いよいよやって来た学園祭当日。生徒たちの熱気は最高潮に達していた。各クラスがそれぞれ出し物を用意し、お互い競い合う。そんな一般的な学祭システムはIS学園も同じだ。1年1組もそれに漏れず、ご奉仕喫茶を開店していた。所謂、メイド喫茶なのだがクラスの一部から熱烈なまでのご奉仕押しがあったのでこの名前に決定した、というエピソードがあったりする。
「いらっしゃいませ、お嬢様」
「きゃー、瀬戸君!」
「執事の燕尾服!」
「織斑君、写真撮ってー」
なんというか、その…。想像以上に繁盛している。燕尾服、恐るべし。
「光輝、次の子の接客お願い」
「あ、う、うん」
メイド服を着たシャルに急かされる。
今日のシャルはやけに上機嫌だよね。そんなにメイド服がいいのかな。
「いらっしゃいませ♪こちらへどうぞ、お嬢様」
まあ、想像以上に似合ってるけどね。それにしてもテンション高いよね。
「光輝は女心が分かっていないな」
グハッ、まさかラウラに言われるとは。
「ラウラも光輝も油を売っている暇はないぞ」
箒とラウラも同じメイド服を着ている。こちらもシャルとは雰囲気が違い、かなり似合っていると思う。
「一夏、ツーショットお願い」
「おう」
一夏は言うまでもなくイケメンだし。みんな似合っていてすごいよね。ちなみに僕的にはセシリアが一番似合う気がするんだけどなー。というかセシリアは――。
「こーきくん」
「ちょっ、楯無さん!?」
この人は本当に…。
「執事っぽく接客してくれなきゃイヤよ」
「…いかがなされましたか、お嬢様」
「ちょっと真面目な話があるから座って頂戴」
この状況で真面目な話ですか。というか扇子はいちいち広げなくちゃダメなんですかね!?〈機密事項〉って、ダダ漏れですよ。
「嫌な予感しかしないけど、どうしたんですか?」
「簪ちゃんの話よ」
…まさか本当に真面目な話なのか。
「簪ちゃんの専用機を手伝っているそうね」
いや、マジで真面目な話ですか、そうですか。
「整備科に頼んだ方がいいわよ。一年生だけだと限界があるもの」
「いや、でも簪ちゃんは楯無さんを意識しているからそれは難しいと思いますよ」
「…やっぱり。でも私だって整備科に意見くらい聞いたわよ。それに光輝君から提案したらあの子も」
はぁー、普段はものすごく器用で何でもこなしちゃう人なのに、妹のことになると途端に不器用なんだから。
「分かりました。提案はしてみますね」
「…ありがと」
「いえ。というかそろそろ戻らないとシャルと箒にどやされそうなんですけど」
「最後に一つ」
「なんですか?」
「こーきくん、生徒会に入りなさい」
「は?」
意味不明。脈絡なさすぎでしょ。
「だ・か・ら、生徒会に入りなさい」
「…いや、聞き取れましたけど」
聞き取れてはいるけど理解できないんですって。
「光輝―!サックス準備して!」
思考が追い付くより先にシャルからの呼び出しを受けてしまった。
「あら?演奏するの?」
「あ、はい、一応」
「ふふ、楽しみだわ」
広げた扇子には〈興味津々〉と書かれている。毎回思うけどいつ入れ替えてるんだよ。
「光輝、はい」
シャルからサックスを受け取る。メイド喫茶なのに何故演奏するかというと、一組のノリの良さが存分に発揮されたと言う他ない。
『今の案だとメイド喫茶か演奏会だな』
『教官、どっちも、というのはどうでしょうか?』
『いや、そんな場所ないから無理―』
『全員は無理でも光輝だけならいいんじゃないか?』
『隣のクラスの迷惑にもなるし―』
『文化祭っぽい!』
『さんせー』
『光輝の演奏かぁー。うん、いいよ、それ』
『ちょ、ちょっと待ってよ』
『あ、ちなみにメイドじゃなくてご奉仕喫茶ね、これ重要!』
『では、決まりだな』
『『『『はーい!』』』』
―と言った有様である。
まあ、ハードルを上げられること以外はいいんだけどね。
「頑張ってね、光輝」
「ありがと、シャル」
「薫子、写真撮って。新聞部の記事にしていいから。」
「本当に!?噂の彼と生徒会長のツーショットなんて美味しいネタ、新聞部部長の〝黛薫子〟が逃すわけないわ」
「ありがと!というわけでお願いね、こーきくん」
…ひとまず楯無さんは置いといて演奏に集中しますか。
「…はぁ」
短い溜息を一つ。セシリア・オルコットは学園祭を満喫できずにいた。
「………」
理由は明白。ここ数日、セシリアは光輝を避けていた。何故避けるのか、と言われると確かな答えは出てこない。
「…どう……しちゃったのでしょうか」
いや、きっと知っている。ちゃんと分かっている。だけど、どうしても受け入れられないのかもしれない。だってその感情は――
「セシリア」
「…鈴さん?」
チャイナドレスの鈴に声を掛けられた。ちなみにその恰好は出し物の衣装なのだろう。一枚布のスカートタイプで、かなり大胆にスリットが入っている。真っ赤な生地に龍のあしらい。金色のラインと、かなり凝っている。
「うちは中華喫茶やってんのよ」
対してセシリアのクラスもメイド喫茶ならぬご奉仕喫茶なるものを開店している。とは言え服装は普通のメイド服。要するに言い方を変えただけだ。
「セシリア、メニューは?」
「あら?お店はいいのですか?」
「あんたらのせいで全然客来ないのよ!」
それもそのはず一組は一夏と光輝が執事姿で接客している。しかも光輝のサックス演奏もある。隣のクラスの集客が悪いのもしょうがない。
(……光輝さん)
ふと、想い人のことを思い出してしまう。
「あんた最近変よ」
「な、何がですの!?」
「…光輝の馬鹿がなんかしたわけ?」
驚いた。純粋にそう感じた。
「見てて気分悪いのよ、全く」
そう言いながらテーブルに座るとメニュー表を開く。
「まあ、あの馬鹿のことだからデリカシーない事言ったんでしょうけど」
「…い、いえ。違いますわ」
「じゃあ何よ?」
「分かりません。光輝さんが悪い訳ではありませんのに…」
「そう」
存外に冷たい反応。しかし今のセシリアには有難かった。
鈴は変わらずメニュー表と睨めっこをしている。
(…ありがとございます、鈴さん)
「このメイドにご褒美セットって?」
「…お薦めはしませんわ」
「…な、なんなのよ」
二人してメニュー名についてアレコレ言っていると少し離れたところに人だかりができていた。
「ちょっと楯無さん!?」
「シャルロットちゃんも早く!」
「ええ!?僕も!?」
「薫子、早く撮って」
「それじゃあ撮るよー」
いつもの面々だけでなく、知らない人たちに囲まれている光輝がいた。
……チクリッ…。
胸を刺す鋭い痛みを感じた。
「また騒いでるわね、あいつら――。って、どうしたのよ。怖い顔して」
「え?わたくし、そんな……」
「…あんた」
自分で自分が分からない。けど一つだけ確かなことがある。セシリア・オルコットはそんな自分が大嫌いなのだ。