「……あれ?」
桜の意識が覚醒し、同時に私も目を覚ます。
彼女はあたりを見渡すが、そこは見慣れない部屋、その広いベッドの上に彼女は寝かされていた。
「昨日のあれは……、夢だったの?」
桜は自分の体を抱きしめ、小刻みに震えている。
それも当然かもしれない。あんな蟲のプールに落されるなんて夢でもトラウマものだし。
『いいえ、夢ではないわ』
「誰ッ!?」
少し考えて、私は桜に声をかける。と言っても彼女に姿は見えないから、声だけが聞こえていることになる。そう考えると少し怖い。
『私はあなた、もう一人の桜』
「もう一人の、……私?」
『そう、ややこしいから私のことはBBでいいわ』
「BB? ……その声どこかで聞いたことがある気がする」
あら、結構前のはずなのに覚えてくれたのは素直にうれしい。
『まあ私のことは置いておいて、今のあなたのことを話し合いましょう』
「私の、こと?」
『そう、あなたのこれからのこと、そしてこれから始まる戦いのことよ』
そうして私はいくつかの出来事を桜に話した。
魔術師としての桜の才能のこと、間桐の魔術のこと、そしてこれから始まる聖杯戦争という出来事のこと。
私のことは理解できるようにかみ砕いて話した。いろいろと省略してしまったけれど、不思議な力を持っている見えない妖精、ってことで納得してくれたのはよかった。
「それで……」
『ん?』
「それで私は、どうしたらいいんですか……」
うつむいて、ぎゅっと膝の上の布団を握りしめる。
流石に幼い彼女が判断できるようなことではない。わからないのは当然だった。
『今は私が色々と手助けしてあげるから安心していいわ、ただその間は体を借りることになるけどね』
「?」
よくわからないと言った感じに首をかしげる彼女。
『試してみると、こんな感じね』
そう言って、私は体の主導権を奪い取る。
言い方だけでは物騒かもしれないけれど、一度見せたほうが早い。
『え? ええ?、……えええええええええええ!?』
「こうやって、私があなたとして動くこともできるのよ」
そう言って私はベッドから降りる。
「桜に会わせたい人もいることですし、ついでだからこのまま食堂まで歩かせてもらいましょう」
未だ脳内で騒ぐ桜を聞き流して、歩みを進める。
間桐の家は遠坂並みに豪華な装飾をしていて、小さい私たちにとっては少し住みづらい。
館の端から端まで歩くのも一苦労しそう。早く高校生くらいになりたい、歩幅が小さすぎて不便極まりない。
そうして大人よりも長い時間をかけて食堂に到着する。
そうして扉を開けると、一番先に目に入るものがあった。
『!?』
それを見て、桜が息をのむのが伝わってきた。それもそうだろう、彼女からすればまだ昨日の出来事で、あれからは恐怖しか感じていない存在だから。
「随分と遅い目覚めじゃの、桜」
蟲爺ことマキリ・ゾォルケン、日本名だと間桐臓硯がそこにいた。
「仕方ないでしょう、昨日はちょっとはしゃぎ過ぎちゃいましたし、子供の体ですと疲れやすいんですよ」
私は気にせず椅子を引いて、彼の対面に座る。
「朝食と言ってももう昼じゃろうから適当に出前でも取ろうかのぅ、鶴野は要望通り追い出した、じゃから今ここにいるのは儂と主の二人だけじゃ」
「あらそうでしたか、まあいないほうが都合がいいですけど」
そう言って私は臓硯が取り出してきた出前のチラシを見る。
「桜はどっちがいい? それとも適当にコンビニで買ってきたほうがいいかしら?」
『えっと、私は……じゃなくて!』
いいノリ突っ込みがはいる。少しは元気が出てきた証拠かしら。
『えっと、あのおじさ……、お爺様って昨日の、あの……』
何が言いたいのはだいたいわかる。桜はあのあと気絶してしまったから、彼女視点だと自分にひどいことをしようとした人と一緒にいるのは不安でしかないのだと思う。
「大丈夫よ、今はもう(私たちには)無害だから安心なさい」
そう桜に言って、適当に注文を決める。それを臓硯に伝えて電話をしてもらう。
あの蟲爺が電話を使って出前を取る光景なんて、本性を知る人たちから見れば何とも言い難いものがある。まあ、あれはあれで外面はよかったはずなので、これも処世術の一種なのかもしれない。
「それで、街の監視状況はどうですか? 一応魔術くらいは
「カッカッカ、魔術の行使は左程も問題はありゃせん、新しい使い魔どもの配置も今日中には終わるじゃろう」
そう言ってこちらを見る老人の目には鋭い光が宿っている。ちょっと怖い。
桜には話していないけれど、そこにいる老人は一度死んで生まれ変わったようなもの。
