東方騎士譚   作:城縫威

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紅幻想

男は目を覚ました。生憎目覚のいいものではなかったが。

身体中を嫌な汗がじっとりと濡らしている。

額からも玉のような汗がつたっていた。

「......ここは?」

男は今いる場所、置かれている状況について理解が出来ていないようだ。

「私は...何故......。」

理解がないながらもせめてと身体を起こし、体の調子をみる。

「傷が...ない?それに左腕も動く。どういうことなんだ。」

だがそのせいでより困惑が彼を取り巻く。

身体には毛布がかけらており、自らの鎧はなく鎧の中に着る服のままに寝かされていたらしい。

ずっと寝ており固まっていた身体を無理やり動かし自分の寝ていたベットから立ち上がる。

無理やり動かされた身体は軋み、動くたびに痛みが奔るが我慢できないことはない。

一歩一歩ゆっくりと部屋を出ようと歩みを進めた。

扉の前にたちとってに手をかける、しかし自分がそのとってをひねり、扉を開けるその前に、とっては動き、扉は動く。

「あら、起きたのね。でも大丈夫?いきなり動いて。」

扉の向こうにはメイド服を着、凛と立っている女性がいた。

     ──────────◆──────────── 

男と女は並び紅く色塗られた廊下を歩く。男はだいぶ体も慣れたようで、最初こそたどたどしい足取りだったが今では何も問題がないように歩く。扉を開けられてから直ぐに大丈夫ならついてきてと言われ、何も情報がない今、案内されるがままにしている。

「ここよ。」

連れて来られたのは一つの大きな扉の前。

「お嬢様、連れて参りました。」

「そう、じゃあ入ってきて。」

物々しく置かれている扉の奥から幼い少女の声が聞こえる。扉を開け、中に入るとそこには二人の少女がいた。

「初めまして、名も知らぬ騎士さん。私はこの紅魔館の主を務めているレミリア・スカーレットよ。私の隣にいるのは貴方の存在を明確にさせた私の友人、パチュリー・ノーレッジ、貴方を案内したのは十六夜咲夜、私のメイドよ。」

レミリアが部屋に入って早々に自らと自らの友人、メイドの紹介を終える。

「貴方の名前は何かしら?」

「すまないがソファーに座らせてくれないか?まだ体が馴染んでなくて痛むんだ。」

まくしたてるように言うレミリアに男は自己紹介をするよりも先に座りたいと頼んだ。確かに歩けるほどには体は慣れたとしてもそう直ぐに完璧に扱えるまで馴染んだわけではない。目覚めるまで死人であった彼にとっては立ち続けるというのはいささか酷であったのだろう。

「あら、ごめんなさい。座るとといいわ。」

「すまないな」

「で?貴方の名前は?」

レミリアの目は輝いている。それはもうおもちゃを目の前にだされて早く遊びたいとでも言うような、そんな様子だ。

「レミィ、気持ちはわかるけどそんなに答えを急いで聞こうとしたら彼も困るわよ。」

横にいた長髪の少女がレミリアに声をかける。レミリアもその言葉に幾分か落ち着いたようだ。

「それもそうね、ごめんなさい。咲夜、紅茶を入れてきてくれるかしら。」

レミリアは咲夜に紅茶を頼む。男はこれで落ち着いて話ができるなと思っていたその時

「どうぞ。」

横からメイドが紅茶をカップに注ぎソーサーに乗せ前に出して来た。

──流石に早すぎやしないか…?

それを思うのは当たり前だろう。頼まれて直ぐに淹れたての紅茶が前に出される。紅茶はちゃんと作ればお湯を沸かし、カップとポッドを予め温めておき、沸騰したお湯で茶葉を数分蒸らしてから飲むものだ。雑に作ってもやはり四五分はかかる。

「不思議そうな顔をしているわね、その不思議に思うことも後で説明してあげるわ。」

少し顔に出ていたのだろう、レミリアから声をかけられる。

「じゃあ改めて聞くわ。貴方の名前は?」

「私の名前はアルトリウス。かつて王グウィンに仕えていた四騎士の一人だ。」

レミリアはその言葉にパアッと目を輝かせて、隣にいたパチュリーは目を大きく見開いてこちらを見た。

──何か私はおかしな事を言っただろうか……?

