笑顔の、笑うことの大切さを説いた短編若しくは極短編かもしれないです。
胸糞悪くならないように尽力いたしましたよろしくお願いいたします。
僕は、いつも笑っていた。
何か良いことがあった時はもちろん、急に雨が降ってきた時も、財布がなくなった時も、レストランの料理が不味かったり店員の態度が悪かった時も、祖父母が死んだ時も、親が僕を殺そうとした時も。
僕は、ずっと笑っていた。
否、
笑うことしかできなかった。
イライラしたかったし、落ち込みたかったし、怒りたかったし、泣きたかった。
でも、笑顔が張り付いて取れなかった。
笑顔の程度は変えられても、他の感情を表に出すことはできなかった。
いつからだったかは覚えていない。
気付けば僕は、笑うことしか出来なくなっていた。
それどころか最近では、物事を楽観視することが多くなってきた。
精神が、脳が、顔に、張り付いた笑顔に引っ張られている。
このままではまずい、そのうち何も考えられなくなってしまう。
何が起きてもただ笑い、楽観的にしか物事を判断出来ない。
ふざけるな、そんなものを人間と呼べる訳がない。
嫌だ、嫌だ、嫌だ。
僕は人間でいたい。人間を辞めたくない。
普通の人間として泣いたり、怒ったり、ちょっと哲学的なことを考えたり、落ち込んで悲観的に物事を捉えてしまったり、そう言う当たり前の事がしたい。
笑うだけの人形なんて嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ・・・・
と先週の僕は思っていたらしい。
目の前にある日記をパタン、と閉じる。
アハハ、最後の方、ほとんど読めないじゃないか。全く先週の僕は何を考えてるんだか。日記っていうのは楽しいことを楽しいだけ書くものでしょ?あの字の汚さはあまり楽しそうに見えないな・・・僕じゃない誰かが書いたのかも!
たしかに僕は楽しいことしか考えられない、それがどうしたというのだろうか?
泣きたい怒りたい落ち込みたいなんて変わってるなあ。
楽しいことを考えることは良いことだ。
ならばそれでいいじゃないか。
彼は笑うことしか出来ないと言っているが、
笑うことは出来るんだ。
とても幸せなことさ。
全てが楽しいのだから。
何も嫌なことはない。
何か嫌なことは全て無かったことになる。
楽しくないことは僕の記憶には残らない、残れない。
だから僕にとって世界は、楽しいことで溢れている。
そして今日も、楽しいだけの一日が始まる。