「………」
「……」
校舎裏のいつものベンチ。ここでサックスの練習や花壇の花を見てボーっとしたりしている。だが今の状況は違った。
「あの…その…」
らしくない。そんなことは言われなくとも分かっているよ。でも、あんな顔見ちゃったら動揺くらいしてしまうのも仕方がないことだろう。
「…」
僕はセシリアの隣に腰を下ろしている。当然、お互い無言で空気は重い。
「…申し訳ございません」
「なんで謝るの?」
「…お見苦しいところをお見せしました」
見苦しいわけがないよ。そんなわけない。
「大丈夫ですから忘れてくださいな」
もうセシリアは涙を浮かべていない。代わりに無理やり作ったであろう笑みを浮かべている。理由なんてわからない。でも、何故か、ズキリと心が痛んだ気がした。
「…セシリア」
「…」
「話しにくいことなのかい?」
「…」
「だったら無理に話さなくてもいい。でも、心配くらいはさせてよね」
「…っ」
俯いているセシリアから微かな嗚咽が聞こえた。あまりに予想外の事態だったので僕は少し取り乱してしまう。
「ご、ごめん、セシリア。僕なんか傷つけるようなこと言った?」
「…い、いえ…違います」
「で、でも」
「嬉しいんです。そんなこと言って下さる方は…」
「いるよ!僕以外にもたくさん!!」
セシリアが言葉を終えるより先に僕は叫んでいた。その後に紡がれるであろう言葉を予想して、絶対にそんなことはないと断言するために。
だってそうじゃん。セシリアにはたくさん仲間がいる。僕だけじゃない。鈴に箒にシャル、ラウラ。もちろん一夏や千冬さんだって。ほら、こんなにもいる。セシリアを大切に思っているのは。だから、だからそんなこと言って欲しくない。
「…フフフ」
俯いたままのセシリアは僕の予想に反して泣いてなどいなかった。それどころか微笑んですらいた。
「光輝さんならそう言ってくれますわよね」
セシリアはその場から立ち上がり、ゆっくりと花壇の方に歩を進めた。一歩、二歩、そこで立ち止まり彼女は振り返った。
「…光輝さん」
「なに?」
「わたくし、次の公式戦は辞退しようと思っておりますの」
次の公式戦、つまりはタッグマッチトーナメントのことだ。一夏のようなISに深刻なダメージがある、という例外を除いて専用機持ちは全員参加なのに。セシリアのような代表候補生は特に辞退なんてできないはずだ。
「どうして?」
「イギリスからの通達ですので」
それならば仕方ないか。理由は思いつかないわけじゃない。セシリアだって亡国機業と戦ったんだ。一夏が棄権するのなら分からなくもない。
「残念、セシリアを誘おうと思ってたのになー」
「え?わたくしを…ですの?」
「そう」
結局振り出しに戻っちゃったね。誰と組もうかなー、ホントに。
「残念ですわ、本当に…」
「だね」
少しの沈黙が生まれる。セシリアはどこか遠いところを眺めながら言葉を紡ぐ。
「覚えてらっしゃいますか?ここで初めてあなたのサックスを聞かせていただきました」
セシリアは優しい笑みを浮かべながら思い返すように花壇に植えられた花を愛でる。その瞳には慈愛に満ちた温かさで溢れていたような気がする。まるで割れ物を扱うように優しく、丁寧に言葉を繋ぐ。
「もちろん。そのあと、楽器店にも行ったよね」
「光輝さんのピアノの才能には驚かされましたわ」
「いや、才能なんて―」
「ありますわよ。あなたには」
振り返ったセシリアに僕は思わず何も言えなくなる。
「謙遜も行き過ぎると嫌みですわよ?」
「え、あ、うん」
何処かしどろもどろな返事になってしまう。それくらい目の前のセシリアが大人びて見えたのだ。
「その後もあなたはいつもわたくしを助けてくださいました」
そんなことはない。と思うのだが不思議と言い返すことはできなかった。
「わたくしは、そんなあなたが…」
「え?」
「―――。」
風がなびいた。一筋の風が―――。
「今…なんて…?」
この問いでなんとなく有耶無耶にならないかと思ったがセシリアは僕の予想を裏切り、もう一度言葉を紡いでみせた。
「――ずっとお慕いしていますわ」
思考が止まる、完全に。
セシリアはなんて言ったんだ。いや、何を言ったかは分かってる。理解ができないんだ。だって、そんな突然…。
