今回から前書きを少しかいてみようと思ってます。
さあ、白狼天狗の宿舎で起きている出来事の真相及び解決編です。
白狼天狗宿舎編も次で終わりになる予定ですが、どうぞごゆっくりと読んでいってくださいね!
第三話:不穏分子
桔梗「佐伯さんっ!」
要「どこに行ってたんですかっ!? 心配したんですよっ!」
帰ってきた俺を迎えた二人の白狼天狗に怒られた。
心配かけたのは悪かったけど、さすがに心配しすぎじゃないだろうか。
俺は群がってくる奴ら相手をなだめながら進む。
餓狼「っ!?」
餓狼「……貴様、性懲りもなく帰ってきたのか」
優希「そりゃ帰ってくるって言ったしな」
餓狼「……ちっ」
ただ一人、俺の帰りにいい顔をしない奴がいた。
まあ、朝食の時の一件があるし予想はしてたよ。
そんな背中を鋭い視線で見るのが一人いたことには気づかなかったのだが。
旋風「……」
一匹の若い白狼天狗の背中を見つめる。
別に恋慕とかじゃないが。
どうやらあやつで確定のようじゃのう。
あの小僧の顔を見た瞬間の表情。
『なぜここに』とでも言わんばかりじゃった。
いろいろと腹黒いようじゃが、顔に出していては三流もいいとこじゃの。
とはいえ……。
旋風(何も口は出さんといったばかりじゃからのう)
普段であればこのような口約束は無視する。
じゃが、今回はあの小僧がどう動くのかが気になった。
おそらくじゃが、近いうちにあの白狼天狗も動く。
そうなったとき、どう対処するつもりなのかのう?
久方ぶりの退屈しのぎじゃ……せいぜい頑張ってもらうとしよう。
あれから、俺はかなりの間質問攻めを受けていた。
意図的に、襲われて滝に落とされたってことは伏せておく。
無駄に彼女たちのコミュニティを崩すわけにもいかないしな。
そもそも、俺が来て起こった事件であるなら余計にだ。
そんなこんながあり、結局飯の時間が取れたのは夕飯時。
心配させてしまったこともあるし、少し豪華にしてやった。
優希「ふい~……」
みんな満足してくれたころになって、俺は中庭の見える場所に腰かけた。
こっから見える中庭の風景、結構好きなんだよね。
空牙「よ、佐伯」
優希「ん……おお、空牙か」
空牙「……隣いいか?」
優希「そういうのは可愛い子がいってもらいたかったかな」
空牙「ったく、人がせっかく真面目な話をしに来たってのに」
優希「悪い悪い」
茶化すつもりはなかったんだが、そうなってしまったようだ。
素直に謝ると、しばらく半目で見ていたがため息とともに解かれる。
そこまで気にはしていなかったようで、隣に座ってきた。
優希「で? 改まってるみたいだけどどうしたんだ?」
空牙「お前さ、本当は誰かに危害を加えられたんだろ?」
優希「……何のことだ?」
空牙「ごまかすなって、お前のその傷は外傷だ」
空牙「それも刀傷だろ?」
優希「……いつから気づいてた?」
空牙「さっき後ろから遠目にだけど観察してたんだよ」
空牙「なあ、やったのは俺たちの中の誰かなんだろ?」
優希「仮にそうだとして、お前はそれを知ってどうするつもりだ?」
空牙「問いただす」
空牙「俺たちは誇り高い白狼天狗だ……客への無礼は許され得ない」
そう応える空牙の顔には軽い色は見られない。
ただただ一点に、前を見据えて考えこむような真面目なそれだ。
だからこそ俺も真剣に答えてやることにした。
優希「俺はさ、この件は自分の胸のうちに閉まっておくつもりだ」
空牙「なんでだよ?」
空牙「腹は立たねえのか?」
優希「正直なところで言えば腹は立つよ」
優希「でもな、別に死んだわけじゃないだろう?」
空牙「だからって死んじまってからじゃ遅いだろうが!」
突然の怒鳴り声と共に、空牙は立ち上がる。
声を荒げ見下ろす空牙の目は、どこか悲壮なものを帯びていた。
なんでたかだか一人の人間にここまで心配してくれるのだろうか。
優希「まあ、そうなんだけどさ」
空牙「……こういうのは何だけど、お前危なかっしいよ」
空牙「どうしてそんなに冷静でいられる?」
優希「冷静……かな?」
空牙「ああ、それも異常なくらいにな」
調子が狂ったようにバリバリと頭を書きながらあぐらをかく。
そんな空牙は表情だけはさっきまでのままで続けた。
空牙「普通の人間なら、こんな事件がありゃ怯える」
空牙「また何かされるんじゃねえかってなるのが普通だろうが」
優希「……そう、だな」
空牙「だがお前はのこのこと犯人いるかもしれねえここに戻ってきた」
空牙「その上、犯人探しもしないのにのんきなその態度だ」
優希「……」
空牙「お前には、『恐怖心』ってのが欠落してるように見えるよ」
優希「――……」
反論しようとして、出来ない自分がいることに気づいた。
人に言われて初めて分かることもある。
恐怖心が……?
