東方優幻想   作:エウラス

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新章第一話

第一話:哨戒天狗のお住まい訪問

 

あれから俺は本格的に幻想郷で生きることを決めた。

もはや普通の人間ではない俺は、外に戻ることも難しい。

そう紫に説明された俺は、驚くほど素直にその事実を受けめられた。

何故かはわからない。

だけど、俺自身未練も多少はあったのでせめてということで一つだけ頼んだ。

 

『残された俺の家族はどうなったのか教えてほしい』

 

と。

幻想郷に訪れた時点で、存在は希薄になるらしい。

でも、家族がどうしているのかが心配だった。

もしかしたら、急にいなくなった俺を心配してくれているかもしれない。

そうであったなら、お別れを言うだけの時間くらいはもらいたいもんだ。

とはいえ、今は紫も色々と忙しい身だ。

分かり次第報告するわ、というなんとも不安な答えを受けて今に至る。

ちなみに今はというと、破壊された戸の修繕作業中だ。

 

「よう、新入りの兄ちゃん」

優希「ん? ああ、おはよう」

「おう、少しはここでの生活もなれたか?」

優希「ま、ぼちぼちかな」

 

というわけで、ある昼下がり。

俺は人里の民家の一つの前で頼まれた仕事をしていた。

皆良い人ばっかりで、異変の間のことが嘘のようだ。

今日もさして親しくもない俺にこうして近況を聞いてくれる奴がいたしな。

それにしても……。

 

優希「しかしまあ……派手に壊したな。慧音」

慧音「し、仕方ないだろうっ!」

「おおう、これはまたひでえな」

「戸が完全にぶっ壊れてるじゃん……何があったんだよ」

慧音「うう……」

優希「まあ、なんだ……酒癖の悪いのがちょっとな?」

「ほぉん? まあ、兄ちゃんがいるから大丈夫だろうが」

「頑張れよー」

優希「ああ、それじゃあな」

慧音「……」

優希「……」

慧音「すまんな……」

優希「いや、まあ……な?」

 

罰が悪そうにしている彼女に愛想笑いで返す。

まあ流石に――。

 

『慧音が説教の挙句、相手に頭突きをした結果なんですよ』

 

とはいえんだろう。

言ってしまえば、この人は多分暴走する。

自分が巻き込まれる可能性のあるような真似はしない。

誰だって目の前に置かれた地雷を踏みはせんだろ?

真っ赤になって弁明をする彼女をいなしつつ、俺は戸の修理を続けた。

 

 

慧音「全く……お前というやつは全くっ……!」

優希「悪かったってば」

 

あれから適当に返事をしながら仕事を続けた。

しかし、そんな俺の態度が気に食わなかったのか今ではむくれてしまっている。

先生をしている時の慧音はすごく大人びているんだけどなあ。

このギャップが良いんじゃないかっ。

とか力説されたこともある……それに関しては素直に同意だ。

現にこうして、頬を膨らませて隣を歩く女の子は可愛かった。

 

優希「仕方ない、今日は帰りに秋春堂で何か奢るよ」

慧音「何っ!? あの秋春堂か!?」

優希「ああ、あっこの団子はうまいよな」

慧音「ああ……すごく美味い」

慧音「特にあそこのあんみつは絶妙な甘さだな!」

優希「確かに、あの黒蜜がいい仕事してるよ」

 

ころころと表情の変わる慧音には和まされる。

これでいて、仕事をしてる時はちゃんとしているんだぜ?

オン・オフがしっかりしているだけでな。

と、誰に聞かれているわけでもないのにフォローしつつ店へ向かう。

すると――。

 

うどんげ「あっ、佐伯ー!」

優希「んっ?」

 

呼ばれた気がして声のした方を見ると、フードを被ったうどんげがいた。

こっちに向かってしきりに手を振っているから間違いないな。

慧音に確認を取って一緒に向かう。

 

うどんげ「久しぶりね、佐伯」

優希「久しぶりって……3日くらいだろ?」

うどんげ「何言ってるのよ、3日も会わなかったら久しぶりじゃない」

慧音「やあ、うどんげ。今日もわざわざご苦労様だな」

うどんげ「あはは、お仕事ですからね」

うどんげ「それに……逃げたら師匠に何をされるか」

優希「あ、あはは……」

 

