まだ当分はセシリア視点かな?
大会を間近に控えたある日の夜。セシリアの心は少しだけ浮ついていた。それが悪いことなのかと言われれば一概に肯定はできない。変に力まず、うまくリラックスできているからだ。用は言いようなのだが、そんなことは十代乙女の繊細な恋心の前では関係ない。
(はぁ…やっぱり光輝さんは素敵な御方…)
艶っぽいため息を一つ、意中の相手に想いを馳せる。
「ねえ、セシリア?」
かけられた声もどこ吹く風。今のセシリアには聞こえない。
「これは重症ね」
「最近頑張ってたからね。疲れてるんだよ、きっと」
鈴とシャルロットが呆れたような心配したような声を上げる。
説明しておこう。ここはセシリアの自室でもなければIS学園ですらない。大きく開かれた空間に独特の緊張感。目の前に映る舞台の上にはたくさんの椅子と様々な楽器が用意されている。上手にピアノ、それらを演奏するであろう人々。舞台中央には指揮者が一人お辞儀をしている。
そう、ここはコンサートホール。奏でるはプロのオーケストラ。セシリアたちは二階席の最前列にいた。
「しかしよく取れたわね、こんないい席」
「ホントだね。ありがと、セシリア」
「い、いえ。お礼ならチェルシーにお願いしますわ」
鈴とシャルロットが口々に感謝の言葉を告げる。チェルシーがセシリアのことを心配して気分転換にでも、とチケットを手配してくれたのだ。
(気が利き過ぎますわよ、全く)
自身の幼馴染の優秀さに感謝半分嫉妬半分で悪態をついてみる。もちろん声には出さないで。
「僕まで来ちゃってよかったの?」
今まで静かにしていた光輝が口を開く。
「もちろんですわ」
むしろ彼と二人っきりで来るようにチェルシーはチケットを用意してくれたのだと思う。しかし、セシリアは鈴とシャルロットも呼んだ。
「あたしたちの方こそホントにいてもよかったわけ?」
「あはは……だよね」
「もう。せっかくお誘いしましたのに皆さん揃って」
「わ、悪かったわよ!?」
「ごめんね、セシリア」
「あんたのせいよ!光輝!」
「ええ!?なんで!?」
ワザと拗ねた調子で言うとみんな慌てた様子で少し面白い。なんてことを考えていると勘のいいシャルロットにバレたらしい。
「セシリア、今笑ったでしょー」
「ふふ、ごめんなさい。だって皆さんあまりにも必死だったからつい」
「ちょっと!あんたがやると分かりにくいのよ!」
「鈴さん」
「なによ?」
「お静かに」
「っ!?」
そう指摘すると慌てて口元を手で隠す鈴。それを見て光輝もシャルロットも笑いを堪えている。最終的にはいつものように光輝を鈴がひたすらに蹴っていた。すると演奏が始まったので真面目に皆、座り直した。
何だかんだみんなといる時間は楽しい。光輝と二人っきりの時間も楽しい。けど、その楽しいは意味が違う。今のセシリアが求めている楽しさは前者なのだ。それが、セシリアが鈴とシャルロットという恋敵を誘った訳なのかもしれない。
「楽しかったー」
「はしゃぎ過ぎよ、馬鹿」
コンサートは終了し、セシリアたちは帰路についていた。
「でも意外だったね」
「何がですの?」
突然立ち止まりそんなことを言う光輝に自然と疑問が口に出る。
「いや、オーケストラってサックスがないんだなー、と思って」
「確かにそうだね」
「まあ、サックス自体は比較的新しい部類の楽器ですし」
「え、そうなんだ」
「あんた、自分が演奏する楽器のことくらい知ってなさいよ」
確かにサックスは比較的新しい。でも新しいと言えどクラシックの曲全てより新しい訳ではない。
「サックスは低い音から高い音まで幅広い音域を奏でることが出来る楽器です」
セシリアの言葉に真っ先に頷いたのはやはり光輝だった。