怖いって思うことがなくなってるってことか?
だけど、俺は……。
空牙「まあ、被害者であるお前がそんなじゃ俺もどうも言えない」
空牙「だけど注意はしといてくれな」
優希「……お前はどうして俺の味方してくれるんだ?」
空牙「んー……なんつうかよ、俺はハグレモノでな」
優希「ハグレモノ……?」
空牙「俺の髪の毛をよーく見てみな」
優希「……?」
言われてじっくりと空牙の髪を見てみる。
男のくせに随分とふっさふさのさらさらだ。
妬ましいやつめ……。
だが、そういうことを言いたかったんじゃないのは流石に分かる。
よくよく見ると、根元のあたりが黒かったからだ。
優希「……毛色が違う?」
空牙「そういうこった……俺は白狼天狗でありながら黒毛でな」
優希「でもどうして根本だけ……ああ、なるほど」
空牙「ま、お察しの通り染めたってわけだ」
空牙「それでも俺が黒毛であることはバレバレだけどな」
自嘲気味にそうつぶやく空牙の顔は硬い。
笑おうとしてるんだろうが、最悪な顔をしている。
カラスも一匹だけ白いという理由で迫害されると聞く。
集団心理っていうんだっけか。
大多数と違う奴がイジメや迫害に遭う……。
それは歴史でも繰り返されてきた悪習だな。
空牙「だからまあ、似た年頃の男友達ってのは居なくてな」
空牙「ストレートに言うなら、お前が気に入ったからだ」
優希「……お前まさか」
空牙「……!?」
空牙「ばっかやろう! 俺はバリバリ女の子好きだ!!」
一瞬何のことか気づかなかったのか反応が鈍かったな。
はあ……焦った。
優希「尻を守る必要が出てくるのかと」
空牙「こいつ……人が心配してやったってのに……」
優希「ま、俺もお前とは仲良くやれるって思ってたのは事実だ」
優希「これからもよろしくな、空牙」
空牙「……へへっ、おうとも」
目を丸くした後に、気恥ずかしげに握手を求められた。
ここで手を取らないのは流石にないだろう。
俺は軽く握り返しておく。
こうして、面と向かって友達になろう、てのは恥ずいな。
優希「……あれ? そういや、それじゃなんで女の子の方はとくにないんだ?」
空牙「ありゃ自分らで染めてるんだよ……」
優希「……へっ? 白以外にってことか?」
空牙「ああ、そういうこと」
空牙「……椛隊長と一部の子くらいだよ、染めてないのは」
まじか……じゃあ本来は皆白色ってことなんだな。
でも、それなら空牙だけがはみ出し者ってのもちょっとおかしいような?
