どうかご容赦ください。
その後からの始まり
どこか分からない、地図上に存在しているかすら不明なある場所に、それはあった。
赤みがかかったオレンジに近い色をした円錐型の物体が突き刺さるような形で存在している建物という概念からずれているそれは、国際指名手配犯、篠ノ之束のアジトであり、研究所でとして使用している。
その一室、壁全面にモニターや配線が雑に配置された部屋には、様々なパーツや機材が乱雑に放置されており、家主の性格を表しているかのようであった。
壁に設置されている中でも一際大きなモニターには、ある一体のISのデータが、映し出されている。
そして部屋の中心に設置された椅子の上で、機械的な部屋とは対照的な姿の篠ノ之束はその画面を眺め、思考していた。
数か月前に開催されたIS学園の催し物に乱入したIS、そして数年前に初めてISを作り試作したときに突如現れたIS、それはどちらも同一のものだろう。
思考による仮定での決めつけは、あまり良いものでは無いだろう、しかし、彼女にはそれを間違いないと考えられる程度のデータとある種の確信があった。
これまでの『彼』の行動には、一貫性が無い。
IS学園を含め、最近の活動が活発になってからは、様々な研究所や軍事施設を攻撃している。
襲撃による兵器破壊が目的なのであれば、確かに筋は通っている、しかし、その破壊した施設にばらつきがひどく、寂れた研究員のいないような廃施設で目撃されたかと思えば、IS研究所を爆撃し、IS関連のデータを強奪した。
さらには巨大な軍事施設を襲撃し、半壊させたこともあった。
確かに成果だけを見れば現在の世界各国の軍事力は低下し、パワーバランスが異常な状態にあると言える。
だが、その過程があまりにも不自然なのだ。
ISが欲しければIS関連施設にのみ狙いを定めれば良いし、武器が欲しいならわざわざ軍事施設を襲う必要も無い。
世界のパワーバランス崩壊が目的なら、現在兵器でもっとも優れているISを破壊すればいいだけなのに、あまりにも効率が悪すぎる、それが束には不可解であった。
しかし、それを考えれば考えるほど、不可解な答えを解き明かすという行為に、束は充実感を得ていた。
彼は不可解の塊である。
武器や機能一つを取っても現在の科学技術では解析不可能な物質が大量に含まれており、それは束すら理解するのが困難と思えるほどであった。
ただ、それを理解し、彼の目的を知ることが出来た時。束はもっと先を知ることが出来るのだろう。
何の根拠もない勘なのだが、束にはそれが真実であると思えて仕方がなかった。
すでに戦局は圧倒的にこちらが不利、ただそれを理解している織斑一夏は、ひどく冷静であった。
対峙するは鳳鈴音、こちらも決して油断はしておらず、動きを見せぬ一夏の次の行動を警戒しているようだった。
二人の距離はおおよそ10メートル程、高低差はほぼ無く一夏の射程より、わずかに外れている。
ただ、第三世代ISの【白式】であれば、この程度の距離は一瞬で詰めることも可能だろう、だが、鈴音のIS【甲龍】の不可視の弾丸を警戒し、一夏も迂闊に動くことはできなかった。
膠着、わずかに、喧騒と離れた空白の時間が、二人の間を流れる。
先に動いたのは、一夏だった。
体勢を変え、背部のスラスターから圧縮された空気が排出される。
鈴音は相手の行動が自らの予想と一致していることに、口角が上がるのを隠せなかった。
「もらった!」
不可視の砲身により射出される不可視の弾丸、衝撃砲が正面を横切るように射出される。
しかし、鈴音の予想にあった、一夏が衝撃砲によって吹き飛ばされる姿は、どこにもなかった。
そのかわり、白式の唯一の武装、ブレードがこちらへと飛来していた。
虚を突かれたものの、甲龍の近接武器である青龍刀でブレードを弾き飛ばす。
「ど、どこ……?」
「上だっ!」
伸ばされた手が、はじいたブレードを掴む。
つかんだ剣をそのまま使うのではなく、一夏は突進し、鈴音を吹き飛ばす。
一夏は先程、直線的に加速したのではなく、一泊の間を置いていた。
そうすることで衝撃砲を外させ、目くらましのためにブレードを投げつけた。
