そして翌週、月曜日。対決の日。
「なあ、箒」
「なんだ、一夏」
「気のせいかもしれないんだが」
「そうか、気のせいだろう」
どうやら一夏は結局、篠ノ之さんにしごかれただけ。ISについては全く教わっていないそうだ。ま、姉との関係も良好ではないらしいし、ISに特に詳しいわけではないのはなんとなくわかってた。…一夏って馬鹿だよね。
「き、来ました。織斑君と瀬戸君の専用IS」
「まずは瀬戸、すぐに準備しろ。アリーナを使用できる時間は限られている。ぶっつけ本番でものにしろ」
形式的には僕とオルコットさん、次に一夏とオルコットさんが戦うらしい。ちなみに僕と一夏は戦わないよ。理由はアリーナの使用時間とシールドエネルギーというISのエネルギー残量の問題らしい。つまり、僕たちが確実に負けるってことでしょ?別にそれでも構わないけど、ちょっと燃えてくるよね、そういうの。
「これが…」
「はい!瀬戸君の専用機、《琥珀》です」
琥珀色のそれ。第一印象は淡い美しさ。兵器にはとても見えない透明感がそこにあった。
「体を動かせ。すぐに装着しろ」
僕は琥珀に触れる。
「…あれ?」
初めてISに触れた感覚と違う。ただなんとなく、きっとこいつは望んでない。
「こ、光輝?」
一夏が驚いたように声を上げる。
何に驚いてるんだよ、間抜け面しやがって。――え、泣いてる?
自分でも理解できなかった。僕はいつの間にか涙を流していた。
「光輝、無理するな。少し休め」
…ああ、千冬さんに下の名前で呼ばれるのっていつ以来かな。
「せ、瀬戸。大丈夫か?」
「瀬戸君…」
篠ノ之さんも山田先生も心配してくれてるのかな?
「…」
おいおい、一夏までなんて面してるのさ。
「大丈夫です、行けます」
さっきまで泣いてたやつに言われても説得力ないよな、そりゃ。けど、行かなちゃ。
直感的にそう感じた。矛盾してるけど、そう感じたんだから仕方ない。
「行けます」
もう一度言うと、千冬さんが許可をくれた。
「光輝、大丈夫なんだな?」
「しつこいぞ。それに女性からの誘いを断るなんてもったいないこと僕がすると思う?」
そう言って一夏とともにアリーナを見る。その視線の先に蒼いISを身に纏う人物の姿があった。
「じゃあ、行ってくるわ。親友」
「ああ、勝ってこいよ。親友」
僕は一夏と拳を合わせると、そのままアリーナへと飛び出した。
「あら、逃げずに来ましたのね」
「いや~、本当は逃げたかったんだけどねー」
「……」
あれ?軽口叩く場面じゃなかった?
「あなたの質問について考えてみました」
「…」
「…未だにあなたたちのことはわかりません。ですから知りたいと思いました」
正直そんなこと聞けるとは思ってなかったな。びっくりして開いた口が塞がらないね。
「そっか。じゃあわかったら教えてね」
「ふふ、わかりましたわ」
そうやって笑う表情は今までで一番いい笑顔だった。
『これより一年一組のクラス代表を決めるための試合を開始する。両名準備はいいか?』
「こちらは大丈夫ですわ」
「こっちも準備OKです」
『そうか…それでは試合開始』
「いくよ、オルコットさん」
千冬さんの掛け声と同時に試合の火蓋が切って落とされた。
「踊りなさい。わたくし、セシリア・オルコットと《ブルー・ティアーズ》の奏でる円舞曲で!」
試合は初めから一方的なものとなった。
射撃、射撃、射撃。弾雨のごとく、とはよく言ったもんだよ、全く。避けるので精いっぱいだって。やば、このままじゃ何もしないうちにシールドエネルギーが尽きる。
「装備は!?」
琥珀に問うと、使用可能な装備の一覧が現れる。
「よし、トライデント」
武器名を叫ぶと《トライデント》という名の片手槍が二つ展開された。
「双槍ってやつか」
トライデントと言うからには三又なのかと思ったが直槍だ。最も一般的とされる形状の槍だ。
「中距離射撃型のわたくしに、近距離格闘装備で戦うおつもりで?」
ぐっ、確かにきつい。だけど、逆に近づけばこっちのもんだ。問題はどうやって近づくか。
「いきますわよ」
そう言ってオルコットさんは《ブルー・ティアーズ》という名のビットを四基展開、僕の周囲三六〇度をくまなく囲む。
どうする?見えても反応できないんじゃ意味がない。…だったら。
「な、何のつもりですの?」
僕は両眼を閉じ、ISの視覚補助システムを完全に断ち切った。そのかわりに、聴覚補助システムをマックスまで引き上げる。本来、補助システムはあくまで補助。虫眼鏡や補聴器のようなものでしかない。それ以上あげると脳の処理が追い付かなくなる。しかし僕はシステムレベルを変更した。
つまりどういうことかって?一か八かの賭け、ってこと!
