東方騎士譚   作:城縫威

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椅子

ーーさて、図書館に行こうか。

 

アルトリウスは仕事がいつものごとく早く終わり、且つ料理当番が咲夜であるためどうにも時間を持て余してしまう。折角なのでまだ字を完璧に読める、という程でもないが、読めるようになってきたので読書でもしようかと思い立ったのだ。初の料理披露が終わった翌日ぐらいだっろうか、自分の世界の字は勿論かけるし読めるのだが、料理を習う時に折角の知識が詰まった料理本が読めなかったのは、少なからずショックだった。より良い料理を作るためというのもあるし、また違う字で読む物語やなにやらの本を読んでみたいという好奇心からも、アルトリウスは早急に字を習いたいと思っていた。それでアルトリウスはパチュリーに文字を習いたいと申し出た。が、面倒の一言で断られてしまった。仕方なく、こぁに頼んでみると快諾してくれた。理由は、その代わり、自分の仕事を半分手伝ってもらうとの事だった。時間を持て余し気味なアルトリウスには良い暇つぶしにもなるし願ってもない、よろしく頼むとお願いした。だがどうだろう、実際に文字、言葉を教えるという行為は中々難しいようで、こぁはアルトリウスにどう教えるか、いやまずどの言語を教えるかと四苦八苦した。アルトリウスもアルトリウスで、どんな言葉が他にあるのかと色々な言葉を習って見ようと試みるのだが、一つ一つ違う文字、言葉を覚えることは困難だった。教えるのが初心者、教わるのが初心者な彼らの姿を見かねて助け舟を出したのが、面倒と言って断ったパチュリーだった。どうやら、簡単な事をぐずぐずだらだらとやり続けている姿が気に入らなかったらしい。ズバズバと教えるときの問題点を言い綴っていくパチュリーに、少々こぁは落ち込んでいた様子だったが、アルトリウスがこれを機に、こぁも習ってみたらどうだろうかと言ったら、こぁもやる気を出してパチュリーにお願いしますと頼み込んだ。負けず嫌いな一面があるらしいと、意外な事を知れたアルトリウスは、ほっこりとしたような気持ちになる。助け舟を出すだけに留めようとしていたパチュリーは、何時の間にやら先生になっていることに嘆息すると、しょうがない、やってやるかと、重い、いや軽いのだが、腰をあげてアルトリウス達に教授し始めた。これが中々教えるのが巧い。流石に知識が豊富だと、教え方も巧いのかとアルトリウスは感心して、勉強に精を出した。そして今に至る。教えることが上手いと言っても毎日教えるような気力は無いとして今日は勉強会はない日だ、ではどれだけ読めるようになっているのか、力試しのような気持ちで図書館へといった。ちなみに今習っている言語は日本語である。その訳は、この幻想郷は日本語をよく使うからだそうだ。紅魔館より外に出たことがないアルトリウスには、いまいちイメージが湧かったが。

 

重い大図書館の扉を開いて階段を下る。入ると同時に古書の独特な香りが鼻の中かに広がった。悪くない匂いだとアルトリウスは思う。アノール・ロンドにいた頃も、読書は嫌いじゃなかった。

 

「ここ最近毎日来ているわね。」

 

「世話になっている、今度何かお菓子でも作るさ。」

 

「そうして頂戴、私も何か対価が無いとやる気が起こらないもの。」

 

「そうか、何かリクエストはあるか?」

 

「特に、こぁとでも相談してみたらいいんじゃない?」

 

「今度そうするかな。」

 

大図書館の主、パチュリーとの簡単な会話を済ませると、日本語で記された本を三冊ほどと、辞書を一つ本棚から抜き取って、パチュリーの座る場所の近くにある、簡素な椅子に腰掛けた。アルトリウスがここで字を学ぶために、自分の部屋から持ってきたのだ。簡素であるが、その形と言い、色合いと言い、なんとも言えぬ良さが滲み出ていて、アルトリウスも結構気に入っている椅子だ。

 

一つ、二つ、ページを捲る音、さらさらと、パチュリーが紙に書き込んでいく音、二人の息遣い、本棚の奥で聞こえる、こぁの作業する音、アルトリウスは静かな時間の流れを感じた。

 

「あゝ、そうだ、アルトリウス。」

 

「ん、何かな。」

「これに少しサインしてくれないかしら、貴方の世界の字でいいから。」

 

何時間か時間が過ぎた後に、ふとパチュリーが羊皮紙のようなものを取り出していった。

 

「これに、か?」

 

ーー平然とした顔だが……どこか、何やら企てているような、いや、ないか。

 

渡された羊皮紙には見慣れない記号のような文字が書かれていたが、パチュリーにことだから特に変なことはしないだろうと、勝手に決めて、アルトリウスはサインすることにした。

 

「ここでいいんだな?」

 

「ええ、そこであっているわ。」

 