そんなことを考えていると、空牙苦笑いを浮かべていた。
空牙「何時の時代の女の子もさ、オシャレがしてえんだろ?」
空牙「それと比べて男の方は伝統とかか種族としての見栄を張りたいんだよ」
優希「んー……そういうもんか?」
空牙「少なくとも俺らの場合はそうだ」
空牙「それによ、元から白以外だったってことが重要だからな」
優希「……そうか」
女の子たちの方は元々は白い訳だから別にいいと。
なら別に一人くらい地毛が黒かったって許してやれと思う。
まあ、男連中には毛を染める習慣がないからか。
一息置いて、空牙は立ち上がると――。
空牙「いいか、ちゃんと気をつけておけよ?」
優希「ああ、分かってる」
空牙「本当かよ……たく、それじゃあな」
手を振って去っていく空牙を見送る。
その背中が見えなくなった頃。
彼に言われたことについて少し真剣に考えてみる。
優希(恐怖心……言われてみればあまり感じないな)
でもそれは異変が解決して、殺伐としたものが無くなったから。
そう俺は思い込もうとしたが、それでもちょっと説明できない部分もある。
今日のことにしてもそうだ。
俺は下手をすれば死んでいた。
そうだというのに、びっくりするくらい冷静な自分がいる。
じゃあ、当初からそうだったか?
そう言われると答えはNOだ。
うどんげと紅魔館に残された時、怖くて震えていた自分がいた。
優希「俺、どうかしちまったのかなあ」
空牙「はあ……」
旋風「随分と辛気臭い顔をしておるな」
空牙「っ!? て、天魔様……」
廊下の先から歩いてきた若いのを捕まえて声をかける。
やはり、こういうときほど肩書が面倒じゃと思うことはないのう。
目に見えて固くなっている相手に苦笑。
『遠慮せず隣に座れい』と促すと恐る恐るという感じで座ってきた。
そんな態度にまた苦笑い。
空牙「俺みたいな末端の末端に何のようですか?」
旋風「お主はどうやら、仲間の中に不穏な影がおることに気づいておるようじゃの?」
空牙「……聞いてたんですか、人が悪い」
旋風「許せ、ワシも立場上派手に動くことが出来ん」
旋風「それに小僧とも約束したからの、『口出しはせぬ』と」
空牙「めっちゃしてる気がするんですけど、大丈夫なんですか?」
旋風「かっかっか、バレなきゃ罪にはならんのよ」
旋風「……今回の件と同じでの」
ふっ……と、空気を変える。
旋風「今回の件、お主はどう見る?」
空牙「……大した頭のない俺が考えても、犯人は白狼天狗でしょうね」
旋風「根拠は?」
空牙「あいつの頭にできたコブ、薄っすらと刀傷が見えた……」
空牙「この妖怪の山で帯刀してるのは俺らだけですよ」
旋風「ふむ、上等じゃの」
旋風「犯人への心当たりは?」
空牙「……」
ある、じゃが言うのを迷っている様子じゃな。
まあわしも目星はついておる……というか確定と言っても良い。
あんなバレバレの殺意を込めた目を向けていたのだから。
今の平和ぼけしてしもうたこやつを含めた白狼天狗にはわからなかったようじゃが。
空牙「すいません……出来れば仲間を信じたい気持ちもあるので」
仲間……か。
つらい目に遭いながらも自分を捨てずにおる。
こやつはいつか大物になるじゃろうなあ。
内心、そんなことを考えてしまう辺り天魔での生き方が癖になっている。
そんな自分が、ほんの少しだけ嫌いじゃ。
自分をごまかすように話を続けておく。
旋風「良い、ぶっちゃけると目星はついておる」
空牙「では何故聞いたんですか?」
旋風「ま、気づいておる奴が一人二人居るかいないかは重要じゃからの」
旋風「お主はその境遇から故、気づけたのかもしれぬが」
空牙「……皮肉なもんですね」
旋風「そう悲観するな」
旋風「……生きておれば良いこともあるじゃろう?」
笑ってそう問いかけてやると、困ったように笑いながら頷く。