「そうだね。他の楽器と比べると、そうなのかもね」
「それはすごいことです。ここまでの音域をもつ楽器はそうありません」
鈴もシャルロットも感心したようにこちらを見つめてくる。
「ですが、オーケストラというものは複数の楽器が合わさることで一つの音色を奏でるもの。それぞれの楽器がそれぞの音域の音を出して厚みのある音色に変えるのです。つまり―」
「つまり?」
「オーケストラにはサックスの幅広い音域は必要ない、ということです」
少しだけ静まり返ったような気がした。それも仕方のないことだろう。自身の演奏する楽器が〝必要のないもの〟と言われてしまったのだから。
「すごいよ、セシリア!!」
「え?」
しかし、予想に反して光輝の反応は明るいものだった。それがセシリアには理解できない。
「そこまで音域広いとは思ってなかったよ」
「…は、はぁ」
「ホントあんたってあんたよねぇー」
「まあ、それほどでもないよ」
「光輝。鈴はきっと褒めてないと思うよ」
「え!?そうなの?どうなの、鈴!」
光輝だけではなかった。鈴もシャルロットもセシリアとは異なる反応だった。
「うっさいわよ、馬鹿」
「何?馬鹿にしたの?馬鹿って言ったし馬鹿にしたんだよね、やっぱ」
やっぱりそうだ。セシリアだけでは到底発想することが出来ない答え。きっとこの人たちからなら思いもしない考えが出てくるかもしれない。
「…あの」
「ん?」
「い、いえ」
言いかけて、止めた。もし、事故のことを、両親のことを相談したら…。
でも、続きの言葉はどうしても出てこなかった。
「あんた、また余計なこと言ったんじゃないでしょうね」
「え、何もしてないって。ね?」
「でも光輝だしね」
「ちょっと酷くない?さすがに傷つくよ」
いつもと変わらず、楽しそうに話す三人を見ていると、それだけで不思議とこちらまで明るい気持ちにさせられる。
「何かこのまま帰るのもちょっとって感じよねぇ」
「今からだと食堂もギリギリだしね」
鈴の言葉にシャルロットが時計を見ながら続けた。確かに今から帰るとなると時間的には食堂がやっている時間ギリギリだ。もちろん間に合いはするが、ゆっくりする暇はないだろう。
「ではどちらへ?」
「今の時間帯だとどこも混んでるよね、きっと」
「いいとこあるわよ。ここから近いし、混んでないことも保証するわ」
鈴はそう言って誇らしげにしているが、この晩ご飯の時間帯にそれもどうなのだろうか。
「あー、確かにね」
「光輝さんんもご存知ですの?」
「うん。鈴の言う通りそこなら混んでないと思う。でも安心して、味も保証できるから」
鈴と光輝の先導に従って一抹の不安を抱えながらそのお店に向かった。
「邪魔するわよぉー」
「久し振り、弾。それに蘭ちゃんも」
二人に続くこと数分。五反田食堂という名のお店に到着した。さすがに客は結構いたが何とか四人分の席は空いていたようだ。席に着くなり、お店の店員と親しげに話す光輝と鈴。どうやら中学からの友達のようだ。
「お久しぶりです。光輝さん、それに鈴さんも」
「こ、光輝!?てめえ、なんで金髪美女を二人も連れ回してやがる」
「…別に連れ回してないんだけど」
「くそー、どうしてお前と一夏ばかりがモテるんだ!顔か!?やっぱり顔なのか!?」
「お兄は黙って」
メニューを開くと様々な種類の定食があった。どれも日本食!という感じのものばかりでセシリアやシャルロットにとってはあまり馴染みのないものばかりかもしれない。
「二人は何にする?ちなみにお薦めはカボチャ煮定食!」
「というのは嘘で、業火野菜炒め定食が一番人気ね」
「ちょっと鈴!別に僕、嘘言ってないよ」
「あんたの味覚が正常なわけないでしょうが」
