「さてと、今日の仕事はここまでだな。」
美鈴との組手から数日、ちょくちょく美鈴の組手に付き合ったり花壇の手伝いをしたりしている。もともと手先が器用であったのと同時に、植物についての基本的知識があったので逆に美鈴に教える立場に立つこともある。長年生きた知識というものはやはり深い。例え世界が違っても植物という定義が異なるわけではない。種子から芽を出し、大地から栄養と水を吸い上げ成長することに変わりはないのだ。アルトリウスの世界では動物を襲う植物もいないことはないのだが、まあ、それは微々たる差だろう。こちらの世界だって流石に大きな動物を襲う植物はいないが、植物の種類の中には食虫植物というものがあると聞いた。アルトリウスが美鈴に基礎知識を教えるように、美鈴もアルトリウスの知らぬ植物の知識を教えてくれるのだ。
「最近よく時間が余ると。まったり過ごせるのはいいことだがこうも時間が余るとすることがない。」
アルトリウスの容量が良い所為か、与えられた仕事は卒なくこなし、大抵日が傾く前には終わってしまう。そうするとアルトリウスにはすることがなく、夕食までの間自由行動となる。
「ふむ、今日は美鈴との組手の日ではないし、手入れの日でもないな。さて、どうするか。」
美鈴との組手の日は定めてある。咲夜が決めたのだ。理由と言ったら、美鈴がアルトリウスの組手の後、自らの弱い所を示された故かアルトリウスによく組手を誘うようになったのだ。「鍛錬を行うことは良いのだが門番の任はいいのか?」と、アルトリウスが質問した時は、「何とかなります!最悪妖精に任せればいいですから。」と、門番として良いのかどうか判断に苦しむ回答をくれた。それに見かねた咲夜が組手の日を決めたのだ。アルトリウスは毎回服を繕ってくれるのは忍びないとのことで、簡単な服の繕い方を咲夜から教えてもらい、ある程度の事は自分でするようにしている。無論のこと、アルトリウスの飲み込みの速さに咲夜は少々驚いていたが、アルトリウスにとっては戦いのない日常のことについて好奇心旺盛といったところで、教えてくれた知識を自分のものにするのが楽しいらしく、凛々しく整った顔の割に家庭的な事が大好きらしい。
「むぅ、そういえばまだパチュリーのいる図書館には行ったことがなかったな。」
アルトリウスはまだ一回も図書館には行ってはいない。それは自分にこの世界の字が読めるか解らないという事もあるが、なによりも美鈴からの誘いが多かったのだ。仕事の慣れないうちは、紅魔館を散策する余裕はなく、慣れて時間に余裕ができた頃に美鈴との組手、紅魔館に来て数週間だがなかなかに多忙であったのだ。
しかし今日は美鈴との組手も花壇の手入れも、そして仕事も今しがた終わって時間に余裕がある。
「さて、場所はどこだったか…。たしかこの廊下の突き当りにある階段を下に下れば図書館だったはずだが。っと、あったな。この扉の奥か。」
目の前には何の装飾のない冷たい大きな扉。そこに一抹の緊張を覚えたが、この扉を抜けぬことには図書館にある本が読めるかどうかさえの確認も取れない。アルトリウスは躊躇いなくその扉を押し開いた。
──────────◆────────────
扉は大きな音をたてて開かれる。それと同時に埃特有のツンとしたようなぱさついたようなそんな匂いが鼻を突く。
「ほぉ、これはすごい量だな。」
アルトリウスが簡単の声を述べるのも必然だろう。眼前に広がるのはまさしく本の森とでも言うべきかどこを見ても、本、本、本、それはもう人の一生では確信をもって言える程に読み切れない数の本があるのだ。
「あら、貴方がここに来るのは初めてね。なにか御用かしら。」
少女の声が耳に入った。
「いや、別段特別な用はないよ。仕事が速く終わったのでな、何か読める本でもないかと来た次第だ。」
「そう、でもここに貴方の読める本はあるのかしらね?」
「まぁ読めるものがあるかどうかの確認も込めて、だ。なに、騒ぎはしないから安心してくれ。」
「ま、こちらも困ることはないから適当な所に座って読める本でもあったら読んでなさいな。」
「了解した。」
──さてと、読める本の物色でも始めるか。
手始めにアルトリウスは近くにある本から見ていった。まずは適当に本を手に取り中を見てみる。しかしそこにあったのはアルトリウスには読めぬ字、ばかり。字の分からぬアルトリウスにとってただの記号の羅列にしか見えない。アルトリウスの世界にあった文字とはまず形そのものから異なり文字であった。