妖怪に人間の友達か……河童が喜びそうな話じゃのう。
旋風「どれ、わしも少々眠くなってきおったわ」
旋風「最悪の場合はわしも動く……ま、気負わずいることじゃ」
腰を上げたところでまっすぐとこちらを見た上で頭を下げられた。
こやつも心根は真面目なやつなんじゃろうなあ。
おちゃらけた雰囲気を出しておるのも強がり。
全く、青いったらありゃせんわ。
自分にもそんな時期があったこともあるが……わしは振り返らぬ主義じゃからな。
適当に『気にするな』とだけ言い残して寝室へと向かった。
静かに、水面下で交わっていた思惑。
それに気づくこともなく、そろそろここでの滞在予定帰還が過ぎる。
そう思っていた時だった。
宿所の連中が開いていた訓練中に事故という名の事件が。
椛「……訓練中に負傷?」
桔梗「ええ……」
椛「それで、要は無事なの?」
桔梗「そ、それが……」
「桔梗さん、要さんの容体がっ……!」
椛「っ! 佐伯さんっ!」
優希「分かってる、俺も行く」
訓練中の事故。
言葉にすればただそれだけのことだ。
しかし、その内容はあまりにも凄惨なもの。
要「……」
優希「これは酷い……」
普段は休憩室である広場には負傷した白狼天狗が寝かされていた。
男女ともそれぞれに居て、とくに酷いのが要の傷だ。
ぱっとみで、文が異変中に受けていた傷にちかい。
いくら妖怪といえども不死身ではないんだ。
こんな傷を受ければ致命傷になりかねない。
桔梗「要っ……! しっかりして!?」
要「……き……ょう……」
椛「喋ったらダメ!」
椛「佐伯さん、お願い出来ますか?」
優希「ああ」
言われるまでもない。
俺は短く答えてから意識を集中して霧を出す。
瞬間――。
優希「ごふっ!?」
文「さ、佐伯さんっ!?」
優希「ゲホッゲホッ……」
優希「……とりあえず大丈夫だ」
何かを言いたそうにしていたが、要のほうが明らかに重傷だ。
腹部を何かに突き破られた上、腕も変な方向に捻れている。
腕の骨折を治してやることは出来るかは謎だ。
なのでとりあえず、致命傷である腹部の傷を癒やす。
回復力は相変わらずのようで、すぐに傷が塞がっていく。
桔梗「要っ! 大丈夫なの!?」
要「え、ええ……まさかここまでの力だとは」
優希「ひとまず、無事でよかったよ」
優希「ただ、骨折の方はちょっと治せなかった……すまん」
要「さっきの重傷に比べたらこれくらいなんともないですよ」
要「……ところで、先ほど吐血していたようですけど大丈夫なんですか?」
桔梗「それは私も気になっていました」
優希「……分からないっていうのが正直なところだ」
優希「ただ、使う力が強ければ強いほどにこうして反動が来る」
文「私の時は……ごほん」
文「以前、似たような状況になった時はそうでもなかったですよね?」
私は、と言いかけたところで思い出したらしい。
言い直した文に対して、俺は軽く頷く。
前にこの力を使っても、こんなことはなかった。
ちなみに、今はさっき吐血したとは思えないくらいに体は正常。
優希「前にもちょろっと話したけど、転生後からこうなんだよな」
優希「それまではこれくらいしても平気だったんだけどさ」
文「見たところ、今は元気そうですが……」
優希「そこも不思議でな……吐血するときくらいなんだよ、辛いの」
優希「今はピンピンしてる」
椛「……ひとまず、皆が無事で良かったです」
椛「佐伯さん、無茶をさせてしまい申し訳ありませんでした」
優希「バカ、死にそうな奴が居たんだぞ?」
優希「俺がちょっと血を吐くくらいなんてこと無いさ」
もし、あそこでためらっていたら間違いなく要は死んでいた。
そうなっていたら、俺は自分を責めていただろう。
助けられるのに助けなかった、なんてことだけは死んでもゴメンだ。
