「ここは……?」
目を開けると辺りは夕日に包まれていた。
「海……?僕はどうしてここに……?」
どうにも記憶が曖昧で思い出せない。何故ここにいるのか。今まで何をしていたのか。
「うーん?」
考えても思い出せそうにないので、とりあえず浜辺を歩いてみる。
「…きれい」
それ以外に形容のしようがないほど、きれいだ。空一面が夕焼け色に輝き、その輝きを海が写す。まるで風景画のように美しく、映画のように鮮明で、この場所にいるだけで心洗われる景色。
「…あなたは?」
暫く歩くと一人の女性が立っていた。いや、浮かんでいた、と言った方が正しいだろう。その女性は海の真ん中に佇んでいたのだ。
「あ、あの…」
『うふふっ』
淡いオレンジ色のドレスに身を包んだ女性(おそらく年上)はただ微笑を浮かべるだけ。それだけで先程まで見惚れていた景色が背景に成り下がる。女性はゆっくりと腕をこちらに伸ばす。
(綺麗な手…楽器でも弾くのかな…)
細く、消えてしまいそうな儚さを内包した手に見惚れてしまい、変な間が生じてしまう。
『…どうかしましたか?』
「…え?」
気が付けば女性は手を伸ばせば届く距離に接近しており、今もこちらに手を伸ばしている。
「え、えーっと…?」
意図がつかめず、とりあえず手を掴んでみる。すると――
海上二〇〇メートル。そこで静止していた《銀の福音―シルバリオ・ゴスペル》は胎児のように蹲っていた。
―――?
不意に福音が頭を上げる。
次の瞬間、超音速で飛来した砲弾が直撃した。
「初弾命中。続けて砲撃を行う」
五キロ先からラウラとそのIS、シュバルツェア・レーゲンが砲撃を行っていた。八〇口径レールカノン《ブリッツ》をラウラは福音が動くより先に発射した。しかし、それに被弾する福音ではない。五キロと言う距離は次第に詰められていき、残り一キロを切った。
「ちぃっ!」
機動力に特化した福音は被弾することなく、ラウラに砲口を向ける。距離は三〇〇。福音の砲撃速度と範囲なら必中の距離。数秒と経たない間にラウラは鉢の巣になるだろう。
「ふっ、甘い!」
突然、福音の頭上からレーザーの弾雨が降り注いだ。
「わたくしがここにおりましてよ」
セシリアの駆るブルー・ティアーズによるステルスモードからの強襲だった。全長二メートル以上もあるBT大型レーザーライフル《スターダスト・シューター》を構え、反撃の隙を与えない。
『敵機Bを認識。排除行動に移る』
「遅いわよ!」
福音がセシリアに気を取られた一瞬。鈴の甲龍による衝撃砲《崩山》が火を噴く。崩山は通常とは異なり、目視が可能だ。しかし威力は今までの比ではない。
ドカーンッ!!
爆煙により、視界が覆われる。そんな中、福音は海面ギリギリまで下降し、上空に向け砲撃を開始しようとする。
「もらった!」
勢いよく海中から飛び出した紅の機体―紅椿を纏った箒が福音の翼を捉える。福音はグルリと体を回転させ、追撃から逃れる。離脱と同時に無茶苦茶な砲撃を放つ。
「くっ!?」
寸でのところでラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ、すなわちシャルロットが割って入る。その手には実体シールドとエネルギーシールドの両方が二枚ずつ展開されている。《ガーデン・カーテン》実弾であっても、エネルギー弾であっても、問答無用で防ぐ反則級の盾である。
「その程度じゃ、リヴァイヴは落とせないよ!」
防御姿勢であるにも関わらず、シャルロットは高速切替―ラピット・スイッチによってアサルトカノンを呼び出し、反撃に出る。セシリアとラウラも多角度から援護射撃を行う。これにはさすがの福音も徐々に耐え切れなくなり、離脱を試みる。
「はあぁ!」
「くらえっ!」
鈴と箒が離脱先を確実に捉える。
「ここだぁ!」
箒の全身全霊の一撃は福音の片翼をもぎ取った。
勝った、誰もがそう確信した瞬間、福音が箒の首元を掴んだ。いち早く反応したラウラは射撃体勢に入る。しかし福音はすでに発射体制を整えていた。
『大丈夫』
頭の中で誰かの声が木霊した。
(ここで負けては…)
瞬間、光が溢れる。
(何のための力か!!)
