たとえばこんな白騎士事件
煌く銀閃、自らの右腕部に深々と突き刺さる刃。
痛みは感じない、しかしとっさに右腕を犠牲にして攻撃を防がなければ、動力源を破壊されていた。
それを理解するよりも早く、反撃を行う。
左腕の変化したマシンガンを相手の体の中心、自分と同じ胸部の動力を狙い、弾丸を放つ。
ギャギャギャギャ、と甲高い削音が鳴り、相手の特殊な樹脂で構成された体が小刻みに痙攣した。
しかし相手も焦燥することは無く、無駄の無い動きで後ろに飛ぶことで攻撃を回避すると、連続するように右へと跳躍、こちらから距離を空けた。
こちらも同じく後ろへと跳躍、左肩部の砲身から、榴弾を発射する。
相手は右足を一歩前に出し、右腕の刀を振りかぶると、高速で迫る榴弾をまるで達人の居合のように切り払った。
接触と同時に榴弾は破裂し、周囲に火炎と衝撃を撒き散らし、硝煙を巻き上げる。
次の瞬間、煙を切り開くように相手が出現し、右腕をたやすく貫いた刃が先ほどの斬撃を越えるほどの速さでこちらの命を刈り取ろうとしていた。
だが、こちらも相手が先ほどの榴弾一発で撃破された、などとは露ほども考えては居なかった。
すでに相手の攻撃を予測し、さらに距離を開けていた。
数秒前に、自分が居た場所を切り裂き、刀を振るったままの相手の左胸部に向けて、右腕を突き出す。
拳は相手に直撃し、さらに右腕に装着されていた『釘』が、無慈悲に相手の胸部に打ち込まれ、ぽっかりと穴を開ける。
衝撃を受けきれず体勢を崩す相手に向けて、滑り込み、両足を跳ね上げることで相手を空中に吹き飛ばす。
浮き上がった状態では回避は出来ず、その結果、もう一度背部に右腕の釘が叩き込まれる。
体が海老のように反り、受身を取り着地することも出来ず背中から床に叩きつけられる相手を見て、勝ちを確信する。
とどめ、とばかりに倒れた相手に向けて榴弾を打ち込む。
相手を中心として爆炎が発生し、直撃した、と理解すると相手に背を向けて自らの持ち場に戻ろうとした。
しかし後ろから物音がした、即座に前転し回避行動を取ろうとした自らの胸部に、刀が突き立てられた。
背後を確認するよりも早く放たれた二撃目によって、自分の意識は、たやすく消し飛んだ。
夢を見ていた。
無限の地獄で終わりなき戦いを続ける、ただそれだけの夢。
それに高揚は無く、歓喜も幸福も、憤怒や悲哀すら無い悪夢。
檻に入れられ、自らの同種を何体も破壊し、ただ破壊の仕方を考えるだけの日常。
ここは何処なのだろうか、周囲を確認するが、自らの記憶のデータベースにある光景とはまったく一致しなかった。
何故見知らぬ場所に居るのか、自らの位置が把握できず、記録にも載っていないとなればそれも分からない。
どうすればいいのだろうか、それを思考した瞬間、確固たる意志が思考を染め上げる。
破壊するため、自らの本能とも言えるそれは、自らの思考回路の根底に存在していた。
戦闘に戦闘を重ね、飽きて絶望してなお終わらぬ戦いを放棄した人間によって作られた存在それが自分なのだ。
破壊、と言う目的を認識した今、行うことは唯一つ、存在意義であり生まれてから今まで長いときを経ても変わらぬ目標、他の存在を全て破壊すること。
同時に体が変化する、頭部、胸部、腕部、脚部が自らのデータにある破壊に特化した兵器へと変化した。
それは、先程まで見ていた夢の中の自分の姿と同じだった。
「ふッ!」
飛んでくるミサイルを手にした刀を一閃し、大破させる。
織斑千冬、宇宙空間での行動を想定したマルチフォームスーツ、インフィニット・ストラトス『白騎士』に搭乗し、青い澄んだ海の上で彼女は、幼馴染の篠ノ之束の発案した『IS(インフィニットストラトス)性能実演計画』を半ば強制される形で行っていた。
計画内容は、世界中の軍事施設をハッキングして日本に向けてミサイルを撃ち込み、それを千冬の操縦するISで破壊し防衛する、と言ったものだった。
もちろん一般人である千冬は、その計画を知らされた時は拒否したものの、時すでに遅し、篠ノ之束はハッキングを済まして、ミサイルが発射された直後であった。
もはや軍隊や警察機関の手に負える状況ではないと知った千冬は、渋々ながらISに乗る事を了承したのだった。