優希「それに……今の問題はそこじゃないよな?」
椛「……そう、ですね」
俺の一言に皆、緊張した面持ちだ。
そりゃあそうだろう……これは極めて重大な問題だ。
『ただの訓練』でここまでの重症を負うことがあるのか。
俺だけでなく、皆その考えに行き着くだろう。
椛「今日の訓練、指揮を取っていたのは餓狼だったわね?」
桔梗「……はい」
文「訓練内容は?」
要「下級妖怪との戦闘訓練でした」
椛「下級妖怪との? そんなこと今まで一度も……」
文「それに、いくらあなたたちでも下級相手に遅れは取らないでしょ?」
文「あの傷……どう見ても下級レベルがつけられる傷でもなかったし」
桔梗「ええ、あれは間違いなく中級妖怪でした」
桔梗「それも、最近話に上がっていた……討伐対象になっていた相手です」
椛「餓狼……隊員を中級妖怪へぶつけるなんて何を考えている?」
珍しく口調が穏やかではない。
……椛にとって、彼女たちは隊員というだけではない。
暮らした期間が短い俺でもそれくらいは察することは出来る。
そんな彼女たちが危ない目に遭う危険のあることをさせられた。
椛が激高するのもしかたがないというもんだ。
……正直な所、俺もちょっと切れかけている。
要「それより……空牙さんの姿が見えないんですけど」
桔梗「? 彼がどうかしたの?」
要「空牙さん、負傷した私を庇ってやつを引き付けてくれたんです」
要「私はそこを保護されて……」
優希「っ!?」
優希「ま、待ってくれ! それじゃあまだその妖怪は討伐できてないのか!?」
桔梗「……まだ、討伐報告は入っていないです」
桔梗「しかも、今はどこにいるのかさえも……」
優希「椛っ! 場所の特定は可能か!?」
椛「はいっ! 姿は見えませんが臭いは追えます!」
優希「文、椛……あいつを助けに行きたいんだが手伝ってもらえるか?」
椛「仲間を見捨てるわけには行きません、もちろんご一緒しますよ」
文「寝食を共にした仲間を見捨てるわけには行きませんからね」
頼もしい限りだ。
俺はお互いに顔を見合わせて準備をする。
とは言え、俺の場合は武器を使うわけでもないから着の身着のままだ。
文も武器らしい武器は持たないのか、芭蕉扇を小さくしたようなものくらい。
椛は白狼天狗らしく、盾と刀を構えていた。
優希「準備はいいな?」
優希「まずは大雑把な位置までは俺の能力で移動する」
椛「そこから私が臭いを元に追跡ですね?」
優希「ああ、そういうことだ」
優希「文もいざって時は頼むな」
文「ええ、任せて下さい」
優希「よし、開くぞ!」
要「……佐伯さんっ!」
優希「ん?」
要「……仲間を、よろしくお願いします」
優希「当り前だろ? 空牙も、他の皆も必ず助ける!」
不安げにしていた要にそれだけ告げて、勢い良くドアをくぐった。
空牙「ちっ……俺も焼きが回ったなあ」
要たちを庇って奴を引き付けてから小一時間。
逃げ込んだ洞窟の中で、俺たちはなんとか身を隠していた。
しかし、さっき避けきれなかった攻撃を受けた右腕の感覚がおかしい。
こりゃ折れていてもおかしくない。
「空牙っ……」
空牙「どうだ?」
「……出口付近で待機してたわ」
「あちゃ待ち伏せだな」
空牙「中級妖怪はやっぱ頭が回るな」
「どうする?」
「畜生! 餓狼の奴っ……!」
一人が吐き捨てるようにつぶやいた名前に皆顔を歪ませている。
そりゃあそうだろうな……。
まさか下級妖怪を相手にした戦闘訓練が中級相手とは。
今の俺達には荷が重い。
あんなのと相手が出来る白狼天狗は椛隊長くらいだ。
餓狼じゃあ厳しいだろう。
しかし、思うのは何故? という疑問だ。
順当に考えれば俺たちを殺すためだろう。
そう考える以外の行動理由がさっぱりわからない。
だが、俺たちを殺すための理由は一体?