──ふむ、読める本があったとしても見つけるのは至難の業だな…。
「あ、そうそう、そこら辺にある本全部魔導書だから貴方には読めないと思うわよ?」
読めないと分かった本は積み、また次の本に移っていくという作業を繰り返す中、不意にパチュリーから声が掛けられる。
「多分読める本はここじゃなく、もう少し奥に行った所にあると思うわ。」
「どの本棚かわかるか?」
「分かるわけないじゃない。この本の量なのよ?本の知識は蓄えても、本の場所なんてものは覚えたりしないわよ。」
確かにそうなのだが、そういうことはできるだけ早く教えて欲しいものだ。
「ちょっとまってなさい。こぁ、一寸来なさい。」
とりわけ大きな声を出したわけでもないのだが、本棚の奥の方からバサバサと羽音がする。人ではないアルトリウスが聞いても小さい声だ。こぁと呼ばれている者はとても耳が良いのだろうか。そんなことをアルトリウスが考えていると、本棚と本棚の間から一人の少女が現れた。羽で空を飛んでいる姿ではあったが。
「はーい、パチュリー様、何ですか?。あれ?そこの貴方は誰ですか?」
若干間延びした声で聞くこぁと呼ばれる少女。切り揃えられた短髪の髪は美鈴と同じ赤髪である。
「この人を魔道書以外の本がある所に連れて行ってあげて。」
「了解しました。」
「よろしく頼む。私はアルトリウスだ。」
「こちらこそよろしくお願いしますね。私は小悪魔です。皆こぁって呼んでいるのでアルトリウス様もこぁでいいですよ。」
「了解した。では改めてよろしく頼むな、こぁ。」
「こちらです。」
そう言ってこぁは羽を羽ばたかせてまた本棚の奥へと進む。アルトリウスもそれに続いて歩く。幾千幾万の本の世界。もし読める本があるとするならば、もしかしたらアルトリウス自身の知らない知識の詰まった本があるかもしれない。心に幾ばくかの期待を抱き、案内されるがままに本の道をアルトリウスは進んだ。
──────────◆────────────
「はい、着きました。ここが最近流れてきた本棚です。絵本だったり歴史書だったり色々ありますよ。」
「有難い。にしても、ここまで来るのに十数分かかるとは、本当に大きいんだなここは。」
「そうなんですよ~。新しい本が来た時なんて整理が大変で大変で。」
この本の量を整理するという時点で大変どころじゃないだろうとアルトリウスは思ったが、それは口に出さないでおくのが大人だというものだ。
「案内してもらった礼だ、何時か私に時間がある時にでも呼んでくれれば手伝おう。男手がある方が楽だろう?」
「本当ですか!有難うございます!一度にたくさん本が来た時なんて運ぶのが大変で。」
見るからに嬉しそうに言うこぁ、思うにパチュリーがこの本を整理できる程動けるとは思えない。見るからに病弱体質だからだ。実際彼女は嘆息を患っている。と、すると、ここの本の整理は殆どこのこぁが引き受けていることになるのだろう。それを思うと少し同情するアルトリウスであった。
「何かありましたらお呼びください。」
「了解した。」
──さて、ここに読める本があるかどうか…。
本棚に収められている本全てが所々傷み、擦り切れているところ後があるようなそんな本ばかり、タイトルから読めるか読めぬかの判断も、それが擦り切れ文字もあやふやになっているのであれば確認することは出来ない。読める本がある可能性が上がっただけで結局は手探りで探していくしかないのだ。
「む、これは…。」
それは歴史書でも伝記でも何でもない薄い一冊の本。見出しは擦れていて読むことは出来ない。しかしその本に何か惹かれるものがある。開いてみればそれは一人の騎士の為に、懐かしき故郷の字で書かれているそれはアルトリウスの知る者が記した物であった。
──────────◆────────────