羊皮紙の一番下にある横長の線のところに指をやってアルトリウスがパチュリーに見せると、パチュリーは頷いて答えた。アルトリウスは胸ポケットに入れている万年筆を取り出して自分の名前を記した。しかしこれといって何か起こるわけでもない、いや、なにか起こったら起こったらで問題なのだが。

 

「有難う。」

 

パチュリーが心なしか明るい口調であるような気がしたが、どうしてだろうか、細かい機微が分かるアルトリウスでも、今回は上手く読み取れない、もしかしたら意図的に隠しているのかもしれない。

 

「これは何なんだ?」

 

「これ?」

 

「あゝ、書かせておいてなんでもないということは無いだろうからな。」

 

「契約書よ。」

 

「契約書?」

 

「そう、契約書。」

 

「何のだ?」

 

「貴方の。」

 

「私の?」

 

「そう貴方の。」

 

「ふむ……。」

 

パチュリーは何を言っているのだろうか、何時もなら簡潔にそして纏まっている答えが返ってくるはずだが、今回は随分と、何というか楽しむように答えている。私の契約書とは何だ、いや既にこの紅魔館で働いているが、もしや契約等しなければいけなかったのか、なんともまぁ、不思議な。

 

「どうしたんだパチュリー、今日はどうにも要領を得ない。何やら楽しんでいるようにも思える。」

 

パチュリーは、珍しく、感情を表に出した。口にほんの少しの歪みをもたせ、漏れるその笑は紫色の香水が漂う。幼い容姿からは予想もつかない雰囲気の食い違いに一瞬であるがパチュリーの放つ気配に飲まれてしまいそうになる、その驚きを外に出すアルトリウスではないが、相手は魔法使いだ、もしかしたら既に自分の内を覗かれているかもしれない。そんなアルトリウスの心中を知ってか知らずか、パチュリーは僅かに笑う。

 

「ふふ、そんなに警戒しなくてもいいじゃない、大したことじゃないわ、貴方と契約を結んだだけよ。」

 

「それは何となく分かる、だがその契約の内容だ、私には読めない字で書かれていた。何を企んでいる。」

 

「あら、貴方読めないのにサインしたの?ダメよ、ちゃんとこういったたぐいの書類は理解してからじゃないと。」

 

またそう言ってくすくすとパチュリーは笑った。

 

「別に私をどう扱おうと構わないが、契約の内容くらいは教えてくれないか、君も私が読めないと分かっていてやったんだ、それくらいの権利はあると思うがね。」

 

「ええ勿論、構わないわよ。」

 

パチュリーはそう言って、目の前の羊皮紙を片手で掴んで顔の前に寄せる。契約の内容位覚えているはずなのにそうするのは、大仰にやってみせてアルトリウスの反応を楽しんでいる、のかもしれない、のだが、アルトリウスには判断がつかなかった。

 

「この書の主をパチュリー・ノーレッジとし、これに契約するものは主に絶対の忠誠を近い、また服従の意として、あらゆる命令にそむことなく従う、これがこれの内容よ。」

 

「なんだ、そんなことか。」

 

アルトリウスは特に狼狽する様子もなく、事も無げに答える。この反応には逆にパチュリーの方が驚いた。目が若干であるが見開かれている。

 

「驚かないの?」

 

「何をだ。」

 

「この契約の内容よ。」

 

「あゝ、もったいぶるので少々身構えたが、何のことはない。」

 

「私が言ったこと全てに従わなきゃいけないのに?貴方、私に呪縛をかけられたものなのよ。」

 

「私にまた、生きる為の時間をくれた。ここはいい所だ、穏やかに時間が進む。一回、死んでみないと、この感覚はわからないだろうが、二度と見ることのないと思われた景色がもう一度見れるというのは、なんというのだろうな、これ以上ない喜びにも似た、そう、言葉に出来ないくらいの感情があるんだ。それだけのものをくれた、パチュリー、君や、この紅魔館の皆にはもう既に命を捧げている。もとより、頼まれれば何だって聞き入れるつもりだったんだ、だから、あまり驚くことはないのさ。」

 

アルトリウスは、自らの手を見つめて、握ったり、開いたり、そこに生きているという感覚に目を細めた。

 

「ふぅん、そうなの。」

 

「何だ?何やら面白くなさそうだが。」

 

「えゝ、だって貴方が慌てふためく姿を望んでいたのに、そんなこと言われたら冷めちゃうわ。」

 

「それは、すまない事をした、だが、事実だ。」

 

「ま、いいわ。」

 

そういってパチュリーは羊皮紙を机の上に置くと、椅子から立つ。

 

「アルトリウス、この椅子に座りなさい。」

 

「ん?何故だ?」

 

「試してみたいことがあるから。」

 

「あゝ、分かった。」

 

