私の部屋の隅っこで事情を聞き終えた先生は恥ずかしい、という言葉を小さく連呼していた。寧ろこっちが恥ずかしい、いや違うな。悔しいかな……。上手く言えない。
「……先生、恥ずかしいんだったら烏丸先生にもう大丈夫だって伝えてください」
「うっとーしいよ殺せんせー」
流石に10分ほどこの状態は聞いていたくない。この空気じゃ謝罪をしようにも出来ない空気なのだ。
「お二人とも冷たいです……愛情が冷えきっています……」
そう渋々玄関へと向かう先生。玄関先に向かってご心配をおかけしましたと言葉をかけると、君たちの先生ですから、いつでも助けますよと。その次の瞬間に風が巻き起こって先生は消え、しっかりと家の扉はしまっていた。
「……意識は平気?」
「え、あーうん。まだぼーっとはするけどねー」
明日になれば多分元通りのはずだ。以前にも暴走は起きた事があるけれど、その初回の暴走よりは小さい筈だ。
「命の危険を及ぶような自体に申し訳ないです……」
「……別にそこまで堅くなる必要もないけど、生きてるし。というか暗殺者が命を大事にさせるんだー」
「……暗殺者だから、生命を大切にする」
私の睨みつけは彼の表情を初めて変えさせた。まるで暗殺者は好んで職を選び、殺す事が快感に思われているのだろうか。その言い方にやはり不快感を覚えた。
やっぱりカルマくんはどこか好きになれない、そう考えた。
「さて始めましょうか」
一時間目のチャイムが鳴り、先生はそう言った。何十人もの先生が分身した状態で。
もちろん最初の一言の意味は皆理解出来なかっただろう。私でも理解出来なかった。というよりこんなことも出来るのかと思う方が大きかった。
分身した先生同士が会話でその意味を示した。例の中間テストというものの勉強時間のようだ。生徒数分の分身を行いマンツーマンで同じ時間個人に合った勉強をするそうで。
「如月さんは語学や歴史を主にやっていきましょう。理数系は平均よりも上達してますしね」
「向こうの方が若干ですけどこちらの知識より上みたいですから」
こちらに魔法の概念がないだけだが数式などは生活上で使う事が多い。元素も成り立ちは同じようだし、生物に関してもさほど向こうと差はないんだと感じた。問題はこちらの文字翻訳だけで。
「あぁそうそう、あちらの文字や記号を使用しても正解されませんからね」
「分かってますよ」
アドバイスを与えてくるたび触手を1本立てる。そうして始める前にネックレスを外し机に置いた。
先生から与えられたアドバイス、向こうの言葉をリセットするにはこれが有効だと相談して決めた。基本の言葉は聞き取れるようにはなってきたけどそれでも分からない単語がある。その場合は私の合図を出してその意味を教えて欲しいというサインを出す。
ノートを見て、問題文を見て。分からないことがあったので先生に聞こうと顔を上に上げたら先生の顔は歪んでいた。
丸い顔に凹みが出来たように。何事かと思って周りを見れば先生全員が同じ顔。
どうやらカルマくんが分身状態の先生に暗殺をしようとしたらしい。舌を出して愉快そうに笑ってる。
その様子を呆れたように見てると私の視線に気付かれて、そっぽを向いた。私もノートに視線を移す。
あれから私が逃げるようにして関わるのを避けたら、彼の方から避け始めた。
まぁそんなものか、と考えるのを放棄しそのままマンツーマンの授業を受け始めた。
今日一日はずっと同じような授業で、放課後もまた先生は見に来なかったが勉強をするしかなかった。集団で固まって勉強する人たちや外で体育の授業にやったという暗殺技を身につける目的のゲームをやってたりする人らはいたが、流石にもう私に対する好奇心もなくなり1人で勉強するようになった。
別に私にとって囲まれているプレッシャーが抜けてとても楽だった。時々
「……あ」
「あーごめんねー?落としたの気付かなくてさー」
カルマくんにぶつかった際に机の上に置いたペンが落ち、無情にもペンはカルマくんに踏まれ安物のペンはそれに耐えきれず真っ二つに割れていた。それをわざわざ拾いカルマくんは破片までもを机のノートの上にばらまく。
「カルマくんどうしたの?」
「んー?別になんでもないよー」
「……?あ、如月さんまた明日」
どこか浮かない渚くんの表情が読み取れたものの特に気にも留めず、ばいばいというジェスチャーを私に向けるのでそれに頷いて視線をノートに向けた。
このように帰り際のカルマくんがちょっかい出されたり、明るいクラスメイトからも声をかけられることもあったがやはり私は1人気付かれないような影の中でやっているのが安心感を覚えるのであった。
その翌日、なにがあったのか先生の分身は突然4倍以上の数に増えていた。勉強するスピードが昨日より早くて思わず
「先生、ゆっくりお願いします……」
「ぬわっすいません、ではもう一度!」
結局この後も先生の教えるスピードは加速するものだから指摘して加速しての繰り返しで、この授業時間だけで5回ほど指摘する羽目になるのだが。
何をそんなに焦るのだろうかと思ってしまう。早くても数が多くても……前途多難、最近覚えた言葉の漢字を思い浮かべた。
授業終了のチャイムがなると教卓で疲れバテている先生の姿。何本の触手にうちわやら扇子で必死に涼もうとしている。
「……流石に相当疲れたみたいだな」
「なんでここまで一所懸命先生をすんのかねー」
先生を取り囲みある者はその様子に苦笑いを浮かべる者、またある者はナイフを手にする生徒。それを遠くで見ている私。
あの中に入れるような隙間がない。色々背負い過ぎて、隙間を通る為の鍵がなくて。そんなこんなで私は未だに独りで見ているだけだ。
「ヌルフフ……全ては君たちのテストの点を上げる為です。そうすれば……」
先生が語り始めた願望は、生徒がもう先生の授業しか受けられない、こんな先生殺せないと尊敬され崇められること。そして余計な願望として評判を聞いた女の子からモテたいというもの。先生は国家機密だから評判が上がる心配もないのにと考える。
「勉強の方はそれなりでいいよなぁ」
「うん、なんたって暗殺すれば賞金百億だし」
「百億あれば成績悪くてもその後の人生バラ色だしさ」
百億というのは一般としてとてつもない額らしい。それこそ一生働かずに贅沢して生きて行けるような。だとしても私がもし帰れたとしてそれを向こうの価値にして戻す事は無理なことだし、特に気には留めていない。今生活出来ているだけで充分なのだが、生徒はそうもいかないようだ。このクラス自体の理由があった。
「俺たちエンドのE組だぜ、殺せんせー」
学校と言う生活環境の中での、ここは落ちこぼれの集まりだと言う。テストより暗殺の方がチャンスだと言う彼らはどこか諦めたような表情で。
「なるほど、よく分かりました」
「何が?」
突然の真剣な声に全員が全員注目した。
「今の君たちには……暗殺者の資格はありませんねぇ」
黄色い顔に青のバッテン印。授業で間違えた時になる顔だ。
みんながみんな理解出来ていないそうで、そのまま先生は言葉を続けた。
「全員校庭へ出なさい。烏丸先生とイリーナ先生も呼んで下さい」
そのまま教室から出て行く先生。勢い良く閉ざされた引き戸の音は先生が不機嫌だということが表れる。
……ん?全員外に出ろと言ったんだよね。
渋々生徒と一緒に校庭に出る事となった……。