台所で面を外した朝妃達は、少し息を切らしながら話した。
「な、何か凄いね……あんなに妖怪いて」
「麗華って、いつもこの中にいるの?」
「いるいる。
四六時中な」
コップに水を注ぎながら、安土は二人の疑問に答えた。彼から水が入ったコップを受け取った杏莉と朝妃は一口水を飲んだ。
「特に、麗華みたいな霊力が高い奴は狙われやすいからな」
「だからいつも焔とかシガンを連れて歩いてるの?」
「焔は用心棒だからな。アイツの」
「牛鬼、供物配り終わったら酒持ってって」
髪を梳かしながら、橙色の生地に菊の花が描かれた丈の短い着物に赤い帯を締めた麗華が、台所へと入ってきた。
「……麗華」
「何……その格好」
「神楽舞の衣装」
「凄い綺麗……
てか、去年の夏休みのお祭りに出てなかった?別の格好で」
「あー、出てたかもね」
「姐さん、髪!
纏め上げないと!」
桔梗の簪を手に瞬火は、慌てて駆け寄り麗華の手を引いて部屋へと戻っていった。
境内に吊るされた提灯に、明かりが灯る山桜神社……
神楽殿の前に置かれた料理を前に、遊びに来ていた妖達は酒を飲みながら祭りを楽しんでいた。その様子を結界が張られ、神楽殿の傍に設置された場所から朝妃達は眺めていた。
「あ~あ、私達も正面から見たいなぁ」
「無防備で行ったら、死ぬぞ俺等」
「……」
「それにしても、何か僕達が知っている神楽舞とは少し違うみたいだね」
「そうよねぇ……
本でしか見たことないけど、神楽舞って静かで無駄のない舞よね?でも去年見た、麗華の舞は静かっていうより……」
「ド派手?」
「そうそう!そんな感じ」
すると、どこからか琵琶の音色が響いてきた。舞台に目を向けると、白い霧と共に朱色の羽織を頭から被った麗華が、手に持っている神楽鈴を鳴らしながらスッと立ち上がり、舞台の板を下駄で踏み込み水飛沫を起こした。
「おー!今日は水の舞か」
「恵みの雨に、喜びを示しているのだろう」
軽やかな足取りで水飛沫を立たせながら、麗華は鈴と下駄の音色を響かせた。その姿はまるで、水の上に舞い落ちる木の葉の様だった。
「今宵の舞は、今奏でている琵琶とよく合う」
「全くだ」
水飛沫が上がる中、麗華は腰から刀を抜くと降り注ぐ水を切るようにして、刀を振り回した。
「ねぇ、あれ銃刀法違反になるんじゃないの?」
「いや、作り物だろう」
“タァン”
踏み込んだ床から、水飛沫が上がり刀の先端を踏み込んだ足先へ向け、神楽鈴を鳴り響かせた。それと共に琵琶の音色が静まった。
「さぁ、今宵の降る恵の雨と皆さんのご苦労と日々の疲れを取れるようお祈りを込めて、乾杯!!」
「乾杯!!」
麗華の手に持つ刀を鞘へしまい、神楽鈴を盛大に鳴らした。鈴の音に釣られて妖怪達は自分の持っているお猪口を上に掲げて、一斉に声を上げた。
酒を飲み合う妖怪達……
麗華は朝妃達がいる休憩スペースで、お饅頭を頬張りながら休んでいた。
「何とか成功した」
「お疲れ、麗華」
「牛鬼達、今回はありがとうね」
「応よ!
なぁ!今回手伝ったご褒美に、アイツ等帰った後俺等専用の舞披露してくれねぇか?」
「良いよ。そういう願いなら」
「ヤリィ!」
飛び上がりながら、安土は喜んだ。彼に便乗するかのようにして、杏莉は麗華の元へ歩み寄った。
「ねぇ、私達にも見せてよ!その舞!」
「え?