名前を言ったら相手は既に自分の事を知っているようで、頭の中にまた一つ理解できない事が増えたアルトリウスであった。

     ──────────◆──────────── 

「その様子からして君たちは私のことを知っているのか?」

先ほどのアルトリウスの名前を聞いての反応、明らかに知っている様子だ。

「ええ、知っているわ。それもよく、ね。」

「よく知っている?見たところ私のいた所とは随分と違う場所のようだが…。」

何故違う土地でアルトリウスの事を知っているのか。

アルトリウスがここが違う土地だと思ったのには多数の理由がある。一つを挙げるとすれば、レミリアの体に一対の羽が生えているということだ。アルトリウスのいた世界でこの様な姿の者が入れば直ぐにでも報告がくる筈だ。それが体から羽を生やす異形ならば直ぐにでも討伐隊を組んでその場へ向かうほどなのだ。今までずっと隠れていたという可能性はなきにしもないが、紅に染められたこの館に堂々と住んでいる様子、同じ世界であれば遥か遠くにでもなければ直ぐに噂が飛ぶ。流石に騎士として名の知れたアルトリウスであっても、そこまで遠い所で有るならばその名が知れる可能性というのはとても低い。

「不思議そうな顔をしているわね。まぁ、無理もないとは思うけど、絵本の中の英雄が目の前に居るんですもの、貴方を知らないわけがないわ。」

「絵本?私が絵本に?」

「あら?知らないのかしら。深淵歩きアルトリウス、貴方を主人公とした絵本でしょ?」

レミリアの言葉にはっと気づく。「深淵歩き」、その二つ名を教えてくれたのは私が死ぬ前、私を救ってくれた戦士レオンが教えてくれたことだ。だがそれを理解したアルトリウスの顔は少し憂いた顔に変わる。それもそうだろう、アルトリウスは絵本の元となった本人、その当時のこと、それは彼が死ぬ直前の話だ。それもさっきまで死んでいたアルトリウスにとってはついさっきのことである。

「深淵の洞窟の先にいた怪物を倒し、囚われの姫を救った英雄。さぞかし高い地位になったのでしょう?貴方の絵本、怪物を倒して姫を救うところしか書いてないんだもの。私は救った姫と結婚でもしたのだと思うのだけれど実際の所はどうなの?」

アルトリウスは事実を言うか言わぬか迷った。眼の前に居るこの少女は絵本のことを事実と捉えている。しかし本当の事実はそうではない。アルトリウスはしばしの沈黙のあと目を輝かせ答えを待っている少女へと口を開いた。

「その絵本に何を書かれているかは私には分からない。だが多分そこに書いているような偉業を私は成し遂げてはいないよ。」

レミリアの顔は落胆し、つまらなそうな顔へと変わってしまった。

「なんだ、やっぱり絵本のお話は絵空事だったのね。」

アルトリウスにとっては落胆されてもそれが事実なのだからどうしようもないのだが。

「まあレミィの期待通りに行かなかったことはどうでもいいわ。貴方に少し聞きたいことが有るんだけど。」

ずっと傍観を決めていたレミリアの友と言われる少女パチュリーが口を開いた。

     ──────────◆──────────── 

「なんだろうか、私に答えられることならば答えよう。」

「何故貴方の魂は明確に世界の中で明確な存在を保つことが出来たの?」

「魂...存在...。」

簡潔に言われた質問だがどうもよく理解が出来ない。

「ちょっとパチェ、そんな事いきなり聞いて解かるわけないでしょう。その騎士だってさっきまで死んでいたのよ?もっと噛み砕いて聞きなさいよ。」

先程より幾分かレミリアの態度が軽くなったように感じる。先程までの少し丁寧な態度とは違い、砕けたような感じだ。推測するにレミリアがアルトリウスに話しを聞くための手段だと考えるべきか。

