そんなはず無い……父さんが、置いてったはずだ。生活費と一緒に。
『じゃあ無いわ。
海斗の買い物で使っちゃったから』
……
『大輔ちゃん、大輔ちゃん!』
どうかしました?
『夏恵さん、どこに行ったか知ってるかい?』
いえ、知りません……
『今朝、あなたが出て行った後仕事で出たと思うんだけど……
樹梨ちゃんと海斗君置いて、まだ帰ってきてないのよ』
……
『だから、急な仕事が入ったのよ!』
二人を置いて、外に出るか!?非常識にも程がある!!
『うるさいわね!!
仕事だったんだから、仕様が無いでしょ!!』
仕様が無くねぇよ!!樹梨が頭打ったらどうすんだ!!
歩き始めたばっかなんだぞ!!
海斗だって、妹の面倒を見るのには限度がある!!
『いちいち口出しすんな!!
あの人の子供だから、面倒を見てるけど……やっぱり違うわね。
私の子じゃ無いから』
テメェの子じゃ無くて、よかったよ。
『!!』
“バーン”
息を切らしながら、苦しむ大輔……布団に寝かされた彼の額に、久留美は濡らしたタオルを置き水が入った桶を持ち部屋を出た。
「お兄ちゃんは?」
外にいた樹梨は、久留美の服を掴みながら質問した。
「大丈夫。お兄ちゃん、強いから。
もう少し待ってようね」
「……うん」
リビングへ来た久留美は、ソファーに座っていた麗華の元へ歩み寄った。
「星崎、どうだった?」
「熱が全然下がらないの……」
「……」
「どうしたんだろう大輔……何か、こっち帰ってきてから様子が変」
「……母親」
「え?」
「星崎の母親って、確か……一歳の時に、離婚したって。
どんな人だったか、知ってるか?」
「島の人じゃ無いって言うは、聞いたことある。
何でも、大輔のお父さんが島を出て開業した頃に一緒に連れてきた女だったらしいわ。
お母さんからの話だと、とても清爽な人て礼儀正しくて優しい人だったって」
「……そうか」
「でも、大輔を産んで一年経った頃に離婚して島を出て行ったって……」
「……もしかしたら」
「え?何?
もしかしたら、何?」
「いや、こっちの話。
九条はあいつの傍にいてあげて」
「……ねぇ、麗華」
「?」
「……東京での、大輔はどういう感じ?
ほら、あいつ……弱味を見せないから。私にも……
けど、麗華になら見せてるかなぁって……」
「……見せてない。
むしろ、私が見せてるかも」
笑みを見せながら、麗華は携帯を閉じ久留美の家を出て行った。
外に出ると同時に、携帯が鳴った。画面を見ると、そこに『川島龍実』と出ていた。
「(兄さん?)はい、もしもし」
「麗華!今すぐ、帰って来い!」
「……どうかしたの?」
「雷光だっけ?あいつが今来てて、急いでお前に伝えたいことがあるって!」
「分かった。すぐ帰る」
携帯を切ると、麗華はポーチから札を取り出しそれに自身の血を付けた。札は血に反応し煙を上げ中から、大鳥の姿をした氷鸞が現れた。
「龍実兄さんの所まで。急いで」
「分かりました」
自身の背に飛び乗った麗華を見て、氷鸞は飛びだった。
目を開ける大輔……自身は暗い世界に立っていた。辺りを見回すと、見覚えのある背中が見えた。
その背中を見て、すぐに思い出した大輔は追い駆けようとするが足は鉛のように重く追い駆ける事が出来なかった。
その夢を見て、魘される大輔……傍にいた久留美は、心配そうに彼の手を握った。苦しんでいた彼の顔が、少し和らいだように見えた。
(……大輔。
私、傍にいるよ)
「三体の精霊?」
家に帰ってきた麗華は、古い地図と資料を広げながら雷光の話を聞いていた。