「それで避けきれると思っていますの?」
「もちろん」
研ぎ澄ませ、限界まで!
観客の歓声、ビットの動く音、発砲音、微細な空気の振動音、相手の息遣い、心拍音。アリーナ内の全ての音が聞こえ、一つの映像に収束する。
反響定位―エコロケーションと言われる、音の反響で周囲の状況を知る能力。イルカや コウモリが使う超音波もこの能力だ。
「あ、ありえませんわ」
僕は目で見ていた時よりはるかにいい動きをしていた。全てのBTレーザーを紙一重でかわし、肉薄する。いける!!そう確信したのと同時、セシリアの笑みが瞳に映る。直観的に危険だと判断した。しかし、判断したところで動作を止めるにしては遅すぎた。
「かかりましたわね。ブルー・ティアーズは六基ありましてよ」
残り二基はミサイルか!?
だが―
「ここで引いたらチャンスは来ない」
そんなもったいないことできないね。…突っ込む!!
ミサイルを無視してそのまま突っ込むと、相手は慌てて距離をとる。紙一重でトライデントで切り付けたミサイルが真後ろで爆発する。シールドエネルギーは一〇%を切った。
「全く、無茶しますわね」
このまま逃がしたらジリ貧だ。そう思った僕は覚悟を決めた。
「!!」
この試合始まって初めて相手の表情が変わった。
槍なら投げても平気でしょ?
僕はトライデントの片方を投げつけた。結果は掠った程度、ダメージは微量だろう。けど、隙は生まれた。
「琥珀、とばすよ!」
次の瞬間ありえない加速スピードで肉薄する。
「とどめ、いくよ」
ゼロ距離でトライデントをぶん投げる。しかし、さすがに代表候補生。とっさに自身のエモノ《スターライトmkⅢ》を使い直撃を避けた。
「マジか」
僕の手持ちにエモノはなし。コールすれば盾らしきものはあるが…。ダメだ、遅すぎる。
「チェックメイトですわね」
そう笑って僕の眉間に銃を向ける。僕はそこでようやく目を開く。
この状況で言うのもなんだけど、いい笑顔するようになったね。
一発の銃声と終了のブザーが鳴り響いたのは言うまでもない。
結果だけ言うと僕も一夏も負け、ただし一夏は僕よりいい試合をしたらしいけどね。
「はあ~、負けた」
現在アリーナのピット内。待機状態の琥珀(琥珀色のチョーカー)を見つめ、柄にもなく落ち込んでいた。
勝てるなんて初めから思ってなかったけど、負けるつもりもなかったんだよな。とどのつまり一矢報いたかった、って話だ。
「お疲れ様ですわ」
「ああ、オルゴールさんもお疲れ」
左耳の蒼いイヤーカフスが光る。おそらくブルー・ティアーズの待機状態なのだろう。
「オルコットですの、いい加減覚えて…。はぁー、もういいですわ」
「え?オルゴールでいいの?」
「違いますわ!セシリア、そう呼んでくださいまし、光輝さん」
そう言って微笑むセシリアにドキドキしたのは秘密だ。
「光輝さんと話していると落ち込んでいるのがバカバカしいですわね」
え、落ち込む?勝ったのに?
そんな疑問が顔に出ていたのか、セシリアは呆れながら言った。
「初心者の方々に二度も接近されたんですわよ?落ち込みたくもなりますわ。だから光輝さんは喜んでくださいな。でないと、わたくしのプライドはズタズタでしてよ」
隠していたつもりなのにバレバレってわけか。まあ、でもそう言われるといつまでも落ち込んでいるのはもったいない気がする。うん、そんな気がしてきた。…単純すぎですかね?
「そこが光輝さんのいいところだと、今ならわかりますわ」
さらっと心呼んだよね!?千冬さんと同等の観察眼だと!?……恐ろしい子だ。
「それと、わたくしクラス代表は辞退しようと思いますわ」
「え?なんで?」
「お二人ともクラス代表として恥じない実力を持っておりますもの。辞めさせる理由がありませんわ」
セシリアは最初からクラス代表に立候補したわけじゃないもんな。しかし、代表候補生にそこまで言われると萎縮しちゃうよ、けど。
「じゃあ、僕も辞退するよ」
「な、なんでですの!?」
「こういうのは色男(ヒーロー)がやるべきなんだよ。僕にはもったいないよ。」
そう言って怪しく笑うと、セシリアも笑ってくれた。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか、セシリア」
「は、はいっ、光輝さん」
こうして本人のいないところでクラス代表は決まった。…一夏ご愁傷様。