烏丸先生は色々私に提供してくれた。それらは全て国のお金だと言う。
専用に用意されたつうちょう、と呼ばれるものに使っていいお金の記録がされているらしく、それを持ってぎんこう、と呼ばれる場所でお金を手に入れることが出来る。使うお金の額は1年を充分に生活出来る物だがあくまでそれは国のお金なので必要最低限、と釘を押された。一応消費した分や使う名目を記載するノートを渡された。
この間手に入れた紙のお金。私にしてみればただの紙なのだが、ここの価値というのは全てこれらのお金で決まるそう。向こうでは硬貨で、主に銅、銀、金の3種類のお金しかない。後は物々交換だったりで生活していたものだ。
こちらでは随分と細かく決めるんだな、というのが率直な意見だった。
そうしてそのお金と交換した今日の夕食になるお弁当を持つ。気がつけばかなり日が暮れている。
ここ辺りは駅の近くらしい。同じような制服を着た人が集団で駅の中を通って行く。
電気で動く箱が人間を運び遠くへ連れていってくれる。学校のクラスメイトは殆どがこれを使って自分の家に行くらしいが私は乗らない。烏丸先生が見つけてくれたのは徒歩で学校に通える格安のアパート、と言っていた。道は多分、駅のこの道を抜けたその先だったはず。
「やっほー如月さん。ここ辺りに住んでるの?」
「あ……うん」
赤い髪のカルマくん。妙に話しかけてくるような気もするが別にしつこい感じという訳ではない。いや、それは別にクラスメイト全員がそうかなと考え直す。道ばたで声をかけられ立ち止まった私たちは何故かその場で会話がスタートした。
「一人暮らし?知らない事ばかりなのに大変そうだねー」
「でもここはあっちより不思議なものがいっぱいあるし便利そうだよ」
「不思議なもの?」
きっと使う、そう言われて渡された。手のひらサイズの平たく四角いものをポケットから取り出した。表が黒く、そこに覗き込んだ私が見える。
「あぁ、携帯ね。使い方知らないの?」
「携帯……向こうにはなかったし」
そう話すとそれを取り上げられた。私に見せてくるようにそれを使い始める。ボタンを押すと黒い面は突然色のある光で変えた。
「このボタンを押すと電源が起動。で画面を横にスライドするとメニュー」
よく分からない単語だらけで、恐らく話によると色を変える表面を画面というのだろう。ゆっくりと、けれど自由自在に私の前で携帯を操ってみせながらの説明はただ知らない言葉の繋がりより分かり易かった。
「ついでに俺のメアド入れるからこれで連絡してみてよ」
「……今?」
「今、歩きながらでいいからさ」
電源を落とされた状態で携帯を渡してきたカルマくん。まさか実践付きの授業か。はぁ、と溜め息を吐いてたどたどしいながらも手順通り進めていた途中に気がつく。
「……歩きながらってどこまで?」
「えー如月さんの家じゃないのー?」
悪戯っぽく笑う。……意味も意図も理解出来ない。カルマくんをずっと睨みつけるとその答えは返って来た。
「そんな見つめないでよー。如月さんその様子じゃあ家にある電化製品使えないでしょ?」
なるほど。確かにその通りだと考える。でも別にそこにはカルマくんの得はないのだけれどもいいのだろうか。そのままの疑問をぶつけると
「人の親切心は素直に受け取ったら?」
「……押し付けと親切心は違う」
「如月さんは嫌なの?」
別に、嫌ではない。けれど無理矢理踏み込んでくるカルマくんの何かがどこか拒否反応を示してしまう。どこか何か感じる不快感を言葉にできずして数秒後に
「別に」
そう返すのが無難だと思った。
その間の無言が気に入らなかったのか、会話はぷつりと切れ、メールを送る手続き続けた。もちろん面倒な事に数分置きにポケットに入れたり取り出したりを繰り返すけれど。
Another side
生徒たちは転入生の如月さんへの評価を「シャイな女の子」と評してきた。恐らく彼女の本当の“症状”を知っているのは私と烏丸先生だけなんでしょう。
彼女が入院していた要因としては栄養失調。服の上からは見えない体つきはガリガリで小さな傷が多かった。
彼女に向こうの生活としては満足していたか、と問えば答えは慣れていますの一言だった。小さな頃からの暗殺業。
そして入院中にもう一つの“病気”が発覚した。
「
「普通なら
