「旅行?」
部屋で雑誌を読んでいた杏莉に、父親は頷いた。
「父さんの知り合いで、長野で宿を経営してる人がいるんだ。
その人が春休み是非って。どうかな?」
「……行く!」
「よかった。じゃあ、母さん達にも言ってくる」
「え……あの二人も来るの?」
「そうだよ……」
見る見るうちに嫌な顔になっていく杏莉に、父親は隣に座り話した。
「母さんは別に勇太だけを心配してるんじゃ」
「してるじゃん。
いつも勇太が一番。勇太が風邪引けば旅行も行事も何もかも無し。私のこと何か考えてすらいない!」
「杏莉のこともちゃんと」
「考えてない!!
パパは知ってるでしょ!勇太とママのせいで、私が小中酷い目に遭ったの!!」
「……今回はパパも一緒だから、大丈夫。
なるべく杏莉には、迷惑掛けないようにするから……言い方変だけど」
「……
分かった」
夕暮れのとある山中……切り株に座る杏莉と、赤いツバのある帽子を被った少年が、長い枝を持ちながら草むらを探っていた。
「あ~あ、誰かさんのせいで道に迷った」
「うるさいな!!姉ちゃんも一緒に探してよ!!」
「アンタがどんどん奥に行くから、こんな山で遭難したんでしょ!!」
「だって姉ちゃんが、帰る帰る言うから……」
「当たり前でしょ!!日が暮れてたんだから!!
もう!!携帯は繋がらないし!!道に迷うし!!
アンタと旅行に来るだけで、ろくな事が無い!!」
「それはこっちのセリフだ!!」
「文句言える立場じゃないでしょ!!
ちょっと周りを散歩のつもりだったのに……あ~あ、本当なら今頃宿に戻って、露天風呂に浸かる予定だったのに」
「文句言うなら、勝手に帰ればいいじゃん!!
俺は別の道探す!!」
「駄目に決まってるでしょ!!
アンタ置いて私だけ戻ってきたら、ママに怒られるの私なんだから!!」
その時、草むらが突然ざわついた。驚いた少年は杏莉の後ろへ隠れた。
「何隠れてんのよ!!弱虫!!」
「よ、弱虫じゃねぇし!!」
「そうじゃないなら、さっさと前出て私を守リなさい!!」
後ろにいる彼の腕を引っ張り、前へ出した。恐怖で足と手が震えており、目に涙を溜めて目の前の草むらを見た。
出て来たのは、額に三日月の模様を付けた羆(ムーン)だった。少年は叫び声を上げながら、その場に腰を抜かした。
「勇太!!立って!!」
「ムーン!
どこ行くの!?」
ムーンに続いて、ポニーテールにした少女が出て来た。
「え?子供?」
「果穂!
ズカズカ行くな!道迷うよ!」
彼女達に続いて出て来たのは、水色のカーディガンを着た麗華だった。
「れ、麗華……」
「あれ?白鳥?
何でアンタが……」
彼女の姿を見た瞬間、杏莉は安心したのか大粒の目を流しながら飛び付き泣き出した。
泣き止み、杏莉達は麗華達と山の中を歩いていた。
「散歩のつもりが山登りになった……
ありそうでなさそうな話だね?」
「今ここであり得てるから!!」
「そう怒らない。
今、出口に向かってるんだから」
「う~」
「いい加減泣き止めよ、姉ちゃん」
「うるさい!!誰のせいで!!」
「ハイハイ!
喧嘩はストップ!」
「だって!」
「アンタ黙りなよ。
お姉さんに迷惑掛けてんの、アンタなんだから」
「はぁ!?テメェに言われたかねぇよ!!」
「何よ!!弟の分際で、いい気になるんじゃないよ!!」
「歳変わらねぇくせに、何威張ってんだよ!!」
「歳変わらなくとも、心の歳はアンタよりずっと年上なんだから!!」
「この!!」
「そこも喧嘩しない!!」
「!」
「!」
「果穂はムーンと先に行って」
「う、うん……」
「えっと、勇太だっけ?
アンタも、彼女と一緒に」
「はぁ?!何」
「さっさと行きなさい」
とてつもない威圧感に、勇太はビビり果穂と一緒に先に歩いた。まだ泣き続けてる杏莉に、麗華はタオルを渡した。杏莉は受け取ると涙を拭った。
「落ち着いた?」
「うん……ありがとう」
「別にいいって」
「そういえば、麗華は何で長野に?」
「トレーニングしに、伯父の家に来てるんだ」
「トレーニング?
