「お前 気持ち悪いんだよ!!」
森の付近。
黒くて小さな男の子が、他の男の子たちにいじめられていました。
弱い男の子はいつも標的にされてしまいます。
こんな時はいつもある子が彼を助けに来てくれていました。
しかし 今は
「あの女は引っ越しちゃったんだ! 誰もお前を助けてくれないぞ!」
「それにお前、あの女がいなくなってから何も喋らなくなったじゃねぇか。やめての一言も言えないくらいショックだったのか?!」
いじめっ子たちは笑いました。
ただただ縮こまって耐える彼を。
しかし 彼は泣いてはいませんでした。
ずっと我慢して我慢して。
寧ろ あの子のことを言われて怒っているようにも見えました。
「あ? なんだその目は!! 生意気だぞ! 弱虫のくせに!」
一人のいじめっ子がそんな彼の顔を気にくわなかったのか、
拳を挙げて 彼を叩こうとしました。
その時です。
「おいおい 弱い者いじめはダメじゃあないか」
その拳は腕ごと止められました。
後ろから聞こえた声に、いじめっ子たちは皆して驚き、そして振り返しました。
そのいじめっ子の後ろに、彼らより背が高い男の子が一人。見た目からはとても悪い人に見えました。
「なっ なんだお前は! 離せよ!!」
必死に振り解こうとするその腕を、背の高い男の子は薙ぎ払うように離しました。
背の高い男の子は、いじめられている小さな子をじーっと見て 言いました。
「お前たち、こいつのこと弱虫って言ったよな?」
いじめっ子の一人が警戒しながら言い返します。
「そ そうだよ! 男のくせに弱くて情けない奴だ!!」
それに続いて、他のいじめっ子たちも言い返し始めます。
「小さいし 泣き虫だし おまけに今は何も喋れない!」
「いっつも女に守られてて そんなやつが弱虫じゃないわけないだろ!」
いじめっ子たちの言葉を聞いて、背の高い男の子はニヤッと笑います。
「じゃあ お前たちは 自分の事強いって思ってるんだな?」
いじめっ子たちはその笑みに不気味さを覚えながら言いました
「な なんでそんなこと聞くんだよ……」
背の高い男の子は言いました。
「俺ってさ 強い奴とケンカするのが大好きなんだ! いいだろ? お前たちは強いんだから 弱虫をいじめるくらい強いんだからさぁ?」
言い終わると、背の高い男の子は片手で作った拳にもう片方の手を添えて、パキポキと骨を鳴らしました。
いじめっ子たちはこの時恐怖を覚えました。
こいつとケンカをしたら、ただじゃすまない気がする、と。
「いっ いやだ!! 逃げろみんなぁ!!」
いじめっ子の一人が情けない声を上げて、村の方へ逃げていきます。
それにつられて、他のいじめっ子たちも悲鳴をあげながら逃げて行きました。
「おい! 背を向けて逃げるなんて、お前たちの方がよっぽど弱虫じゃねぇか!!」
逃げていくいじめっ子たちに聞こえるように、背の高い子は大声で叫びました。
いじめっ子たちが見えなくなった頃。背の高い男の子は小さい男の子に近づきました。
そして縮こまった小さい男の子を見下ろして、呆れたように溜息を吐きました。
「あいつらの言うとおり 情けないなお前」
小さな男の子は俯いたまま、顔を上げようとしません。
背の高い男の子が言った言葉は、自分がよく知っていたからです。
「…………………」
しばらく見下ろしていた背の高い男の子は、何かを感じ取り、鼻で笑いました。
「このままじゃいけないってわかってんだろ? だったら強くなれよ 守らなきゃならないヤツがいるならな」
小さい男の子は驚きました。まるで彼に心を見透かされたかのような気持ちです。
小さい男の子が顔をあげた時、背の高い男の子は背を向けて去ろうとしていました。
しかし、小さい男の子が顔をあげたのに気付いた彼は半分だけ振り返りました。
「 」
声が出ない男の子が言った言葉に、彼はこう答えました。
「……お前からは女(スケ)の匂いがすんのよ」
背の高い男の子はニッと笑い、立ち去って行きました。
