イギリスの貴族に名を連ねるオルコット家。その令嬢、セシリア・オルコットはたった今バイオリンの稽古を終え、帰宅したところだった。
「セシリア、バイオリンはどう?」
「はい、とっても楽しいですわ!」
「そう、よかったわね」
こうして母親に褒めてもらう。それが何より嬉しかった。
「お母様。お昼からどこかに―」
「ごめんなさい。午後からは大切な会議があるの。また今度ね」
「…は、はい。では明日―」
母親はオルコット家の正式な当主。仕事で忙しいのは仕方のない事。別に今に始まったことではない。いつものこと。
「明日も仕事があるのよ。ごめんなさい」
でも明日は…。
「お仕事、頑張ってください」
「ええ」
誕生日なのに。
母は珍しく父と出かけ、二度と帰っては来なかった。鉄道の大規模事故。脱線した列車は近くの建物を巻き込み、停止。不運にも有名なアーティストのコンサート会場に突っ込み、被害は数百人に渡った。
セシリアが九つのときだった。
「鈴!大丈夫!?」
「…どうにかね」
IS学園の状況は思っていた以上に深刻だった。IS学園の知らない部屋にシャル以外の専用機持ちが集められている。ただし、箒とラウラ、それにセシリアの意識がない。
「何者かの手によってIS学園のセキュリティーが乗っ取られました。みんなはコントロールを奪還するために電脳世界に入ったのですが何かしらの攻撃を受けてしまい…。織斑君と瀬戸君はコア・ネットワーク経由で電脳世界にダイブ、みんなを助けてください」
簪ちゃんからの的確な指示もあり、僕はなんとか鈴を救出することに成功していた。
「…光輝、次はセシリアをお願い」
「分かった」
一夏はまだダイブ中らしいけど、あっちは任せて大丈夫そうだね。
「…光輝」
「鈴?」
「あっちの世界は…嫌なことを思い出させるの…」
このサイバー攻撃、先生たちは分離解体―ワールド・パージと呼んでいた。とにかくこの攻撃は本人の一番思い出したくない記憶を思い出させ、繰り返させるらしい。
「こう…き…」
鈴も先程までこの攻撃を受けていたのだ。その証拠に鈴はいつもの元気は影もなく、小さくなって震えている。…なんとも気に障る技だ。
「大丈夫だよ、鈴」
そっと抱きしめる。鈴の小さい体から確かな震えが伝わってくる。
「いいの、あたしは…」
しかし鈴はそう言うと僕の腕をほどき続ける。
「あたしはもう、大丈夫。だから、あたしじゃない、あいつの…セシリアのところへ行ってあげて。きっとあんたを待ってる」
その目は僕に行け、と。たった一言そう告げていた。