光り輝くその瀬戸際に   作:いろすけ

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補色

 ざあ、ざあん……。

 波の音が響く夜の海。岬の柵に腰掛けた状態でぶらぶらと足を揺らす女性。月明りに照らされて女性の顔が鮮明に浮かび上がる。

 

「紅椿の稼働率は二〇パーセントか。思ったようにはいかないなぁー」

 

 別のディスプレイには白式の戦闘データが表示されていた。

 

「第二形態移行かぁー。しかも操縦者の生体再生まで可能なんてねぇー」

 

 いつだってどこか退屈そうな篠ノ之束その人だった。

 

「やあ、ちーちゃん」

「おう」

 

 千冬が音もなく姿を現す。互いに背中を向けたまま会話を続ける。

 

「たとえ話をしよう」

「へぇー、ちーちゃんが。珍しいね」

「とある男子生徒の受験場所を意図的に間違わせることができるとしよう。そこで使われるISを、その時だけ動かせるようにする。そうすると、本来男が使えるはずのないISが使える、ということになるな」

「ん~?でも、それだと継続的に動かないよね。それにもう一人の方はどうなるのかな~?」

「ふんっ、あくまでたとえ話だと言っただろ」

「でも、でも~、確かに興味深いよね~。その話」

「…まあいい、次のたとえ話だ。とある天才が大事な妹を晴れ舞台でデビューさせたいと考える。そこで用意するのは専用機と…ISの暴走事件だ」

「へぇ~、不思議なたとえ話だね。すごい天才がいたものだね」

 

 互いに何も答えない。ただ、波の音だけが虚しく響いている。

 

「では束さんからの問題です。白騎士はどこへ行ったのでしょう?」

 

 白騎士―コアナンバー〇〇一にして初の実戦投入機。圧倒的軍事力を誇示し、ISを世に広めることになった白騎士事件、そこで使用されたIS。

 

「白式を《しろしき》と呼べば、それが答えなのだろう」

「ピンポーン、さすがちーちゃん」

「束、アレはどういうことだ?」

 

 ここで言うアレとは白式の暴走のことである。そしてそれは具体的な言葉がなくとも互いに理解している。

 

「ううーん。分からないね」

「お前にも分からないことがあるのだな」

「むしろ、分からないことだらけさ」

 

 束はぶらぶらと足を揺らし、千冬は木に身を傾ける。

 

「あいつ、何者?」

「瀬戸光輝のことか?」

「…瀬戸」

 

 俯いている束の表情は読めない。

 

「あいつのISは何なんだい?第二形態移行もしてないのに唯一仕様―ワンオフ・アビリティーを使えるなんて。いっくん以外でそんな奴いるわけない」

「《プラズマ化》は、唯一仕様だったのか?」

 

 どこか含みを帯びた言葉。まるで相手の手札を窺っているかのような言葉。

 

「さすが、ちーちゃん。あれが唯一仕様じゃないこと、分かってたんだ?」

 

 千冬は何も答えない。しかし、束からしてみれば答えてもらったも同じ。

 

「正確には唯一仕様じゃない。けど、いや、だからこそ異常なんだよ」

「…」

「あいつ、一体何者なのさ」

 

 その問いは千冬に投げかけられたものではない。単なる独り言。

 

「…あいつの親は?」

「何年か前に亡くなったそうだ。…確か、ISが発表される少し前、だそうだ」

 

 岬に吹き上げる風が、一度強くうなりを上げた。

 

「―――――。」

 

 その風の中、何かを呟いて……束は消えた。忽然と、突然と。

 

「…………」

 

 千冬は息を吐き出して、木によりかかる。その口元から漏れる声は、潮風に流れて消えた。

 

 

 

 

 

 

 ざあ……。ざあん……。

 食後に旅館を抜け出し、夜の浜辺に佇む一つの影があった。穏やかな波の音を背に、潮風で時折なびく黒髪は美しいと形容する他ない。絵に描いたような大和撫子がそこにいた。

 

「やあ、箒」

「…光輝か」

「悪いね、一夏じゃなくて」

「な、何故そこで一夏が出てくるのだ!」

 

