「光輝の《光速加速―ライトニング・ブースト》は確かにすごいけど実戦向けではないね」
この数日間で分かったことはシャルルがとても優秀だということだ。今もアリーナで僕に的確な指導をしてくれている。身に纏っているIS《ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ》がシャルルの高貴さをより一層引き立てている。
「まず、燃費が悪いこと、それに長距離を移動するには不向きなこと、最後に光輝自身が制御しきれていないこと」
「制御しきれていない、ってどういうことだよ?」
一夏の疑問はもっともだけど、それに関しては僕が一番わかっている。
「…だって、曲がれないしね」
「そういえば、そのようなことも仰ってましたね」
「はあ!?どんだけ出鱈目なわけ、あんた」
それに三回がエネルギーの限界だね。四回目以降はISが強制解除されること間違いないね!
「それに反響定位だっけ?あれも使えないでしょ?」
「なぜだ?」
なんというかシャルルは観察眼に長けている。趣味は人間観察なんだろうか?
「光速加速中はね」
「だから何故だ?」
「えーっとね、エコロケーションは音の反射で周りを見るのね。だから音より速い動きをすると使えないんだよ」
「……」
ま、そうなるよね。
「すごい、を通り越してキモイわね。キモッ」
「薄々気づいておりましたけど光輝さんは人間ではございませんのね」
酷い言われようだな。さすがに傷つくよ?
「光輝はもうちょっと考えて使おうね?」
「了解しました」
「もっとハッキリ言ってやんなさいよ。馬鹿って」
鈴、お前口悪くないか?ああ、いつもか。
「何よ、馬鹿」
蹴るな、蹴るな。
「なんか騒がしくないか?」
おい、一夏、いつものことだろ、これくらい。
「何事ですの?」
セシリアの言葉でようやく喧騒の中心に目をやる。そこには件の問題児、ボーデビッ…ラウラさんとそのIS《シュバルツェア・レーゲン》がいた。
「織斑一夏、私と戦え」
「戦う理由がねえよ」
ちなみに答えたのは一夏、ラウラさんが見ているのは僕。…どういう状況なのさ。
「お前には聞いていない」
いや、そっちが本物の一夏なんですけどね。
「織斑一夏は俺――」
「模擬戦なら喜んでするよ?」
一夏のセリフを遮る。
なんで遮ったかって?ここで一夏に任せたらきっと良くないことになる気がしたからね。
「おい、こう―」
「でも、戦いなら断らせてもらうよ。それは僕の主義じゃない」
「ふん、腰抜けが」
その通り過ぎて反論できないね。
「では、無理やりにでも戦わせてやろう」
そう言いながら《レールカノン》を展開、そのまま攻撃態勢に移る。
ここで撃ってくる気ですか!?
「死ね」
寸前で盾を構えたシャルルが割って入ってきた。
「ドイツ人は余程、沸点が低いらしいね」
「貴様!」
やばい、やばい。このままじゃ、乱闘になる気がする。
「シャルル、落ち着いて」
「でも、光輝」
『そこの生徒、何をしている!』
もう、遅いよ、先生。
ラウラさんは興が削がれたとばかりにISを解除する。光の粒子は一か所に集中し、レッグバンドを形成する。こちらを一瞥するとラウラは立ち去って行った。
「光輝、大丈夫?」
「うん、シャルルのおかげでなんとかね」
一夏達も慌てた様子で駆け寄ってくる。
「光輝、なんで本当のこと言わなかったんだ!あいつは俺を…」
「まあ、言ってもよかったんだけど、ややこしくなりそうじゃない?」
「あんたのせいで余計ややこしくなったわよ」
「全くですわ」
あれ?