「くそっ……このままじゃジリ貧だ!」
「うっ……」
「しっかりしてっ!」
傍らにいるのは負傷した仲間たち。
致命傷には至ってないものの、放置していていい傷ではない。
このままじゃ、こいつらは確実に動けなくなる。
……恐らく、あの妖怪もそれを待ってるんだろう。
しゃあない、か。
空牙「お前ら、まだ動けるよな?」
「あ、ああ……でもどうするんだ?」
空牙「このままとどまっていたら逃げる体力もなくなる」
空牙「だから、俺があいつを食い止めてる間にこいつら連れて逃げろ」
「ば、馬鹿! あんた一人じゃ……!」
空牙「誤解すんなって、俺は死ぬつもりはねえよ」
空牙「お前らが逃げ切ったのを確認してから華麗に逃げ切ってやるさ」
と、言っておくがあまり自信はない。
成功確率は高くないだろうな。
飛んで逃げたとしても確実に追いつかれだろうし。
利き腕が使えない時点でまともには戦えないんだよなあ。
それは周りも分かっているんだろうか不安げだ。
空牙「それに……俺には能力があるしな」
「致命傷を避ける程度の能力……だっけか?」
「でも、それってどの攻撃をどう受けたらまずいのかが分かるだけだよね?」
空牙「むっ……」
痛いところをつかれちまったな。
そう、俺の能力はあくまでどの攻撃をどこにどう受けたらまずいか……
それと対処方法が分かる程度の能力に過ぎない。
おまけにその対処方法だって、俺自身の身体能力によってはじき出される。
平たく言えば、実力差があれば能力なんて無いようなもんってこったな。
更にいうと、相手に殺意がない……気絶狙いなんかだと意味が無い。
限りなく限定された時にだけ効力を発する能力だ。
と、能力を振り返っていると慌ただしい足音が聞こえてきた。
「皆、奴に動きがっ!」
『!?』
空牙「……向かってきてるか?」
聞くまでもないか、俺たち白狼天狗は鼻が利く。
奴の臭いが少しずつだが近づいてきているようだ。
そのことが判ってるのは俺だけじゃないだろう。
どうするのか……互いに顔を見合わせる。
やれやれ、んじゃま……行きますかね。
愛刀の黒狼刀を左手で抜けるように右腰に差す。
空牙「動けるやつは負傷者を担いで宿舎に向けて全力疾走」
空牙「出来るならその足で椛隊長と文様を見つけ援護を寄こしてくれ」
「だ、だが……」
空牙「迷ってる暇があるか?」
「……」
空牙「異論はないな? ……じゃあ」
そこで言葉を切り、洞窟の暗がりから姿を現した妖怪を一瞥。
さあて、命をかけた戦いと行きますかね。
空牙「各自、作戦開始だ!」
優希「ここか?」
椛「ええ、この辺りで間違いないようです」
微かに鼻を動かす椛に同調するように文も頷く。
文「この洞窟から、濃い妖怪の気配を感じます」
優希「なら早く行こう。他の犠牲者が出る前に」
椛「ええ、そうで……っ!?」
椛「二人共、避けてください!!」
文「分かってるわっ!!」
優希「うおっ!?」
突然、とんでもない音とともに土煙が立った。
視界がいきなり高速で移動したと思ったら、文が引っ張ってくれたらしい。
女の子に小脇に抱えられるっていうのもなんというか様にならんなあ。
優希「悪い、助かった」
文「いえいえ」
椛「……正体は分かっている、出てきたらどうだ?」
餓狼「おやおや、珍しい……犬走椛ともあろうお方が」
椛「口調のことを言っているのか? ならば、察しは付いているだろう」
普段のふんわりとした口調とは違う、冷たく低い声。
あの声を俺は知っている……初めてあった時と同じだ。
あのような口調をするときは俺が知っている状況だと一つだけ。
それは彼女が、『敵』を前にした時だ。
文「落ち着きなさい、椛」
椛「ですがっ……!」
文「仮にも大妖怪であるこの私が居ても喧嘩を売っている……」
文「何か裏があると考えたほうが良いと思うわ」
優希「同感だな。こいつはずる賢そうだ」
さっきから余裕の笑みが消えていない。
その様子がどうにも不自然であり、不気味だ。
だってそうだろう?
相手は一介の白狼天狗……その中での実力者という程度。
よくて椛と同レベルの実力だって話だ。
それに対して文は上下関係の激しい中にあってもかなりの上位。
大妖怪と呼ばれるほどの力を持つ存在だ。
そんな格上を相手に、なぜこうも余裕の笑みを絶やさないでいる?