良いけど、時間大丈夫か?」
「時間?」
「この宴会、終わるの早くて9時遅くて10時~11時過ぎになるぞ」
「そんな遅くなるの?」
「あくまでも、この祭りの主役は妖怪達だ。
私達、人じゃない」
「それじゃあ、麗華の家に」
「泊まるの無し」
「まだ何も言ってない!」
「良いじゃねぇか!今日くらい。
俺等も泊まる予定だし」
「阿呆、泊まるわけねぇだろう」
「え!?そんなぁ!!」
自身に泣きつく安土を、麗華は無視しながら牛鬼から貰ったお茶を啜った。彼に続いて杏莉も麗華に抱き着き舞を見せてほしいと願った。
しばらくして、虫の鳴き声が響いてきた。上を見上げると、雨が止み空に満月が浮かんでいた。
「ほぉ…今宵は満月か」
ある妖怪が手を振ると、飾られていた提灯の火が全て消えた。それに続いて、別の妖怪が指を鳴らすと草木に隠れていた蛍が光りながら、宙を飛び回った。
「え?蛍?」
「季節じゃないよね?」
「蛍じゃねぇ。
全部魂の欠片」
「え?魂の欠片?」
「これが見えるってことは、お前等も多少霊感があるみたいだな」
「翼、意外に物知りね」
「神崎から聞いたんだ」
「桜巫女」
獣の毛皮を被った妖が、麗華の元へ歩み寄った。傍にいた杏莉は、少し怯えた様子で麗華の後ろにいった。
「一つ、静かな舞を頼む」
「珍しいね、あなたから頼むなんて。
何かあった?」
「仲間の弔いだ。
頼んで良いか?」
「そういう事なら良いよ。
氷鸞、琵琶お願い。時雨、三味線頼む」
「あいよー」
「すぐに準備致します」
「少し準備するから、待ってて」
「あぁ、頼む」
立ち上がった麗華は、いつの間にか牛鬼が持ってきた鈴の付いたアンクレットとブレスレットを、片方の足首手首にに付けると下駄を履き氷鸞達と共に舞台へと上がった。
「あれ?刀は持って行かないの?」
「弔いの舞なんだから、刀なんて持ってたら死者が安らかに眠れないだろう」
「え?じゃあ、手ぶらでやるの?」
「いや、違うよ」
「え?」
「扇でやるんだよ」
「……ねぇ、大輔」
「?」
「アンタ、何でそんなに麗華事情に詳しいの」
「俺、時々神崎の家で夕飯食ってるから」
「……ハァ?!」
「生活費ピンチの時に、よく夕飯ご馳走してくれたんだ。
神崎の兄貴が(今は神崎と医学生の二人だけどな)」
「それで、この舞のこと知ってるってこと?」
「まぁな」
“タァン”
鳴り響く下駄の音……足と手首に付けられた鈴の音が鳴り、それに合わせて琵琶と三味線の音色が響いた。麗華は広げた扇を風の様に、ユラユラと回しながら静かに舞った。
「あんな軽やかに舞って、羨ましいなぁ」
「身軽って、いいよね」
「身軽じゃなきゃ、凶悪な妖怪達と戦えねぇだろう」
舞台の上で舞う麗華の表情はどこか楽しそうにしており、舞を見る妖怪たちはどこか穏やかな表情を浮かべて酒を飲んでいた。
「何か妖怪達、凄く穏やかな表情」
「何にも警戒しなくていいからな。
この神社には、自分達を邪魔者扱いする者はいない。かと言って、威張る妖怪も人間もいない。美味い酒と料理は食えて、その上綺麗な舞が見られんだ。
妖怪からしたら、ここは楽園だよ」
「何か、説得力ある……大輔」
麗華の神楽舞を、遠くから見るものが一人いた……
木の上に座っていた秀二は、狼姿の陽炎の頭を撫でながら彼女の神楽舞を眺めていた。
彼の背後には、まるで見張るようにして杏が留まっていた。
「(……綺麗な舞だなぁ。
姉貴と同じだ)
行くぞ」
陽炎の背中に飛び乗った秀二は、その場を飛び去った。
その時、風が吹き吊るしていた提灯が揺れ、その風と共に麗華の舞は下駄と神楽鈴の音と共に幕を閉じた。
大輔の傍にいたリユは、不思議そうに空を見上げると彼の服を引っ張り空を指さした。
「空がどうした?リユ」
「何々?どうしたの?」
「いや、リユが」
空を見上げるリユに、ニアとメルは悪戯を仕掛けそれに彼女は起こり二人を追い掛け回した。
「おい、暴れんなよ!」
「何か、小さい子の面倒を見る保護者みたい」
「今夜のメインディッシュは、この人の子五人か?」
蛇の様な目付きをした男が、頬を赤くして杏莉達に近寄ってきた。後ろで伏せていた焔は立ち上がり彼を睨みつけ、大輔の傍にいたメル達は彼の背後に回り威嚇した。
(こいつ等、俺を守る気あんのか?)
「外道が。俺の主が用意した餌を横取りするんじゃねぇ」
「はぁ?!誰が外道だ!!」
「テメェの事だ」
「人の力を借りて、生き残った白狼の端くれが」
「あぁ?!」
喧嘩になりかけた時、舞台の上から麗華は華麗に飛び男の頭に着地し、その衝撃で地面に倒れた。
「お客様、今宵のメインディッシュは既にお口にしていますよ?」
「そ、そうか……」
(飛び蹴り痛そう……)
(笑顔で対応するって……)
(慣れ過ぎだよ……神崎さん)
男の頭から降りた麗華は、舞台上に上がるとほろ酔いをする妖怪達の方を振り向いた。
「時間となりましたので、今宵の祭りは終了とします。
また次回、皆様のお越しをお待ちしております!」
麗華の挨拶を機に、妖怪達は皆空へと飛び各地自分の持ち場へと帰って行った。