『ちーちゃん! 二時の方向にミサイルが三機接近中!』
「分かった!」
束のプライベート・チャネルと言うISの通信による指示に従い、ISを反転させ目標を視界に捉える。
そして電光石火の速さでミサイルを通過し、一刀の元に切り捨てた。
次の束の指示を聞こうと手を止めた。
「束、次は何処だ?」
『ちーちゃんの後ろ!』
その言葉を聞くと同時に体を反転させ、その勢いのままに切り払う。
目の前で轟音が鳴り響き衝撃で少し後方に下がる。
『今ので最後、お疲れさま! ちーちゃんはやっぱり凄いね! 束さんの作ったISをこんな簡単に乗りこなすなんて!』
「この事件を巻き起こして強制的に乗せた本人に言われても嬉しくないな、束」
嫌味を隠さずに口にするが、束はまったく気にしていないようだった。
「ああ、そうだ束」
『ん? なにが?』
こんな状況でもまったく呑気な束に内心辟易としながらも、千冬は言葉を続ける。
「この状況、どうする?」
私の周囲にはもはやミサイルは無く、その代わりにミサイルよりも恐ろしいもの、大量の軍艦や空母、空には戦闘機が旋回していた。
それぞれに描かれた国旗は統一されておらず、世界各国の軍隊がこの地に、織斑千冬を中心に集合しているのだと認識させた
普通に暮らしてきた一般人の千冬にとって、軍隊とは恐怖の対象であり自分には関係の無い物だと思っていた。
しかし千冬には、不思議と恐れの感情は無かった。
軍隊、それも複数、しかも話し合いが通用するような雰囲気ではないというのに。
それはあまりにも現実味が無い光景を目の当たりにして、感覚が麻痺しているのかと、そう思っていた。
しかし今ではそれは間違いだ、と否定することが出来る。なぜなら
『ちーちゃんと白騎士ならいけるよ! ゴーゴーちーちゃん!』
このふざけたことを言っている愛すべき馬鹿を、十数年間共に過ごしてきた親友を、信頼しているからだと、確信したからだ。
「仕方ないな、こうなったら地獄の果てまで付き合ってやるぞ、束」
やれやれ、と白騎士の兜の中でそう呟く。もちろん、地獄に落ちるようなつもりは毛頭も無いが。
「行くぞッ!」
千冬は、すでに攻撃準備を始めた軍隊へと向けて、ためらい無く突っ込んだ。
それから数分ほど、千冬は武器や装甲のある位置を積極的に狙い、逆に動力部を避けて戦うことで、次々に軍隊を無力化していく。
そのあまりにも現実離れした超人的な行為を千冬が行えるのは、天才と呼べる束の製作した『白騎士』のおかげでもあったが、束と同じ、しかし別ベクトルの千冬の才能が、開花しかけていたこともあった。
すでに相手の軍はほとんどが戦闘不能であり、もはや勝敗は決したも同然であった。
「もう少しか」
こちらに向けられた軍艦の砲座を切り落とし、次の艦へと移る。
弾丸は届かず、ミサイルもほぼ無力であることは先ほど証明されている、ISに軍隊は敗北した、その場に居た誰もがそう認識し、ISの性能の強さを理解した。
そして、もはや全滅も時間の問題か、そう思われたときに『それ』は現れた。
ある一隻の軍艦からおびただしい悲鳴と爆音が千冬の耳に入る。
その方向を振り向いた千冬の視界、白騎士のモニターに写ったのは、軍艦が爆破し、沈没していく瞬間だった。
「なに!?」
千冬は驚いた、先程も言ったが、千冬は動力を攻撃していない。
兵器を破壊しただけで、エンジンなどの動力部には一切触れていない、そう束は言っていた筈だ。
「どう言うことだ束! 動力は破壊していないんじゃないのか!?」
人を傷つけた、まだ成人もしていない子供である千冬には、軍隊に立ち向かう勇気はあっても、罪悪感を感じない訳ではない。
束は言っていた、ISを使えば相手を一人も殺す事無く相手を無力化できると。
束が嘘をついていた? いや、それはありえない、束は必要なこと意外はわざと喋らないような人間だが『計算』を間違える様なことは絶対に無い、少なくとも今までは確実に。
ならば何故? どうして? 疑問が絶えず、それは人を殺してしまったかもしれない、という焦りとなって千冬に襲い掛かる。
気がつけば、千冬は静止していた。