男の子は彼の大きなその背中を、見つめ続けました。
――――――数年後
阿座河村にある大きな屋敷。
元は人が住んでいたその屋敷は、資料館になっていた。
その後ろには森が生い茂っており、その森に入ることは決して許されることはない。
そしてその資料館にはある一人の青年が住んでいた。
管理人である須賀孝太郎である。
まだ10代後半になったばかりの彼だが、管理人としての責務をきっちりと果たしていた。
もっとも管理人とはいえ、その資料館に足を運ぶものは少ない為、管理するほどのことはあまりない。
どちらかというならば、そこの住人である、という認識が村の人間からはあった。
さらに喋れない上、目つきも悪ければ、顔色も悪いように見える彼を誰もが気味悪がった。
それがまた資料館に運ぶ足を失くす原因になってもいるのだが。
ある日のことだった。
雨が降っていた。
霧雨というには少し強い雨が降る。
時間はもう閉館時間。
須賀はいつものように、誰も来ていないが資料館内に人が残っていないか見回っていた。
二階を周っていたその時である。
―――バキッ、バタンッ
一階の出入口から大きな物音が聞こえた。
急いで出入口まで向かう須賀。
出入口に着くと、そこには壊れて木片と化したドアと、一人の男が倒れていた。
男は見るからにガラの悪そうな顔つきをしていた。
「いってぇー! このドア脆くなってんじゃねぇかぁ? 男一人くらい支えろよ……」
「 」
須賀はどうやら怒っているらしく、荒々しくメモを書く。
「ってぇ……あ えっと……どうも」
男は須賀に気付き、見上げて顔を見る。
それと同時にメモを突き出されて、男は一瞬吃驚するも、そのメモを読んだ。
『 ドアを直して 帰れ 』
怒りで力のこもったその字を見た後、男は察したのか、ゆっくりと須賀の顔を見上げる。
須賀は、男に対しての憤怒の感情を露にして見下ろしていた。
「あ あぁいや悪ぃ悪ぃ! ドアはちゃんと直すよ 直すけど ちょっと待ってくれって 今すぐは無理だぜ?」
男は怒りを鎮めるかのように、焦りながらも苦笑い。
須賀は聞く耳持たないと言わんばかりの態度で、差し出したメモをさらに突き出して威圧する。
「だぁ だって! こんな雨だぜ!? 材料も探しに行けねえ!! しかもこんな時間だ!! なぁ頼むよ 明日! 明日絶対直すからよ!」
怒りを鎮めることは無理だと判断した男は、言い訳するかのように口を忙しく動かす。
流石の須賀も、今夜中にドアを直すのは無理難題と理解したのか、溜息をついて、再びメモを差し出す。
『 どちらにせよ閉館時間 』
怒りから呆れに変わった須賀の顔を見て、男は胸をなでおろす。しかし新たに出されたメモを見て、何やら申し訳なさそうに話す。
「だから帰れってか? あぁのさ 俺がここに来た目的話してもいい?」
『 何? 』
「いやここってさ アレだろ? 臨時の宿泊施設って聞いたんだけど……今晩一晩だけでいいから 泊まらせてくんね?」
「 」
宿泊することは別に構わないのだが、事実これが最初の宿泊客になる。
須賀はまた溜息をついて、メモを書いた。
『 今晩だけなら 』
――――翌日
雨も上がり、温かい日の光が差す。
どんな日でもいつもの時間、いつもの通りに起きた須賀。
いつもの通り朝食を済ませ、自分の支度を済ませた須賀。
と、この時ふとあることを思い出す。
宿泊客がいたことを忘れていたのだ。
宿泊室へ足を運び、昨日来た客人の様子を見に行く。
ドアを直す約束があるし、もう8時だ。起きている頃だろうと思い、宿泊室のドアを開く。
そこには、悪い寝相でぐちゃぐちゃになった布団と毛布の上で眠る男の姿が。
「 」
気持ちよさそうに眠っている男を、須賀はベッドから転がし落とす。
「んがぁっ!?」
ベッドから落ちて男は目覚める。どうやら落ちた時に頭を打ってしまったらしく、後頭部を抑えて痛がっている。
「おま……起こし方ってのがあるだろ! こんな起こされ方されたの初めてなんだけど!?」