遠くを見るうどんげの目が虚ろなのは気のせいじゃないだろう。

後から聞いた話だが、うどんげとてゐはよくお仕置きを受けているらしい。

まあ、うどんげの場合は失敗で、てゐは悪戯のせいだが。

ともあれ、そのお仕置きという名の実験がかなり酷いんだとか。

やれ新薬の実験台にされて豆粒みたいになってしまったり。

やれ貼り付けにされて弓の的にされたり。

他にも聞くだけでもおぞましいレベルのがちらほらあった。

良い人だとは思うんだが……うん、人には知ってはいけない面もある。

 

優希「これからちょっと秋春堂にいくんだ」

優希「よかったらうどんげもどう?」

うどんげ「えっ! 秋春堂!?」

 

見るからに嬉しそうな顔をして耳までピコピコと動いている。

さっきまでの疲れたような顔が嘘のようだ。

そこまで喜んでもらえるならこちらとしても嬉しい。

 

優希「ああ、慧音もいいよな?」

慧音「もちろんだ」

うどんげ「あっ、でも私今日は手持ちがなくて……」

優希「誘ったのは俺だし、そんなこと気にするなって」

うどんげ「で、でも……」

優希「良いから良いから」

優希「そもそも俺、こういう時くらいしかお金使わんしさ」

 

そう……俺は自分の能力のおかげでお金をつかうことはない。

なのに働いているのはなぜなのか。

そう言われると、何かしてないと落ち着かないっていうのがある。

まあ、色々手伝っている間に自然とこうなったのもあるんだけど。

 

うどんげ「あ、ありがとう……」

優希「気にするなって、わざわざ永遠亭から来てるんだろ?」

優希「うどんげは労われても良いと思うぞ」

うどんげ「う、うん……えへへ」

慧音「……ふむ?」

うどんげ「はっ!?」

慧音「そうかそうか、なるほど」

慧音「……頑張れよ?」

うどんげ「!?」

優希「ん?」

うどんげ「な、ななな、なんでもないわ!」

優希「そうか?」

 

何をそんなに焦ってるんだろうか。

今日は何を食べようかと迷っている間何か話してたようだけど。

顔を真っ赤にして焦っているうどんげ。

そして、同時に慧音のやつが意味深な笑みを浮かべていた。

二人の間にどんな会話が行われていたのやら。

 

 

あれからうどんげたちと一緒に団子とあんみつを食べて別れた。

あの異変以降体調はどうだとか、能力を使い過ぎたらダメだとすごく注意されたな。

もう必要に迫られて使うこともないんだ。

命を削るレベルに能力を使うことは全くなくなっていた。

そのことを説明したんだけど、それでも納得してくれかどうか。

 

優希「さてと……」

 

俺は借家として借りている小屋から数日分の服をバッグに詰め込んだ。

後は適当に洗面道具なんかも詰めておくか。

別に夜逃げをしようなんて思っているわけではない。

これから行くべき場所は妖怪の山……そこの紹介天狗詰所だ。

 

優希「……でも、そこって女の子が多いんだよな」

 

準備の手を止め、思わず口にしてしまう。

そう、これは平和になってから皆に聞いたことだ。

どうもこの幻想郷において、力を持った奴には女の子が多いらしい。

一応、哨戒天狗には男もいるらしいが少ないとも聞いた。

なんでそんな女の子ばっかりのところに、俺を泊めようと言うのか。

謹んでお断りしようと思ったんだが……。

 

椛『来てくれますよね……?』

 

なんて上目遣い+涙目で服の端をつままれたら流石に断れない。

あれを断れる奴が居るんだったらきっとホモに違いない、うん。

繰り返すが、椛たち哨戒天狗の集いには男もいるそうだ。

それを聞いて、まあ仕方ないかと思って承諾して今に至る。

だけどなー……椛なら良いんだけど、他のやつはどうなんだ?