『ちーちゃん? ちーちゃん!?』
束の呼びかけに反応せず、千冬は呆然とした感情を隠せずに居た。
疑問符は消えず膨れ上がり、千冬の思考すら静止させようとしていた。
ただ呆けて止まっている千冬に、束の焦燥を含んだ悲鳴にも似た声が届く。
『ちーちゃん! 後ろ!!』
白騎士のモニターに『WARNING』と『DANGER』と言う危険を知らせる文字が出現し、ハッと我に帰った直後、千冬の背後に、衝撃が走る。
「ぐっ……」
千冬はうめきをあげながらも、何とか体勢を立て直す。
千冬は攻撃された方向からおおよその敵の位置を把握すると、そちらを警戒しながら一度距離を空けるために後退する。
しかし、何処からか放たれた二発の球体が千冬へと襲い掛かる。
球体は土星のような形をしており、独楽のように高速で回転している。
あまり弾速の早くないそれを、千冬はあっさりと回避する。
だが、その土星型の何かは、進路を変え千冬へと近づいてくる。
何か不味いと感じ取った千冬はそのまま敵の居るであろう沈没しかけた軍艦へと突っ込んだ。
千冬は『何か』を視界に捉える。
しかしそれがどう言うものかを確認する前にそれは艦内へと隠れる。
かろうじてそれが成人男性ほどの大きさだとは確認できた。
『何か』の横に比較できる対象、水兵の死体が浮いていたから。
「ッ……!?」
千冬がその死体を認識した瞬間に体が強張る。
『何か』はその絶対的なチャンスを逃さなかった。
物陰から飛び出すとその人型の何かの全貌があらわになる。
銀色にコーティングされている硬質的な体、その左手は銃の砲身のように変化しており、同じく左肩にも銃身と思わしき筒がこちらを向いている右手は人と同じような形をしているが、腕の辺りから釘のようなものが装着されている。
頭部は鉄仮面に似た形をしており、脚部はスケート靴のようになっていた。
こちらに向けられた左腕が火を噴く、大量の弾丸と榴弾が白騎士を直撃し、千冬を守るシールドエネルギーが大幅に減少していく。
千冬が回避行動をとり、反撃に移すまでにかかった時間は数秒、しかしたった数秒で、白騎士のシールドエネルギーは三分の一を下回っていた。
射撃を止め、再び艦内へと隠れるその『兵器』を千冬は追いかける。
相手をここで見失ってしまっては、明らかに不利だと考えたうえでの判断だった。
艦内を走りながら素早く逃げ回りつつ、こちらへと反撃してくる『兵器』を、千冬は弾丸を切り払いながら追いかけていた。
「どうなっている束! あいつは何なんだ!?」
『束さんもわかんないよ!? でもたぶん軍隊の兵器じゃないって事だけは確かだと思う』
「あとは私に敵意を持って狙っていることも確かだろうな」
束と通信を取りながら、追跡を続ける。
徐々に相手との距離は縮まってはいるが、思いのほか相手の移動速度が速く、さらに防ぎ損ねた弾丸のダメージの所為でシールドエネルギーが切れかけていた。
束の説明によれば、シールドエネルギーが切れれば絶対防御が発動し、搭乗者に致命的なダメージを負わせることは出来なくなるそうだ、しかし搭乗者に対して致命的でなければ攻撃はそのまま通るらしい。
「なら、命の心配は要らないな」
『ちーちゃん?』
珍しく束の不安そうな声を聞きながらも、千冬は足を止めた。
もう逃走劇は終わり、相手はすでに袋小路に追い込まれており、千冬を倒さなくては逃げることは出来ない状況になっていた。
この『兵器』が何なのかは分からない、しかしこれだけは分かる、こいつをこのまま放置しては危険だ、ということだけは。
「束、あいつを倒す術はあるか?」
『あまり分のいい賭けじゃないけど、一応は』
千冬の問いに、束は真剣な雰囲気で答える。
「そうか、ならどうすればいい?」
『瞬時加速(イグニッション・ブースト)で攻撃される前に近づいて倒す、でも瞬時加速が土壇場で成功するかどうか分からないし、それにあいつが私の予想を超えるくらい固かったら成功しないよ』
「いや、大丈夫だ」
千冬は確信を持ってそう言いきった。
『……』
「あいつは逃げながら戦ってた、と言うことはあまり正面切って戦うタイプじゃない。それに――」
『……』