『 起床時間 早くドアを直して 』
「起床時間ってお前……絶対今作っただろ……」
「さぁーって作るか……っと」
男が起きて30分後。ドアの修復作業が始まった。
だが、男は須賀に向かってあることを尋ねた。
「木材とかどこから持ってきたらいいんだ? さすがにあのドアはダメだ ボロすぎて使い物にならんよ」
壊れたドアは庭の出入り口の方にまとめて置いてあった。
木の風化が始まっていることはもちろん、壊れてしまって木くずも数えきれないほどあるバラバラだ。
「斧はある?チェーンソーでもいいけど」
『 何に使う? 』
「いや折角森に近いんだし 森から素材を取ろうかと思って」
男は親指で森の方を指す。
須賀はそれを聞くと、眉間に皺を寄せて、筆圧を強くして書いたメモを差し出す。
『 森には絶対に近づくな 』
「……とは言ってもよぉ じゃあどこから持って来ればいいんだ? 知ってるだろ?この村にはホームセンターなんてあるわけねぇ そういうの扱ってる店まで距離もある。自動車もなかったらどうやって運べばいいんだ?」
男がそう言っても、須賀はメモを下ろすことも、顔色を変えることもしなかった。
須賀のその頑固さに、男は呆れて片手で空を払った。
「“ことりおばけ”の伝承って奴かい? 信じるつもりも信じないつもりもねぇよ」
男が言った言葉に、須賀は疑問を覚え、眉間のしわがとれる。強く差し出していたメモも無意識に下ろしていた。
男は腕を組んで考えていた。木材を調達できる場所がないか思い出しているらしい。
「……そういえばあそこがあったな 廃業になった木材店んとこ 誰も住んでねえ上に余った木材が大量に残ってる あそこなら遠くねえし そこから取ってくるとするか」
そう言い終えると、その場所へ向かうべく振返り足を進める男に、須賀は男の肩を叩き、ある疑問を尋ねた。
『 この村の事を知ってるのか? 』
問われた質問に、男は半分振り向いて答えた。
「ジモティーだからだな」
親指で自分を指し、ニッと笑った男は、そのまま進行方向へ戻る。
須賀は唖然として、男の背中を見送った。
一時間後。
その間に、男は木材を往復して持ってきていた。
次に戻ってくるので最後。
必要な木材はそろう。
須賀は彼を手伝うわけでもなく、ずっと資料館の出入り口付近で待っていた。
途中男から、見てないで手伝えよ、と言われたが、
『 壊したのは貴方だ 』
というメモを差し出して、動こうとしなかった。
東に傾いていた太陽が、徐々に天へ昇ろうとしている。
そんな時だった。
資料館に、看守のような白い作業着を来た男たちが二人訪れる。
須賀はやってきた看守男たちを出迎える。
「すみませんね お忙しい中 ここは阿座河村の資料館で間違いないですか?」
丁寧そうに話すが、その声はどうも悪人にしか聞こえない看守男たちを内心警戒しながら、須賀はメモを書く。
『 はい そうです 』
「ではあなたはここの管理人さんですか? 喋れない人だとは聞いていましたけど」
『 はい 』
「えぇ 実はですね ちょっと探している奴がいるんです」
看守男の一人が、とある写真を見せる。
そこには、あの男の真正面の顔が映っていた。
須賀はそれを見て、驚くものの、顔には出さないでおいた。
「実はこの男 都内の少年院から脱獄したヤツでしてね この村の出身なので恐らく逃げ込んだのではないかと思いまして」
『 それで なぜ資料館へ? 』
「えぇ 出身とはいえ 奴は家もなければ親もいない 親戚すらもいない天涯孤独の人間でしてね なので村に逃げたならここにいるのではないかと村の人に聞いてきたんですよ」
看守男たちが話している最中、須賀はふと視線を外す。
資料館の入口の塀の陰に、あの男が身を潜ませてこちらを見ているのに気付いたからだ。
男は須賀がこちらを見ているのに気付いたのか、須賀に対してジェスチャーを送る。
「黙っててくれよ」
