光り輝くその瀬戸際に   作:いろすけ

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場面は一転してセシリアの回想に入ります。
時間軸は今作でのワールドパージの一件後からです。回想中は基本セシリア視点の話になります。


色褪せていく過去

 時間というものは融通が効かず、絶対にやり直すことはできない。例え一秒前だろうと一年前だろうと、それらは等しく過去であり、一度訪れた以上二度と訪れることはない。

 

 しかし、語ることはできる。彼女に何が起こったのか。そして何を間違えたのか。重ねて言うが、ここでいくら語ろうと結果は変わらない。それでも語らねばなるまい。彼女の意志を。

 

 瞬間、時計の針はゆっくりと逆行を開始する。カタカタと音を立て本来とは逆回りに回転を始める。針は加速し、火花を散らすが如く猛スピードで回り続ける。次第にそのスピードは落ちていき、あるところで完全に動きを止めた。数秒の間ののち、針は何事もなかったかのように再び時を刻み始める。そのとき彼女は闇の中にいた。

 

 

 

 

 

 

 ワールド・パージ、それは電脳世界では精神に干渉し、現実世界では大気成分を変質させることで幻影を見せる能力。今現在使用されているのは前者の能力。たった今、簪とシャルロットを除く、四人の女性専用機持ちが捕らわれてしまった。事態は深刻である。そんな中、彼女の心もまた、ひどく傷ついていた。

 

(怖い、怖い、怖い)

 

 思い出したくない記憶。忘れようとしていた記憶。いや、そもそもこのような出来事が本当にあったかさえ、怪しい。とにかく、それすらも曖昧になる程拒絶したい過去であることには間違いはない。

 

(両親はあの日、わたくしの誕生日プレゼントを買いに…それで、そのあと……)

 

 ザザ、ザーーーーーーッ。

 

 ノイズが走る。そして嫌に鮮明なチェルシーの言葉が頭に直接響く。

 

「ご夫妻はお嬢様のせいで亡くなられたのです」

 

 もう何度目かは分からないその言葉。ただ一つ分かることがあるなら、彼女はきっとこの瞬間から致命的に壊れてしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 ワールド・パージの一件後、セシリアは自分なりに越境事故について調べ上げた。大規模な事故と言えど何年も前の話だ。詳しく分かったことは死傷者の数や被害額。原因は運転手の操作ミス。列車は脱線し、そのままコンサートホールに追突。運悪く有名なアーティストのコンサート中だったらしく、アーティストはもちろん、コンサートに足を運んだ人達をも巻き込む最悪規模の被害だったらしい。

 

「…違いますわ」

 

 しかし、セシリアの求めている情報は何一つなかった。いや、正しくは求めている情報に違和感を持ったのだ。

 

「………原因は……操作ミス…」

 

 しかし、事故現場は直線。多少起伏があるところのようだが事故が起こりやすい場所かと言われれば首肯しかねる。当たり前だがセシリアは電車の運転などしたことがないので断言はできない。だが、明らかな違和感を覚えずにはいられなかった。

 

「何か……何か、ありますの?この事故には?」

 

 言い知れぬ不安に襲われそうになったとき、ISに一件の着信が入った。

 

「……!!」

 

 思考の海から突如戻される。どうやら着信の相手はチェルシーのようだ。

 

「…んんっ」

 

 一つ咳ばらいをし、平静を取り戻す。セシリアの専属メイドのチェルシーは人の機微に鋭いところがある。なんとなく気づかれたくないと思った。本当になんとなくだ。

 

「もしもし、チェルシー」

『もしもし、突然すみません、セシリアお嬢様』

「構いませんわ。それで、どうなさったの?」

『はい、実は…』

「実は、なんですの?」

 

 突然チェルシーの言葉が詰まる。それを疑問に思うもセシリアは続きを促す。

 

『お嬢様、大丈夫でしょうか?』

 

 発せられた言葉は突拍子も、脈絡もない質問だった。

 

「突然どうしたんです、チェルシー」

『すみません、あまりに唐突でしたね』

 

 電話の奥で息を飲む音が聞こえた気がした。

 

『お嬢様は最近、あの事故のことをお調べになっていますね』

「ええ」

『それは構いません。むしろ当然だと思います。でも、お嬢様は焦っておられるように見えます。それが私は心配なんです。メイドの分際で過ぎたことを言っているのは重々承知です。ですが……無理をされているように―』