文「っ!?」
文「まず――」
餓狼「遅い!」
文「くぁっ!?」
椛「ぐっ……!?」
優希「な、なんだっ?」
何かを言いかけた文の言葉を遮るように餓狼が手を振り下ろした。
ただそれだけの行動で、文と椛が苦悶の表情で膝をつく。
何が起こったのかはわからないが、餓狼が何かしたのは確か、か。
優希「おい、いったい何をした?」
餓狼「……」
優希「答えろ!」
餓狼「それはこっちのセリフだ」
餓狼「貴様……なぜ動ける!?」
優希「は?」
唐突すぎた問い詰めに、俺は逆に面食らう。
ごまかしてるようには見えないが、何をそんなに驚いてるんだ?
餓狼「これはかなりの時間を掛けて敷いた結界術……」
餓狼「大妖怪ですら動くことは困難なはずだ!!」
優希「……俺が人間だからじゃないか?」
餓狼「種族は関係ない!!」
文「ぐっ……この結界、動きだけでなく妖力まで……」
優希「だ、大丈夫かっ!?」
椛「うぅ……」
文「私は幾分余裕がありますが……椛には辛いでしょう」
優希「結界の解除なんて俺にはできないし……どうすれば!?」
文「この手の結界の解除はいたってシンプルです」
文「相応の技量を持って解除するか、術者を倒すか……です」
優希「……なるほど」
俺は膝をつく文から視線移し、ゆっくりと立ち上がる。
術者を倒す……つまり、この場においてはおそらく餓狼だろう。
俺の雰囲気が変わったのを感じたのか、餓狼も武器を取り出す。
細身の刀。
だが、その刀は獲物を削り取るような鋸状の刃が特徴的だった。
餓狼「たかが人間が、大妖怪すら封じ込める俺とやるつもりか?」
優希「できれば争いとかはしたくない」
優希「が、素直に聞くつもりはないだろ?」
餓狼「当然だ……この二人が済んだら残りの白狼天狗も始末する」
優希「なんだって……?」
聞き捨てならない言葉に、俺の前進が粟立つ。
優希「……それはつまり、殺すってことか?」
餓狼「それ以外にどう聞こえる?」
餓狼「安心しろ、お前を殺したらすぐにみんな送ってやる……」
優希「……させない」
餓狼「後ろの二人と一緒になあ!!」
優希「させねえって言ってんだろうがああ!!」
餓狼の繰り出す斬撃を真正面から防壁で受け止める。
ここまでの糞野郎は異変以来だ。
いや、異変の時は狂っていたこともある。
そういう意味じゃ本心からやってるだろうこいつはクズでしかない。
しかし、ガリガリと不快な音が耳につく。
防壁結界すら削り取られているのか?
椛「はぁ、はぁ……佐伯、さん……」
優希「無理にしゃべるな!」
餓狼「悠長に話してる余裕があると思っているのか?」
優希「くっ!」
袈裟斬りからの体を回しながらの横薙ぎ。
そこからの怒涛の突き攻撃をどうにか避ける。
優希(妖怪の攻撃が見きれている……のか?)
俺は人間のはず。
それにしては最近、身体能力を中心に高くなっている気がする。
餓狼の攻撃は苛烈で、ところどころ防壁が削りきられていた。
……どうにも不安というかそんなものを感じない。
精神面でもちょっとだけズレ始めている?
餓狼「どうした! 逃げるだけか人間!!」
優希「別にそういうわけでもないぞ?」
餓狼「何を……っ!?」
餓狼「小癪な真似をっ!!」
こちらにばかり気を取られてただけだろうに。
俺は避けつつも幾つかの札を設置していた。
それが発動し、自動的に餓狼への霊力弾の射出。
しかし、相手もその程度ではやられてくれない。
すんでのところで全ての霊力弾を弾き返し、札を焼く。
多少の焦りも今では余裕の表情を浮かべている。
ま、この程度でやれるとは思ってないが。
餓狼「自衛用の札か? ずいぶんと心もとないようだが」
優希「どうしても一つ聞きたいことがある」
餓狼「……冥土の土産というものか、いいだろう」
優希「目的はなんだ……?」
優希「それなりの時を過ごしただろう仲間を手に掛けるようなものなのか!!」
餓狼「そんなことか……」
餓狼「俺は別に奴らを仲間と思ったことはない」
優希「何……?」
餓狼「奴らは俺の糧になるただの『踏み台』さ」
餓狼「まさか、射命丸文までをも仕留められるとは思わなかったがな!」
文「……私たちを食い、妖怪としての格を上げるつもり?」
餓狼「はっはっは、その通りだ!!」
餓狼「……射命丸、犬走……お前たちの肉は美味そうだな」
ブチッ、という音が聞こえた。
良く表現的に擬音で出ることのあるその音。
まさかそれが本当に聞こえるとは思わなかった。
だが、そんなことはどうでもいい。
今はただ……。
『目の前のクズを滅ぼすことだけ考えればいい』
餓狼「……っ!?」
文「なっ!?」
椛「さ、えきさん……?」
驚愕の目でこちらを見る3人。
一体何をそんなに驚いてるのかね?