 こうやって箒をからかうのはいつものことなのだが、今日の箒はキレが悪い。あんなことがあった後なのだから、仕方ないと言えば仕方ないのだが。

 

「聞いたよ。鈴にぶたれたんだって?」

「…あぁ」

「強引だよね、本当に。まあ、鈴らしいけどさ…」

「…あぁ」

 

 今回の件は、はっきり言って箒に非はない。けど、箒の性格上、必要以上に自分のことを責めているのだろう。一夏を守れなかったこと、鈴にぶたれるまで塞ぎ込んでいたこと、僕に力不足と言われたこと。そして何より驕っていたという事実。箒の口から発せられた言葉はあまりにも予想通りだった。

 

「結局、お前の言う通りだったな…。私は浮かれていたようだ」

「…」

「妹というだけなのに…専用機を手に入れて、まるで自分が特別な、選ばれた人間であるかのように錯覚していた。……これでは一夏の隣に立つことなど」

「違うよ、箒。そうじゃない」

 

 驚いたような、今にも泣き出しそうな顔で見つめる箒。

 

「少なくとも僕はそんな意味で言ったんじゃない」

「では、どういう意味だと言うんだ!?」

 

 箒は立ち上がり、怒鳴り散らした。それだけ必死なんだ。それだけ真剣なんだ。痛いほど伝わってくる。

 

「一夏の隣に立つ資格って何かな?」

「……っ!?」

 

 息を飲んだ。ふっ、と…視線の色が羨むものへと変化した気がした。

 

「分からない。ただ…ずっとお前が羨ましかった」

「僕が?」

「お前は誰の目から見てもいいやつ…だからかもしれないな…」

「僕はね、隣にいていい、って言われたからあいつの隣にいるわけじゃない。いたいからいるんだよ」

 

 綺麗ごとじゃない。だってそうでしょ?僕もみんなも無理やり一緒にいるわけじゃない。一夏に選ばれたわけじゃない。ただ、一緒にいたい。それだけなんだ。

 

「箒は難しく考えすぎ!今回のことだってそうさ。自分を責めるな、とは言わないけど…じゃあ、次頑張ろう、くらいの気持ちでいいんじゃない?」

「それで許されるわけが――」

「箒は一夏と一緒にいたくないの?」

「……と、突然なんだ!」

「いいから」

 

 僕が目を合わせ、真剣に尋ねると箒は赤くなりながらも目を背けることなく言った。

 

「…………いたいに……決まっている…だろ」

 

 言葉こそ萎んでしまったが、しっかりと届いた。

 

「だったらいればいい。勝手にいなくなるなんて僕が許さない」

「無茶苦茶だ!」

「無茶苦茶でも何でもないよ。そもそも資格なんてないんだからさ」

「だ、だが!」

「箒には僕が善人に見えてるんでしょ?だったらその僕が断言しているんだから信じて欲しいんだけど」

 

 それでも箒は不安で小さく震えていた。僕はそっと、肩を掴む。繊細で壊れそうな箒を。

 

「いつかの一夏攻略法、覚えている?」

「攻略…法…?」

 

 一瞬考えた後、何かを思い出したらしい箒は顔を赤らめる。

 

「笑顔だよ。あと素顔!泣き顔は含まれません」

「…っ!?」

「それが資格っていうのならそれでいいと思う。違うものでもいい。ないならないでいい。とにかく、今決めなくていいんだよ。一夏の……みんなの隣にいれば箒なりの資格が分かるかもしれないしね」

「…私なりの?」

「そう!」

 

 力強く返事をすると、僕は掴んでいた肩を離す。すると箒は視線を海へ、次に空へと移した。

 

「馬鹿だな、お前たちは…」

「え!?」

「…いつでも…誰にでも…変わらずに馬鹿だ」

「ひどっ!?」

「だが、案外そんなところが好きなのかもしれないな…」

 

 僕が何か言うより早く、箒は旅館へと歩き出してしまう。月明りに照らされた箒の横顔は少し、ほんの少しだけ、笑っているような気がした。

 

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