」
「あぁ、若干だが目が見開いていたからな。驚いているのだろうな、とは思っていたが。」
「わかっているじゃない。」
「一応は騎士を束ねる立場にあった者だからな。多少、表情の機微は分かるつもりだ。」
「なら何で驚いてないように見えるって言ったのよ。」
「余りにも表情の変化が乏しかったのでな。確証が持てなかった。」
二人の会話が途切れる。パチュリーはアルトリウスに呆れたような、そんな視線を送るが、アルトリウスは気にした様子もなくしれっとしている。
「ここに戻る途中、道に迷った挙句、勝手に地下の方へと入って行ったんだ。」
先に口を開いたのはアルトリウスの方だった。
「あゝ、なるほどね。だからこぁがあんなに慌てていたのね。」
「あの扉の奥に何があるかは知らないが、勝手に入って行ってしまったことは謝る。何か罰があるなら受け入れよう。」
「別にいいわよ。そんなこと。」
帰ってきた答えはあまりにもあっけらかんとしていた。多少の罰は下るだろうと思っていたアルトリウスは意外そうな顔でパチュリーを見る。
「そんな簡単に済ませていいのか?だいぶこぁは慌てていたが…。」
「結界を解いてその先まで進んだの?」
「いや、結界を解けるほど私は魔術に知識を持っていない。まぁ、結界に触れるよりも先にこぁに連れ戻されたが。」
「なら別にいいわ。」
パチュリーは先ほどまで読んでいたのだろう大きな本に視線を落とす。どこかアルトリウスは釈然としない様子だったが、お咎め無しなら、と無理矢理に納得したようだ。
「あぁそうだ、パチュリー。」
「何かしら?」
本から視線を上げることなくパチュリーは答える。
「奥の方で私の世界の本を見つけたのだが貰ってももいいだろうか。」
「………その本ってそんなに大事なものなのかしら?」
視線をアルトリウスに移すパチュリー。
「あゝ、この一冊以外はあまり大切ではないが、この本は私宛に書かれた本だ。」
数冊の本の内一つを取り出す。無論それはオーンスタインがアルトリウスに宛てて書いた本だ。
他の数冊よりも古く、擦り切れて、傷が多い。
「本当は本の貸し出しも何しないけど貴方あての本ならしょうがないわね。いいわ、その本はあげる。でもそれ以外の本は駄目。」
「了解した。」
オーンスタインの本を貰うことを了承してもらい、アルトリウスの顔には笑が浮かぶ。仮にパチュリーがこの本も駄目だと言ったのなら、アルトリウスはそれに従うつもりだったが、それは杞憂に終わったので、やはり嬉しいのだろう。
アルトリウスはこの大図書館に来た時と同じく適当な場に座り持ってきた本を読み始める。
本の内容はアルトリウスが死んだあとの歴史が書かれたものであった。ウーラシールは滅び、グウィンは自らを薪とし薪の王となったという。
アルトリウス自身、深淵に挑み死ぬことがなかったらここに書かれている歴史の中で生きていたのだろうが、死んだ身となっては最早空想の中でしか、自分の生きていた先の未来を思い描く他ない
。
「あ、そうだわ。」
本の中程まで読み進めていた時に、不意にパチュリーから声が発せられる。
「貴方さっき何でも罰を受けるって言ってたわよね。」
「何でも、と言う訳ではないが、私に出来る罰なら受けるとは言ったな。」
何故いきなりその様な事を聞くのだろうか、怪訝な顔でパチュリー見る。
「ならまだ話していない貴方の世界の話しをしなさい。これが罰よ。」
その言葉を言うパチュリーの目は心なしか輝いているように見えた。
「さっきは別にいいと言っていたが、どういう風の吹き回しだ?」
「魔女は気まぐれで知識に何時だって飢えているのよ。」
その顔は早く話せといった顔だ。常人から見たら殆ど無表情にしか見えないが、そこはアルトリウス、細かい顔の動を読み取る。伊達に長年生きていたわけではない。
懐から銀時計を出す。時計の示す時間は夕食までまだすこし余裕があることを示していた。
「なるほど、わかった、時間の許すまで私が知り得る、私の世界の話をしよう。」
本を読み進めることを止め、一旦こぁの淹れた紅茶で喉を潤す。こぁは最初こそぶつくさと言っていたがアルトリウスが特にお咎め無しと知ると、もういいと諦めたようだった。
「あ、それは私も聞きたいです!」
茶菓子の乗った盆を持ちながらこぁがやって来る。こぁを交えて彼は語る、自らの生きた歴史を、自らの歩んだ道を。