「こいつの味覚に関してはその通りだが、カボチャ煮はカボチャ煮でうまいっつーの」
わいわい騒いでいる光輝たちにセシリアもシャルロットも若干呆気に取られる。その間に蘭はお冷を配っている。なかなかできた妹さんだ。
「あ、ありがとう」
「いえ、それよりお二人は光輝さんとはどういったご関係で?」
「ぶっ!?」
突然の疑問に息を詰まらせる二人。もう少し質問が遅ければ水を盛大に吐き出していたかもしれない。
「ど、ど、どうとはなんですの?」
「いや、だって仲良さそうですし、付き合ってるのかな、って」
「つ、つ、つきっ!?な、ないよ。うん、ない!」
シャルロットの動揺しまくりの返事を聞いた蘭は次にセシリアに視線を移す。しかし、セシリアも首を横に振るだけだった。
「へぇー、光輝さんってもっと鋭い人だと思ってました。光輝さんもなんですね」
その背景には唐変木・オブ・唐変木ズの織斑一夏がいるのだが二人はそれを知らない。
「おい、蘭、働け」
いつの間にか職務に戻っていた弾が未だに喋っている蘭を注意する。当の本人も厳に注意されたのだがそこは言わないでおくとする。そもそも弾は拳骨をくらったのに、蘭には一切お咎めがない状態である。弾と蘭の家庭内ヒエラルキーはご察しの通りだ。
「弾も蘭ちゃんも相変わらずだね」
「成長がないって言うのよ、アレは」
そうこうしているうちに頼んだ料理が運ばれてくる。ちなみにセシリアもシャルロットも業火野菜炒め定食に落ち着いた。その料理は高級料理とはいいがたいが、店の雰囲気と合わさって無性に食欲をそそるものがあった。光輝と鈴が太鼓判を押すだけのことはあるな、とセシリアは内心関心をしていた。
「…ふえぇ」
「…シャルロットさん?」
なんとも可愛い奇声を発したシャルロットの顔を覗き込むと、ほんのりとだが顔が赤くなっていた。
(…酔ってますの?いえ、でも、アルコールなど―――あっ!)
気づいてしまった。目の前の定食にはメニューの看板野菜炒めと白米、それから味噌汁に日替わりの揚げ物と付け合わせのサラダ。そして漬物。そうだそれだ。漬物だ。未だ慣れない箸で漬物を掴みあげるとほのかにお酒の香りがした。セシリアはこの漬物の名称までは分からない。ただこれが原因であることは明白だ。
「ふふふ、せしりあぁー」
「シャ、シャルロットさん!?」
危険だ。第六感がそう告げているような気がした。
「ちょっ!?」
「えへへぇー」
反射的に離れようとしたセシリアだったがシャルロットの方が一瞬速かったらしい。酔っているにも関わらず、シャルロットは機敏な動きでセシリアに接近。気がつたときにはすでに背中に腕を回され、完全にホールドされてしまった。
「セシリアっておっぱい大きいよねぇー」
「シャ、シャルロットさん!?」
あろうことかシャルロットはセシリアの胸を躊躇なく揉み始めたのだ。あまりに予想外だったため反応が遅れた。しかし、腐っても代表候補生である。すぐさま両手を前に突き出して抵抗を試みる。普通ならそれで距離を取れるのだが残念ながら相手も同じ代表候補生である。例え酔っていてもそれに変わりはない。シャルロットはセシリアの両手をかいくぐり、スルリと後ろに回り込む。
「うふふふ、せしりあぁー」
「お、落ち着いてくださいな」
完全い背後をとられたセシリアに反撃の術はない。この後の展開を想像して嫌な汗が流れる。
「シャル!?また酔ってるの!?」
「はぁ!?奈良漬けで酔ったわけ!?」
光輝と鈴もシャルロットの異変に気がついたようだ。幸い二人がすぐにシャルロットを引き剝がしてくれたため被害は最小限で収まったと言えるだろう。
「うふふ、せしぃー」
「わたくし、ですわよね?」