「それもそうね。少しだけ興奮していたわ。ごめんなさい。」

ここがどんな世界か分からぬアルトリウスにとってパチュリーの質問は少し難しすぎる。

「すまない。まず質問に答えるより先にこの世界の事について教えてほしい。」

あらゆる質問にも答えるのには知識が必要だ。この新たに生きる場所となる世界の知識があれば自分のいた場所との知識とを照合出来る。

「そうね、生き返ったばかりの人に聞くにはちょっと無茶ぶりが過ぎたわ。」

「まず先にウーラシール、アノール・ロンド。これらの言葉を知っているか?」

アルトリウスの住んでいた場所、そして散った場所、共にアルトリウスにとって関わりの深い所だ。

「あるといったらあるけどそれもないに等しいわね。」

あまりはっきりとしないパチュリーの答え。

「どういうことだ?」

「その言葉は地名でしょ?それは絵本に書かれていたわ。」

合点がいく。レミリアも言っていた絵本、これに書かれていたとしたら確かに言葉だけは知っていることになる。

「予め言っておくけど名前は知っていてもよくは知らないわ。この幻想郷に来る前にもそんな地名は聞いたことがないし。」

「え?そうなの?」

レミリアも知らなかったようだ。

「幻想郷とはなんだ?」

パチュリーの口から出た新たな言葉、「幻想郷」

「幻想郷とは──」

パチュリーは説明する。この幻想郷について。かつて現実世界と共に在った幻想、しかし現実世界の勢力が強まり、幻想とのバランスが崩れることを憂いた妖怪、八雲紫が張った現実と幻想を分ける結界、そしてそれからの後、新たに張られた常識と非常識を分ける結界について、この世界に住んでいる住人、妖怪や人について、いま説明出来る限りの情報を伝えた。それは人が聞けば信じられるような話ではない、現実と幻想、その内の幻想が集まる世界、途中から聞くだけ馬鹿だと思うような突飛な説明、しかしアルトリウスは一字一句聞き漏れのないように聞く。

「とまぁ、いま詳しく話せるのはこれくらいかしらね。」

全ての聞かされた情報を頭の中で整理していく。

「それにしてもパチェ、そんな長い話、よく咳き込まず話せたわねぇ。」

「今日は調子がいい日なのよ。」

明らかに整理していく情報と自分の持ち合わせている情報が食い違う。第一に大本となる現実と幻想というもの、現実世界の勢力が増し、幻想が追いやられる。アルトリウスの世界とは根本的に違う。アルトリウスの世界での幻想は、アルトリウスが葬り去ってきた異形だとして、現実、アルトリウス達や小人、それらが勝っていたかといわれるとそうでもない。時としては異形が優位に立ち、時としてはアルトリウス達が優位に立つ、そんな世界だ。アルトリウスが生きていた世界のずっと先の未来という可能性もあるが、多分違うだろう。現実が幻想に勝るということがまずないのだ。その世界を最初に支配していたのは幻想そのものなのだから。

「大体の事は理解した。ここが君の言う幻想郷の中だということ。外の世界とは隔離された所にあるということ。それらのことから分かったことが一つだ。」

「なにかしら。」

パチュリーはじっと目をアルトリウスに向けて答えを待つ。

「君の言う外の世界、そしてこの幻想郷。私がそれらとは全く関係のない場所、つまりは別世界から来たということだ。」

     ──────────◆──────────── 

「...どうしてそう思ったのかしら?」

「根本的世界観が違う。現実、君たちの言う人、予想するに私の世界で言われていた小人のことだろうが、それらが幻想に勝り、幻想を追いやっていく事はまずない。」

「それは例えば貴方の生きていたと言う時代と今の時代が遥かにかけ離れているという可能性はないの?」

「確かにその可能性は考えたが、考えた結果、それはないと判断した。理由は私の世界では現実も幻想の力を使うからだ。」

アルトリウスとパチュリーはお互いの情報を照らしあわせてゆく。

「先ほどの君の言っていた魂と存在、私の世界とこの世界とではあり方が違うようだ。」

「魂のあり方に違いが有るというのはどういうこと?」

「まずこちらの世界の事を知ったほうが早いな。」

パチュリーが幻想郷などのことを説明したようにアルトリウスもまた自分の世界について語る。霧に覆われ、古龍と呼ばれる朽ちることのない龍達に支配されていた遙か昔、無とほぼ同意義であったその世界に突如として発生した最初の火と呼ばるものがその世界にあらゆる差異をもたらした。熱さと冷たさ、光と闇、生と死。そして闇の中から生まれだした時代の先駆者たるアルトリウスの仕えていた王、グウィン。彼は生命の源となるソウル、つまりは魂の内光の中から王のソウルを見出した。王グウィンの同士「最初の死者ニト」、

「魔女イザリスとその娘たち」、「太陽の光の王グウィンに従えていた日の騎士達」、それらが組み更には古龍の中から裏切った鱗のない龍「白龍シース」らが世界を支配していた古龍たちを打ち倒したこと。

「すなわちだ、私の世界では魂と言う存在はとても強く定義されている。高みにある者だとその魂はとても強い力を持ち、死んだとしても魂の塊として世界に残留するというわけだ。」