エネルギー弾に触れる直前、紅椿は宙返りをするかのように一回転。その瞬間、つま先からエネルギー刃が発生する。
「たああああっ!!」
そのまま踵落としの要領で斬撃をお見舞いする。しかし福音も最後の悪あがきとして砲撃を放とうと―――
「しつこいと嫌われるよ」
砲撃が発射される直前、シャルロットの攻撃が福音を貫いた。
六九口径パイルバンカー《灰色の鱗殻―グレー・スケール》通称、盾殺し―シールド・ピアース。第二世代型IS最強の攻撃力を誇る、一撃。
「とどめぇーーー!!」
福音の体がくの字に曲がる。ゼロ距離から叩き込まれた渾身の一撃は福音をそのまま海の中へと叩き落した。
「…今度こそ」
僕たちの勝ちだ、と言うセリフは海面から放たれた強烈な光の珠によって遮られた。
「これは…?」
「まずい!これは第二形態移行―セカンド・シフトだ!」
ラウラの叫び声と同時に海に穴が開いた。比喩ではない。福音の周囲のだけ時間が止まっているかのようにへこんだままだ。その場にいた全員が危険だと直感した。
しかし、遅かった。
『キャアアアア』
刹那、福音は獣のような咆哮を発した。
女性の手を取る。すると――
世界が一変した。
………そんなことはなかった。
「…え?」
ただ、その手から優しさを、温もりを、懐かしさを感じた。ずっと前から知っていた、この感覚。グチャグチャに混ざり合い、それでいて単純な感情が溢れだす。僕は理由もわからず、涙を流した。
『大丈夫』
たった一言。その一言に心が癒されていく。
ああ、なんだかこの感情、知ってる。初めて琥珀を動かした時と同じ…。
『あなたの望みはなんですか……?』
「…望み?」
『大切な人を守るための力を…あなたは望みますか?』
その問いは僕の心に土足で入ってくるような不快感を与えた。
「力なんて…いらない……です」
『力がなければ守れません。それでもなお、あなたは力を望まないのですか?』
力がないと守れない…確かにそうかもしれない。そう考えると握っていた手に自然と力が入る。
「それでも、それでも力はいりません」
『何故ですか?』
「…それは」
守りたい人がいる。でも力はいらない。都合がよすぎるよね。守るならそれ相応の力がいる。誰にも負けないような絶対的な力が。
だけど、それはやっぱり――
「間違ってる!」
『…』
「守ることに、できる、できないは存在しない!……と思います。僕は守りたいだけです。だから力は望みません」
ああ、僕はこんなことを思っていたのか。自分でも理解できていなかった感情がハッキリと、今なら分かる。
『ISそのものを兵器と、力と認識していないのですか?』
確かにISは兵器だ。それは紛れもない力。どうしようもない人殺しの道具だ。でも…。
「僕はISを兵器だなんて思っていません。いえ、思いたくありません」
『………』
「こんなロマンが詰まったものを兵器として認識するなんて、もったいないでしょ?」
そうだ、琥珀は最初からそうだったじゃないか。
「もしも、それが間違っているのなら…僕はISなんていらない」
『うふふっ、そうですか』
女性が優しく微笑むと、世界が一色に染まっていく。
『あなたの望み、聞き届けましたよ』
なんて言ったかな、この色。オレンジ色?橙色?
『―――。』
ああ、そうだ。この色は…。
―――琥珀色、だ。