「シャルはお酒に弱いんだよ、すっごく」
「にしても限度ってあるでしょ」
するとテーブルの異変に気付いたのか蘭と弾が駆け寄ってきた。
「ちょっと、弾、部屋借りるわよ」
「へ?」
「お、お水もらってきますね」
「ありがと、蘭ちゃん」
兄、弾とは比べ物にならない判断力で妹、蘭はテキパキと動く。当のシャルロットは鈴と光輝に支えられなんとか移動しようとしている。
「あ、お兄の部屋はどうせ汚いんで私の部屋使ってください」
「そう、助かるわ」
「たすかるぅー」
「シャル、お願いだからじっとして」
「いやぁー」
「うわあ、これは大変ですね」
悪戦苦闘しながらもシャルロットはどうにか運ばれていった。取り残されたセシリアは未だ状況が飲み込めずにいた。
「シャルロット…さん?でしたっっけお酒弱いんですね、あの人」
「わたくしはセシリア・オルコットですわ。運ばれていった方がシャルロットさんです」
「ああ、そうでしたか。ごめんなさい」
名前を間違えたことにすぐさま謝る男性。第一印象はチャラい雰囲気だったがそうでもないらしい。さすが光輝の友達だ。と、こんなときまで光輝のことを考えている自分に苦笑を漏らす。
「光輝のことお願いします」
突然そんなことを言われ反射的に弾の顔を見るセシリア。その顔を見た相手は少しだけ笑みをこぼした。
「いや、バレバレですよ」
初対面の人ですら分かるのか、そう思うと無性に恥ずかしくなった。たぶん耳まで真っ赤になっているのではないかと思う。
「まあ、癪でありますけどあいつが選んだ人なら間違いないだろうし」
選んだ人?弾の発した言葉に違和感を覚える。
「馬鹿で、アホで、どうしようもない奴ですけど結構いい奴なんで」
「あ、あの」
「はい?」
「勘違いしてらっしゃるようですけどわたくしたちは、その、別にお付合いはしておりませんわよ」
弾はキョトンとした顔でたっぷりフリーズすること三秒、驚いたような顔をした。
「てっきりそういう関係だとばっかり…。ご、ごめんなさい」
「…いえ、構いません」
もし、本当にそうであったら。そんなことは考えるまでもない。
(―――けど)
どうしても浮かんでこないのだ。彼にはきっともっと素敵な人が。例えば、そう、シャルロットのような人が。どうしようもないことだと分かってるけど考えてしまう。全くもって恋とは理不尽なものだ。
「でも、あいつだって気があると思いますよ?」
「へ?」
「まあ、勘ですけど」
ははは、と笑う弾にセシリアは騙されたような気分になる。本人に悪気はないことくらいもちろん分かっているし、そんなことで一喜一憂するほどやわではない。
(と、言いたいとこですけど……)
やっぱり少し期待してしまう。それが本音だった。
「わたくしもシャルロットさんのところに行きますわね」
「了解。俺も店番のキリがつき次第行きます」
「はい」
部屋に入ってきたら妹に文句を言われそうだな、などと弾の末路を考えながらシャルロットのところへ向かうのだった。
「はぁ、光輝も馬鹿だよな。一夏ほどじゃねえけどよ」
ため息交じりに悪態をつくと新たなお客様がやってきた。
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
モテない自分に嘆きつつ、モテる親友に対しても結局嘆いている。
(モテる親友を…持ってる)
何故モテないのか、今日も真剣に考える弾だった。
モテないモテないと言いつつISの中で唯一まともに恋をしている弾さん。
まあ、それもこれもワンサマのせいなんですけどねー。
それはそうとアーキタイプブレーカー楽しみですね
チェルシーさんが出なさそうという点を除けば……
いや、まだ希望は捨ててない!!!