───嘗て、火の時代の遙か昔、灰色の時代。そこには熱さと冷たさ、光と闇、生と死、それらの境目の存在しない無の時代。古より在った朽ちることのない古龍達が世界を支配していた時代、それは突如として現れた。最初の火と呼ばれるそれは全てが灰に包まれていた嘗ての世界にあらゆる差異をもたらした。揺らぐ炎は熱さと冷たさ、光と闇、そして生と死を生み出したのだ。闇から生まれでた者達は古龍達に抗うすべを模索し、遂に私たちの生命の源、ソウルから王のソウルを見出した。”最初の死者ニト” ”イザリスの魔女とその娘たち” ”太陽の光の王グウィンと彼の騎士達”そして ”誰も知らぬ小人” 彼らの内、誰も知らぬ小人以外は結束し共に古龍を討とうした。何年の時が経ったのかは分からぬ。最初の死者ニトはその見の内に死の瘴気を溜め込み、魔女イザリスとその娘たちは自らのソウルを基盤に魔術を創りだした。太陽の光の王グウィンは彼の騎士達を古龍と戦えるまでに鍛え上げた。その騎士達を纏めあげた二人の豪傑、名はアルトリウスとゴー、騎士たちの中での古参であった彼らは強く、片や大剣を持てばまさに無双と謳われ、片や遥か先にある点ですらも射抜くとされた。彼らは一人の騎士、鍛えぬかれた騎士の中で最も才のある者オーンスタインを連れ三騎士として各々の隊を持った。機は熟し、太陽の光の王グウィンを筆頭とした彼らは古龍達との決戦を開始した。グウィンの雷が岩のウロコを貫き、魔女の炎は嵐となり、死の瘴気がニトによって解き放たれた。ゴーは目と羽を射抜き古龍を地にひれ伏させ、オーンスタインは自身の槍で古龍の心を突き、アルトリウス大剣で持ってその首を切り落とした。
なかなか決着の付かない中、最後は古竜達を裏切った、鱗なき古龍”白竜シース”の助力が決め手となり、古竜達は敗れ、王達の時代、火の時代が始まり繁栄していった。
それから数百年の時が経ち、騎士アルトリウスはウーラシールへ赴くこととなる。闇の力に魅了され堕ちた者達、ダークレイスを狩るためだ。ダークレイスは闇がある限り尽きることのない亡者のように増えていく一方、そんな中ウーラシールの王がダークレイスの力に堕ちたのだ。彼はグウィンの命により、彼の友人であったウーラシールの姫君を救うと同時に、ウーラシールの王を殺しに向かった。ウーラシールは最早救えない。国全てを闇が覆おうとしている。終いには国全てを覆い、さらに世界に闇が広がる。ウーラシールを救うことは出来ないが、その被害をさらに広げてはならないと息巻いて彼は自らの大剣を担ぎ、小さき頃より育ててきた相棒シフを連れてウーラシールに向かった。彼は深淵の魔物と契約して深淵を渡る力を持つ。それは深淵に闇が渦巻いているからだ。彼の内に闇を持っていない。闇よりいでて来た者達なのにその身に闇を宿してはいないのだ。その身体で深淵に入ればたちまち身体は乗っ取られ、自我を破壊され自分が自分じゃなくなってしまう。それゆえ魔物と契約した彼だけが深淵に向かうことが出来たのだ。そしてむかった深淵の洞窟の奥深く、堕ちたウーラシールの王の所へ、底までも道のりに何があったのかは分からない。ただその結果が良いものでなかったのは確実だ。彼は、騎士アルトリウスは闇に呑まれた姿で深淵の洞窟から現れたのだ。依然闇は広がり続け、彼の相棒シフ、それに付き添っていたはずの白描の魔女アルヴィナの姿も見えない。白銀に輝いていた彼の甲冑は黒く薄汚れ、左肩の負傷は最早救いようのない程までに深く見えた。彼の持っていった大剣もヒビが入り、激しい戦闘があったと物語る。しかしだ、しかし彼は負け、闇に呑まれて地上へ上がってきた。だがそれでも彼は強靭な精神のもと完璧に自我を失うことなく、最後の力を振り絞って言ったのだ。
〘私を隔離しろ!今直ぐに、今直ぐにだ!私は獣になってしまう、ただ襲うだけの獣に成り果ててしまう!〙
彼は叫んだ、苦しいだろうに声を張り上げて。中で何が在ったのかは知らない、ただ彼はそれだけを叫んで沈黙する、数人かの騎士たちが彼に駆け寄る。しかし帰ってきた答えは最悪であった。一薙ぎ、大剣が振るわれる。ボロボロだというのにその切れ味は凄まじく、駆け寄った騎士の鎧ごと分断してしまう。瞬間、その他の騎士たちが驚きと困惑、様々な声をあげる。
〘落ち着け!全体、隊列を組んでアルトリウスを近くの闘技場に誘い込め!今直ぐにだ!〙
一喝の声、アルトリウスと共に来ていたゴーが直ぐ様隊をまとめる。
〘弓兵!今ある矢を全てアルトリウスに使うんだ!剣兵!お前達ではアルトリウスには勝てん!至急補給地へ向かいあるだけ矢を持って来い!足の早い奴二人程はアノール・ロンドにユキ増援を呼ぶんだ!剣兵では駄目だ、弓兵の増援を呼ぶんだ!何を呆けている、さっさっと行くんだ!〙
混乱により乱れていた隊が一丸となって行く。弓兵たちは列を成し、弓を番える。
〘アルトリウス!貴殿の願い、聞き届けた!救えぬ私達を許せ!〙
ゴーも自らの大弓を構える。並の力では番える以前に弓すらを持つことが出来ない、その大弓を、悲しむ間もなく引き絞る。