口元に人差し指を立てて、口の形をイにして必死に伝える。
須賀はそれを見ると目線を再び看守男たちに向ける。
「それで 何か知りませんかね?」
幸い、看守男たちはこちらが目線を男に向けたことには気づいていなかった。
須賀はこの時、あることを思い出していた。
『 知りません 』
彼は簡単にメモにそう書いて差し出した。
そのメモを見た看守男たちは、自分たちが持ってきた事情聴取用のメモに書き込む。
「そうですか ご協力感謝します」
メモを懐に仕舞い、看守男たちは帽子を軽くあげ、頭を軽く下げて礼をする。
ふと看守男の一人が、あることを尋ねてきた。
「ところで そのドアはどうされたんです?」
ドアが壊れたことを疑問に思ったらしい。
『 脆くなって壊れたんです 今から作り直しを 』
表情を変えずに須賀はメモを差し出した。
「そうでしたか すいませんね お忙しい時に それでは」
改めてお辞儀をすると、看守男たちは去って行った。
看守男たちを見送った後、須賀はため息を吐く。
しばらくしてから、屋敷の入口の塀から90度の方角から男が木材を持ってやってきた。
「ふぅー すまねぇな 匿ってもらってよ」
男は木材を下ろす。次に須賀の方を振り向いた時に、あるメモを差し出された。
『 悪いことをしたの? 』
男は軽く溜息を吐くと、苦笑いで答える。
「まぁ 冤罪なんだけどな 普段の行いが悪いからつって疑問すらなく連れてかれたよ」
男はそう言いながら、集めてきた木材でドアを作り始める。
日曜大工品は既に須賀が用意していた。
男は器用に工具を駆使し、鼻歌を歌いながら作成していく。
須賀はあることを確かめたかったのだが、調子よく作業をする男に声を掛けることができず、ただ黙ってそれを見ていた。
と、男が思い出したかのように手を止め、須賀の方を向く。
「俺からお願いしておいてなんだけど どうして黙っててくれたんだ? アンタは無関係だってのに」
そう聞かれると、須賀は自分が聞きたかったことも兼ねて返答することにした。
『 貴方は以前 僕を助けてくれたような気がしたから 』
男はその返答を見て、思い出そうと空を見る。
須賀の記憶の中では、丁度男と同じような顔の年上に、子供の頃助けられた覚えがあった。
あれ以来いじめっ子からいじめられることがなくなったのだ。
「……全然覚えてない 逢った事もあるのかってレベルだけど」
須賀は、メモでそうですか、と書くと、やはり気がかりになる。
あのシーンは彼は忘れることができなかった。
あの時のあの年上に対しての恩義もあるが、あの強い背中に対して憧れすらもあったからだ。
彼女を守ることができるほどの強さが自分にもあれば、と。
「……アンタってちゃんと借りは返すタイプなんだな」
須賀が考え込んでいる時に、男が笑いながらそう言ってきた。
急に声を掛けられたので須賀は驚いて目線を合わせる。
「アンタの思ってる奴が俺だろうとなかろうと この借りは返させてもらうぜ」
須賀は、男のその発言に軽く驚いた。
手に持ったトンカチを下ろし、須賀の前に立つと、男は手を差し出し、握手を求める。
「わからんのかい? アンタが気に入ったのさ 俺は宮城凛堂だ アンタも名乗りな」
須賀は一瞬黙ってしまう。握手をしたことなんて今まで殆どなかったから。
それにこの男が取った行動を見るのも、初めてだったからだ。
そのあと、ポケットからメモを取り出す。そこにはこう書いてあった。
『 僕の名前は 須賀孝太郎 』
「よっしゃ 完成したぜ」
凛堂は木工工作が特技なのか。ドアは半日で完成した。
太陽は西へ沈み始める。辺りを橙色に染めていた。
『 お疲れ様 』
須賀は凛堂にメモを差し出す。
須賀の顔は、最初の頃とは違い、大分表情も緩んでいた。
「ま 俺にかかればこんなもんよ にしても久々の日曜大工だ 疲れたなぁ~」
両手を上にあげ、片腕でもう片方の腕を掴んで全身を伸ばす。
「あぁー 須賀っち 悪いんだけどさ」
