第二話:白狼天狗宿舎での生活
桔梗たちとのいざこざはあったものの、無事に泊まりこみ出来たあの日。
その日から暫くの間、俺の生活は……まあ、それなりに平和だった。
どうやら俺が住んでいる側は女の子たちの宿舎側だったらしい。
そのことを知らされていなかった俺は何度か危ない場面に鉢合わせた。
その最たる例が風呂だ。
案内された風呂場に入ろうとしたら服を脱ごうした別の女の子がいた。
問答無用にぶっ飛ばされたけど、椛や文たちが説明したため大事には至らなかったけど……。
にしても、もうちょい俺が男だってことを意識して置いて欲しいもんだ。
流石にあれは焦った。
ちなみに、男側の宿舎には移れない。
こっちにいられるのだって椛たちがいるからだ。
もし、素性も知らない人間一人がそちらへ移れば血を見る。
……と、脅されてしまったためここにいるわけだ。
俺だって命は惜しいからね、うん。
優希「ふああ~……」
椛「あ、佐伯さん。おはようございます」
優希「んぉっ? おはよう、椛」
椛「ふふっ、大きなあくびですね」
優希「そりゃ、毎夜毎夜話を聞かれてたら……ふああ~……」
耐え切れずに二度目の大あくび。
ここ2日、人間が泊まりにくるのが珍しい。
そんな理由で根掘り葉掘りと話を聞かれた。
……主に文を筆頭にして。
文「あやや、今晩もあわよくばと思いましたが……やめておきます?」
優希「今晩もするつもりだったのかよっ!?」
文「良いじゃないですか、異変の最中はまともに話も聞けなかったんですから」
む~っと頬を膨らませるのは非常に可愛いんだけど。
俺は人間だと何度も言ってる。
そして人間は脆い……俺はせめて6時間は寝たい派だ。
椛「朝ご飯作りましょうか」
文「あ、なら私も手伝うわよ」
優希「朝飯か……たまには俺が出そうか?」
椛「えっ!? 良いんですかっ!!」
文「おお~、それは確かに魅力的ですねっ!」
そこまで期待されてしまったら俺も応えない訳にはいかないな。
優希「それじゃあ早速炊事場に行こうぜ」
優希「すでに作り始めてたらそれに合わせないと行けないし」
文「フフン、それでしたら私が行ってきましょう!」
優希「別にそこまで急がな……って、もういねえ!?」
振り返れば隣に居る、とはよく言うが居ないというのは新しいな。
よっぽど俺の出す外の料理がお気に入りらしい。
小さく笑い合いながら、俺と椛は二人でゆっくりと後を追っていた。
椛「こちらでの生活はどうですか?」
優希「ん? うーん、不満はないよ」
優希「皆騒がしいけど、楽しいし」
『騒がしいのは文が一番だけどな』、と笑う。
朝のすがすがしい空気を吸いつつの会話。
みんな椛みたいにかたい性格なのかと思ってたけどそうでもないみたいだし。
優希「それにさ、椛と一緒にいると癒やされる」
椛「い、癒される?」
優希「うん、幻想郷にはなんだ……捻くれてるのが多いだろ?」
優希「椛はそのままで居て欲しいなあ……」
椛「あ、あう」
自然と頭に手が伸びて撫でてしまう。
その度に馴れ馴れしいかと思っていたんだけど……。
椛「えへへ~……」
と、ふんにゃりした笑みを浮かべているのを見たら気にならなくなった。
尻尾もぶんぶんと忙しない。
この幻想郷において一番、感情が隠せない子だと思う。
そんな素直な椛だからこそ、癒される面も多い。
と、廊下をゆったりと歩いていると――。
文「あっー! またしても椛ばかり撫でていますねっ!?」
優希「うおっ!? もう戻ったのか」
今度こそ振り向けば隣に、状態だ。
遅れて突風が来て少しだけバランスが崩れそうになった。
どんだけ急いんでんだよ、全く。
優希「それで、どうだった?」
文「えっ? はい、まだ作り始める前だったみたいで声をかけておきました」
優希「そっかそっか」
文「そうなんですよ~……ってえ!」
文「そんなことじゃごまかされませんよっ」
優希「へっ? 何が……」
文「最高速で頑張ったんですから、ご褒美くらいもらえますよね?」
優希「……ご褒美?」
椛(あ、わからないんだ……)
何か椛が困ったような顔でつぶやいたような気がした。
えっと、何がほしいんだろう。
と、悩んでいると痺れを切らしたのか文が俺の手を取り頭の上に。
ああ、そういう……。
俺はようやく意図を読み取って文の頭をなでてやった。
文「~♪」
嬉しそうに目を細める文の髪はさらさらだった。
椛はどちらかと言うとふわふわした感じ。
おんなじ女の子でもやっぱり違うんだな。
右手で文を、左手で椛を撫でながらそんなことを思う朝の一時。
桔梗「す、すごい……これ全部佐伯さんがっ?」
要「お、お肉やお魚らしきものが……ごくりっ」
朝食の時間、何も用意されていないテーブル。
それを見た瞬間、皆何やら悲壮感ばりばりだったが……。
優希(食い気があるのは椛だけじゃなかったのね)
能力で大量の料理を出してやると嘘のように表情が輝いていた。
白狼天狗はみんなそういうところがあるのかも知れないな。
元が狼ってのも関係……あるのか?