〘皆、放て!アルトリウスが、騎士アルトリウスが完全な獣になる前に!〙
幾百幾千もの弓が放たれる。途絶える間もなく、寸分違わずアルトリウスへと。アルトリウスは弓に怯えるように下がる。あの気高き騎士アルトリウスに弓を放つ、ただそれだけで心が引き裂かれそうになる。何度彼に戦場で助けてもらったことがあるか、自らの身体に傷が付くことなど構わず、自らの心に傷が付くことなど構わず、それでもなお友のために、王のために、民のために剣を振るい続けた彼の騎士に弓を放つなど、しかし、これはそのような綺麗事を言える状況ではないのだ。命が掛かっているのだ。弓を番え放たなければ、もし騎士アルトリウスが獣になってしまえば、たちまち、それこそ近接戦闘に向いていない弓兵たちでは一瞬の内に惨殺されてしまう。誰もが生きることに必死なのだ。
アルトリウスはただ下がる、後に、後へ。悲しむように唸り、獣を律するが如く呻く。闘技場まで追い遣った時には、放たれた弓が川のように連なっていた。アルトリウスを閉じ込める石の扉が出す音があまりにも悲しく、無情で冷たかった。
それから後、そこに名も無き戦士が現れる。剣と盾を持ち、よく使われたのだろう、所々傷が目立つ。その戦士は躊躇うことなく闘技場にに入る。なかから入った後聞こえたのは獣のような咆哮だった。打ち合う剣戟の音、地を抉る音に鉄と地面が擦り合う音。それは長く短い時間、戦士と騎士は戦った。そこから出てきたのは戦士、騎士アルトリウスに名をもらった戦士レオンだ。彼はアルトリウスのし、生きて闘技場を出たのだ。騎士アルトリウスは三騎士に加わったもう一人の騎士、王の刃キアランに看取られて逝った。そして広がり続ける深淵は、名を授けられた戦士レオンが打ち取り、幕を閉じる。
◆
この本を読んでどう思うかは分からない。ただ事実を知って欲しかった。騎士アルトリウスは最後まで友、民、そして王のために尽くしそして死んだのだ。決してそこらの英雄譚では無い。アノール・ロンドの王族たちは皆この話を美化して伝えようとしている。大方それに憧れた者たちを捕まえてまた騎士にするつもりなのだろう。大きい戦力が減っても、その分小さい兵力を補えばいい。扱いやすい駒を作ろうという考えなのだろう。しかし、この本でだけは真実を知って欲しい。騎士アルトリウスはそこまで出来た奴ではない。彼は英雄という称号はいらないだろう。そんなもののために彼は戦ってきたのではない。彼は戦いを望んでいなかった。だが彼の進む道がそうさせなかった。彼の進む道は常に彼に鎧を着せ、剣をもたせることを強いたのだ。だが彼は戦った。例えそれが望んでない戦いの渦中に入ることだとしても。彼は英雄という称号は望まない。ただ友と守りたいものがあればそれでよかった男だ。これら全て真実だある。最初この本を記そうとした時、それを見つけた騎士キアランが私が絵を書いてやろうと意気込んでいたよ。まさかここまでの物を作るとは思わなかったが。料理の腕はからっきしではあったがまさか絵が巧いとは思わなかった。騎士ゴーもまた、これを書くと言ったら快くあの時のことを話してくれた。三人であったものが四人になり、それがまた三人になる。もとは三人であったものだから、三人になっても寂しくは無いと思っていたのだがな、やはり貴殿がいないと寂しいものだ。もし、もしもこの本が貴殿の所に行くのだとしたら、安心してくれ。私達もまた直ぐにそちらに向かうさ。炎は何時かは消える運命。燃え上がる私たちのソウルもまた何時かは消えてしまう。その時はまた四人で語ろう。
筆・オーンスタイン───
──────────◆────────────
顔に自然と笑が浮かぶ。
──オーンスタインの奴め、別にこんなことをしなくてもいいのに。だが本当に、また君たちと語り合えたら、それ以上の幸せはないのだろうな。この本は後でパチュリーに頼んで貰うことにするか。
思わぬ拾い物にアルトリウスは少しだけ、いやかなり弾む心と本を胸に、まだ読める本がないか探す。そうすると何冊か読める本が見るつけられた。アルトリウスの世界の絵本に歴史書。数本と数は少ないが見つけることは出来た。
──ふむ。読める本は見つかりはしたはやはり少ないな。本の事を頼むと同時に字を教えてもらえないか聞いてみるか。
アルトリウスはパチュリーの元へと戻る。足取りは何時もより数段に軽かった。