伸びをした後に、申し訳なさそうな顔で振り向いた凛堂に須賀はメモを差し出していた。
『 泊まっていいよ 』
「サンキュー 帰る家がなくて困ってたんだ 助かるよ」
微笑で返した凛堂に、須賀はまた疑問をぶつける。
『 聞いて悪かったらごめん 帰る家がないって? 』
凛堂はそのメモを見ると、表情を変えることもなく答える。
「ガキだった頃に親に捨てられてな 厳密には親が俺を置いてとんずらしやがったのさ それに気づいた時に残された家を飛び出したんだ 数年後に見に行ったら取り壊されていたよ まぁボロっちぃ家だったからな それからはホームレスさ 生きるためには何でもやった 物も金も盗りまくっていた いつしか村からはクソガキ扱い 俺の事まともに見るやつなんて誰もいなかったよ 気に入らねえことがあれば暴力で抑え付けた そんなことしてたから冤罪で少年院にぶちこまれたってわけだよ ……っと余計なことまで言っちまったかな」
須賀は笑みを崩さぬまま淡々と話す凛堂を見て、少し驚いた。同時に同情からか悲しみも生まれた。
「……おいおい お前がそんな顔するなよ お前の質問に答えたやったんだぜ?」
大袈裟に笑う凛堂が、まるで過去と今を切り離しているように見えた。否、実際にそうだったんだろう。
『 貴方みたいな優しい人が 皆から嫌われているなんて信じられない 』
「まぁこれでも少年院で少しは反省したつもりだからな グレてばっかりもつまんねぇし」
凛堂はそう言うと、資料館の中へ向かう。
「トイレ借りるぜ」
須賀は凛堂の背中を見て、思った。
やはりあの背中は、彼が幼少の頃見た背中と酷似している。
「あのぉ~ すいません 管理人さん」
凛堂が資料館に入ってすぐだった。須賀の後ろから声を掛けられた。
振り向くと、そこには村の役人がいた。
須賀やこの館のこと、森の事に理解のない老害だ。
役人の顔を見るなり、須賀は目つきを変える。
「怖いですなぁ~ 完璧主義者の管理人さんは……ま 私がここに来た理由はご理解いただけるだろう?」
役人は憎たらしい笑みで語りかける。その腹の中にあるドス黒い本音が顔から漏れていた。
『 資料館は私が管理し 存続させる ということもご理解いただけますか? 』
「ふん 互いに理解し合えないらしい 須賀くん これは君の為でもあるんだよ 君がこの資料館に勤めて何になる? 何の利益もあるまい 強いて言うなら取り壊されれば君の住む家がなくなるってとこだろう だが今この場で資料館を手放してくれれば 君の住む家くらいなら確保しよう」
『 この資料館を取り壊して何になる? 取り壊す労力と時間と費用が無駄でしょう 』
顔色を変えないつもりであった役人も、ついに眉間に皺を寄せる。
「いい加減にしなさい 子供の遊びじゃないんだ どうせ誰も来やしない幽霊屋敷のような資料館を誰が存続させる? 取り壊して村の発展の為の建造物を建てた方がいいに決まっている」
「 」
「なんだその顔は 言っておくがな 村を発展させない限り 資料館どころか村もおしまいなんだ わかるか? どっちにせよこの資料館は取り壊すしかないんだ 今ならまだ君の生活を保障するぞ 寧ろそうしなさい!!」
「 」
須賀は怒りの表情を浮かべる。彼が筆圧強くメモを書いている時に、役人の男が須賀の胸ぐらを掴む。
「この資料館に人が来ないのはお前が原因なのもわからんのか 喋らない不健康そうな人間が住む屋敷に誰が訪れる? 自覚しろ 自分の立場を!」
須賀は腕の力が抜け、メモとペンを落とす。それでも須賀は表情を変えない。
その時であった。
「穏やかじゃねえな 狸澤さん」
須賀の胸ぐらを掴む役人の腕を、トイレから帰ってきた凛堂が掴む。
「な なんだお前は!! なぜ私の名前を……っ!?」
狸澤と呼ばれた役人は、腕を掴んだ男の顔を見る。
その男、凛堂の顔を見た途端、狸澤は顔色でを青く染める。途端、須賀の胸ぐらを掴んだ腕も力を失くし、須賀を離す。
凛堂は口だけで笑みを浮かべる。