「はい……
この島には三体の精霊が宿っており、その精霊達の手により島は大惨事を免れていました」
「まぁ、確かに……
俺がガキの頃もお袋がガキの頃も、台風とか災難とか何も無かったって言うし(五年前のあの嵐を除いては)。
図書館にある、天気の記録を見る限り今まで一度も大きな自然災害があった何て残ってない」
「それは全て、精霊達が守っていたからです。
昔、精霊達はある霊媒師によって呼び出された小さき妖怪。
雲を操る妖怪、ニア。
雨を操る妖怪、リユ。
海を操る妖怪、メル。
この三名です」
古い資料に描かれていた三体の小鬼の絵。
傘を差した小鬼。
扇子を持った小鬼。
そして、小太鼓とバチを持った小鬼。
この三体がそれぞれの位置に立ち、武器を構えていた。
「なぁ、この三体を呼んだ霊媒師って静代さん?」
「いえ、違います」
「え?」
「この地に古くからいる巫女です。
彼等がこの地を守っているお礼として、毎年お供え物と酒を供えそして何年かに舞を披露していました」
「舞ねぇ……今もやってんの?兄さん」
「いや、知らねぇ……
つか、そんなことした覚えが……」
「そのお祭りなら、随分前に無くなったわ」
お茶を出しながら、龍実の母はそう言った。
「え?そうなんですか?」
「龍実がまだ赤ちゃんの時よ。
舞をやっていた巫女さんが体を壊して……けど、一回だけやったって聞いたけど」
「その巫女って、誰だか分かりますか?」
「誰って、星崎君の家のお祖母さんよ」
「……え!!?」
「ハァ!?」
「あの家、確か霊媒師の家系で巫女だったんだけど……
大輔君のお父さんが、霊感を持たずに産まれて……それで廃業になったのよ」
「霊媒師と巫女を一緒にするな!!」
「も、申し訳ありません!!」
「まぁまぁ、麗華。落ち着け」
「そういえば……星崎から、そんな話聞いたな」
「忘れてたのかよ!!」
「十年も昔の話、覚えてない」
「他の記憶力はいいくせして、肝心なところは駄目なのかよ!!」
「島での思いでは全て、記憶の奥底に封印した」
「今すぐ蘇らせろ!!」
「何話してんの?麗華」
襖を開けた杏莉が、不思議そうに麗華に質問した。翼の傍にいた恵は、部屋に入り彼女の元へ駆け寄り膝に座った。
「町長から依頼受けたから、その仕事をしてる最中」
「高校生に頼むか?普通」
「大丈夫。報酬はたんまり貰うから」
「麗華、顔怖い」
「何か、手伝うことある?」
「特にない。
難しい依頼じゃないし」
「そういや、お前等。
大空と一緒に小島行くんじゃなかったのか?」
「行こうとしたら、これよ」
杏莉が縁側の外を指差した。空はいつの間にか、怪しい雲で覆われていた。
「おい、天気予報快晴って言ってたぞ」
「即急解決しないと、駄目みたいだね」
「だな……だぁ!!麗華!!資料!」
「え?資りょ……あぁ!!」
広がっていた資料の数枚を、座っていた恵は折り紙代わりに折っていた。
「都伯母ちゃんに教わったの!」
「その紙で折るのはやめて!!」
「お前はこっちだ!」
「あー!!もっと、お姉ちゃんの所にいる~!」
「読めそう?」
「折れてるだけだから、被害は無い」
「お絵描きだったら、一発で終わりだった」
「それは言えてる……」
『何故、来ないの?』
来ない?何が?
『ずっと待ってた……ニアもリユも』
ニア?リユ?誰?
『お前を探しに行った……でも、見つからなかった。
力尽きて、体が使えなくなった……
島へ帰ってきたら、見つけた』
見つけた?誰だったんだ?
『……お前だ。
明子の孫……』