Another side
「人間をやっていないと、カルマくんが言ったのですか?」
「うん、殺せんせーなら意味が分かるかなって」
何となく本人に聞く気もしなかった。もし僕が人間をやってないと言われても困ると思う。
ぬぅ、と唸る殺せんせー。思い当たる節でもあるのかな。
「そうですね、確かに彼女は人間をやれていません」
「……でもそれってどういうこと」
「誤解しないでほしいのは、如月さんは人間として生きる術を知らないのです」
突如として真剣な先生の声。人間として生きる術を知らない。抽象的な言葉ばかりで如月さんの何が悪いのか分からなくて
「……じゃあ殺せんせーが教えればいいじゃないか」
「それでは彼女は先生の言う通りの状態になってしまいますねぇ
渚くん、みんなで教えて上げて下さい」
憎らしいいつもの殺せんせーの表情。顔を見上げても僕らがどうすればいいか教えてはくれない。
僕は……殺せんせーに相談したことは合っていたことなのだろうか、そう悩ませた。
とりあえず放課後、如月さんの様子を遠くから見てみる事にした。
近々ある修学旅行に向けての話で盛り上がっているが、如月さんは決してその中に入ろうとせず1人でノートを広げていた。
「渚、どうしたの?……如月ちゃん?」
「うん……1人でいるなって」
よくよく思い返せば如月さん、仲がいい人いたっけ?放課後誰かと話していたっけ?
記憶にあるのは勉強している姿と話しかけられた時無表情に相づちをうつ姿。
……無表情。
1つ思いついたことをそのまま実行に移す。如月さんの机の前に行くと彼女は僕に気がついた。
「……どうしたの?渚くん」
「如月さん、笑ってみて」
「な、渚?」
Another side fin
「如月さん笑ってみて」
突然渚くんが話しかけてこられて、その言葉がこれだった。思わず、え、と言葉が漏れる。
突然の行動に、言葉に、皆が皆注目している。一体なんだというのだ。
「なんで」
「いいから」
笑えばいいの、と言葉を続けようとすれば言葉を遮られた。笑う、笑うって?
真剣な表情を向けられ、とりあえず笑ってみる事にした。
「…………」
「…………」
「…………これでいい?」
「笑えてないよ!」
渚くんの大きな声。初めての大きな声におまけに目の前でそう言ったからびっくりさせられる。
「どうしたのさ渚クン」
「なんかあったのか?」
ぞろぞろと生徒が集まり始める。あぁ、嫌だ。隣をちらと見れば笑みを浮かべるカルマくん。その向こうは
「あれぇ?どこに行くの如月さん?」
……もう、どうにでもなってしまえと自暴自棄に椅子に座り込んだ。
「如月さん、笑ってこととかある?」
「……さぁ」
「じゃああたしの真似してみてよ!」
茅野さんはにぃーっ、と口に出して笑う。未だにみんなの意図が分からないがやらねばいけないようで。茅野さんと同じように
「ニー」
と笑ってみせる。すると周りの人はどこか唖然とした表情で私を見てくる。
「本気なの!?如月さん!」
「真顔のままだよ!?」
真顔のまま?私は普通にやっているのだが、そんなに笑えていないのだろうか。
「如月さん、もしかして自分が今まで表情が変わってないっていうことに気付いてない……?」
「……表情、出せてない?」
「ない」
みんながきっぱりとして言い出す。そうか、自分真顔のままなのか。
でもだからと言って何か困る訳でもない。言葉を交わせれば充分じゃないか。
「そもそも私が誰かといる意味も価値もないと思う」
「それ本気で言ってんの?」
「うん」
私の呟いた言葉に突っかかってきたのは今までちょっかいなどをしてきたカルマくん。その彼がどこか怒り気味に言って来る。
なんで怒るのか理解出来ない。別にカルマくんには関係ないことだ。即答した言葉に更に怒りを募らせる彼を抑える渚くん。
「まぁまぁ!とりあえず如月さんを笑わせてみようよ!」
「そうだな、如月全然話さないからどういう性格とか好みも分からないし」
「じゃあまず、好きな食べ物はある?」
聞いてきたのは原さん。穏やかな雰囲気で聞いて来るので先ほどの空気を持ち込まず話せそうだ。
喋ろうと思って思い出す。
「……こっちと向こうの食べ物違うよ」
こちらで初めて食べたものは向こうの世界とは見た事もない食材で、そこで自分は確かに遠い世界へ来てしまったのだと実感を覚えたのだ。
マジで?と聞いて来る生徒。確かマジで、という意味は本当?という意味だったような気がするのでマジだよ、と返す。
「好みの味とかないの?嫌いな味とか」
「……酸っぱいものが好きかな。嫌いな味は甘ったるいもの」
