東方騎士譚   作:城縫威

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組手

両肩に三つずつ土の入った袋を持ち歩く男と両腕に水が満杯になったバケツを持ちながら歩く女性、アルトリウスと美鈴だ。

「へぇ~アルトリウスさん力持ちですねぇ。なにかやっていたんですか?」

アルトリウスの容姿はと言うと、見た目四十に達する前後、しかし若々しく、二十代と言われてもおかしくはない。身長は高く、女性の平均より高い筈の美鈴を遥かに超すくらいだ。だが身体は細い。それこそ肉があるのかと思うほどに細い。そんな身体に一つ十キロ近くある袋を六つ、昔何かをしていたのか気になるのは必然だろう。

「なに、少し騎士をやっていた。」

「騎士、ですか?」

「あゝ、今ではもう使えるべき主はいないがね。昔は騎士として隊をまとめていたよ。」

はるか昔、幻想郷とは違う世界、アルトリウスの世界で彼は自らの隊を率いて王グウィンと共に古龍達と戦った。少しでは言い表せない程の事をしてきたのだが、アルトリウスにとっては少しのことらしい。

「へぇ、凄いですね!もしかして武術とかやってたりします?」

「武術はしていないな。戦場に立っていた身だから時には素手で戦ったりはしたが…何故?」

「いやぁ、私これでも武術を嗜んでいましてね。もしよろしかったらアルトリウスさんと組手をしてみたいと思ったんですよ。」

少しだけ武術を嗜むという所が誇らしげな美鈴。武術にある程度の自身を持っているのだろう。

「組手とはなんだ?」

「組手を知らないんですか?簡単です。二人一組で行う稽古ですね。柔道だと乱取り、少林寺拳法だと散打などと言われるものですね。」

自分の知識を教えることが嬉しいのか、嬉々とした表情でアルトリウスに言う。

「ふむ、組手をやっても構わないが…うまく出来るかわからないぞ?それでもいいなら相手になろう。」

アルトリウス自身、この組手と言うものに興味があった。この世界に来てからというもの、身体を動かすのは洗濯と掃除のなどしかない。静かな時間も好きなアルトリウスではあったが、何時も身体を動かさざるおえない身であったアルトリウスには、今の日常では少し身体を動かしたいと思うのだ。付け加えて言えば今のこの身体がどのくらいの運動に耐えることが出来るのかも知りたいというのもあったが。

「本当ですか!じゃあこの花壇の手入れが終わったら

早速やりましょうね!」

顔に満面の笑みを浮かべて喜びを表す美鈴。笑みを浮かべた顔でアルトリウスにそういった後、楽しみなのか足早に美鈴は行ってしまった。

「いや、おーい。……門番の任はいいのか…?」

疑問に暮れるアルトリウスであった。

「しかし、なかなかにいい笑顔をするな。いいものがみれたから良しとしよう。」

疑問は考えぬことにして、またアルトリウスも美鈴の後を追った。

     ──────────◆──────────── 

紅魔館の門前、美鈴とアルトリウスが対峙する。

「組手をするにあたって何か決まり事はあるのか?」

「あくまで稽古なので、その範囲を出ないようにするのが決まりですね。まぁ、お互いに力を抜いてやればいいです。」

「了解した。」

「ええと、その服のままでいいんですか?少し動きにくそうですけど。」

そう美鈴が言うのは無理もない。アルトリウスは燕尾服のままなのだ。美鈴と服装を比べると確かに動きにくそうな格好をしている。美鈴もロングスカートではあるが、中にはズボンを履いており、なおかつスカートには切り込みが入れられているので足運びの邪魔にはならない。袖口も肘より上にあり、腕も動きやすいようになっている。

「いや、大丈夫だ。それより君に聞きたいことがあるのだがいいかな?」

「なんでしょうか?」

「君も何か能力が使えるのだろうか。咲夜が言うにはある程度の者なら能力を持っていると聞いたのだが。」

「あゝ、ありますよ。私は気を使う程度の能力ですね。」

「気を使う…か。なるほど、他人との関わりあいに長けた能力か。咲夜に比べると少し平凡だな。」

言葉の意味を取り違えるアルトリウス。

「いや違いますよ!?そういう気を使うじゃないですよ!」

慌てたように訂正を入れる美鈴。

「なんだ違うのか?」

「違いますよ!気を使うって言うのはアレです、自らの身体の中にある力を使う事です!空気を読むとかそういう気を使うではありません!」

何故か必死に訂正する美鈴、愉快である。

「はは、いやすまない、少しからかいたくなっただけだ。」

「なんなんですか!酷いですよもう…。」

ぷくっと頬を膨らませる美鈴。いつの間にこんなにもアルトリウスと仲良くなったのか気になる所だが、大方性格があるのだろう、植物を愛でる趣味も合うことからも仲良くなることは容易いことなのかもしれない。