異変の間の記憶は一部のやつしか戻ってはいない。

つまりは俺はどこの馬の骨ともしれない人間なわけだ。

 

優希「……襲われたりしないだろうなあ」

 

嫌な予感がして思わず口にしてしまったが……ありえないとも言えない。

人里の連中から聞く限り、結構な頻度で山入りを妨害されるそうだし。

ま、気にしたところでいまさらか。

それに、椛のことだ……しっかり説明してくれてるだろう。

そう結論づけて、俺は改めて準備を進めた。

 

 

さて、妖怪の山とはそもそもどういうところなのか。

位置的には人里からすると結構離れている。

俺みたいな能力持ちや飛べるやつでもないかぎりは1日で往復は難しいだろう。

そして名前からも分かる通り、妖怪が多く住み着いている。

中でも多いのが河童や天狗だ。

昔は鬼もいたらしいが、今では理由があって地底に住んでいるんだとか。

それはさておき、そんな妖怪の山には階級制がある。

まあ、言ってみれば妖怪の山という会社があると思って欲しい。

そこには社長クラスの天魔という天狗を始めとして上下関係もしっかりしている。

そんな彼らは他種族に対して排他的で、侵入者には警告と同時に追い返すと。

他にも――。

 

優希「……なるほどねえ?」

 

文から渡された新聞に書かれた内容を読みながら立つのは山の麓。

ここを少しでもくぐれば、彼らの領地だ。

『人間はすぐに立ち去れ』という警告看板が律儀に立っている。

きちんと警告からの威嚇射撃での追い払いをする辺り、親切だなとは思う。

普通、妖怪なら有無をいわさずに襲ったっていいもんだろうに。

いや、こっちとしてはありがたいが。

とはいえ、この新聞のおかげで大分と情報は揃っている。

いざ、と重い足を踏み入れると――。

 

椛「あっ、来てくれたんですね! 佐伯さんっ」

 

間髪入れずに椛が出迎えてくれた。

あまりにも早すぎて、足を踏み出したまま固まってしまう。

そりゃまあ、まるで待ってたかのようなタイミングでしたし?

髪の毛に葉っぱを混じらせながら、茂みを掻き分けて近寄ってきた。

なんかすごい尻尾がぶんぶん振られているんだが……。

まあ、喜んでくれているようでこっちも嬉しい。

 

優希「やあ、随分早い出迎えだな」

椛「それはもう、皆も待っていますよ!」

優希「そっか、じゃあいこうか……て」

優希「皆?」

椛「ええ、私の仲間たちです」

 

仲間たちって言うのは多分、他の哨戒天狗のことだろう。

しかし、なぜ待っているんだ?

自分で言うのはあれだが、俺自身は正直そこまで大した人間じゃない。

望んだものを出せるというとんでもない力はあるけどな。

多分、椛の会話にでも出ていたんだろう……そう思って連れ立って歩く。

 

優希「悪いな……俺、未だに空を飛べなくてさ」

 

そう、能力持ちは例外なく飛べる。

そんな概念がこの幻想郷にはあるみたいだが、何事にも例外はあるらしい。

俺はもともと外来人だったということもあってか、空を飛ぶ事ができなかった。

……決して悔しくはない。

決してだ。

そんな俺に対して、椛は全く気にしてないような笑顔だった。

 

椛「いえいえ、たまには歩くのも良いものです」

椛(それに、佐伯さんと長く話していられますし……)

優希「ん? なんか言った?」

椛「さ、さあっ? 気のせいじゃないですかねっ!?」

優希「そ、そうか?」

 

『そうなんです』と両手をぐっと握りしめる白わんこ。

彼女的には気のせいだってことにしたいみたいなのでそうしとこう。

多分、なにか言ってたのは確かなんだけど……。

やっぱ歩くのはだるいのかな。

 

優希「やっぱりドアで移動する?」

椛「うぇぇぇっ!?」

椛「な、ななな、なんでですかっ!!」

優希「いや……歩くのは面倒なのか……」

椛「そんなことはありません」

優希「そ、そう?」

椛「ええ、運動は体にもいいですしね」

 

そこは本心なのか、心なしか眩しい笑顔だった。

なるほど、そこまで言われたら従うほかない。

俺はドアを出そうとしていた手を引っ込めて向き直る。

 

優希「よし、それじゃあ案内頼むぞ?」

椛「はいっ! 任せて下さい!」

優希「しかし、慣れてない俺にはこの山道はしんどいな……と!」

 

死角に近いレベルで突き出た小枝を飛び越しつつ愚痴る。

普段の俺なら引っかかってたな。

どうにも転生してからというもの、身体能力の向上が顕著だ。

例えば、100m全力疾走すれば普通なら疲れると思う。

だけど、今は1km位走ってようやく疲れるかな? という具合だ。

そしてこれは今はっきりしたけど、動体視力や反射神経もらしい。

草むらを抜けたと同時に見えた小枝に瞬時に気づいて軽く跳ねていた。

 