それはさておき、やっぱりこういうふうに喜んでもらえると能力冥利に尽きるってもんだ。
食べて良いのかな、という視線を感じたのでうなずいてやる。
桔梗「お肉なんて久しぶりですっ!」
要「お魚だってめったに見ないよ~!」
優希「そういうもん?」
文「ええ、お肉は山にいる野生の獣を狩れば多少はいます」
文「ですが、獲り過ぎては絶滅してしまう恐れがありますから」
優希「ああ、その辺を危険視してるのか」
要「人里では家畜の飼育で一定数を確保しているようですね」
桔梗「残念ながら、私たちはそういうのが苦手ですから……」
優希「それじゃあ魚は? 川とか湖もあったと思うけど」
椛「一応居なくはないですよ」
椛「ですがこれもまた絶滅させないためです」
ふむ、ということはこっちでは肉や魚は高級品なのか。
通りで、人里で出した時には喜ばれたわけだ。
彼ら人里の人間からすれば、滅多に山に入れんだろうし。
にしても、すごい欠食童子っぷりだ。
毎日ちゃんと食べれてるのかな、と思う位には。
ふと、あまり手を付けられてないサラダが。
好みじゃなかったかな、とか思いつつ口に運ぶ。
優希「おいおい、お前ら……野菜もちゃんと食べろよ?」
桔梗「もぐもぐ……お野菜は毎日食べてます」
桔梗「ですから今日くらいは慈悲を!」
優希「……なんかすまんかった」
真剣な様子に思わず謝ってしまう。
幻想郷での暮らしでは割かし質素な食事が多いと聞く。
そういう意味では、彼女たちからすれば久方ぶりのごちそうなんだろう。
あの基本的におしとやかな桔梗ですら、両手で料理の物色中である。
要「佐伯さん、佐伯さん! おかわりお願いできますかっ」
優希「おう、まだまだあるからしっかり食べろ」
一同『わーい!』
文「あやや、これはまた……」
椛「でも、本当に美味しいですよね」
文「ええ、私もついつい食べ過ぎちゃって」
優希「遠慮しなくても良いんだぞ?」
食料を出したりっていうのはあまり力を使わない。
この辺は生死に関わる優先度によるものなんだろう。
多分、料理を何人前出したところで疲れはしない。
文「料理もいいですが、私はこの後のデザートが気になりますねえ」
要「でざーと……ですか?」
椛「甘味のことよ」
桔梗「甘いもの……おまんじゅうとかでしょうか?」
どうでもいいけど、桔梗ってなんでも『お』とかつけるよな。
まあ、丁寧なのは悪いことじゃないから指摘するほどでもない。
甘い物と聞いたせいか、食事中だっていうのに皆の視線が集まる。
それに調子に乗ったのか、文は続けて――。
文「それも、幻想郷では食べられないものですよ?」
そういったもんだから余計に彼女たちの目が輝き始めた。
……ただ、捕食獣のそれだったけど。
目が赤く光って……なにこれ、こわっ!