「つい、な。誂いがいがあるものだから。」

膨らませた頬を萎ませて、何かを企むような笑みを浮かべる美鈴。

「いいですよーだ。アルトリウスさんにはもう手加減してあげません。紅魔館の先輩として教育してあげます。」

紅魔館に住む者からしたら何時になくやる気な美鈴を見て驚くのではないかと思うような気迫だ。実際美鈴もここで威厳を見せつけて先輩として振舞いたいと思っている。彼女としてはつい最近、この紅魔館に来たアルトリウスに誂われるだけというのは少し戴けないのだ。

「手加減なしと言うのは辛いものがあるが、まぁ頑張るとしよう。」

「ふふん、今ちゃんと謝るなら手加減してあげますよ?」

「いや、いい。手加減なしで行こうか。」

その顔に余裕を見せるアルトリウス。

「その余裕、直ぐに続かなくなりますよ。」

「望むところ。さあ、やろうか。」

二人の組手という戦闘が開始した。

     ──────────◆──────────── 

先に動いたのは美鈴の方だった。アルトリウスと美鈴との間は約三メートルあるかないか、それを一瞬で差を縮める。

──速いな。だが…躱せない程じゃない。

速さと共に繰り出される拳を身体を横に向けることで躱す。続けざまに勢いそのまま回転蹴りを一歩引くことで躱すが、攻撃の手もまた休まることはなく、そのどれもが速く繰り出されていく。鳩尾、脇腹、顎、どれも狙う所が急所となる所だ。

──はぁ、稽古にしては少し過激すぎやしないか?

美鈴、本気である。

「どう、したんですか!避けてるままじゃないですか。」

繰り出される攻撃と共にそんな声が投げられてくる。

「いや、今更になって女性に手をだすのが憚れてな。」

「!?女性だからって甘くみないでください!」

軽口を言ったせいで余計に怒らせたようだ。より攻撃は過激になる。

「なら少しだけ。」

今まで避けるのみだったアルトリウスが変化が生じた。攻撃の合間に出来る少しの隙、そこに割り込ませるように前に歩を進める。一歩、また一歩、避けては前へ進む。

「くっ!?」

美鈴の顔が顰められる。それもそうだろう。アルトリウスがしているのは攻撃でも何でもないただの嫌がらせのようなものだ。蹴りや突きを入れるには前に進まなければいけない。そしてその威力が最大に発揮されるのは最も付き出した瞬間。しかしアルトリウスはそれを妨害するかのように前に出る。美鈴が前に行こうとしても、アルトリウスが下がらないのであれば進むことは出来ない。何もするわけではなくただ美鈴の動きにくいように動くアルトリウスに段々と美鈴は苛立ってきた。苛立ちは少しずつつのり少しずつだが攻撃の手が単調なものへ変わっていく。