「…えっと…セシ…リア…?」
「…はい」
若干俯き気味になってはいるがハッキリと表情は読み取れた。ほんのりと上気した頬、固く結ばれた拳。そして瞳には確かな覚悟があった。
「…その、突然で…なんて言っていいか…」
こういうときになんて言っていいか分からない自分が情けない。
「いいんです」
「え?」
「答えはいりません」
「で、でも―」
「もう…分かっていますから」
「……」
「ただ、知っておいて欲しいのです。わたくし、セシリア・オルコットは光輝さんのことが大好きだということを…」
言葉を失って呆然としている僕を尻目にセシリアは微笑んでみせた。その瞳から溢れている涙も拭わずに。
夕刻。そう形容するにふさわしい。窓から差し込む夕日が一日の終わりを感じさせる。結局タッグマッチのペアは決まらず、今に至る。
「………」
一年の専用機持ちの人たちに声を掛けたが全員からフラれてしまったのだ。この状況はマズい。すごくマズい。このままでは出場できない、まである。何より誰とも組んでもらえない自身の人望のなさに涙が出てくる。いや、かなり真剣な悩みだよ。
「…それに」
なんかいろいろあり過ぎた。僕の許容量を完全に超えて…その、とにかくテンパった。それも手伝って今僕の疲労はピークに達している。主に精神的に。
「こーきくん」
そして災難は畳みかける。
「ちょっと誰が災難よ」
今の精神状態じゃ、楯無さんの読心術に反応する元気もない。
「どうしたの?こーきくんが反応しないなんて、よっぽどね」
「い、いや別に…何でもないですよ、ホント」
組んでくれる人がいなくて泣きそう、なんて言えない。
「何があったか分からないけど元気出しなさい。こーきくんが落ち込んでいると、おねぇーさんも悲しくなっちゃうわ」
慣れた手つきで扇子を開く。それと同時にしくしくと手を目元までもっていき、泣いているそぶりを示す楯無さん。そこには《元気溌剌》と書かれていた。
はつらつってあんな漢字書くんだぁー。とか初めに思った僕はやっぱり疲れているんだと思う。
「もぉー、せっかくお姉さんがペアになってあげようと思ってたのにぃー」
え?今なんて?
「タイミングが悪かったようね。まあ、今回は出直すわ」
僕と…ペアに……?
「……うっ…」
「こーきくん?」
「うわあぁぁーー、楯無さーん!!」
「ちょ、ちょっと、光輝君!?」
あまりにも嬉しい申し出だったので楯無さんが一瞬女神に見えた。僕は何かが決壊したように楯無さんに抱きついた。いつもの逆のパターンだな、とか考える余裕は一切ない。
「…えっと…大丈夫…じゃ、ないわよね…?」
セクハラと言われれば否定のしようがない状況。しかし楯無さんは僕を振りほどくことはせず、それどころか心配してくれている。ここで怒ったり、真っ赤になって動揺しないところはさすが楯無さんだ。まあ、僕ごときにいちいち照れたりしないか、そりゃ。
「…落ち着いたかしら?」
しばらく抱き付いていたと思う。いや、実際には短い間だったかもしれないけど体感時間はかなり経った気がする。それでも優しく受け入れてくれる楯無さんは大人だと改めて思わされる。
「ご、ごめんなさい!」
「別に構わないのだけど…」
今更ながら我に返り、急いで離れる。
「で、結局どうなのかしら?」
「え?」
突然の問いに惚けた声が出てしまう。楯無さんは呆れたように笑いながら一枚のプリントを取り出した。それはシャルが以前持っていたものと同じ、タッグマッチのペアの誘いだった。
「も、もちろんです!」
「そう。ならよろしくね」
それだけ言うと楯無さんはニッコリと微笑んでみせた。詳しいことを聞かないのは楯無さんの優しさだと思う。なんだかんだ初めて会った時もそうだったしね。
「明日からは特訓よ?あと機体のフィジカルデータとかも確認したいし―」
「はぁ…」
「こらこら、大事なことなのよ?ISには自動調整機能があるけれど、やっぱり自分の最新データをもとに微調整してあげないとダメなんだから」
「…へぇー」
「難しく考えなくても大丈夫よ。私も手伝ってあげるから。ね?」
「は、はい」