「考えすぎですわよ、チェルシー」

『お嬢様……』

 

 本当に考えすぎだ。そして見透かされているのではないかと思ってしまうほど勘が鋭い。容姿も端麗で人当たりもいい。大人の余裕を持っていて、時折覗かせる子供のような無邪気さが彼女の魅力。セシリア・オルコットの幼馴染兼メイド、チェルシー・ブランケット。生まれて初めてできた友達の名前。

 

「…本当に…大丈夫ですわよ」

『……わ、わかりました』

 

 鋭い彼女のことだから心配をかけないというのは無理かもしれない。でも、だからこそ余計に、巻き込むことなんてできない。だって彼女はかけがえのない友達だから。

 

『余計な詮索、お許しください』

「いえ、心配してくれたのでしょ。ありがとう」

『そんな、もったいない』

 

 電話越しに聞こえるチェルシーの声は少しだけ寂しそうな気がした。

 

「これからキャノンボール・ファスト用のパッケージの試運転をしますの。もうよろしくて?」

『はい、時間を取らせてしまい申し訳ございません。お体には気を付けて』

「もう。子供じゃないのだからそれくらい心得てますわよ」

『フフ、失礼しました。ご武運を』

「ええ」

 

 プツリと短く音を立てて通信が切れる。安易に頑張れ、などと無責任な言葉を彼女は使わない。セシリアが努力しているのは知らなくても分かる。そしてそれはセシリアも同様だ。

 

「全く、できたメイドですわね」

 

 誰に言うわけでもなく言葉を吐き捨てる。吐き出された音は空中に漂い、霧散した。ただ少しだけセシリアの気は紛れたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 授業が始まった。この演習ではキャノンボール・ファストに出場する訓練機組の生徒を選出するらしい。それに対し専用機持ちは当然の如く全員参加である。とはいえ本来一年生が参加することはないらしいのだが、そこはアレだ。専用機持ちが異様に多い学年だから特例だそうだ。

 

 代表候補生のセシリアは当然すでに出場は決まっているわけだが、別に暇というわけではない。高速機動パッケージをインストールしなくてはいけないのだ。これがまた厄介で時間がかかる。

 

「セシリア―、あたしから始めちゃうけどいいー?」

 

 セシリアと同じく高速機動パッケージ組の鈴が声を掛けてくる。

 

「ええ、構いませんわ」

「そう?悪いわね」

 

 中国代表候補生、凰鈴音。何かと一緒に行動することが多く、この学園内で最も親しいと言っても過言ではない。そんな彼女から聞いた話だが、今回甲龍にはキャノンボール・ファスト専用のパッケージをインストールするらしい。おそらくどの専用機持ちよりも高速戦闘時間が長いのはセシリアだろう。だが装備の面では鈴が上をいく。他のみんなも何かしらの工夫をしてくるだろうし、なにより光輝の光速加速は反則だ。

 

「わたくしも集中しなくては…」

 

 鈴は織斑先生に呼ばれ、無駄にビクビクしながら向かったようだ。残されたセシリアもただ何もしないのはもったいないので取り敢えずISを起動する。

 

(…来なさい、ブルー・ティアーズ)

 

 心の中で静かにそう呟くと、呼応するように真っ青な装甲が展開された。腰に展開されたブルー・ティアーズはスカートようで、セシリアが纏えばそれはドレスと形容すべき高貴さがある。

 

「………」

 

 飛翔する。それに言葉はいらない。体に染みつくほど何度も行ってきたイメージ通りにブルー・ティアーズは動く。ある程度の高度まで飛翔すると、急停止を行う。寸分のブレなく停止したセシリアはその場で武器を展開した。

 

「…ふっ」

 

 息を吐くと同時、ブルー・ティアーズの武装《スターライトmkⅢ》が光の粒子の中から姿を現す。以前織斑先生に指摘された展開のポーズはすでに改善され、すぐにでも射撃が可能な体制になっている。

 

(……あの人の…あの攻撃…)

 

 思い出すのは亡国機業のM。BT適性が一番高いはずのセシリアですら不可能な大技、偏向射撃。その技をいとも簡単に使用した圧倒的強さ。その時感じた無力感と僅かな憧れ。

 

「……はあぁぁ!!」

 