よし、と皆どこか満足そうだ。いつの間にか岡野さんが黒板に「好きなもの 酸っぱいもの 嫌いなもの 甘いもの」と書いている。……それは、なんの役に立つのだろう。
倉橋さんが突然手を挙げて言ってきた。
「誕生日はいつ?気になっててさ!」
「誕生日……ない」
「ない?」
向こうの世界に誕生日というものがないわけじゃない。ただ私は自分の誕生日を知らないし、祝われることもない家柄だったのだ。そう説明するとどこか空気が悪くなったように感じた。
わざわざ「誕生日 不明」って書かなくてもいいのに。
「趣味は?」
「ない」
「特技!」
「特になし」
「好きな季節とか!」
「……夏、かな」
「なんで!?」
弾丸の質問に即答して返してきたので思い耽ればどこか真剣そうな顔でみんなが聞いて来る。
なんで、という言葉に思い返すとこれと言った理由がなかった。決して楽しい思い出もなかったので
「なんとなく」
そう返した。じゃあ、とどんどん出てきそうな質問にいい加減ストップをかけた。
「ごめん、これ意味ある?」
その言葉に皆見合わせる。困ったような表情。みんなの気持ちを代弁して渚くんが喋った。
「好きなものを喋れば自然と笑顔になるものだから……」
「もうこうなったらアレね……」
どこか緊迫したような表情の不破さん。女子をかき集めてこそこそ話を始める。次は一体なんなんだろうと思えば中村さんと岡野さんが突然私の腕を抵抗出来ないように、脇を閉められないような体制。不破さんが突然背後に立ち脇でくすぐり始めた。
「…………」
「き、効かない!」
「なんで!?」
岡島くんがそう叫ぶと女子全員はどこか軽蔑したような目を向ける。逆に何故、なんでと叫んだのかが知りたいのだけれど。
その後も色々続いたが、結局最後には烏丸先生が来て最終下校時間だと伝えられ解散させられた。
疲れた……とベッドにダイブする。今日は特に勉強もせず、ずっとみんなに囲まれていた気がする。何故みんなああまでしてやり続けるのだろうか。
ふと思いついたように立ち上がって洗面所に向かう。鏡の前でにー、と笑ってみるが確かにみんなと違って笑えてはいない。
何をしてるんだ
別に私が笑えなくたってなんの問題もない。夕食を食べる気もせずそのまま寝間着に着替え疲労が溜まる中、布団に入った。
そもそもなんで人は笑うのだろうか。笑うことも泣くことも怒ることでさえ、必要なものなのだろうか。今まで生きてきた中で別に私は必要として来なかった。人間って変だ。
そう思ったけどこの場合私が変なのだろう。私は人間ではないのかな。それでもいいか。
その晩、私は夏の夢を見た。
眠い……昨日考え事をしたせいなのかお昼を過ぎても眠さは残っていた。修学旅行に向けての授業だから説明もあるだろうしちゃんと起きていなければならないのだけれど。
欲には勝てず、いつの間にか机を俯せにして私は寝てしまっていた。
「如月さん、起きて」
こそっとそう起こしてくれたのは渚くん。私はまた人という人に囲まれてた。
「大丈夫ですか……?」
「あ……うん……眠いだけ」
前の席の奥田さん。特にみんなと喋っているところも見ないが、決して喋らないというわけではないんだと思う。
立ってここに集まっているのは渚くんと茅野さん、杉野くんに神崎さん。奥田さんはこちらを向いて座っている。
「随分とぐっすりだったねぇ」
そう隣の席から聞こえた。手に持ってるのは携帯。画面には私の寝ている様子が写されていた。携帯のカメラ機能……か。
ところでこれは何の集まりなのだろう。違う場所ではまた同じくらいの人数が集まって何か話し合ってるようにも思える。
「修学旅行の班、如月さんが余ってたから俺が入れてあげたんだよー」
にやにやとそう言ってくるカルマくん。班……班行動でもちょっかいを出す気なのだろうか。
けれどもう決まってしまったのはしょうがないのだろう。
「如月ちゃんどうする?違う班今からでも行けるけど……」
「決まっちゃったならしょうがないよ。大丈夫」
茅野さんは私とカルマくんが一緒になったことを心配しているのだろう。別に、気にしなければいい。
「カルマー旅先でケンカ売って問題になったりしないよな?」
「へーきへーき」
そう言ってどこからか取り出した1枚の写真。中央にカルマくん、ぼこぼこにされたのであろう制服を着た女子と男子が身分証を持ってカメラ方向を見ていた。……これは、どうなのか。
立ち上がってこそっとカルマくんに一言忠告する。
「勇気があるのと無謀なのは違う……いつか痛い目に遭うよ」
「如月ちゃん?」
「うん?どうしたの」
「……へぇ」
こんな中でも先生に向けての暗殺(と何故か私を笑わせる)計画が着々と進められていた。