「うえぇ……初変身が蟲蔵で、初ドレインが蟲&蟲爺とかマジで泣けてくるんですけど」
蟲爺を消しさり、蟲蔵をあとにした私はそのままシャワーを浴びるべく屋敷の中を歩き回る。
姿は変身したまま、少し恥ずかしかったので下半身をそこらのカーテンの一部を拝借して隠している。蟲爺の衣装? 使いたくないわ。
「あの光景はほんとトラウマものよね、桜が気絶してくれてよかったんだけど、後でなんとかしないとね、やっぱ子供に見せるものじゃないわ」
さっきの光景を思い出して軽く気分が悪くなる。アニメ版とか漫画版とかゲーム版とか見たことあったけれど、あれはないわ、ほんとないわ。
「にしても、確か今が1990年代で桜が養子に出されてすぐだから……、だいたい一年後に第四次開戦ってところかしら、詳しい年代や日付は忘れてしまったけどやらないわけにはいけないわよね……」
もうすでに物語からはだいぶ外れている。私がいて、蟲が全滅して、桜が助かって。もうこの時点でステイナイトには至らない気がする。
蟲爺を消しちゃったからカリヤーンは死なないし、桜の体が改造されることもなければ黒桜になることもない。みんな幸せで良いことづくめ、に思えるがそうではない。
まずステイナイトやZero共通の大型爆弾として大聖杯が残っている。もし私が何もしなければステイナイトにならないどころか冬木市が地図から消える事態にもなりかねない。あれをなんとかしなければこの後の人生にかかわる。
もう一つの悩み、というよりかはこちらが本命且つもっとも重要な課題である。
それは桜のこと。
桜が救われたのよかったのだけれど、代わりに今後の桜の人生が大きく制限されてしまう形になってしまった。
断言してしまうと、桜はもう一般人として過ごすことはできない。
もし少しでも油断しようものなら、すぐに執行者がやってきて桜を監禁してしまうことだろう。
そう断言できるだけの確証はある。まずは桜自身の魔術属性が【架空元素・虚数】であること。これはかなり珍しい属性で公式曰く『ちゃんとした魔術師の家にいないとホルマリン漬けが確定』してしまうくらいには珍しく貴重な属性らしいが、私たちにとっては厄ネタ極まりない。
そんな厄介ごとに火に油どころか原油をタンクローリーごと叩き込む位に事態を悪化させているのが、私の存在だ。
私のことを語るには、少し過去にさかのぼる必要がある。
私意識が覚醒したのは桜がまだ遠坂と名乗っていたころだった。
楽しそうにはしゃぐ二人の子供の声が私を目覚めさせた。
(ん、あれ? ここは?)
どこまでも暗い、ただ暗黒が広がるそんな世界に私はいた。
光はなくただどこかから外から聞こえているのであろう騒音や風、子供の声が聞こえた。
ふと自分の体を確認して、驚いた。
子供だ、それも3・4歳ほどの幼い子供の体たった。
光のないはずの世界で私はそれをはっきり知覚することができた。
「ん~? どうなってるのよ、これ」
『だれ?』
独り言を呟いた途端、誰かの声が返ってきた。
驚いて辺りを再度見渡すが、誰どころか何もない。
『えっと、あなたはだれ? 妖精さん?』
そう思っているとあちらから話しかけられてしまった。
「いや、私は妖精みたいなファンタジーな存在じゃないよ、ところであなたは今どこにいるの?」
『わたし? わたし今ね、お姉ちゃんと遊んでたの』
なるほど、と私は顎に手を当てて考える。
先ほど子供の声はおそらくこの子たちのものだろう。そして、二人は私と違ってこんな謎空間ではなく、ちゃんとした外があるところで遊んでいるのだと思われる。
「ねえ、ならそのお姉さんにも私の声って聞こえているのかしら?」
『お姉ちゃんには聞こえないみたい、さっきからきょろきょろしてるの』
となると声が聞こえるのはこの子だけということになる。
普通ではない状況に、普通では聞こえない声。私はその子の姉が聞けて、その姉に聞こえない私の声。
不可解な出来事に頭を悩ませる。
そう考え込んでいると、また新しい声が聞こえた。
『桜ちゃん、凛ちゃん、久しぶり』
『かりやおじさんだ!』
若い男の声と、遠ざかる子供の声。
『あ、まってー』
そしてそれを追いかける子供の走る音と荒い呼吸の音、風を切る音が耳に伝わる。時折肌に風が吹いているかのような冷たさが伝わってくる。
嫌な予感がした。先ほど呼ばれた三人の名前もそうだが、今私がどこにいるのかわかってしまったかもしれない。しかし、その答えはあまりにも非現実的で、さらに最悪と言っていいほど非常事態だ。
私は両手を口に当て、一言も話せないように息を殺す。
私の考えが正しければこんなの無駄なのだろうけれど、そうぜずにはいられなかった。
