演奏会は蒼穹で
二時間前、僕とセシリアはIS学園最寄りの楽器店に来ていた。
「光輝さんはサックス以外にも楽器は嗜まれておりますの?」
「うーん?自慢できるのはないなー。セシリアは?」
「は、はい。一応ピアノとバイオリンを少々」
「へぇー、すごいね」
「いえ、そんな。光輝さんもこれを機に新しい楽器にも挑戦してみてはどうでしょう?」
「えー、僕には無理だよ」
「そんなことありませんわ。例えばこれなんてどうですか?」
そう言ってセシリアはアコースティックギターを手渡す。
「弦楽器か…」
「とってもお似合いですわ」
肩からギターを提げている僕。いや、絶対似合ってないでしょ!
「やっぱりいいよ」
「…そ、そうですか」
しょんぼりされると悪いことした気分になるよね。なんかセシリアって子犬みたい。
「じゃあさ、ピアノ教えてよ。全く知らないものより、そっちの方が取っ付きやすいからさ」
「え?わたくしがですか…?」
「あ、嫌ならいいよ」
「い、嫌なわけありませんわ」
というわけで現在僕たちはIS学園の音楽室にいる。ピアノなら学校にあるのを使った方が早いからね。ちなみに許可は得たから問題なし。
「光輝さん…」
「ん?」
「ほ、本当にピアノは初めてですのよね?」
「うん、そうだよ」
「では何故、弾けますの!?」
何故か特に教そわることもなく、弾けてしまった。
「うーん、セシリアの見本を見たからかな?」
「一回の見本を見ただけで弾けるなんてふざけていますの!」
ふざけてはないよ。断じて。
「そんなことないけどなー。あはは…」
「絶対音感…いえ、それでも弾けるかは別ですわ」
ブツブツと呟くセシリアを尻目に僕はピアノを弾き続ける。
「あら?この曲は?」
「セシリア知ってるの?」
「もちろんですわ。この曲はイギリス、いえ、ヨーロッパではそれなりに有名でして。それより光輝さんはどうしてこの曲を?」
「うーん?知らないよ?」
「…馬鹿なんですの?」
「そうかもね」
既視感を感じるね、今の会話。
「茶化さずに答えてください」
そう言われてもなぁー。
「笑わない?」
「もちろんですわ」
「子供のころに聞いた…気がする」
「意味が分かりません」
奇遇だね。僕もさ。
「聞き覚えのある曲、ってやつ?」
「日本の方が聞き覚えになる曲ではありませんが…」
ということは―。
「僕って実はヨーロッパ人?」
「…」
突っ込んでもらっていいかな?悲しくなるからね。
「今のご時世、インターネットがあるし、どこで何を聞いても不思議じゃないよ」
「ですが、弾けるというのが問題でして…」
「そういうセシリアはないの?幼少期の思い出の曲とか」
「わたくしは…」
セシリアの幼少期かー。興味あるな。なんせ貴族だもんね。…ミニセシリアか、萌えるね。
「ありませんわ」
「え?そうなの?」
「ピアノもバイオリンもお稽古でしたから…。今思うと最初は全部母からでしたわ」
そっか。セシリアは小さい頃に両親を亡くしているんだっけ。僕と同じように。
「セシリアのお母さんは厳しい人だったんだね」
「はい、ですがそれ以上に優しく、凛々しい方でしたわ」
「それはまたセシリアみたいだね」
「…え、ええっと…その…」
僕は思ったことを言っただけなのにセシリアは赤くなって俯いた。
「そういえばさ、セシリアのお父さんってどんな人?」
「………」
あれ?聞いちゃダメだったかな?
「ここってどう弾くのか――」
「とても情けない人でしたわ」
慌てて話を変えようとしたんだけど、セシリアに先手を取られちゃったね。まあ、聞きたくないわけじゃない。
「いつも周りの顔色ばかり窺って、ヘコヘコして、最低でしたわ。母もそんな父を毛嫌いしていましたわ」
「…そんな」
「その影響もあって、わたくしは幼いながらに男性を嫌うようになりました」
それは言い訳ですわね。と笑うセシリアが少しだけ寂しそうに見えた。
「光輝さんや一夏さんと出会えて、本当によかったですわ」
「そうなのかな」
「はい、お二人のように素敵な男性もいらっしゃる、そう思えましたから」
「…僕はそうは思わないな」
「え?」
「セシリアのお父さん。すごい人だと思うよ」
「そ、そんなこと」
そんなこと僕には分からないよ。けどセシリアが寂しそうな顔するからさ。事実がどうであれ、セシリアには笑っていてほしいからね。
「あくまで僕の考えだけどね。きっとその人は家族のことを大切に思っていたんだと思うよ?だって母親のためにそこまで弱い人を演じられるなんて、普通じゃできないよ」
「どういうことですの!?」
「繰り返すようだけどこれは僕の考えね。ずっと接してきたセシリアの考えの方が正しいはずだよ」
「それでも構いません。詳しく聞かせてください」
必死に頭を下げるセシリアに若干苦笑いしてしまう。
ずっと悩んでたんだね。…きっとセシリアは父親のことを信じたいのだろう。嫌いなら悩む必要ないからね。
「まず、なんでセシリアの母親は離婚しなかったのかな?」
「そ、それは周りの評判などがありますから…」
「確かにね。でも毛嫌いするような人と一緒にいる理由にはならないよ」
「…」
「だから、きっとお母さんも頼っていたんだと思うよ。お父さんに」
「…母がですか?」
「そう、本当は頼りにしてたんだよ。でもそうしなかったのは、お父さんが周りの批判を引き受けるためだと思うよ」
世間の批判や貴族の世界、正直僕には想像もつかない世界だけど、大変だということくらいは分かる。そんな中、女尊男卑でもない世界で女性の当主が生きていくのは難しいだろう。いくらセシリアの母が優秀でも。いや、優秀だからこそか。だから周りの目を一手に引き受けていたんじゃないかな。
「僕にはできないな。そこまで強くはなれないよ」
「そ、そんな…」
「ただの戯言だけどね」
「いえ。…ありがとうございます」
「まあ、可能性として考えといてよ」
「…はい。今はまだ気持ちの整理がつきませんが、光輝さんのお話、参考にさせていただきますわ」
そう言いながらセシリアは微笑む。その姿は美しく、貴族の令嬢を連想させた。
僕の考えに根拠は一切ない。ただの妄想だけど、願わくばその妄想が本当であったら―。そう思いながら僕は鍵盤に向かい合うのだった。