優希「ひ、ひとまず、ちゃんと飯食ってからな?」
まだまだ、さっきの追加で出した回鍋肉やら鮭のムニエルもある。
俺だってまだ食べ始めたばかりだしね。
椛「佐伯さん、今日はどんなのを出してくれるんですか?」
文「この前はしゅ~くり~む? とかいうのでしたよね」
椛「ああ……あのふわふわした生地の中にあるたっぷりのクリーム……」
椛「思い出しただけで頬が緩みますぅ……」
優希「えっ、あれでか? 外の世界じゃお手軽なもんだぞ」
これ、もうちょっと高級なパフェとか出したらどうなっちまうのやら。
ん~マカロンとか出してもあれだしな。
洋菓子関係は意外と紅魔館とかアリスの家とかで出るらしい。
だけど生クリームやらのクリーム系は結構珍しいんだとか。
紅魔館ですらたまにケーキが出るくらいだそうな。
男白狼天狗「なあっ、人間!」
優希「うん?」
声をかけられた久しぶりな男の声に首を傾げる。
こっちの実力者ってのは女の子が多い。
そのため、こうして男に声掛けられるのは人里くらいだ。
向き直ってみると、そこに居たのは細身の軽そうな男だった。
この場において人間ってのは俺だけだし、まあ俺をよんでるんだよな?
優希「追加か?」
空牙「いやいや、俺も話してみたいって思ってさ」
空牙「人間の客なんて久しぶりだしよ」
優希「お、おおう?」
バシバシと馴れ馴れしい感じで隣りに座ってきた。
意外と警戒心というか、そういうのってないのか?
でも、周りを見てみればいくらか奇異の目を向けてきている。
こいつが珍しいやつなのか。
空牙「っと、悪い! 自己紹介がまだだったな!」
空牙「俺は空牙。まあ見ての通りの白狼天狗だな」
優希「おう、俺は佐伯優希。見ての通りの変わった人間だ」
椛「空牙はあまり佐伯さんの事気にしてないのね」
空牙「おん? そりゃあ椛隊長が連れてきた奴だしな」
空牙「文様も一目置いてるようだし、信用には値するだろ」
優希「へえ……」
チャラい雰囲気を出してはいたが、ちゃんとしてるとこはしてるようだ。
線引のデキる男は嫌いじゃないぞ。
何となくだが仲良く出来そうだ。
餓狼「さっきから騒がしいぞ! 食事の時くらい静かに出来んのかっ!!」
一同『っ!?』
優希「ん?」
ガシャンッ、と食器類が倒れるような音共に怒声が響く。
何事かと思っていたら、男の白狼天狗の集団の一部かららしい。
食事の時だからこそ、和気あいあいとするべきだと思うんだが……。
恐らく声の主であろうそいつは融通が利かなさそうな生真面目な顔をしていた。
うっわあ、苦手なタイプ。
餓狼「ちっ……下等な人間と席をともにしているだけでも怖気が走るというに」
優希「そりゃ悪かった。だけどさ、飯の時に静かなのも味気なくないか?」
餓狼「よく口の回る奴だな」
餓狼「そうやってそちらの下級天狗を手籠めにしているのか?」
椛「なっ!?」
文「……こいつ」
とんでもない誤解もあったものだ。
流石に相手にするのも鬱陶しくなってきた。
雰囲気も最悪で、周りにも剣呑とした雰囲気が漂い始めてるし。
血気だつ二人を手で征しておく。
なるべく俺が原因で争いごとは避けたい。
そんな俺達の間に割って入ったのは以外な人物だった。
空牙「餓狼隊長、多分こいつはそんなこと出来るほど頭よくないっすよ」
優希「……おいこら」
餓狼「ほう?」
口を挟もうとしたが目で任せろ、と言われたような気がする。
仕方なく口をつぐんで黙っておこう。
空牙「言い方は悪いけど、こいつはそういう嘘がつけないタイプっすね」
空牙「だからこそ、こいつを他の隊員が慕ってるのは別の理由だと思うっすよ」