『二人とも、そうはしゃがないの』
優しそうな女の人の声がする。それもとても近い距離でだ。
私のそばには誰もいない。いや、私の視界なんて関係ないのだ。
『あのねおじさん、さっき桜が変な声がするって言ってたの』
『変な声、それってどんな声だい?』
外から私のことを話している声が聞こえる。
大丈夫、落ち着くのよ。深呼吸でもいいから意識をちゃんと保ちなさい。
私は意識を集中する。目を閉じ体の感覚を鋭敏にする。
すると世界が少し明るくなったような気がした。
近い。そう思った次の瞬間、外の世界の風景が私の視界に広がった。
急激な変化に少し戸惑ったものの、私は不自由な視界の中で三人の人物を目撃する。
一人は黒い髪の成年、一人は母親と思しき緑色のような髪の女、そして見覚えのあるツインテールの幼女。
そう、三人だけ、私と話した後の一人はどこか? そんなの決まっている。
『えっとねえ、女の人の声だったの、今は聞こえなくなっちゃったけど』
私の口がそう話す。私の意志に反して言葉を紡ぐ、いや違う。もとから彼女の体で、異物は私のほう。
私は彼女、遠坂桜の中にいるのだから。
その日の夜になり、桜が寝付いたあとから私は体を動かすことができた。
混乱も時間をかければおさまり、今では冷静に状況を分析することができた。
まずは私は転生したということ、前世の性別とかはあいまいだが知識だけはしっかりあるので、ここが型月の世界だということは認識できた。
問題は私が桜の中にいるということ。
おそらく二重人格のような形で私が転生したと思われるのだが、何もこんな厄介極まりない形で転生しなくてもいいだろうに。
手を握っては開いてを繰り返し、感覚を確かめる。異常はない。
しかし、
悲しい気持ちになり、ふと視線を別の方向へやると鏡があった。
そこには物憂いげに目を細めるみんながよく知る間桐桜の姿があった。
それを見て、ああ本当に転生したんだなという実感が持て……いやちょっとまて。
もう一度深く鏡を見て、改めて自分の姿を見て気が付く。
姿が変わっている。それもはっきりとした形で変化が生じていた。
髪の長さと色、虹彩が変化している。
短かったはずの髪は地面に届くかというほどの長髪になり、凛と同じ色だった目と髪の色は両方とも淡い紫色へと変わっている。
「これは、一体」
この姿になるのはまだ10年以上先のはず。まだ桜は爺の調教を受けてないのに体が変化するはずもないし、髪が一日足らずでこんなに伸びることもない。
となれば、これはおそらく私が原因だと考えたほうがいい。私が表に出た時だけ、桜の体が変化するのだろう。
そうすると、私には秘められた力的な何かが存在しているのかもしれない。ただ変身できるだけとか残念すぎるからそう思いたい。
「あら?」
そう思って適当に腕を振ると、何らや鞭のような物が私の手の中に納まっていた。
ああ、なるほどね。それを見た途端、私はそれの使い方と、どうして見た目が変化したのかを理解できた。
「桜は桜でも私はエクストラの桜、というわけね」
しかもBBの方である。チート万歳。これで未来は安泰かな、と思い自身のステータスを確認しようと何度も念じていると、それっぽいものが脳内に浮かんだ。
ワクワク気分で私はそれを見て、驚愕した。
【真名】間桐桜
【ステータス】筋力:D 耐久:E 敏捷:D 魔力:A 幸運:B 宝具:?
【スキル】黄金の杯:B
自己改造:B
十の王冠:B
【宝具】
サクラファイブ:二体まで使用可能
目に見えて劣化していた。まあ十分と言っちゃ十分なのだけれど、元から考えるとすごい劣化だった。元となったキャラはすべてEX以上だったのだから。
それに見慣れない宝具もある。桜ファイブ? そんな宝具は存在しなかったはずだけれど……。
意識をサクラファイブと呼ばれるものに集中してみると、さらに項目が現れる。
サクラファイブ:【メルトリリス:変身可能】【パッションリップ:変身可能】【使用不能】【使用不能】【使用不能】
なるほど、だいたい理解した。
つまりはこれは変身宝具なのだろう。私が選択することでどこぞのプリズマよろしくアルターエゴと呼ばれた彼女たちに変身できる、と言ったところか。
早速試してみたいところだけれど、ここは場所が悪い。
遠坂時臣がいる。あいつにばれたらきっとろくでもないことになるだろう。最悪凛が間桐にドナドナされるかもしれない。
それでは後味が悪い。桜が助かって代わりに凛が不幸になるようでは意味がない。
「……まあ時間はあるし、ゆっくり考えるとしますか」
そう結論を先送りにして、私はベッドに横たわる。
幼いからだ故か、睡魔はすぐに襲い掛かり、私は眠りについた。