メルトリリスの蜜で一度全てを溶かしつくし、新しい躰に移し替えた間桐臓硯マーク2と言うのが近いと思う。
彼の望みはFateを知っている人間なら誰でも知っていると思うけれど、不老不死だ。
彼の過去は知らないけれど、長い年月で魂が劣化、いろいろあって望みが自身の延命になったと記憶している。
桜を間桐の家に時臣が送り出した理由は桜が魔術師になるためと、そうでもしないと桜はホルマリン漬けの危機になってしまうからだ。
だからもし私が間桐の家を滅ぼしてしまえば、結局は遠坂を出る前の状態に逆戻りということになる。間桐を潰せばそれでいいというわけではないということ。
じゃあ蟲爺をつぶす? それもいいかもしれないけれど、後継ぎが影の薄い兄とカリヤーンでは不安しかない。ほかの魔術師を頼るのはNG。できる限りこのことは間桐内で始末してしまわなければ、私という存在が露見する可能性がある。
だったらどうしたらいいか、そのことを考えて、一つの方法を思いついた。
BBとしての私のスキルと、メルトリリスの能力を合わせて初めて可能になるこれならば、安全に蟲爺を運用できると思えた。
方法としてはまず蟲爺をメルトウイルスで溶かしつくす。本体が逃げだしては意味がないので徹底的に溶かして一旦吸収するけれど、私のものにはしない。ただ保管するだけ。
次にそれの外装を作り上げる。BBとしてのスキルにある【百獣母胎】はランクが落ちてはいるが使い魔や鉱物などを生成できるスキルだ。
【百獣母胎】は劣化していても私の思い通りのモノを生み出してくれた。私が生み出したのは水銀のように体を自在に変化させることができ、鏡のように体色を変化させることができる使い魔だった。この使い魔には脳にあたる部分がなく、その部分に臓硯を融合させることで彼でもこの使い魔を自在に動かせるようにした。使い魔というよりかは合成獣に近い生物で、魔術回路も存在している。
何よりもこれのいいところは私がいる限り何度でも取り換えが効くというところだ。蟲に堕ちてまで生きながらえた彼であったが、それでも半年に一度は体を取り換えないと死の危機にあった。しかしこれにそんな弱点はなく、私や自身の魔力がある限りは生き続ける。
つまり、現状臓硯には半年の時間制限もなく、私がいる限りは不死に近い状態になる。
私はそれを材料に取引したのだ。その躰を与える代わりに桜に服従することを。
無論、安全面を考えなかったわけではない。臓硯が反逆した場合に備えて、彼の中と使い魔の中に私の分身を入れてある。これもメルトウイルスの力になる。
私の意に反する行動をとったり、桜に危害を加えようとすると、即刻臓硯を溶解して、今度はそのまま吸収してしまう仕組みになる。
完全に安全かは保証できないけれど、こいつの知識とコネを利用しない手はない。だから私は今は彼を生かしている。一応いろいろ禁則事項を設けてはいるけれど、それを桜には知らせない。まだ小さすぎる。
「もうすぐ第四次聖杯戦争が始まってしまいますから、準備することにこしたこはないんですが……、やはり参加しないのは不安すぎますか」
聖杯戦争の参加者は御三家から優先的に選ばれる。今の桜は私の影響か魔術回路が開いている状態にあり、私の魔力を含めればサーヴァントを維持する魔力は十分にある。
「触媒じゃったらいつか使うつもりでいた、湖の騎士由来の物があるが?」
「最悪それでもいいんですけど、どうせでしたら私と相性がいいのをよびだしたいんですよね……」
それに口にはしないが、実は私はバーサーカーかキャスターの召喚しか考えていない。
それの理由は原作の流れをできるだけ維持したかったからでもある。
原作を順守するという意味ではなく、私が知る話からかけ離れてしまうとその分予測ができなくなってしまう事態が起こりかねない。
だからこそ、本来呼び出される予定のバーサーカーや最後に呼び出されたキャスター以外のクラスは考えてはいない。
はてさて、どうしたものかしら……。
そう考えながら私は足を子供のようにぶらぶらとふり、出前が届くのを楽しみにしていたのであった。
お知らせ:2/23
ちょっとプロットを練り直します
主人公の性格がちょっとおかしいという意見をいただいたんですが
それ以上に外道なことをやらかす予定でしたので
ちょっとマイルドにします。
具体的には混沌-悪から中立-中庸くらいまで、
投稿が確定しましたら該当部分を削除して投稿再開します
まあ、いつか外道版も投稿したいですね