餓狼「……何?」
優希「……空牙?」
空牙「お前はそういうタイプだろ? 何となく分かるぜ」
空牙「ちょろっと話しただけだけどな」
ヘラヘラと笑ってはいるが、マジな目をしていた。
こりゃ驚いたな……ちょっとだけ見る目を変えよう。
と、俺たちが親睦を深めている端から舌打ちが聞こえる。
餓狼「ふん……そこの人間に肩入れするつもりなら覚悟をしておくんだな」
餓狼「行くぞっ!」
男白狼天狗たち『は、はい……』
食事もそこそこに、餓狼は食間を去っていった。
なんかついていった他の奴らも名残惜しそうだったな……可哀想に。
暫くの間沈黙が続いていたが、やっと声が上がり始める。
椛「大丈夫なの? 空牙」
優希「そうだぞ、お前……どっちかというとあっち側の隊員だろ?」
空牙「へーきへーき、そもそも白狼天狗はサボってばっかりだからな」
空牙「糞真面目に仕事してるのは椛隊長くらいさ」
椛「確かに皆すぐサボっちゃうけど……」
文「まあ、山への侵入者なんてほぼないですからねえ」
文「害を及ぼす目的とかに絞ると皆無に等しいくらいは」
空牙「そうそう、だからこそしっかりしてる椛隊長にはちゃんとした部下がいるんだよ」
空牙「……餓狼の奴のあれは、力があるから威張ってるだけだしな」
優希「ふむ、隊長なんだろ? 多少の統率力があるとかじゃなくてか?」
桔梗「たしかにありますよ」
桔梗「ただし、『恐怖』という形による統率ですが」
桔梗の含みのある言葉に、さっきの連中の様子を思い出す。
確かに、餓狼以外の男連中は何かに怯えてるようだった。
つまり、あいつは一番力が強いってことを傘にきて好き勝手してるわけか。
通りで、空牙の奴も今は呼び捨てしてるわけだ。
何となくあいつの人となり? は分かった気がする。
優希「よくいざこざが起きなかったな」
椛「いえ……無いことは無いんですよ」
椛「ただ、妖怪の世界では強いものが正義というところがありまして」
文「実力が上であればあるほど、その辺の愚かさは消えるんです」
文「ですが、あの程度のレベルの輩が一番アレでして」
ん~……いわゆる嫌な性格した部長とかになるんだろうか。
嫌味な中間管理職と見て捉えると……何故かすごく納得出来る。
むしろはまり役なくらいだ。
文「しかし、どうにも調子に乗りすぎているようですね」
文「大天狗様に通して制裁を……」
優希「おいおい、穏やかじゃないな」
椛「佐伯さんに対する暴言が目にあまりましたからね」
椛「危うく私も刀を抜くところでした」
桔梗「私たちではあの男には敵いませんが……気持ちは同じですよ」
要「佐伯さんは気にせずこちらにいてくださいねっ」
優希「ははは、ありがとう」
優希「とはいえ、俺も永住するかはわかんないからね?」
そもそも、ここに来たのも住み込み先を色々と視察するためのもんだ。
ここだけじゃなくて紅魔館とか地底からも声はかかってる。
だけど、面倒くさそうな状況になってるなあ。
なんとか解決してやりたいけど、部外者だからな……俺。
そんな悶々とした時間を過ごし、朝食の時間は過ぎていった。
ここ最近、俺の話を聞きたがる子たちが多かった。
あの件もあり、男の白狼天狗からもちらほら。
こっちでは男っ気が少ないから地味にうれしい収穫だ。
たまには野郎だけの会話ってのも必要だよな、うん。
とはいえ、俺だってたまには一人でぶらつきたい。
そういうこともあって、俺は気分転換のために宿舎の外に出ている。
帰ることが出来るのかって?
俺には最悪、能力があるから余裕だぜ!