「元気そうじゃん 俺がホームレスの頃はいろいろと世話になったなぁ」
「お お前 少年院に行ったはずじゃ……」
「ん? もう出ていいって言われて出てきたんだよ 冤罪が証明されたんだよなぁ これが」
「あ あの罪以外にも貴様は窃盗や万引きを……そ それもちゃんと証明しているはずなのに……」
「……んなことはどうでもいいさ それよりアンタにはいろいろと礼がしたいんだよ 今時間ある? たっぷりお返ししてやるからさ……」
凛堂は狸澤の腕を掴んだままの手に力を入れて締め付ける。
彼は握力はかなり強い。
「あだだだだだだだだっ!! やめてくれぇええ!!」
物理的な圧力に、狸澤の顔は歪む。必死に振り払おうと抵抗すると、凛堂は潔く腕を離す。
「ひっ ヒィイイイ! 許してくれぇええ!!」
情けない声を上げて、狸澤は態勢を整えないまま走って逃げて行った。
狸澤のその様を見て、凛堂は鼻で笑った。
「情けない老害だぜ 暴力には勝てないってか」
そういうと、須賀の方を振り向く。
須賀はペンとメモを拾い、仕舞っていた。
「めんどくせぇのに捕まっちまったな お前さんもよ」
『 もう慣れたよ 』
「慣れるくらい頻繁に来るのか? しつこい男は嫌われるって知らねえのかな」
やれやれ、と呆れた表情で凛堂は言った。
しかし、さっきとは違う表情で、真面目な顔かつ微笑で須賀の顔を見た。
「まぁ あのお役人さんも必死なんだよ 村の事を思ってるのさ 態度は悪いがな」
『 役人の肩を持つつもり? 』
「そんなんじゃあねぇさ ただ忘れちゃいけねぇ 人間誰しもてめぇの事情で生きているんだ 他人がどうこうなんて自分の事情に比べれば大したことじゃないと思ってる お前だってそうだぜ」
「 」
「あいつの要望を聞けとは言わねえよ だけどちょっとはわかってやりな」
凛堂のその言葉が、須賀の心に刺さった。変な納得をさせられたからだ。
自分の事情で生きている、言われてみれば確かにそうだった。
しかしこればかりはどうしても譲れないことだ、須賀はそう思った。
「逆に聞きたいんだが なぜこの資料館にこだわるんだ?」
凛堂の質問を聞いて、須賀は自分の過去を思い出す。表情が険しくなった。
『 少し長くなる それに非科学的な話になる 』
「こう見えて厨二病が抜けてなくてな ファンタジーならドントきやがれってんだ」
そう言われると、須賀たちは屋敷の中に戻る。
須賀はメモではなく、B5サイズの紙を取ってきた。
それに自分が過去に起きたこと、この森の伝承を丁寧に書き連ねた。
「……成程ねぇ これは中々にファンタジーじゃあねぇか つまりお前はことりおばけに逢った事があって 攫われる代わりに声を持っていかれたっていうわけだ」
要約した凛堂に、首を縦に振って応じる。
「ふーん ことりおばけの伝承は知ってたけど そいつの被害者がいるとは思わなかったぜ だからお前は森へ行かせなかったわけだ」
『 信じていなかったんだろ 』
「言っただろ 信じるつもりも信じないつもりもないさ」
「 」
須賀は凛堂の何とも取れない態度に少し戸惑った。
普通の人間なら、そんな話を信じるわけがない。
しかし彼みたいに遭遇したことがある人間なら信じざるを得ない。
だが凛堂のようなどちらでもない人間を見たことがなかった。
自由な発想だ。その時になれば対応するというその適応能力は彼の本能なのか。
「でだ お前は肝心なところを話していない」
須賀は全て伝えたはずと思っていたが、その言葉に疑問を抱く。
「ことりおばけに遭遇して なぜお前は攫われて声だけ奪われたのかってことだよ」
言われてみれば、その部分を割愛していた。無意識からか、思い出したくない過去を避けていたらしい。
「 」
須賀はその内容を説明するのを拒んだ。ペンが進まないのだ。
忌まわしき過去。自分のせいで要らぬ約束をした彼女に対しての感情と、自責の念が彼の心を蝕む。
「……成程ね 女か」
凛堂が何を察したのか、ニッと笑う。
