白熱する前日
毎年の恒例行事であるキャノンボール・ファストは本来、整備科が登場する二年生からのイベントだ。しかし、今年は予期せぬ出来事に加えて専用機持ちが多いことから、一年生時点で参加することになった。
「今年は異例の一年参加だが、やる以上は各自結果を残すように。それでは訓練機組の選出を行うので、各自割り振られた機体に乗り込め。ぼやぼやするな。開始!」
千冬さんの掛け声のもと各自作業に入る一同。
「一夏はどうするの?」
「俺も光輝と同じ追加装備なし組だからな」
「わ、私もだぞ」
一夏と箒、そして僕の三人組は代表候補生ではないからスラスターの追加装備は一切なし。つまりは何かしらの工夫をしなければ勝てないのだ。
「白式は速度特化の大型スラスターがあるからいいよね。それに紅椿も」
「確かに。展開装甲を背部と脚部装甲するだけで高速機動仕様になるんだからよ」
「しかし、エネルギーが足りないのでは意味がないだろう」
一夏の零落白夜や箒の紅椿は第四世代型に分類される。第四世代というのはパッケージ換装を必要としない万能機。
「一夏、お前はどういう風に調整するのだ?」
「俺か?俺は雪片弐型を封印して、スラスターに全振りだな」
「全振り?攻撃を受けたらどうする気だ?」
「かわす」
「…お、お前は」
「一夏から仕掛ける時は?」
「体当たり」
「…馬鹿?」
「言ってやるな」
一夏らしいと言えば一夏らしいけどね。
「光輝だって光速加速があるだろ?あれは反則だって」
「そうだぞ」
「いや、それは無理だよ」
光速加速中は曲がれない。レースのようなコーナーが存在する状況では使えないよ。
「まあ、お互い課題はありそうだな…」
そんなこんなで話し合いが平行線を辿りそうなので僕は二人と別れ、スラスター増設組のもとへ向かう。
「二人とも調子どう?」
「あ、光輝」
「光輝ではないか」
シャルとラウラがスラスター増設組かぁー。確かセシリアと鈴が高速機動パッケージ組だよね。
「今から調整しようって、ね?」
「ああ、その通りだ」
「じゃあ、お邪魔だったかな」
「そ、そんなことないよ」
言われてみるとシャルもラウラもISスーツにヘッドギアだけだしね。なんかコスプレみたいで可愛い。
「こ、光輝?なに見てるの?」
ヤバッ、見てたのバレた!?
「光輝はシャルロットの胸部を見てどうしたんだ?」
「…ラ、ラウラさん?」
「こ、こ、こ、光輝!?」
壮絶な誤解です。
「ははは、さらば!」
「え!?ちょっと!?」
今までの経験則、ここで言い訳しても助からない。だから僕は逃げる。
「捕獲成功」
…さすがだね、AIC。
結局、ラウラに拘束されシャルにこってり絞られた。なんだか既視感を感じるな、このやりとり。
二人からようやく解放された僕は高速機動パッケージ組のもとへ行った。
「光輝さん」
「やあ、セシリア」
ここ最近、ずっと気まずい関係が続いていたセシリアだがワールド・パージの一件後、少しよくなった気がしている。
「高速機動パッケージ組だったよね、セシリアは」
「は、はい」
整備科の存在しない一年生では単純に超音速下での訓練時間が勝敗に直結すると言っていい。そのためセシリアは一年生の中でも優勝候補の一角なわけだ。
「高速戦闘でのアドバイスとかない?」
「それでしたら光輝さんの方が詳しいのでは?」
確かに最高時速は琥珀の方が上かもしれないがセシリアの場合、移動と並行して射撃を行うスタイルだ。高速戦闘に限らずだが技術面は僕とは比べ物にならない。
「…わたくしに教えられることなど」
僕への態度が柔らかくなった代わりに、悲観的になった気がする。聞いた話だとセシリアは一人で亡国企業と戦ったらしい。何があったのかは分からないが、きっとそれがセシリアの自信を奪う原因となっているに違いない。
「セシリア」
「は、はい」
「ピアノだよ、ピアノ!」
「…え?」
「んー、ISと楽器って似ていると思わない?」
「そ、そうでしょうか?」
サックスしか吹けないけど、それでも感じるんだ。サックスを吹くとき、ISに乗るとき、僕は客観的になれる。幽体離脱でもしたかのように自分自身がハッキリと見える。
「ワクワクの向こう側、って感じ?」
うん、自分でも意味が分からないな。
「…ワクワクの向こう側」
そこまで深い意味がある訳じゃないのだけれど、セシリアは何かを考えるようにその言葉を反復している。
「わたくしにも分かるときが来るのでしょうか?」
「……?セシリアはとっくに知っているよね?」
なんてことはない。だって僕はセシリアを見てそう感じたのだから。
「…え?」
「難しく考えるの禁止。シンプルにね、シンプルに」
「それは―」
『オルコット、パッケージのインストールを開始する。降りて来い』
柄にもなく真面目な話をしていたら千冬さんの呼び出しがかかった。
「行ってきなよ」
「あ、あの!」
「ん?」
「ありがとうございます」
律儀に頭を下げるとセシリアは千冬さんのもとへ急いで降下していった。
「へぇー、たまにはいいこと言うじゃない」
「…鈴…聞いてたの?」
そこには高機動パッケージ《風―フェン》をインストールした鈴がいた。
「ふふーん、ワクワクの向こう側ねぇー」
うっ、改めて言われると恥ずかしい…。
「鈴さん?」
「いやー、いいこと聞けたわ」
「あ、あはは…はは…」
「「………」」
「それじゃあ」
「お願いします。みんなには黙っていてください。お願いします!」
知っていたことだった。警戒もしていたつもりだ。だけどやっぱり――。
凰鈴音は鬼だった……………。