優希「うおおおー! 絶景じゃないかっ」
そんな俺が訪れていたのは滝だった。
何でも、ここらじゃ有名な滝で、九天の滝とか言うらしい。
開けた場所に高所から流れる滝の水しぶき。
下を見下ろすと、底のほうが霧のようなモヤで見えなくなっていた。
空気も住んでいて絶好の観光場所。
しまったなあ、こりゃ弁当でも作ってくれば良かった。
能力で出しても良いんだけど、それも違う気がするし。
とりあえずは座ってゆっくりと眺めよう……そう思っていた時だった。
優希「がっ……!?」
頭に感じる激痛と激しい衝撃に、呆気無く地面に倒れ伏す。
痛え……まずいな、体にも力が入らない。
近くに誰かしらの気配を感じるが、確認しようにも指一つ動かせなねえ。
そうこう考えているうちに、俺は気を失った。
餓狼「クックック、これみよがしに単独行動とはな」
警戒心のかけらもない。
背後からの一太刀で呆気無く気絶しやがった。
こんな貧弱で脆弱な人間を何故俺たちの宿舎に招いたのか。
全くもって分からない。
だが、関係ない……何故なら――。
餓狼「こいつは『事故』で死ぬんだからな」
そう小さくつぶやき、俺は人間の体を滝壺に向かって蹴り上げた。
文「はぁ~……退屈ねえ」
椛「そう思うなら、別行動でも良いんですよ」
哨戒の仕事をする椛の後についての警邏中。
何気なく思っていたことが口に出てたみたい。
可愛い部下から冷たい言葉を向けられる。
いつもより機嫌が悪いというか、沸点が低いわね。
それに関しては私も言えることだけど、我慢はしているつもり。
だって、当の本人である佐伯さんが気にしないでくれというのだから。
文「あの人の良さは異常なレベルよね」
椛「ええ……こと更自分に対しての誹謗中傷はほぼ反応しないですから」
椛「きっと傷ついてるはずなのに」
文「でも、あの人はそんな顔ひとつ出したりしないわ」
椛「ええ、本当に出来た人ですよ……」
二人同時に溜息をつく。
いつかそんな楽観的というか自己愛の足りない性格が命取りにならないだろうか。
思えば彼はいつだってそうだ。
異変の時からそんな性格だってことは分かりきっている。
正直な話、これだけは彼の欠点だとは思うの。
そんな彼の話をしていたら時間は思ったより早く過ぎていた。
……なんだか思ったよりも佐伯さんに肩入れしちゃってるわねえ。
椛「そろそろ戻りましょうか?」
椛「お昼も近いですし、それくらいには佐伯さんも戻ると言ってましたから」
文「……嬉しそうね、椛」
椛「な、何のことでしょうか?」
平静を装いたいみたいだけど、尻尾が隠せてないわよ。
ブンブンと忙しなく動く尻尾は本人の意思を無視してる。
それ一つとっても、佐伯さんとの会話が楽しみなのは分かっちゃうくらいには。
そもそも、彼が自分たちの宿舎に泊まりにくるってなった時。
あの時も尋常じゃないくらいにそわそわしていたしね。
椛「そういう文さんこそ、さっきから速度上がってますよっ?」
椛「追いつけないんですから本気はやめてくださいってば」
文「あ、あやや? そうでしたか?」
椛「敬語になるくらい慌ててるじゃないですか」
文「むぐっ……」
どうやら私も椛のことを言えたもんじゃないみたい。
気が付いたら宿舎へ向かう飛行速度が上がっていた。
その証拠に、椛がヒイヒイ言いながらついてきたもの。
いけないわね、少し気分を落ち着けないと。
文「えっ、帰ってきていない?」
そんな浮き足立っていた私たちを待っていたのはそんな返答だった。
すでに何名か、佐伯さんを探して併走しているとも。
本来帰るはずの時間から過ぎた時間はせいぜい1時間。
山道に慣れていない彼ならそうなることもあるだろう。
だけどなんだろう、この言い知れない不安は。
似たようなものを感じ取っているのか、椛の顔色も悪い。
文「ねえ、椛。佐伯さんの位置、特定できる?」
椛「……いえ……匂いがつかめません」
椛「千里眼を持ってしても見えないということは、どこかの建物にいる可能性も」
ふむ、椛の千里眼は遮蔽物には弱いですからね。
そう考えると恐らく、彼女の言った通りでしょう。
匂いが消えているということは、もしかすると水の中を経由?
桔梗「あっ、そういえば……」
椛「っ! 何か心当たりがっ!?」
要「え、ええ……この辺りの観光場所を探してたので九天の滝をオススメしたんです」
桔梗「他にも幾つか紹介しましたけど、そこに一番興味を持っていたみたいでした」
椛「文さんっ!」
文「ええ、急ぐわよっ!!」
その言葉とともに、私たちは風になった。
優希「うっ……」
徐々に浮上してくる意識。
俺はぼんやりとしたまま、目を開けて天井を見上げていた。
洞窟の中らしく、なんだか全体的に湿っぽい。
意識がはっきりしてきた辺りで感じるのは後頭部の鈍痛。
優希「くぅ……!?」
大きなたんこぶができてるとこを見ると、かなり強く殴られたらしい。
思わず頭を押さえる両腕の袖がべったり肌にくっつく。
うええ、気持ち悪い。
……もしかして滝にでも落ちたんだろうか?