須賀は驚き、そして図星のような感覚に陥り、その言葉で余計に感情が溢れそうになった。
「わかるんだよ 昔から勘は鋭くてな まぁ鋭くなくともお前の態度を見ればわかるが」
凛堂はイスから立ち上がり、その周りをゆっくりと回る。
須賀は凛堂の動きを目で追う。
「推測だが お前がことりおばけに出会った時 お前と親密の深い女も居合わせた そこでその女がお前を庇ったのか もしくはその逆かってことで ことりおばけは両方に何かしら影響を与えた 最悪な話をすると……その女はことりおばけに連れて行かれたか……」
歩くのを止め、須賀の顔を見る。答えはどうなんだ?と表情で伝えてくる。
須賀はしばらく凛堂の顔を見つめていた。殆どあっていたからだ。
先ほどから彼には驚かされてばかりだ。須賀はそう思いながら、問いの答えをメモに書く。
『 大体あってる 彼女は死んではいない 』
「となると その女と一悶着あって 今は逢うこともできない状態 ってところか」
『 少し違うが あっている 』
凛堂はそのメモを見ると、推測が当たったことに対して喜んでいるのか、それとも須賀とその女性の関係を呆れて思っているのかわからない顔をして、もとの椅子に座る。
「……逢いたいとは思わないのかい?」
その問いには須賀はすぐには応じず、彼と目線を合わせぬように下を向く。
しばらく待ってから凛堂が口を開く。
「男ならハッキリしろよ お前がここにいる理由にもあてはまってるんだろ?」
須賀は少しだけ上を向く。
「ここは確か神埼とかいう人の屋敷だったはずだ お前は神崎家に縁があって 神崎家が何かしらの理由で全員いなくなっちまったからその代わりにお前がここを受け継いでいる 神崎家に対しての恩義であり そこの娘に対してのせめてもの償いの為に」
「 」
「……まさかここまであたるとは俺自身驚きだよ まるでキャラクターの過去の設定資料を読んでいるような気分だぜ」
次々に明かされていく過去。それを聞くたびに、あの時のことを思い出す。
溢れた感情は蓋から漏れ出す。須賀の目に涙が滲む。
「……泣くなよ シャンとしな 泣いたって誰も喜ばねえよ 男が泣くなら尚更な」
須賀は涙を拭いて、メモを書く。
『 彼女はことりおばけと約束をしてしまった 僕を庇って 約束を覚えている限りことりおばけは彼女を攫いにくる だから彼女は記憶を消された この村で暮らしていたことも 僕の事もすべて 』
「悔しくはなかったのかい?」
『 悔しい 僕の心が弱かったからそうなった 僕がことりおばけに逢いに行かなければ 』
須賀はペンが止まる。そこから先の言葉は今となってはもう叶わない夢だからだ。
すると凛堂が書きかけのメモを覗き込んでくる。そして口元の端をあげた。
「惚れてたんだろ その女に」
「 」
須賀は思わず顔をあげる。顔は図星なのか赤らめていた。目を見開いて、首を横に振る。
「嘘はつけないタイプだろ 真面目で正直者 約束は必ず守り通す 損するタイプだ」
ケラケラと笑いながら、凛堂は須賀の肩を軽くたたく。
須賀は言い返せなずに、赤らめたまま、俯く。
肩を叩いていた手は止まり、肩の上に置かれる。
「また逢いたいんだろ その女に」
須賀はまた顔をあげる。また当たったと堂々としている顔をしている凛堂が続ける。
「惚れてるなら逢いたいに決まってるさ クソ真面目なお前なら一途なのも頷ける」
須賀は悲しげな顔をする。確かにそう思っているかもしれない。だがそれは叶うことはない。
『 ここに来ることも 僕に逢うこともしてはいけない ことりおばけとの約束を思い出してしまう 』
凛堂はそのメモを奪い取って、丸めてゴミ箱にしてる。
「馬鹿野郎 だったらそのことりおばけをどうにかすればいいじゃあねぇか この世に絶対なんてない ことりおばけを退治すれば約束もチャラになる」
もう慣れてきそうなくらい 彼の言動に驚かされる。
『 しかし 方法がない 』
「ないことはないだろう 探せばきっと見つかる」