それって、妖怪退治の?」
「そう。
こないだ使った薙刀が、思うように使えなかったからね。それで」
「じゃあその伯父さんって、麗華の師匠って事?」
「そうだね。
そういう白鳥は?」
「旅行で。
けど、誰かさんのせいでとんだ旅行になった」
「まぁまぁ」
「そういえば、麗華って妹いたっけ?」
「アイツは従姉の子供」
「へ~。懐いてたから、てっきり妹かと思った」
「うちは二人兄妹」
「あ~、そうだったわね」
辺りが暗くなり始めた頃、四人は森を抜けた。すぐ目の前には輝三の家があった。
「フー、やっと抜けた」
「うわぁ、田舎の方ってこんな暗いんだ」
「田舎を馬鹿にしない方がいいよ。
道案内ありがとう、ムーン」
礼を言いながら傍にいたムーンの咽を撫でた。ムーンは彼女の足に体を擦り寄せると、森の中へと入っていった。
「あの熊って、飼い慣らしてるの?」
「父さんが拾って育てた。
今は野性に返してるけど、時々ここに下りてくるよ」
「……」
「ほら、行くよ」
灯りがついている家に着くと、麗華は縁側から中へ入った。
「ただいまぁ」
「え?!麗華、ここ縁側!」
「だから?」
「だからって……」
「山から下りてくると、いつもここから上がるんだよ」
「へ、へ~」
「お帰り……って、お客さん?」
麦茶が入ったコップを二つ持ってきた美子は、杏莉達を見ながら麗華を見た。
「高校の友達」
「あ、初めまして。白鳥杏莉といいます」
「……!お、弟の白鳥勇太です!」
「あらあらご丁寧に。
私は神崎美子といいます。いつも麗華がお世話になってます」
「そんな、こちらこそ」
「伯母さん、固い挨拶いいから二人を上がらせて」
「あ、そうね!
さぁ、上がって上がって」
「そ、そんなお構いなく!」
「ほら上がりなよ。森の中歩いて汗かいてるでしょ?」
「……じ、じゃあお言葉に甘えて」
杏莉と勇太が上がろうとした時だった。
「待ちなさい!!果穂!!」
部屋から出て来た果穂は、麗華に抱き着き後ろへ隠れた。彼女に続いて、鬼顔をした里奈が出て来た。
「アンタね!!拓海の面倒見てなきゃ駄目じゃない!!」
「お姉ちゃんと森に行くって、言ったもん!!」
「拓海の面倒をみるのが先でしょ!!
アンタ、お姉ちゃん何だから」
「好きでお姉ちゃんになったんじゃないもん」
「果穂!!」
「まぁまぁ、里奈さん。
私が誘ったんですから、あんまり果穂を叱らないで下さい」
「……麗華ちゃんがそう言うなら」
その時、部屋から泣き声が聞こえ里奈は慌てて部屋へ駆け込んだ。背を向けた彼女に、果穂はあっかんべーをした。
「こーら!」
「フン!」
「お前、母ちゃんに何反抗してんだよ」
「甘汁吸ってる奴に、言われたくない」
「いちいち勘に障るようなこと言うな、お前!!」
「甘ちゃんのくせして、説教するの止めてくれない」
「!!」
「ハーイ、喧嘩はおしまい。
白鳥、親御さんに早く電話しな」
「あ、そうか!
やった!携帯繋がった!」
嬉しそうに言いながら、杏莉は電話を掛けた。残った勇太は、縁側に座り深く息を吐いた。
「お疲れみたいだね?」
「だって姉ちゃん、うるさいんだもん。
迷子になった時、姉ちゃんがズカズカ訳も分からず歩くから、道迷ったのに……それを俺のせいにして」
「それはアンタが悪い」
「お前、いい加減その口閉じろ!」
「閉じません。
弟のくせして、お姉ちゃんの言うこと聞かないからこうなったんでしょ」
「全部俺のせいだって言うのかよ!!」
「そうよ!
言っとくけど、親の元に帰ってアンタは涙ながらに出迎えて貰えるけど、お姉ちゃんは頬をビンタされて終わりなんだから!!」
「っ!」
「あぁもう!!友達の家に泊まるから!!
じゃあね!!」
怒鳴りながら、杏莉は電話を切った。そんな彼女に麗華は歩み寄り声を掛けようとした瞬間、杏莉は頭を深く下げた。
「麗華一生のお願い!!
私と勇太を今日、ここに泊まらせて!」
「……」
「いいわよ!大歓迎」
麗華が答える前に、話を聞いていた美子が笑顔で答えた。
「い、いいんですか?」
「夕飯は賑やかの方が、楽しいし。
今日は子供と孫達と麗華ちゃんしかいないから、ちょっと寂しくて」
「だ、そうだから」
「よかったぁ」
「姉ちゃん、宿に帰らないの?」
「帰りたきゃアンタ一人で帰って。
私は麗華の家に泊まるから」
一人という言葉に、勇太はふと外を見た。辺りは真っ暗になり、月明かりで地面は照らされていたが無くなればそこは暗黒の世界。
「……や、止めとく」
「意気地無し」
「!!」