──ここらで一回引き離すか。

攻撃の中の一際大きい隙、アルトリウスはそこで大きく前に出た。いきなり直ぐ目の前に来た巨体、近づかれた美鈴はアルトリウスが掴んでくると思ったのか直ぐに後に跳ぶ。

「どうした?私は何もやっていないぞ?」

「さっきから馬鹿にしてるんですか?避けてばっかりでみっともないですよ?」

「君があまりにも必死そうに見えてな、手加減してやろうかと。」

美鈴の中で何かが切れる音がした。

「余裕を持つのもそこまでです。私も手加減をしてあげていたんですよ?直ぐに本気にでやると可哀想でしょう?でもここからが本番です。」

「ほぉ、最初から手加減なしでと言ったのは君だったはずだが手加減していてくれたのか。それは有難いことだな。」

言葉の中に皮肉を込めるアルトリウス。顔には薄っすらと笑みが浮かんでいる。

「…ふふ、さっき私の能力が気を使うことだって説明しましたよね?見せてあげます。そして後悔してください。」

目が据わっている。心なしか身体には薄く光が張っているようにも見える。

──さて、気を使う能力がどれ程のものなのか。身体もそれなり動くな。

「なら手ほどきお願いしたいね。美鈴様?」

「はあっ!」

第二ラウンドの始まりだ。

     ──────────◆──────────── 

最初に動くのはやはり美鈴からだ。

「っ…!」

先程も一瞬で差を縮めて来た美鈴。しかし今回は速さが断然に違う。地を抉り、刹那が如く前に現る。先ほどのように避ける暇はなくとっさに腕で防ぐアルトリウス。

「ぐぅ…!」

──衝撃が突き抜けてきた!?

その身体が僅かだが揺らぐ。その隙を見逃す美鈴ではない。続けざまに攻撃は続く。避ける余裕はアルトリウスにはもはやない。

「まだまだ!」

攻撃の手を止めない美鈴。その姿、すでに組手といったものは忘れている。それは正真正銘の手加減なしの攻防。続く攻撃、アルトリウスの身体が大きく浮いた。

「最後!」

速さ、力、全てにおいて完璧な回し蹴り。遠心力の乗ったそれは拳のそれより凄まじく、そして気の力も相まってアルトリウスの身体は大きく後方に飛ばされた。

「どうです?守ることに徹しているだけで攻撃も出来ない。今からでもちゃんと謝るのであれば許してあげないこともないですよ?」

その顔は勝ち誇った顔で、その言葉には余裕が見られる。

「何故攻めの手を止めた?」

吹き飛ばされ砂埃の舞う中、アルトリウスは憮然とした声で問う。

「そんなの貴方が負けたからに決ま「違うな。」え?」

「今、君は一撃が完全に入った故に勝ったと思ったな?まだ何も終わってはいないよ。」

「強がりですか?あんなにくらってもう貴方の身体はぼろぼろでしょ?」

「ぼろぼろね、君の目は節穴なのか?私は立っている、立って君に肉薄するための足も動いている。腕も難なく動くぞ?これで私がぼろぼろだと?はは……驕るなよお嬢さん。」

「なっ!?驕っているのはそっちのほうでしょう?強がりは見苦しいだけですよ。」

「君が、君がその手を止めなければ、私が完全に負けるまで攻め続けていれば君は私に勝てたかもしれないな。だが君はそれを止めてしまった。君はもう私には勝てないよ。」

美鈴の顔が引きつる。さんざん攻撃を当ててきた。そのどれもが全て外れることなくアルトリウスに当り、そして自分でも満足の行くほどまでに自分の繰り出した蹴りは彼を捉えた筈。だというのにこの男は彼女に勝てるという。絶対にだ。

「虚勢もいい加減にしてください。今度こそ気を失うまでやってあげましょうか?」

「無理だ。もう君の底は知れた。来るなら来るがいい。」

美鈴の顔に怒りが顕になる。

「わかりました。その減らず口叩き潰してやります。」

「さぁ早く来い。その自惚れ叩きなおしてやる。」

アルトリウスと美鈴、最終ラウンドの始まりだ。

     ──────────◆──────────── 

三度目になる戦闘、やはり開始と共に動くのは美鈴の方だ。身体に光を纏わせて閃光のように一直線に向かってくる。繰り出される拳、アルトリウスはそれを見切りいなす。避けるでもなく、防ぐでもなくいなすのだ。

──確かに、一撃一撃が速く鋭い。しかしなまじ力があるがゆえに…。

「その程度か美鈴!」

「図に乗らないでください!」

激昂、速いがゆえに避けられることを想定としないそれはあまりに単調なものだ。一度知ったその速さならどうとでも対処ができる。

「お笑い種だな、今さっきまでの威勢はどうした!