椛「いえ、私たちも普段は歩かないので慣れてはいないですよ」

優希「あれ、そうなのか?」

椛「ええ、私たちだって一人の時は普段は飛んでますし」

優希「……言われてみればそうだよな」

優希「にしてもなあ、俺は空飛べないからなあ」

 

これに関しては結構、落ち込んだ。

『空を飛べる』、それは人類共通の願いの一つだと思う。

空を飛べたら気軽に出かけられるしね。

とはいえ、俺の場合は能力の関係でドア出せばいいんだけども。

そういう問題ではない……きっと彼女たちには分かってもらえないけど。

 

優希「みんな空を飛べていいよな」

椛「でも、佐伯さんの能力だって便利じゃないですか」

優希「あ、うん……まあそうなんだけどね?」

優希「それとは違う、ロマンというかさ」

 

今しがた思ってたことを説明してみるけど効果は薄いようだ。

まあ、女の子にはちょっとわかんない話なのかもしれない。

早苗のやつは喜んで聞いてくれそうだが。

うおっと、今度は頭上に樹の枝かよ。

上下に警戒しとかないと何があるか分かったもんじゃないな。

とか思っていると――。

 

文「佐伯さーんっ」

優希「えっ?」

 

聞き覚えのある声と同時に衝撃が俺を襲う。

ついさっきまで歩いていた地面が近づいてくる。

そして――。

 

優希「ぐぇっ!?」

椛「さ、佐伯さんっ!?」

 

衝撃をそのままに地面と何かに挟まれる。

肺の中に溜まっていた空気を全部吐き出すことになってしまった。

うぐぐ……しかも無駄に変な声あげちまったし……。

文句を言ってやろうと思って肩越しに犯人を見ると黒髪の女の子が一人。

 

優希「……文、もうちょいマシな挨拶方法はなかったのか?」

文「あやや、これは申し訳ありません……」

優希「あのなあ、俺をせんべいにでもするつもりか?」

椛「そうですよ、文さん!」

椛「あんなスピードで飛びつくなんて非常識です!」

文「む~……二人して酷いいいようですね」

文「それに佐伯さん? 私はそこまで重くないですよ!」

 

自分でやったことを棚においてそんな講義の声を持ち出すとは。

まさに棚に上げて状態である。

そんな彼女に適当に返答しつつ、俺は体を起こした。

当然、乗っかっていた文はちょっと転びかけていたが気にはしない。

 

文「う~……佐伯さんが意地悪です」

椛「自分のやったことを考えれば当然だと思いますが……」

優希「ま、そこは椛に軽く同意しておく」

優希「それはさておき、いきなりどうしたんだよ?」

 

確か今日は椛たち哨戒天狗くらいしか居ないと聞いていた。

文がここにいるのは恐らく偶然だろう。

 

文「いえいえ、取材をしようと家を出たところで二人の姿が見えたものですから」

優希「へえ、お前んちこの辺りなんだ?」

文「もうちょっと上の方ですよ」

優希「へっ? そうなのか」

椛「頂上に近いところにありますね」

優希「……おかしいな、ここ麓近くなはずなんだけど」

文「私は幻想郷最速ですからね!」

文「この程度の距離はないも同然ですよ」

 

得意気に胸を反らす烏天狗に呆れる二人。

まあ、確かに力を取り戻した彼女の強さは目を見張る物があった。

特に感じたのがその速さ。

目にも留まらぬなんとやらとはよく言うがまさにそれだと思う。

瞬きしている間に後ろに居たときは心臓に悪いと思ったし。

と、思考に耽っていると何かに気づいたように文が手を打つ。

 

文「そういえば今日は椛たちの宿舎に泊まりこみなんですよね?」

優希「そうそう」

文「でしたら、私もぜひ参加させてください!」

椛「別に大丈夫だとは思いますけど……皆も大丈夫かな?」

文「まあまあ、私もプライベートな空間に入るんだし分別はつけるわ」

文「許可無く写真も取材もするつもりはないから」

優希「へえ……」

 