ふと、温かさを感じて視線を動かすと焚き火が。
他にもいくらか人の手が加わったようなあともある。
どうやら、誰かに助けられたらしい。
女の声「おお、目が覚めたのか」
優希「お?」
早速、助けてくれた人だろう人の声が聞こえたな。
顔を上げてみると、そこには立派な黒い翼を背中に生やした少女が一人。
言葉使いに違和感を感じるほどに若々しい女の子の顔には見覚えが……。
てか、あの時戦った天魔じゃねえか。
確か……栗林旋風とかいったっけ。
なにやらカラカラと笑いながら焚き火を挟んで向かい側に座った。
旋風「いやあ、上から落ちてきた時には死んだじゃろうなと思ったわ」
旋風「無事で何より」
優希「不謹慎な言葉が聞こえた気もするけど、とりあえず礼を言うよ」
優希「ありがとう、助かった」
旋風「構わぬよ、ただの偶然じゃしな」
と、またしてもカラッとした笑みを浮かべる。
あの時は状況が状況だっただけに恐ろしさしか感じなかった。
だけど、目の前に居る少女は思ったよりも普通の子。
強いっちゃ強いんだろうけど、変な見栄とかがない分親しみが沸く。
優希「俺は佐伯優希、人間だ」
優希「君は天魔の栗林旋風だよな?」
旋風「おっ? ワシのことを知っておるのか?」
優希「ああ……まあ、椛や文からな」
旋風「ほお! あの二人と知り合いなのか!」
旋風「なにやら興味深い人間じゃのう!」
むーん、こういうミーハーな所って天狗共通なのか?
どうにも俺に向ける視線が文のそれに似てる気がする。
案の定、暫くの間は色々と質問攻めにされた。
俺の能力はどうなのかとか、二人との関係はどうなのかとか。
まさか宿舎の外でも質問攻めにあうとは思わなかったよ……。
ひとしきりの質問が終わった後、ようやく彼女も止まってくれた。
うへえ、喉が渇いた……茶でも出そ。
旋風「おお、それがお主の能力か」
優希「ああ、旋風にもやるよ」
旋風「悪いのう」
旋風「あちち……それにしても、お主はどうしてあのような場所から落ちてきたんじゃ?」
優希「ん……そういえば」
あまりにも色々と起きたために置き去りにしていた問題。
多分……いや、ほぼ間違いないだろう。
『俺は何かに襲われて滝に落とされた』
気持ち腹部にも痛みを感じるが……蹴り落とされたのか?
にしても、殺す気はあっただろうに何故とどめを刺さなかったんだろう。
湯のみを覗き込んだまま、そんな考えにふける。
……急に頭を叩かれた。
優希「いてっ!? ……何するんだよ」
旋風「ワシのようなぷりちーな少女を放置しておるからじゃ」
自分で言うか自分で。
まあ、一人で考えても分からんもんは分からんし相談してみるか。
そんなこんなで、俺はこうなった経緯を話してみることにした。
暫くの間相槌を打って聞いてくれていたが、途中から思案顔に。
優希「で、まあ……今に至るんだが」
旋風「ふうむ……まさかとは思うたがのう」
旋風「お主の頭についておる傷、それは刀傷じゃな」
優希「えっ!?」
旋風「ああ、正確には背の部分で殴られたような傷といったほうが良いな」
優希「……刀、か」
言われて見てふとよぎったのは白狼天狗の刀。
大振りで確かに背の部分は殴れば立派な鈍器にもなりそうだ。
だからとは言え、それだけで疑うのもなあ。
それに、俺は一応だけど防御結界を薄めにではあるが展開していた。
そんな俺を昏倒させるほどの一太刀……。
おそらく結界抜きなら致命傷になりかねないレベルだろう。
旋風「椛たちの宿舎にいるのであれば察しはついておるじゃろう?」
旋風「白狼天狗くらいじゃよ、妖怪の山で帯刀しておるのはの」
優希「でも……あいつらは」
旋風「わ~っておる、じゃが間違いはないじゃろうよ」
旋風「して、お主はどうしたいのじゃ?」
優希「どうって?」
旋風「犯人を見つけ出し、縛り上げることも出来るじゃろう? お主の力ならの」
望みを具現化する程度の能力。
確かにこれを使えば犯人を割り出すことは出来る。
相手を縛り上げられるかは相手との実力次第だが。
だけど、俺は小さく首を振った。
優希「そんなことはしないさ」
旋風「それは何故じゃ?」
優希「ん~……ま、そういうのは柄じゃないってのが一番かな」
優希「ただ、俺以外に危害を加えるようなら許さない」
旋風「……難儀なやつよのう」
そう言いつつもかっかっか、と笑い膝を打つ。
何がそんなに楽しいのか、ひとしきり笑った後頷く。
旋風「うむ、そういうことであるならワシもとやかく言うまい」
旋風「……迎えも来たようじゃしのう?」
優希「迎え?」
椛「佐伯さん!」
文「探しましたよ……って、天魔様っ?」
旋風「おお、椛に文よ。お主らの客人は無事じゃぞ」
ああ、迎えって二人だったのか。
そういえば昼ごろには帰るっていったんだっけ……今どんくらいなんだろ。
心配した二人が探しに来てくれたってところか。
悪いことしたな……。
優希「すまんすまん、ちょっと足滑らせて滝に落ちちまってさ」
椛「おちっ……!? 大丈夫なんですか!?