これは仮定であり、まったくの根拠の無い予想である、しかしこれだけは確信して言えることだ。
「私は束を信頼しているからな、束と、束の作った白騎士を」
『うん……わかった、ちーちゃんがそこまでいってくれたんだから、私も信頼しないと駄目だよね!』
束は答えると、ありがとう、と呟いた。
『それで瞬時加速のやりかたなんだけど、スラスターで周囲から慣性エネルギーを吸収して……』
「すまん束、もうちょっと分かりやすく教えてくれ」
『思いっきり前に進みたいってイメージして、ただ真っ直ぐに』
「分かった」
手に持った刀を握りなおし、ただ相手を真っ直ぐに見つめる。
機械的な見た目はまったく変わらず、じっとこちらの様子を窺っているかのようだ。
そして、痺れを切らしたかのように、相手が動いた。こちらに左腕の銃口を向けて、弾丸を放とうとする。
それを合図に千冬は突っ込んだ、ただ真っ直ぐに愚直なまでに真っ直ぐに。
視界が高速で変化し、すさまじいスピードで相手との距離が縮まっていく。
相手と白騎士の距離が極限にまで近づいた瞬間、千冬は刀を振るった。
接触の瞬間、一秒にも満たない一瞬、千冬にはそれがとてもゆっくりと動いて見えた。
スローモーションのように銃口から弾丸が飛び出し、白騎士の一部を削る、もはやエネルギーはほとんど0に等しい状態だった。
刀が相手に接触する。
火花が散り、それを僅かに美しいと感じたと同時に手に抵抗感を感じ、押し返されないように力を振り絞る。
「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
気がつけば、千冬はいつの間にか叫びを上げていた。
ただひたすらに、刀を押し続ける。相手を倒すか、自分が力を失うその瞬間まで。
そして、拮抗は終わり、刀は相手を斜めに切り落とす、それを認識し、安堵した瞬間千冬は壁へと激突した。
崩れ落ちる相手、全身の痛みをこらえながらも、千冬は立ち上がった。
もはや勝敗は決まっていた。
「……」
しかし、相手はなおも立ち上がろうとしている、体を二分されても、まだ動こうとするそれをただ無言で千冬は見ていた。
もはや自分には刀を振るうことは出来ない、これで立ち上がられたら負けだ、そう考え、千冬は相手を見続けていた。
そして、瞬時加速による衝撃のせいか、船体が大きく揺れる、相手は海へと投げ出され、バラバラに水没した。
なんとか飛行し、無事に軍艦を脱出した千冬は、海に沈んだ『強敵』へと向けて、ふっと笑うと呟いた。
「私の……勝ちだ」
その後、この事件は白騎士事件という名で報道され、ISの性能を世界に知らしめる事となった。
白騎士事件後、篠ノ之束は謝罪としてISのコアを世界の国々に分配した。
そして、ISは世界の新たな抑止力として開発された、しかし、それと同時にISの脅威を防ぐために、ISを平気として使用することを禁ずるアラスカ条約が設置された。
しかし、ISには女性にしか搭乗できず、世に女尊男卑の風潮を流すことになった。
そして、謎の人型兵器については白騎士事件では触れられておらず、存在を知るのはごく一部の人間だけになった。
負けた、敗北した、あの悪夢と同じように。
しかし今度は夢でも幻想でもない、現実で敗北した。
対象の破壊に失敗し、目的の継続が難しくなった。
しかし絶望はしない、歓喜も、憤怒も。
敗北した、だからそれが何だというのだ、たかが一度の敗北、自分が破壊をやめるには値しない些事であることに変わりは無い。
目標は変わらない、破壊である。
しかしあの兵器は非常に厄介だ、自分のAIではあの状況で負けることは無い、とほぼ完璧に認識していたというのに。
海の中を沈みながら、名も無きADAMは思考する。
水没の心配は無いが、自己修復が完了するまで、当分は動けないだろう。
今度は勝つ、自分を打ち負かした兵器に再戦を誓ったADAMは、自分が『高揚』と言う感情を感じているのに、まだ気付くことは無い。
主人公スペック
頭部 プラズマブレード甲
胸部 75mm榴弾砲
右腕 パイルバンカー
左腕 15.7mmマシンガン
脚部 ハイローラー
煉獄弐に出てくる雑魚敵の一体、決して主人公ではない