その後、相手ではなく上空へ向けて瞬時加速を行い、一度甲龍のセンサーを振り切り、隙を見せた瞬間に再び瞬時加速、剣を拾い自らの射程に鈴音を巻き込んだのである。
手に持ったブレード、雪片二型の刃が開き、変形する。
自らのエネルギーを変換した高密度の刃が姿を現す。
下段に構えていた雪片二型を逆袈裟に切り上げる。
残りのエネルギーほぼ全てを使ったその剣は、容易く甲龍のシールドエネルギーを消し飛ばした。
試合終了のブザーが大きく鳴り、戦いの勝者を指し示す。
アリーナ内には、白き騎士が悠然と佇んでいた。
しかし、その表情にはどこか影が落とされていた
洗ったばかりのタオルで汗を強く拭うと、手早く着替えを済ます。
ふと、手が止まる。
思い出すのは先程の戦闘、織斑一夏はその結果に不満を隠せず、更衣室のロッカーに拳を軽く叩きつける。
納得がいかなかった、自分の実力に。
先の戦いは一つでもミスをしていればこちらがやられていた。
本来ISに触れたばかりの少年が、僅か数か月で一国の代表候補性を倒す、というのは非常に素晴らしい成果なのだが、織斑一夏にはいまだ超えるべき壁の高さに気を取られ、己の実力を喜ぶことが出来なかった。
最後に発動した零落白夜も、相手のシールドをすべて削るにはギリギリ足りるか足りないか、といったところだった。
要するに、半ば博打じみた戦い方だったのである。
何故、織斑一夏は最後の最後に賭けに出なければならなかったのか、それは、戦闘中の一夏の戦い方に問題があった。
本来、白式の戦闘スタイルは短期決戦が主である。
それは自らの守りを捨てる単一仕様能力・零落白夜と、それに特化したブレードのみという偏った装備からも分かるだろう。
しかし、織斑一夏は単一仕様能力を最後に追い込まれるまで使うことが出来なかった。
その理由を、一夏は痛いほど理解している。
乱入したISによってセシリア・オルコットが負傷したとき、敵は自分のIS、白式と非常に酷似した能力を使っていた。
セシリアに黒く塗りつぶされた剣が突き刺さる、その瞬間を間近で見ることしか出来なかった彼は、能力を使うことに迷ってしまっているのである。
発動しようとすると脳裏にその光景が浮かび上がり、手が震え、剣を振るうことが出来なかった。
自分が友人を刺した相手を、肯定しているような、それと同類になったような負の感覚を恐れている。
自分に対し、「自分はあいつと違う」と心の中で言い聞かせる。
しかし、一夏の中の負の感情は消えることは無かった。
振り切れぬ自分に苛立ちが積もる、一夏は誰にも聞こえぬよう、小さく舌打ちをした。
闇夜を照らすように円形の光が地上を駆け巡る。
しかし一向に目的のものは発見できず、武装ヘリは空中を停滞していた。
「クソッ! どこ行きやがったんだあの野郎……」
操縦者の男は腹立たしい感情を露わにし、レバーを強く握りしめる。
「何てことしやがってんだよ……何がしたいんだよ……」
徐々に男の声が小さくなる、周囲の惨状と夜に紛れた破壊者の存在に男の中の恐怖心を煽っていた。
ライトの端にわずかに光が反射する。
「ッ!」
見つけた、と内心で呟く男は機銃掃射のボタンに指を掛けた。
しかし、男の指は動かない。
相手に反撃されたら、自分も地に転がる同僚だったものの仲間になってしまう。
そう考えると、恐ろしさで指に力を込めることが出来なくなっていた。
ふと、視界の端、男は上空に多数の光を確認する。
それは少し前に要請した救援だということを理解した男は、わずかに勇気が戻ったような気がした。
ライトを反射する何かが隠れている物陰に、銃撃を開始する。
――しかし、その行動はあまりにも遅すぎたのだ。
ぐらり、と機体が大きく傾き、こちらの捜査を一切受け付けず、高度が急速に落ちていく。
きりもみ回転する機体の中、男が目にしたのは土星のような独特な形をした小さな球体の、エネルギーだった。
落下する、最後の羽虫を尻目に、増えた駆除対象に立ちはだかる。
数はそれほど多くない、問題はISである。
絶対防御により殺せないその兵器が、他の武器による援護の元強襲すれば、対処は難しいはずだ。