私を気絶させるのだろう、ならば速く一撃を入れてみろ!」

「はあっ!」

頭に血が登った攻撃は何とも容易きことか、怒りが感情を高ぶらせるために冷静さを失いただ一直線な攻撃のみしか放つことが出来ない。

「自惚れるな。」

何の躊躇いもなく放たれる回し蹴り、アルトリウスに隙が出来ていないことすら把握できなくなっている。繰り出された脚を避けるのではなく掴み、そして力の限りに投げ飛ばす。

「ぐっ!?」

「自惚れは自らの足を遅くし戦いの恐怖を消してしまう。」

美鈴に言葉など届かない。ただ勝つという感情が頭を支配し、アルトリウスに向かう。

「怒りに我を忘れるな。」

性懲りもなくアルトリウスに向かう美鈴。

「怒りは思考を鈍らせ今いる自分の状況すらも知るすべをなくしてしまう。」

何度も何度も振りぬかれる拳、全てをいなし機を狙う。そして現る一つの大振りな一撃、瞬間アルトリウスは前へ出る。

「そして勝ちたければ。」

一瞬の内に懐まで詰め寄り頭を片手で鷲掴みにする。反撃の機は与えさせない、させるはずがない。瞬時に足を払い身体と地との関係を断つ。宙に浮いたその身体、もう美鈴に為す術はない。

「全てに慎重に、そして狡猾に。」

地に叩きつける。衝撃に圧迫される肺、体全身に痛みが奔り、理解する。

──勝て、ない…。

「生に縋り付け。」

首元に向けられた手刀。ただその一手だけで勝敗が揺るがものへと変わる。例えそれが剣でなく手であってもそれは何時でもその首を落とせる剣と同じなのだ。突きつけた手刀を解き手を差し伸べる。

「済まなかったな。痛かっただろう。立てるか?」

掛けられるその声に怒りも侮蔑も何もない。ただ優しく声を掛けられる。

ただ優しく掛けられる声に手を伸ばす。不意に身体に訪れる浮遊感。

「少しからかい過ぎたな。」

アルトリウスがその手握り引っ張ったのだ。

「何がなんだかわかっていないような顔をしているな。」

「私…負けたんですね。」

無理やり出したような言葉、理解できた勝敗の結果が言葉に出る。

「まあ、稽古なのだからあまり勝敗など関係ないのだがな。」

「それでも私負けちゃったんですね。あれだけ大きなこと言っちゃってたのに。」

「誰でも自分の自信の持っていたことに茶々が入ると怒るものだ。それに自信を持てば持つ程な。だがそれをいかに抑えるか、抑えられなければ冷静さを失いただ一つの目的に走る猪と同じになってしまう。今回はそれを知ることが出来たら上々だろう。」

アルトリウスが咲う。

「アルトリウスさんってとても強かったんですね。本気出したのに負けちゃいました。」

「なに、戦ってきた経験の差だろう。ただ純粋に武術の稽古なら私は負けていたよ。」

「私もまだまだってことですね。有難うございますアルトリウスさん!紅魔館の門番としてより強くなる目標が出来ました!」

美鈴の顔に晴れ晴れとした笑みが浮かぶ。

「目標が見つけられたのならそれは良かった。」

「はい!また一緒に組手やりましょうね!」

「また今度、な。」

二人は握手を交わす。どちらの顔にも笑みが浮かんでおり、戦いの最中のあの険悪な雰囲気などありはしない。

そんな二人に煌めく二つの銀刃。

「むっ。」

「ふえ?っていやー!!」

アルトリウスは瞬時に避けるが美鈴には出来なかったようで、無情にも頭にはナイフが刺さることになる。

「いきなりとは酷いのではないのか?咲夜。」

「酷いのは貴方達でしょう。門番の仕事もほったらかしにして組手なんてものやってるし。」

メイド服を着こなしたメイド長がそこにいた。

「それについては謝る。次やる時には事前に伝えておこう。」

「いや、まず組手なんてやんないでちょうだい。そのボロボロになった服私が繕わなきゃいけないのよ?その一着しかないんだから大切に扱ってくれなきゃ困るわ。」

心底呆れたようなめでアルトリウスを見る咲夜。

「……まぁ、善処する。しかしいいのか?美鈴がそこで伸びているが。しかもナイフが額に刺さっているな。」

「ああ、いいのよ。それぐらいじゃ死なないし。それに組手を誘ったのも彼女、服をボロボロにしたのも彼女、更に門番の仕事をほったらかしにしていたのも彼女、これぐらいで済ませたんだから逆に感謝してほしいものだわ。」

死なないとわかっていても頭に刃物が刺さっていることになんら罪悪感も何も抱かないあたりこの幻想郷というものは少し、いやかなり常識というのがずれているのだろう。前もって説明されていたことではあったがそれを再確認するアルトリウスであった。

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