そんな感じで殊勝なことを言う文に少し関心した。

彼女が発行する文々。新聞のことについては聞いている。

それのせいで、俺は彼女が外の世界でいうゴシップ記者かと思っていた。

そういうふうに思っていたのは椛も同じみたいだな。

口には出さないけど、きょとんとしてるからまるわかりである。

 

優希「そういや、文って特定の相手を除けば基本的に敬語だよな」

文「え? ああ、そのことですか」

 

指摘されたことに対してちょっとバツが悪そうな笑みを浮かべる。

なにか変なことを言っただろうか。

 

文「記者をしている以上、基本的に丁寧な口調は必要なんですよ」

文「ほら、いきなり来た上に『あなたのことをきかせなさいよ』とはいえないでしょう?」

優希「あー、そういうことか」

椛「いきなりってところは自重しないんですね」

文「記者として多少の強引さは必要でしょ?」

 

心の中でインテリヤクザみたいだと思ったのは内緒にしとこう。

まあ、そういう破天荒さも一周回って魅力の一つではある。

沈んでいるよりは多少は騒がしい方がいいというもんだ。

 

文「ところで、宿舎に行くのなら飛んだほうが早いのでは?」

優希「あ、うん。せっかくだから歩いて行こうかって話になってな」

優希「俺は飛べないし」

文「……ふぅん?」

椛「……」

文(なるほどね、やるじゃない椛)

椛(な、ななな、なんのことですかっ?)

優希「? 何コソコソ話してるんだ?」

文・椛『なんでもないです!』

 

二人同時に言われてしまったので口をつむぐ。

気にはなるが……まあ、女の子同士の話を無理に聞くのもな。

 

あの後、結局文も一緒に歩いて行く事になった。

何でも、文いわく――。

 

文『私も乙女ですからね……』

 

という謎の言葉を残して隣に並んでいた。

いや……まあ、多分あのことかなっていうのは分かる。

だけど、ちらっと見る二人は別段そんなことを心配する必要なさそうだ。

むしろちょっと大丈夫かなって思うくらい。

とはいえ、目的地まではもうそんなにないそうだ。

意外と話をしながらだと距離ってのは短く感じる。

 

優希「おー、ここまでくると空気が澄んでるな!」

文「そうですか?」

椛「さあ……」

優希「二人は個々が生活圏なんだろ?」

優希「多分、慣れてるんじゃないかな」

椛「あ~……そうかもしれないですね」

椛「私もたまに山の外に出ると少しだけ空気に違和感を感じますし」

文「言われてみればそうかもしれないですね」

文「でも、指摘されないとわからないくらいではありますよ」

優希「ふうむ、そうか」

 

こっちの空気は確かに俺の知っている普通よりかなり良い。

河童たちが作っている以外にはそんなに機械がないからかもしれないな。

あーでもなんだろうなあ、あの雑多な空気も嫌いじゃなかった。

だから微妙にそういう空気が恋しくなる時がある。

……今度にとりのとこにお邪魔しよ。

と、視線を上げると視界にちらりと建物らしきものが。

あれかなって思っていると案の定、椛が指をさしてこちらを振り返っていた。

 

椛「あれです! あれが私たちの宿舎なんですよ」

優希「へえ! 思ったよりも立派じゃないか!」

文「一体どんなものを予想していたんですか?」

優希「ん~、一人一件ずつの小屋みたいな?」

 

思っていたイメージをそのまま口に出しつつ、宿舎を見る。

そこは山の中では割りと開けたスペースのある場所だった。

そんなスペースを埋めるかのように立てられているのは屋敷と言っていいレベルのもの。

たしかこういうのって武家屋敷っていうんだっけ?

門構えも立派だし、木造とはいえしっかりとした強度を感じる。

俺、こういう和風チックなのは結構好きだったり。

でも別に詳しい訳じゃない、雰囲気がすきなだけだ。

 

椛「驚きましたか?」

優希「あ、ああ……正直びっくりした」

白狼天狗A「椛様ー!」

白狼天狗B「むっ、侵入者ですかっ!?」

優希「うん?」

 

屋敷の奥から飛び出してきた二つの影。

見た目からして椛と同じ白狼天狗なのは間違いない。

片方は黒髪ロング、もう片方は薄紫のセミロング。

……あれ、白狼っていっても皆白いわけじゃないんだな。

ちょっと勉強になった。

と、のんきに構えていたら急に刀を突き出される。

……ん?