「誤解はいつ解くつもりなのだ?」
あ、考えてなかった…。
「光輝って考えてるようで、考えてない?」
「だから言ったでしょ、馬鹿だって」
その通り、馬鹿ですよ、馬鹿。
「一夏って意外と真面目だよね」
「あはは、それは一夏に悪いよ」
今は寮の部屋で寛いでるんだけど、一夏はアリーナに残っている。僕も見習わないとね。
「シャルル、先シャワー使いな」
「え?いいよ、光輝から使って」
ちなみにシャルルは僕たちと三人部屋だよ。当たり前だけどね。
「いいって、シャルルには色々教えてもらったしさ」
「そ、そう?じゃあ、お言葉に甘えて
そう言ってシャワー室へ向かうシャルル。
「はあー、ISかぁー」
正直なところ強さなんてどうでもいい。性に合わないし、なにより戦いたくない。
「もっと自由に飛べると思ったんだけどな」
そんな呟きはただの言い訳。現実は受け入れなくちゃ。でも、できることなら―――。
「あれ?シャンプー切れてたような…」
というか切れてたね。シャルル、気づいたかなー。まあ、声かけとくか。
「シャルルー、シャンプーここ――」
扉を開けてシャルルと鉢合わせる。
いや、待て。シャルルはどこだ?そしてこの女の子は誰だ?ブロンドで中性的で綺麗な胸の―。
ここまでの思考、およそ二秒。
「きゃ」
「きゃ?」
「きゃああ」
思考が戻ってきました。そこからは一瞬だったね。真後ろへのクイックターン、そのまま弾丸の如く飛び出す。ちゃんと戸を閉めることも忘れてない。すごいね、人体。
「そっか、シャルルは女の子だったのか」
ふうっ……
一息ついてベッドに腰かける。
いやー、まさかシャルルが女の子なんてねー。………女の子?
「えええーーーーー!!!!」
女の子、って女の子?なんで、え、ってか、シャルルは女の子?ええーーー!!
それからどれくらい経っただろう。未だにパニックに陥っている僕を尻目にシャワー室の扉が開かれる。
「こ、光輝、あがったよ」
そこには女子がいた。
「シャ、シャルル?」
「う、うん、そうだよ」
立ち話もなんなので、取り敢えずベッドに腰掛ける。
ん?シャルルさん?なぜ横に座るの?
「えーっと、お茶飲む?」
「うん、もらおうかな」
僕は超特急でお茶を入れに向かう。こういう時に入れるお茶はすぐにできてしまう。いつもは待ちきれないのに。
「はい、シャルル」
「あ、ありがとう」
難なくお茶を渡す。一夏ならここでラッキースケベの一つや二つ起こすんだろうけど、僕はそうはいかないよ。この状況でそんなこと考えられるのは混乱が一周した証拠なのかな、あはは…。
するとシャルルの方から口を開く。
「何も聞かないんだね…」
「話したいなら聞くよ?」
僕は基本いつだってそう。話したいなら聞く。そうでないなら聞かない。
「光輝らしいね」
そう言ったきり俯くシャルル。僕は空気を変えようと話しかける。
「シャルル、見て!茶柱だよ、茶柱が立ってるよ!」
シャルルは相変わらず浮かない顔をしていた。
「話したくないなら僕は構わないよ?」
「…話すよ。やっぱり話さないといけないよ」
僕が人工的に立たせた茶柱を無視して、意を決したように話し出す。
「デュノア社はね、経営不振なんだ」
「デュノア社って、シャルルの親の?」
でも確かデュノア社は世界第三位のISシェアを誇っている、ってセシリアが言っていたのに…。
「デュノア社は第二世代でも最後発、第三世代の目処はたってないんだ」
つまり最新のISをつくる技術が不足している、ということ。
「でも、それがなんで男装?」
「簡単だよ。注目を集める広告塔、そして日本に現れた特異ケースとの接触」
「それって…」
あまりに単純すぎる。だって僕たちのデータを盗めば男性用のISが開発できる、って考えてるんでしょ?そうすれば経営不振どころか世界で頭一つ抜ける軍事国家に成りうる。
「でも――」
でも、そんな馬鹿なこと本気でするわけがない。なんてシャルルの前では言えないよ。実際シャルルはその馬鹿なことをするためフランスから送り込まれて来たんだから。実の親に。それがどんな意味を持つかは聞くまでもない。……ただの捨て駒、ということだろう。
「僕はね、正妻の子じゃないんだ」
「どういう意味?」
「愛人との子、なんだよ」
僕は言葉を失った。だってシャルルはまるで他人事のように、笑って話しているから。
「父親と会ったのは二回だけかな?正妻の人に会ったときは参っちゃったな。この泥棒猫の娘が!…って」
「母親は?実の母親は?」
「二年前に、亡くなったよ」
僕はシャルルのことがよく分からなくなってきた。そして同時にシャルルにこんな顔をさせる奴らが許せなかった。
「シャルル…」
こんな時にかける言葉が出てこない僕は本当にどうしようもない奴だ。
「今まで騙していてごめん。それと全部話してスッキリしたよ」
スッキリなんてするもんか。この感情は誰に向ければいいの?シャルル?シャルルの親?デュノア社?