 意識を集中して放った一撃は弧を描くことなくアリーナのシールドに激突して散った。

 

「はぁ…はぁ…」

 

 肩で息をしながらレーザーが霧散した一点を見つめる。ギュッときつく握りしめた拳は下手をすれば血が滲んでいるかもしれない。それほどにセシリアは悔しかった。悔しくて堪らなかった。

 

(…どうしてわたくしは弱いのですか。…どうして)

 

 どれだけ立ち尽していたのか分からない。もしかしたら一瞬だったかもしれないし、かなり長い時間が経ったかもしれない。けれどそれはこちらに近づいてくる人によって現実に戻されることになった。

 

「光輝さん」

「やあ、セシリア」

 

 瀬戸光輝。セシリアが想いを寄せる人。光輝はすでに琥珀を展開しており、セシリアの隣にまで近づいて来ていた。

 

「高速移動パッケージ組だったよね、セシリアは」

 

 そういう光輝は追加装備無し組だったはずだ。実際先程まで一夏や箒たちと話をしていたのを覚えている。

 

「は、はい」

 

 光輝はそんなことは気にするなと言わんばかりに、というか気にしていないのだろう。彼のそういうところは本当に羨ましい。自由、まさにそんな言葉がぴったりな人だ。

 

「高速戦闘でのアドバイスとかない?」

 

 平然とそんなことを聞く光輝だが、高速戦闘においてなら彼の右に出る者はいないと思う。別に調べたわけではないがおそらく現行ISの中でも琥珀は最速と言えるだろう。それくらいすごい機体を乗りこなしている光輝に自分が教えられることなんて無い。純粋にそう思った。

 

「それでしたら光輝さんの方が詳しいのでは?」

 

 しかし光輝はセシリアの意に反して「そんなことない」と首を横に振った。純粋にそう思っているのはよく分かっている。だがセシリアにはそれが気を遣っているようにしか思えなかった。

 

「…わたくしに教えられることなど」

 

 最近悲観的になることが多くなった気がする。自分でも無意識のうちに考え込んでしまう。ダメだとは頭で分かっているのに。どうしても以前のような自信が持てない。何も知らなかった高飛車な頃の自信が。

 

「セシリア」

 

 そんなセシリアにさえも彼は優しく微笑みかける。

 

「は、はい」

 

 少し声が上ずってしまったかもしれない。それでもやはり彼は笑わない。馬鹿にもしない。

 

「ピアノだよ、ピアノ!」

「…え?」

 

 あまりに脈絡のない言葉に淑女らしからぬ声を上げてしまう。

 

「んー、ISと楽器って似ていると思わない?」

「そ、そうでしょうか?」

 

 意図していることがいまいち伝わらず、否定的なことを言ってしまった。それでも光輝は嫌な顔一つせず、それどころかさらに目を輝かせて続ける。

 

「ワクワクの向こう側、って感じ?」

「…ワクワクの向こう側」

 

 反芻してみるがやはりいまいち言いたいことが分からない。それでも彼の目を見てるとどこかモヤモヤしていたものが晴れていく感覚がある。

 

(…そういえば、最近ピアノを弾いていませんわね)

 

 ふと、そんなことを考える。

 

「わたくしにも分かるときが来るでしょうか?」

 

 自然と漏れた言葉は光輝にはとても不思議だったようで首を真横に傾けていた。

 

「……?セシリアはとっくに知っているよね?」

「…え?」

「難しく考えるの禁止。シンプルにね、シンプルに」

「それは―」

 

 どういう意味?その言葉は最後まで発することはできなかった。おそらく鈴のインストールが終わったのだろう。織斑先生がインカムを使って呼び出しを掛けた。セシリアはどうするべきかと迷っていたが光輝から「行ってきなよ」と言われたので先生のところに向かった。途中で光輝に一つお礼を告げて。

 

(………わたくしはすでに知っている?)

 

 少し急ぎながら降下している途中、光輝の言葉を思い出す。やはり意味は分からない。けど、何故だか無性にピアノが弾きたくなっている自分がいることに気がついて苦笑を浮かべたのだった。

 

 

 




チェルシーさん再登場ーー!!(電話だけど)

もし私の別のIS作品も見ている方がいれば分かると思いますが作者は重度のブランケッ党です。
今作でもいつかしっかり出したいなぁー、と思っております。
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