アルトリウスはゆったりとした動きで、椅子から立ち上がるとパチュリーの座っていた椅子に向かう。何を試すのかと聞きたい気持ちもあったが、そうしつこく聞くと機嫌を損ねそうだからやめた。改めてパチュリーの座っている椅子を見ると、パチュリーの背丈に比べて随分と大きな椅子だ。それにくわえて上質な布と柔らかなクッション、装飾もまた、派手すぎずにパチュリーにあった美しさがある。アルトリウスが据わっても何ら問題ないような大きな椅子にすっぽりとパチュリーが座っているのだと思うと、すこし可笑しかった。

 

「さ、座ったぞ、次はどうすればいい。」

 

そうアルトリウスが言い終わるよりも先にパチュリーがぽすりとアルトリウスの両足の間に座り、背をアルトリウスの身体に凭れさせた。

 

「これは……何の実験だ?」

 

数多の戦いのせいで、枯れた、というより擦り切れてしまっているアルトリウスには、見た目可憐な少女であるパチュリーがこのようなことをしても、特にドギマギするということはない、やはりどこまでも不思議に思うだけだった。

 

「貴方って本当に面白みに欠けるわね、普通ならもっと慌てるところよ。」

 

「そうなのだろうか。」

 

「そうよ。」

 

「そうか……。」

 

しばしの沈黙が流れる。この状況にどうしたら良いのか、手をこまねいていると、パチュリーが先に口を開いた。

 

「こぁがこういうことをやってもらいたいと思ってるらしいのよ。」

 

「こぁが?」

 

「そう、なんかこの前、やけに熱心に何かを書いているから、一寸こぁがいない間に除いてみたら、いつかやってもらいたいリストっていうタイトルでいろんな事が書いてあったわ。」

 

「あまり人の書くものを覗くというのは趣味が悪いぞ。」

 

「下僕が主人の行いに口出ししないの。それでそのリストの中にあった一つがこれというわけ。」

 

「この程度の事を、態々契約書を使ってまですることではなかったろう。」

 

「この程度のことを頼みたくないから契約書を作ったんじゃない。私はこれよりも、私の命令で慌てふためく貴方を見てみたかったのよ。」

 

「ふむ、それは、ご期待に添えられず、すまないな。」

 

「ま、別にいいんだけどね。」

 

アルトリウスはパチュリーの両脇の下に手を入れると、少し持ち上げ、自分の膝の上にのせた。

 

「なに、こんなこと命令してないけど。」

 

「いやなに、少々収まりが悪くてな、こっちのほうがしっくりと来る。」

 

「やるならやるで言ってからやりなさいよ。」

 

「あゝ、次から気をつける。しかし、こうしていると娘を扱っているみたいだな。」

 

アルトリウスの言葉にパチュリーはむっとする。

 

「……私は娘っていうほど若くないんだけど。」

 

「そうか?私にはこの紅魔館にいる者全てがずっと若くみえるのだが。」

「これでも私、百年は生きているのよ。」

 

「それはそれは、だが、幾千幾万という年を過ごしたことがないのなら、やはりまだ若いさ。」

 

パチュリーは上を見上げるようにしてアルトリウスの顔を見た。覗きこむようにしてパチュリーを見るアルトリウスの顔は得意気に咲っている。

 

「……下僕なら下僕らしくなさい。」

 

「了解した。それよりパチュリー、これは何時まで続けるつもりだ?」

 

「そうね、私の気が済むまでかしら。」

 

「それは一体どれくらい?」

 

「さあ、私の気分次第。」

 

「ふむ、なら少しの間眠っていてもいいだろうか。」

 

「貴方、さっきの私の言葉をもう忘れたの?」

 

「いやぁ、どうにも暖かく、睡魔が襲ってくるのでな。」

 

「はぁ、まあいいわ、でも私が起きろと言ったら直ぐ起きなさいよ。」

 

「あゝ分かった、ちゃんと、従うさ。」

 

そういってアルトリウスは目を瞑り、規則正しく寝息を立てた。その両腕はパチュリーを抱き寄せる形であり、時々であるが、パチュリーを抱くその手がぽんぽんと、まるで子供をあやすようにパチュリーの身体を指先で叩く。子供扱いしてくるアルトリウスにやはりパチュリーはむっとする。遊んでやろうと思ったら遊ばれてるみたいじゃない、とパチュリーは心の内で独りごちたが、まあ、確かに悪くわないわね、とも思って、自分も少し休むかと、アルトリウスと一緒に眠ってしまった。

後に、自分の作ったリストを読まれたことを抗議しに来たこぁが、まさに父子の図である二人を見た時、とうの二人よりもあたふたとしたのは余談である。

 

 




東方騎士譚、一年以上更新していないままだったので、小話を一つ、長い間放置、していたわけではないのですが、更新せずにいてすいませんでした。
少しでも楽しんでいただければ幸いです。
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