いいや、そもそも僕なんかが口を挟むような問題じゃない。誰かを恨むのも筋違いだ。けど、それを踏まえても、やっぱり許せない。怒りが込み上げて来る。
「シャルル」
だからとりあえず、この感情は一旦、シャルルに向けるね。
「君はどうしたいの?」
「え?…どうするもこうするもないよ。本国に連れ戻されて、よくて牢屋かな?」
そうやって笑うシャルルにも腹が立ってきた。
バチンッ!
「…え?」
そりゃ、驚くだろうね。なんたって突然殴られたんだから。
「こ、光輝?」
「なんで笑えるの?どうして諦められるの?」
「こ、光輝……怖いよ」
うん、自分でもそう思うよ。ああ、もう、感情が抑えきれない。
「シャルルは逃げてるよ、全部から。大体こんなこと引き受けるなんて正気じゃない」
違う。こんなことが言いたいんじゃない。でも、もうダメだ。歯止めが効かない。
「現実と向き合えよ!こんなことに、ならなかったかもしれないのに。なんで何もしてこなかった!」
「…こ、光輝に何が分かるの。僕の気持ちなんかちっとも知らないくせに偉そうなこと言わないでよ!」
シャルルが僕の言葉に激昂する。そこで初めて本心が聞けた気がした。
「僕の立場とか環境とか気持ちとか、分かんないでしょ?親のいない光輝に分かる訳ない」
そうだよ、わかんないよ。
「なのに…なのに…勝手なこと言わないで!」
核を掴んだ、弱みを知った。だから、もう――
見捨てられない。
「知っての通り、僕には親がいなくてね。正確には死んだんだけど。だからこそ、親の大切さや暖かさは誰よりも知ってる。…だって一番それを求めて来たんだから」
僕の言葉に黙り込むシャルル。
「シャルルの気持ちは全く分からない。だから聞いてるんだ」
ああ、きっとさっきまでの怒りの正体は嫉妬だ。僕、シャルルに嫉妬していたんだ。不謹慎かもしれないけど、僕にはそんな繋がりさえ羨ましいと思えたんだ。
「君はどうしたいの?」
「ぼ、僕は…」
目に溢れんばかりの涙を溜め、言葉を紡ぐ。
「光輝と…みんなと一緒にいたい…ここにいたいよ!」
その言葉は紛れもなくシャルルの本心だった。今まで堪えていた涙が溢れだす。
「了解。その願い、聞き届けましょう」
シャルルの頭を優しく撫でる。
「…光輝?」
「約束」
小指をシャルルに差し出す。シャルルは指切りを知らないのかキョトンとしている。僕は構わずシャルルの白くて細い指に僕の指を絡める。
「指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーます。指切った」
「な、何、それ?」
「約束を守る儀式、みたいな感じかな?つまりシャルルがこの先僕に愛想つかしても離れられないからね。残念でした」
シャルルの涙を僕は人差し指で優しく拭う。
「…絶対?」
「うん、絶対!」
そう答えるとダムが決壊したように大きな瞳から涙が止めどなく溢れる。
「泣きたいなら泣きな。助けがほしいなら頼りな。絶対、それは間違ってないから」
「…うん」
「今は泣こう?なんなら胸も貸すよ?」
冗談のつもりだったけどシャルルは僕に身を委ねるように抱き付いてきた。
「しょうがないなぁ、ただし一夏が帰ってくるまでだよ?」
シャルルは小さく頷くと、僕の腕の中で泣き続けた。僕はただ頭を撫でた。
絶対に守る。この子だけは何があっても絶対に守る。
そう、心に誓いながら。