 

優希「あれ、俺もしかして侵入者扱いされてる?」

白狼天狗A「それ以外に何だというのだ!」

白狼天狗B「椛様、こいつはどのように!?」

椛「ちょ、ちょっと二人共! この人は前から話してた人だよ!?」

白狼天狗A「えっ、ええっ!?」

白狼天狗B「す、すいません! まさか椛様のご友人だとはっ!!」

優希「……えっと?」

文「驚いてますねえ」

優希「そりゃまあ……」

 

様つけで呼ばれている椛を見てあっけにとられた。

それに対して思うところがあるのか、文も苦笑い気味だ。

多分、文は間柄的にこの事は知っているんだろう。

ニュアンス的にも、しょうがない子たちですねえ、という具合だ。

 

文「椛は白狼天狗の中では間違いなくトップレベルの実力を持っています」

文「なにせ、隊長を務めているくらいですからね」

優希「えっ、マジで?」

文「マジですよ?」

文「だからこそ、その強さに惹かれて崇拝している子も多くて」

優希「ああ~……それで」

文「はい」

 

今度は揃って苦笑い。

二人の質問攻めにわたわたしている椛。

ああしてると普通の女の子だけど、きちんとしてるもんな。

サボリ気味のが多い中、一人健気に毎日哨戒を勤めてるし。

程なくして、ようやく誤解の解けた俺は中に案内されることになった。

 

桔梗「そうですか……文様もお泊りになるのですね?」

文「ええ、でもそんなにかしこまらなくていいわよ?」

要「いえ、そういうわけにもいきませんよ」

要「椛様の上司は我らの上司でもありますから」

文「お堅いわねえ」

 

屋敷の内部を歩きながら、先導する二人の少女を見る。

薄紫の子が桔梗、黒髪の子が要というらしい。

桔梗の方はややクールで、要って子は礼儀正しい元気っ子って感じかな。

二人はどうやら文のことも尊敬しているらしく、まとわりついている。

犬耳と尻尾がせわしなく動いているのを見ると癒やされるんだが。

対しての文はちょっと鬱陶しそうだ。

 

優希「大変そうだな、文も」

要「んなっ!? 文様になんて口の聞き方を……!」

文「佐伯さんは良いの」

桔梗「……差し出がましいようですが、ただの人間ですよ?」

桔梗「何故お二方がそこまで気にかけるのか」

 

酷いいわれようだが、別に腹は立たない。

事実、俺はちょっと力が使えるだけの人間だ。

文や椛のように強く、たくましい存在ではない。

と、俺は華麗にスルーつもりだったのだが……。

 

文「二人共……」

椛「先程の言葉、取り消してもらえる?」

桔梗・要『っ!?』

 

ズシン、という音と鋭く風を切る音が聞こえた。

そう思ったら、それぞれの眼前に二人の武器が突き出されている。

お、おいおい……流石にやり過ぎだ。

 

優希「おい、二人共! やめろって!」

椛「いえ、私たちの大切な……友人に暴言を働いたんです」

椛「ちょっと『教育』が必要だと思いましたから」

文「ええ、目上に対する言葉がなっていないですよね」

 

二人から発せられる威圧感に、桔梗たちはすっかり怯えきっていた。

最早立っていられないのか、へたり込むほどには。

あまりにも可哀想だったから助け舟を出しておこう。

 

優希「俺は気にしてないって」

優希「それにほら、二人も怯えてるからさ……な?」

文「むっ……」

椛「……佐伯さんがそこまで言うなら今回だけは勘弁します」

優希「そっか、ありがとう」

優希「……えっと、二人は立てるか?」

桔梗「えっ……?」

要「ちょ、ちょっと難しそうです……」

 

言われた言葉に反射的に経とうとしたんだろう。

ちょっとした動きを見せたものの、へたり込んだままだ。

どんだけ怯えさせたんだよ……全く。

俺は呆れつつも、二人の状態を治せる霧を出した。

 

桔梗「これは……えっ?」

要「あっ、立てる!」

優希「そうか、良かった」

桔梗「この霧……もしかしてあなたが?」

優希「うん、そういう力があってね」

優希「……俺が嫌いなのは分かるけど、案内頼めるかな?」

要「……こ、こっちです」

優希「ありがとう」

 

慌てたように二人は再び先導してくれた。

ふう、やれやれ……一段落かな?

