世界というものは、神よりも気まぐれだ。
そんな言葉をどこかで耳にしたことがある。確かにそれには同意できる。なぜか……世界は気まぐれで、時にはとんでもないことをやってくれるからだ。
そう……僕にとってのその気まぐれは突然だった。何も予想していなかった時に……その気まぐれはやってきた。
「美遊・エーデルフェルトです。宜しくお願いします」
黒い髪に無表情な顔、何を映しているのかわからない瞳。そんな転校生の彼女に……僕は一目惚れをしてしまった。
そんな一目惚れをしてしまった僕は思った。世界の気まぐれは……僕にとってとんでもないことをしてくれた。世界は僕に……一目惚れという気まぐれを、何故か与えてきた……と。
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世界の気まぐれによって起こった一目惚れから……翌日。転校生という身の上の彼女には、当たり前のことながら、人が集まっていたりした。それに、彼女は転校生ということ以外にも、目立つ要素がいくつもあった。
彼女は頭がいい。彼女は料理ができる。彼女は絵がうまい……? そんな風に、ただの小学生らしからぬ秀でた能力を持っていた子だった。
そんな感じで、僕は不審者よろしく、教室の隅っこにある僕の席に座りながら、彼女を観察していた。話しかければいいじゃないかと言われるかもしれないが……そんなに簡単な話ではない。
なぜなら……
「なぁ一稀……」
「ん……?」
僕の名前が呼ばれたのが聞こえ、声のした方を振り向くと、そこには僕の友達の相川悟がいた。
「お前さぁ……いつまでエーデルフェルトさんのことを見てるんだ? そんなに気になるなら話しかければいいだろうに」
「……ふ、甘いな、悟」
「甘い?」
「そうだ、甘い。まるでアイスクリームに砂糖と蜂蜜とチョコレートと生クリームと練乳をかけたくらいに甘い」
「そりゃあ虫歯になりそうだな……」
「わかったら同じことは僕に言うなよ」
「まぁ、そりゃあいいけど……どうして甘いんだよ」
ふぅ……やはり悟は何もわかっていない。ここは一つ、バシッと教えてやらないといけないな。
「僕がエーデルフェルトさんのことが好きなのはお前も知っているだろう、悟?」
「そうだな……知ってるが、それとなにか関係あるのか?」
「あぁ……ある、大ありだ。なぜなら……」
「なぜなら……?」
「好きな人に気楽に話しかけられるわけねぇだろうが!」
ビシッと悟のことを指さしながら言ってやった。ふふふ……どうだ。こんな正論を言われたら何も言えまい……勝った。
「お前アホか……」
「アホってなんだよアホって!」
ものすごく真顔で冷静に返してくる悟。クソこいつ……なんて冷たい顔しやがんだ。
「確かに気持ちはわからなくもないが……それはただ単に話すのが緊張するから話したくないってだけじゃないか」
「それの何が悪いっ、このリア充が!」
そう……コイツは小学生にして、完全なるリア充なのだ。なぜリア充なのかと言うと、この学校にいるイリヤスフィール・フォン・アインツベルンという女子生徒と、付き合っているからである……噂ではブラコンだという噂があったその女子生徒となぜ付き合うということになったのかは不明だが……そのリア充っぷりは同じ教室にいるのでよく知っている。
「り、リア充ってお前な……」
「はんっ……僕は騙されないぞ……貴様から滲み出るリア充臭にはな」
「どんな匂いだよ……それ」
「とにかくっ、僕の半径一メートル以内に近づくなよ? リア充が移る」
「いや、リア充の場合は移った方がいいんじゃないか?」
「あ……」
そう言われてみればそうだ。だがしかし……こんなリア充野郎にそんなものを恵んでもらうなんて……僕のプライドが許さない……だから屈しないぞ……僕はリア充力なんていうものに……決して屈したりなんて……そんなこと……絶対に……絶対……に……
「お願いします、僕にもそのリア充力を分けてください」
いつの間にか僕は額を床に擦り付けながら土下座をしていた。
「お、お前……な。プライドはないのか……」
「プライド? はっ、くだらないっ! プライドで幸せになれるんだったらいくらだってプライドを大事にするけどなっ、プライドじゃ誰も幸せになんてならないっ! 誰かがもし僕のプライドを捨てるだけで幸せになれるなら、僕のチンケなプライドなんて、よろこんでゴミ箱にダンクシュート決めてやんよっ!」
「お前……まったく……お前は素直にしてればモテるだろうによ」
ぼそっと悟がなにかを言ったが、声が小さすぎるせいでよく聞こえなかった。
「は? 今なんて言ったんだよ」
「なんでもねぇよ、気にすんな」
「そ、そうか……」
しかし……僕は知っていた。悟がどうしてリア充なのか……そして、悟本人は知らないだろうが……どうしてそんなにモテるのか。それは……きっと、今のような顔をするからだろう。
まるで父親のような、兄のような……そんな優しい笑みを浮かべ、接してくれるのだから……だからきっと、モテるし、好かれるのだろう。
「悟く~ん! 帰ろ~!」
「お~う」
遠くからイリヤスフィール・フォン・アインツベルンが悟を呼んでいる。きっとこれから一緒にイチャイチャしながら帰るのだろう。
「お前も一緒に帰るか?」
「いんや、辞めておくよ。ちょっと今日は用事があるからな」
「そうか……?」
「あぁ、気をつけて帰れよ」
「お前もな」
そうして僕は、足早に教室を出ていった。この心の中に渦巻いている感情が爆発しそうだったからだ。何故か……よくわからないけれど……、悟と僕の違うところがわかってしまったから……自分が、悟に比べて、人間として、男としての魅力がないことを実感してしまったからなのかもしれない。
それから、もしかしたら……エーデルフェルトさんも、そのうち悟に恋心を抱いてしまうのかもしれない……そう思っただけで、死ぬほど心が痛かった。
今更どうして……そう思ったのか。なんでか……そう、僕の好きになった人は皆、悟のことを好きになっていったからだ……一人残らず……全部。
「くそったれ……」
僕は日が落ち始めた空を見上げながら……そうつぶやいた。
そんな時、頬から口元まで……なにかが流れてきた。それをペロッと舌で舐めると……口の中にしょっぱさが広がった。
その時初めて……自分が泣いているのに気がついた。