そう言うと、凛堂は須賀が使っている受付のようなテーブルの上の青い石を持ってくる。
「こいつで何とかなるんじゃあねぇの?」
青い石、それは夜光石だった。
ネックレスのように加工されている。
「確か原石みたいな奴がこの屋敷の近くにあったよな それから作られてるんだろ これ」
須賀は首を縦に振って答えた。
『 でもそれはあくまでもお守り ことりおばけを倒せるかわからない 』
「試したことはないんだろ?」
『 試せるわけがない 』
「確かにその通りだ できれば俺も逢いたくはない しかしこいつが守護的な役割を果たすなら ことりおばけも嫌ってるはず だったら退治も無理じゃねえはずさ」
不確かなことだ。お守りなので、厄や悪鬼を遠ざける程度の力はあると思う。
あれ以来、ことりおばけには逢った事もないし、この石を奴に使ったこともない。
だからこの石がことりおばけにどのように影響を与えるのかもわからない。
文献にはそこまでは書かれていなかった。
「 」
須賀は頭の中で考える。それは一瞬だった。もしそれができるなら。
『 やってみる価値はある 』
須賀の表情が変わる。その顔を見ると、凛堂はまた小さく笑う。
「やっとマシな顔になったな いいぜ 俺も付き合うぞ おばけ退治」
『 君は関係がない 』
「ここまで話しておいて関係ないで済ませるのか? 旅は道ずれほにゃらららって言うだろ」
『 それは意味が違う 』
「どっちにせよ 言いたいことはわかるだろ?」
『 どうして? 』
今まで逢ってきた人間は、伝承を信じることすらしなかった。
なのに彼がなぜそこまでしてこの件にこだわるのか。
須賀の疑問に、凛堂はあっさりと答えた。
「―――お前からは女の匂いがするんだよ」
「 」
記憶がよみがえる。思い出す。
まだ小さかった頃。この資料館を守る前。
年上の少年に言われたこと。
「…………どーした?」
「 」
凛堂の言葉で我に返る。
「お前 ちゃんと自我を保ってんのか? ボーっとしたり泣いたり 情緒不安定?」
『 なんでもない 』
須賀は首を横に振って言う。
「だが もっとシャンとしないと おばけどころか人間にも勝てねえよ」
『 そうだな 』
「……俺みたいなならず者に荒らされたりしたら元も子もない せめて自己防衛くらい持っておけよ」
『 そういうものはここにはない 』
「馬鹿だな なら作ればいいじゃあねぇか」
えっ? と言う表情で凛堂を見る。
「守ってばっかじゃ話にならない やる前にやれ! それが喧嘩のスタイルだ」
『 喧嘩? 』
「要するに 武器を作るんだよ 攻めを覚えろお前は! このお守りだけじゃおばけ退治もできやしねぇ いつの時代も敵を倒すのは武器だぜ」
「 」
ただひたすらにお守りを作ってきた。
武器。そう考えたことはなかった。
ずっと守ることだけを考えて、守る為のものを作っていた。
「あの青い石ってのは特別な力があるんだってな だからこうやってお守りにした その力を武器にしてしまえば最強だろ」
『 考えたこともなかった 』
「お前って平和主義者っぽいしな なぁあの石を加工したのは誰だ?」
須賀はメモに書かず、人差し指で自分を指す。
「マジか!? お前すげえじゃん!! 意外だったな 確かに根暗そうだしこういうのいじってるって言われたら何の疑いもないわ」
凛堂の言葉に、須賀は微妙な表情でメモを差し出す。
『 貶すのか褒めるのかどっちかにしろ 』
その表情を見ていなかったかのように、凛堂は話を続ける。
「じゃあ 話は早いぜ 早速作ろうぜ 武器をよ!」
『 時間はかかると思う 』
「わかってるよ それだけちゃんとしたもん作ればいいじゃあねぇか 守りたいもん守れるくらいのヤツをよ」
須賀は頷き、立ち上がる。加工所へ向かうつもりだ。
凛堂は須賀のその決意を固めた表情を見て、笑う。
「やっとらしくなってきたじゃあねか お前」
「 」
「それが お前が本来するべき顔だ」
つづく。