烏丸先生の手には学校に入る際の書類。彼女の調査書の備考の欄には失感情症と書かれている。
読んで字のごとく、失感情は感情を失うということ。彼女がそのことに異常にも思わず慣れているのだろう。どこにも生活の支障がなければ自らどうにかしようという意識もなくなる。
入院中に色々なことをした。文字を教えた上で本を勧め、感想を聞けばたった一つの単語すらも言えないのだ。
今日の彼女の様子からしても、一時は興奮したように思えた。けれど無表情。決して表情の筋肉を動かす事もない。
「確かに……あなたはみんなよりも大変な状況下での勉強ですねぇ」
大変なクラスになった。けれど誰か1人を特別視してはクラスとして成り立たない。
職員室の窓からは暗くなった空とそこに浮かぶ一つの三日月。どこか遠い過去のことを思い耽る。
いつの間にか始まったノートパソコンのタイピング音に重なって唐突に聞こえたのは携帯のバイブ音。
「烏丸だ、どうした」
どうやら烏丸先生の携帯のようだ。彼は少し怪訝そうに数秒そこから漏れる音を聞こうとしている。
その数秒後、烏丸先生は声を荒げる事となる。
Another side fin
「メールと通話の使い方は教えたから次。おじゃましまーす」
どこかそのまま必要最低限の会話を続けているとタイミングがよく、説明が終わった頃にアパートについた。
私よりもさっさと部屋に入り込むカルマくん。……とりあえずお弁当をキッチンに置いて、お茶でも出すのが礼儀だろうか。
透明で向こうの世界にはないガラスのコップ2つとペットボトルという容器に入ったお茶を冷蔵庫という箱から取り出してそのままリビングに向かう。
そこには呆然と背中を向けて立つカルマくんの姿。ベッドの近くにある机にお茶とコップを置いてもそのままこちらを向こうとしないカルマくん。
様子、おかしい?
声をかけようとして気がついた。気がついたときにはカルマくんは私に向けて素手の“攻撃”を仕掛けてきたのだ。
向かってきた一つの拳。攻撃を手で受け流して行く。
勘違い、してた。暴走は先生には起こらない。
攻撃を受け流しながら退いた先は高さの低い机。そこに足を思わず引っ掛けてしまい、ガチャンッ……!とコップは簡単に割れ散らばった。
そしてその隙、カルマくんに首を掴まれた。そして首を圧迫しながら持ち上げる。
「ッ!」
「つかまーえた」
さっきカルマくんが見ていたのは
どんどん手に力が入ってくのを感じ苦しくなっていく。もがこうとカルマくんの腕を掴むがびくともしないし、触れ続けたら……
「く……ぁ……」
「やっと歪んだねぇ」
歪む、がなんだか分からないけれどカルマくんの声を聞いて思い出した。携帯、だ。幸いに今カルマくんは私を殺す事しか考えていないのだ。
視界の端で携帯の通話機能を使う。連絡先が入ってるのは烏丸先生とカルマくん。烏丸先生の電話番号をクリックすると自動でそこから通話が開始された。けれど、この状態じゃ声が出せない。
遠くで烏丸先生の声がしたような気がする。
「かる、ま、くん……」
「はは、やっと殺せる」
手に籠った力が強くなったのを感じた。苦しい。私に力は入らない。結局先生を呼んだところでカルマくんにはどうしようもない。
私が、なんとかしなければいけない。なんと言えばいいのか。咄嗟に頭に出た言葉を口にする。
「し……か、りして」
酸素足らずの体はうまく言葉にできない。
元は
私はそっと、
「……?」
苦しい。私の意識も保たなければ。
確かに今手の力は緩んだ。後はカルマくんの意志の力しかない。
あと、もう一押し
「っか、るま……!」
「!き、さらぎ……さ」
その瞬間手の力は一気に解け、重力のままに私は地面に落ちる。酸素欲しさに思わず体は咳き込んだ。
「大丈夫でしたか!如月さん!」
咳き込みうっすらと
ようやく咳き込みも収まってきたところでカルマくんが自分に気付いた。
「え……俺、いま」
「カルマくん」
「違う先生!……私の責任です」
黒くなりかけ部屋に先生の殺気が立ちこめるその前に叫んだ。
「どんなことがあっても仲間を大切にしない者は暗殺者失格です……」
「カルマくんの意志じゃない!これは!」
「……ぬひょ?」
その言葉に数秒して黒い顔からぴょこんと音がするように黄色い顔に戻った。
その場のカルマくんは意味が理解出来てないようにその場を呆然としていた。