アルトリウスは一息ついた。長い話しを終え少し痛む喉をまだ残る紅茶で潤す。

「なるほどね。別世界のことも魂のことも理解が言ったわ。貴方のいた世界がとても興味深いこともね。レミィの方は余りわかっていないようだけど。」

レミリアはパチュリーの言葉に慌てふためく。大方途中から話しを聞いていなかったのだろう。

「い、いや、えっとそこの騎士の世界がとても興味深いって話でしょ?ちゃんと解っているわよ。」

目線は泳いでいて出された言葉も概要とも言えないようなアバウトなものであった。

     ──────────◆──────────── 

今歩いているのは先程のレミリアとパチュリーの部屋へ向かう廊下の反対、つまりはアルトリウスが寝ていた場所へ向かう道だ。

彼女たちの会話の終わりに言い渡されたことはこういうような物だった。

「まぁ、なんでもいいわ。アルトリウス、貴方のことだけど行く宛てないでしょ?当たり前だけど。だからこの紅魔館で働きなさい。衣食住は保証してあげるわ。」

「いいのか?私なんかを雇って。」

「いいのよ。それに貴方を生き返らせたのは私とパチュリーだし。」

「レミィ、貴女は何もしてないわよ。」

「パチェ、横槍を刺さない。アルトリウス、そういうことだから。後のことは咲夜、貴女に任せるわ。」

「了解しましたお嬢様。」

ようは雇われて今のみすぼらし格好からちゃんとしたものに変えるために部屋に戻っている途中なのだ。

「部屋に戻ったら少しの間待機しておいてちょうだい。服を持ってくるから。その後に貴方にやってもらいたい仕事を説明するわ。」

やはり慣れない紅い廊下を歩きながら説明を受けるアルトリウス。まだ少ししか知らぬこの幻想郷という世界だが、なるがままになろうとそう決めたアルトリウスであった。部屋に着くと咲夜が服を持ってくるまでの間ベッドに座り、今の状況について考えていた。私が死んだ後キアランやゴー、オーンスタインはどうしただろうか。名を授けたレオンは進め続けられただろうか。あの世界もなかなか大変な所だったがここもまた少し大変な所らしい。咲夜が使う瞬間移動の様な能力。しかし紅茶があんなにも早く来たのだから違う能力だろう。死んで生き返るだけでも驚きなのに、生き返った目の前では沢山の出来事が立て続けに起きていく。起きて早々、心身ともに疲れるアルトリウスだった。

ガチャリという音と共に扉が開く。アルトリウスがそれに目を向けるとそこには黒と白が見える服を手に持った咲夜が立っていた。

「早いな。部屋についてからものの数分しか経っていない。」

「これでも遅いほうよ。男物の服がどこにあるか分からなかったから探すのに少し時間がかかったわ。」

普通なら更に早く仕事をこなせるという咲夜にアルトリウスは驚きではなく関心を覚えた。

──レミリアはなかなかに優秀なメイドを持っているのだな。仕事が早くて更に美人とは。レミリアが主人でなく男が主人だったら…いや、咲夜の能力で殺されるか。

今更ながらに咲夜の能力に恐怖を覚えたアルトリウス。

「これよ、貴方の仕事服は。」

差し出された服は紐タイのついた燕尾服であった。不思議なことに大きさはアルトリウスに調度良さそうな物だった。

「よくこんなに大きな物があったな。」

アルトリウス自身も自らの身長が他の者より大きいことに自覚はあった。ゴーはアルトリウスより更に大きかったのだが。

「奇跡ね、何であったのか私にも不思議な程よ。」

差し出されてた服を手に取りベッドに置いてからアルトリウスは自らの上着を脱ぎ捨てた。

「ちょ、貴方、私が部屋を出てから着替えてよ。」

女性の前で服を脱ぐとは恥を知らぬのか、咲夜を気にせずに服を脱ぐアルトリウスに咲夜は少し怒った口調で言う。

「ああ、すまない。」

それにアルトリウスは悪びれもしないで答えるが。

「はぁ、全く。」

そう言って咲夜は部屋を出る。アルトリウスはそれをちゃんと確認してから受け取った燕尾服を着た。

     ──────────◆──────────── 

紅い廊下を歩く咲夜。先ほどのアルトリウスの行動に怒りや恥ずかしさはない。だが先程の彼の上半身が頭に残っているまま消えることがない。彼が男性の裸を見たことがないからなどの理由で頭に残ったわけではない。確かに彼女は男性の身体、上半身だけだが、見たことは無かったが、それとは別の理由で頭から離れなかった。それは。

──今までに見たことがない程の細く引き締まった身体、そして何より夥しいほどの身体に残る傷。彼、生き返る前はどんな戦場にいたのかしら。

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