文「怪我は……ざっと見た感じでは大きなコブができているくらいですね」
文「他に痛い場所は?」
優希「いや、大分休んだおかげでそんなには」
優希「旋風が手当してくれたみたいだし」
旋風「まあの」
文「そうです、どうしてこのような場所に天魔様が?」
旋風「事務仕事ばかりしておると体がなまってなあ」
旋風「ちょっと抜けだしてしもうたわ、かっかっか!」
椛「ぬ、抜けだしたって……今頃天狗の詰め所は大騒ぎですよ?」
文「そうですよ……山のトップなんですから、無闇に出かけられては」
旋風「むう、そのおかげでそこの小僧が助かったのじゃぞ?」
文「そ、それはそうですが……」
旋風「それにまあ、たまには部下の働きも確認したいと思っていたところじゃ」
旋風「ちょろっと宿舎の確認をさせてもらえるかの?」
優希「お、おい?」
旋風「なあに、わしは『確認』するだけじゃよ」
意味深に笑みを浮かべる。
はあん、そういうことね……。
どうするかは俺次第ってわけか。
優希「ま、俺はいいけどさ……二人は?」
椛「わ、私は立場上なんとも言えないんですけど……」
文「右に同じくですね」
旋風「なんじゃ、別にプライベートの時は普通に接してくれてもよいのじゃぞ?」
文「お、恐れ多くてできませんって!」
旋風「む~ん、小僧なんぞ普通に話して呉れとるのに」
優希「あー……そういえば旋風ってえらいやつなんだっけ?」
優希「さすがに俺も呼び捨てはまずいか?」
旋風「なあに、堅苦しいのは普段からおなか一杯じゃ」
旋風「好きにするといい」
優希「ふうん? それならそうするわ」
好きにどうぞと言われるなら素直に受け取ろう。
こういうのって下手に断ったほうが失礼だよな。
優希「それより、帰るなら帰ろうぜ?」
優希「遅くなっちまったけど昼飯もだしてやんないと」
旋風「む? まさか食事を用意しておるのは小僧なのか」
椛「ええ、すごくおいしいですよ」
文「さすがの天魔様でも、絶賛間違いなしでしょう」
旋風「ほう! ほうほう! それは楽しみじゃな!」
文の言葉に目を輝かせて身を乗り出す。
そんな姿は言葉遣いが古臭いだけの一人の女の子。
だが俺は知っている……。
こんななりしてて滅茶苦茶強いことを。
でもまあ、えらい立場だって多少の息抜きは必要だよな。
優希「んじゃ、帰るか」
文「ええ、みんなも心配していましたからね」
椛「佐伯さんが帰ってこないって大慌てだったんですから」
旋風「そりゃお前さんらもだろうに」
文「そ、それは……」
椛「あう……」
優希「……ありがとな」
優希「お詫びに、今日はしっかり話に付き合うよ」
文「本当ですかっ? 取り消しは聞きませんからね!」
椛「も、もう……文さんってば……」
旋風「かっかっか、仲が良いのはいいことじゃな」
優希「……随分と騒がしい感じになっちまったなあ」
今更感はある感想を心中でぼやきつつ移動。
苦笑いを浮かべながら、俺はみんなと帰途についた。