 

椛「……」

文「あやや、これはまた……厄介なことになりましたね」

優希「えっ、俺何かまずいことした?」

椛「まずいことというか……いえ、まずいですね」

文「とは言え、実害があるものではないので安心してください」

優希「あ、ああ……」

 

実害はないけど厄介とはこれいかに。

教えてくれるつもりもなさそうだし、まあ気にしないでおこう。

 

 

優希「おお! いい部屋だな!」

 

あてがわれたのは一つの大広間。

人一人が仮に泊まるにしては少々生き過ぎな気もする大きさだ。

広さはあれだが、開け放った戸から見える中庭は良い。

季節の花に彩られた花壇や、縁石で囲まれた池。

すぅっ……と入ってくる風がとても心地いい。

これは思ったよりも和めそうだ。

 

桔梗「お気に召しましたか?」

優希「うん、十分過ぎるほどだ!」

優希「でも、良いのか? 俺みたいなただの人間相手に」

要「その件に関してはお詫びいたします」

桔梗・要『先程は申し訳ありませんでした』

優希「ええっ?」

 

今この場には文と椛は居ない。

つまり俺と彼女たちだけだ。

そんな状況で謝ってきてくれるなんて、どういうことだろうか。

とは言え別に俺そこまで気にしてないんだが……。

 

優希「俺はそこまで気にしてなかったんだけど……」

優希「自分がただの人間だってことは理解してるしな」

桔梗「ですが、あなたは私たちを助けてくれました」

桔梗「無礼な言葉を発し、嫌悪されていてもおかしくはないでしょうに」

優希「んー……まあ少しはね?」

優希「でもさ、二人は椛たちを尊敬してるんだよな」

要「はい」

優希「なら、仕方ないんじゃないかな」

優希「どこの馬の骨ともしれん奴が呼び捨てしてたらそりゃむっともするさ」

 

俺にはよく分からない感覚だけどな。

学園にはアイドルみたいなのは結構いる。

そんなやつ相手に呼び捨てしようもんなら親衛隊の餌食になるだろう。

いや、実際なってた奴も居る。

それと同じように考えれば、彼女たちの暴走もわからなくはないんだ。

……椛たちの謎の怒りは分からんけど。

 

桔梗「ふふっ……椛様たちがあなたを大事にしている気持ちが少し分かった気がします」

優希「ん? 大事に?」

要「ええ! あの二人……特に文様は個人に興味を持つのは取材の時くらいですから」

要「あのよう怒るのは初めて見ました」

桔梗「椛様についてもですが、普段はとても温厚なんです」

桔梗「ですから、あの覇気には正直……怖気がしました」

 

うん、あれは俺もやばいと思った。

だからこそ止めたわけだけど、正解だったようだ。

あの時のことを思い出してか、二人の顔色がすぐれない。

 

優希「まあ、あの二人は細かいことを追求するようなやつじゃないさ」

優希「俺からもあの二人にはきちんと言っておいたし」

桔梗「は、はい……!」

要「ありがとうございました!」

優希「いやいや、別にお礼なんて良いよ」

桔梗「いえ、最低限の礼儀ですから」

優希「律儀だな」

要「あはは、こういうのは大事だと思いますからね」

要「それでは、私たちはこれで失礼します」

優希「ああ、またな」

桔梗「はい……あっ、一つだけ忠告を」

優希「ん?」

 

立ち上がった桔梗が何やら思い出したようで振り返る。

 

桔梗「椛様についての人気は女の中でだけではなく男連中にもいえます」

桔梗「なので、このようなやっかみが今後おきるかと……」

優希「ああ……やっぱそうなるんだ」

要「申し訳ありません……ですが大抵は私たちよりも腕は立たないので」

 

おいおい、少しは頑張れ男連中。

いやまあ、女の子相手に本気出してないだけかもしれないけど。

一応、闇討ちされてもいいように防御結界でも張っておくか。

 

優希「まあ、程々に気をつけておくよ」

 

そう言って俺はその日を終えた。

防御結界はやり過ぎかな、と思っていた俺だったが……。

まさかそれが本当に、命運を分けることに鳴るとは思っていなかった。

その時の俺は、まだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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