大方奴らが考えているのは、こんな事だろう。
地と空、大小さまざまな弾丸がこちらへと降り注ぐ。
それらを確認すると同時に頭部と両腕を盾に変形させ、胴体を電磁シールドでガードし、体勢を低く、地を這うかのごとく一気に駆け抜ける。
まるで矢のように高速で集団へと潜り込み、ガードを解く。
すれ違いざまに左腕を変形、刀へと変え戦車を一閃。
それだけで銃弾を防ぐ装甲はは鉄くずと化した。
続けて二台、三台とスクラップへと変化させてやると、ヘリや戦車は距離を取り始める。
後退するそれらと交代するようにISが躍り出る。
彼女らのISのベースは第二世代の量産機ラファール・リヴァイヴ、戦闘用にチューンアップされた、軍所属の機体。
単純なエネルギー量や武器の数なら第三世代より上かもしれない。
しかし、特殊な能力を持たないISの対処法は、すでに理解している。
恐らく可能性として有り得る次の一手は、背後からの奇襲。
奴らはこちらを暴れさせ続けることは避けたいはず、ならば短期決着を選ぶはずだ。
センサーに背後からの反応有り、予想通りだ。
ワザと隙を作るため、劣勢を見せるかのごとくその場に立ち止り飛来する弾丸を切り落とす。
振りぬいた直後、先程までの戦いに特化した動きの中のわずかな隙、戦いのエキスパートがそれを見逃すはずはない。
チャージした瞬時加速を解き放った瞬間、無防備に背後を見せたまま、後方へと跳んだ。
次に取るであろう精一杯の回避とは真逆の、隙を更に作るかのような行動。
それこそが、この場においての最適な解であった。
突如差し込まれた無防備な行為は回避を視野に入れた攻撃のタイミングをかき乱す。
それが、IS操縦者の判断を鈍らせた。
瞬時加速による高速移動した機体は、とっさに進路を曲げ強引にブレードを振るう。
しかし無理な動きで放たれたその一撃は速度も重さもすべてが足りない。
ISのブレードを盾のままの右腕で防ぎ、そのまま殴りつけるように弾き飛ばす。
予想通りの行動にわずかな喜びを感じながらも、瞬時に胴体を変形させワイヤーを射出、体勢を崩したISはそれを避けられず、足をとられ一気にこちらへと引き寄せられた。
ワイヤーを使いISを地面に叩き付け、自らの体に内蔵された兵器、AICを発動させる。
慣性停止結界と呼ばれるそれは、ドイツ所属のISに搭載されていた物で。
ISのデータを収集する際に襲った、実験施設にあったプログラムを元に独自に作り上げた代物で、ほぼ実物と遜色ない効果を発揮することが可能である。
これにより完全に身動きが取れなくなったISに接近し、左の腕を円錐状の兵器へと変化させる。
ISの絶対防御に対処する方法は、いくつか存在する。
絶対防御を発動させないようシールドを貫通する武器を使う、白式の単一仕様能力のような防御そのものを無効化させるような兵器も存在する。
だが、自分が行う方法は違う、もっとシンプルな方法だ。
単純に、絶対防御の許容量を上回る負荷を与える事。
要するに、絶対防御を破壊するのだ。
ただ、その手段は簡単ではない。
絶対という言葉は軽くないのだ、様々な検証により前述の方法を除くほぼ全ての攻撃を無効化したデータが存在している。
しかし、それはあくまでこの世界に存在する兵器での話である。
自分が持つ兵器は、この場所の科学技術をいくつも超えたレベルの物が大半だった。
左腕を引き、エネルギーが腕に集中していく。
それと同時に円錐状の部分が発行し回転を始める。
超電磁ドリル、というその武器は、名前のようにトンネルを掘る工具とは全く別のものである。
電磁エネルギーを纏い超高速で回転するそれは、ドリルと銘打ってはいるものの完全なる殺傷武器で、穴を空ける対象は土やコンクリートではなく敵の装甲。
チャージを必要とする代わりに先程自分の使っていた盾すら貫通するその威力は、無防備な相手の絶対防御を貫通するには最適な兵器であった。
IS操縦者の表情が恐怖に変わる、抵抗の代わりに放たれる命乞いや罵倒の言葉はこちらのシステムに影響を与えるには及ばず、他のISが割り込むより早く、ドリルは無慈悲にISに突き立てられた。