今日の楯無さんは妙に大人っぽくて変な感じだ。その優しさに甘えている僕も十分おかしいのだろうけど。いつも通りじゃないのは理解しているが、それでも僕の心臓は終始早鐘を打っていた。
「…痛い、痛い」
「大変だな、毎日」
楯無さんとペアを組んでから数日。放課後に毎日、厳しい特訓を行っている。もちろんそれは有難いことだ。今までもコーチみたいな感じで練習に付き合ってもらっていたが、相変わらず教えるのがうまい。内容に無駄がないのだ。だからこそ疲労も半端じゃない。気を抜くところがないのだから当然だろう。しかも今回はあくまでパートナーとしての特訓。つまり僕が楯無さんに合わせられるレベルにならないといけない。
「…そんなのできる気がしないよ」
「とか言いつつ光輝ならできそうなところが怖いな」
一夏、そればっかりは逆立ちしても無理だよ。僕に主人公補正なんてないんだしね。
「うわぁ…アザだらけだな」
「まあね―いたっ」
「わりい」
今は自室で一夏にマッサージをしてもらっている。
男同士でむさいだって?そんなこと、この疲労感の前じゃ、考えられないよ。
「そういやさ…白式…どうだった…のさ」
「ん?ああ、ヒカルノさん達が今、頑張ってくれてるよ」
ということは具体的なことはまだ分からないのか。でなければ棄権なんてことしないか。一夏のマッサージを堪能しながら朧げにそんなことを考える。
「にしても上手いよね、マッサージ」
「千冬姉によくしてたからな」
なるほど。一夏をハイスペック主夫に成長させたのは千冬さんなのか。さすがはシスコンだね。
「ぐぎゃあぁーー」
「不思議と罪悪感はないな」
やめて、やめて、悪かったって!!
一夏が無表情で僕の怪我をしているポイントを捻る。床を何度も叩いてギブアップを主張しても止まらない。床を叩くのさえ疲れてきたところで扉をノックする音が聞こえてきた。
――――コンコン。
少し控えめなノック音が響く。なんていいタイミングなのだろう。この状況なら誰だろうと歓迎だよ。
「一夏、誰か来たみたいだよ」
「こんな時間に誰だ?」
放課後の楯無さんとの訓練が終わってからかなり経つ。明確な就寝時間があるわけではないが先生に見つかれば面倒な時間帯ではある。まあ、そんなこと今の状況を打開できるなら関係ないけどね。
「おい、筋肉痛はどうした?」
一夏のツッコミもどこへやら。勢いよく立ち上がるとそのまま扉に手を掛ける。
「はーい、今開けるねー」
扉の向こうにいたのは――。
「機嫌がいいみたいでおねぇーさんも嬉しいわ」
楯無さんだった。いや、まあ、別にそれはいい。いいのだが…。
「…え、えっと…ど、どうしたんですか?こんな時間に」
「こーきくんの疲れを癒すために来たのよ。どう?嬉しいでしょ?」
「…え、あ…その……」
「ん?」
「い、いえ、何でもないですよ。あははは…」
楯無さんは僕の反応に違和感を感じたのか、どこか怪しむような、心配するような目を向ける。
「どうしたんだ、光輝?―――って顔真っ赤じゃないか。熱か?」
「いや、そう言うわけじゃ―」
「ちょっと動かないでね」
楯無さんはそう言うと僕の額に手を当ててみる。
「ホント。熱いわね。風邪かしら?」
違う、違う。そうじゃないよ。だってさっきまでは普通だったし。楯無さんが来てから…。え?それってつまり………そういうこと、なのかな?
「一夏君、光輝君をベッドに運ぶの手伝ってくれる?」
「はい」
二人がなにやら騒がしくしているけど僕には聞こえていない。心の内に生じた疑問を否定する言葉が見つからない。僕は本当に―――。
「光輝君、大丈夫?」
心配そうに顔を寄せる楯無さんに僕はさらに顔を赤くした。
やっぱりこれは、そういうことなのかもしれない。
どういうことだぁぁーー!!!
―――という皆さんの声が聞こえてきそうです。
今回は光輝君の恋愛事情に踏み込んだお話になっております。以前から意識していたセシリアと光輝が改めて意識した楯無さん。その他にも思いを告げていないヒロインはいますしねぇ。どうなっていくのやら。ぜひ今後の展開にご期待ください。
しかし、こうしてみると光輝はよくモテますね。あの一夏といい勝負です。
速やかに爆発すればいのに…。(注意:しません)