まあ、今はあいつを消すことだけを考えよう。
優希「言いたいことはそれだけで良いんだな?」
優希「悪いが、これ以上は我慢が利かないぞ……」
異変の最中、元は普通の人間相手ということもあり抑えていた。
俺が攻撃を主にしようとしなかったのは、相手を殺さないため。
本来であれば俺の能力があれば、攻撃にだけ応用が効かないなんてことはありえない。
そう、今までは『しなかっただけ』。
今回の件は心底腹がたった。
俺の大事な仲間たちへの侮辱とも取れる発言。
正当な理由もないその思想に対して。
優希「妖怪ならばそういう考えもありだろうと一定の理解はしてやる」
優希「だが、今回ばかりはタイミングが悪かったな」
餓狼「貴様……本当にさっきまでの人間かっ?」
優希「どうだろうな?」
優希「ただ、こんなに胸糞悪い気分にさせられたのは初めてだよ」
そういい、俺は作り出した身体強化の霧で身を包む。
格段に体が軽くなり、全ての思考がクリアに。
よし、今なら……行ける!
優希「悪く思うな?」
餓狼「調子に乗るなあっ!!」
咆哮と無数の斬撃。
命の危険を感じた獣のような叫びと共に周囲を斬撃が取り囲む。
その一つ一つが餓狼の刀と同じだ。
おそらくは何かしらの能力だろう。
そうなると結界はもうほぼ意味ないな。
ぼんやりと考えながら斬撃を回避し続けていた。
しかし、いくらか避けきれずにまともに受けてしまう。
優希「……」
餓狼「は、はは……ハッハッハ!」
餓狼「いくら凄んでみてもやはり人間は人間かっ!!」
優希「余裕そうだな?」
餓狼「はっ……?」
餓狼「がぁっ!?」
左肩と腹への深い裂傷、右足を刺された事による刺し傷。
その全てがかなりの大怪我だというのに、不思議と痛みを感じない。
血を吹き出しながら立っている俺を見て餓狼は嗤う。
ああ、不愉快だ。
この程度で俺を制したと考えているなんて愚か過ぎる。
だから俺は初めての攻撃的な能力を発動させた。
地面から無数に生える様々な形状の武器。
それが反応の遅れた餓狼をいくらか傷つけた。
餓狼「お、俺の体に傷を……よくもぉっ!!」
優希「うるさいよ」
餓狼「ぐおおおっ!?」
まるで獣のように成り果てた醜悪な顔。
もはやあいつはすでに人の姿を保てないレベルに暴走している。
自身の傷に怒り、唸り声のような不快な声を上げていた。
軽く走り、突き出していた武器の中から弓を手に取る。
正式な使い方なんて知らない。
ただ、打った矢が自動的に相手を狙うように作っただけだ。
矢も打つ度に想像すれば無限。
一気に3本つがえながらそれを何セットか発射する。
餓狼「舐めるな!!」
その全ての矢を、先ほどの複数斬撃による攻撃で弾かれる。
全身をボサボサの黒毛に覆われた餓狼。
その目はまさに植えた狼そのものだった。
今のこいつはウェアウルフに近いな。
……有り難い、その姿になってくれたなら抵抗は少ない。
優希(出来れば、無駄な殺しなんてしたくはない……が)
優希「悪いが、これで終わらさせてもらう」
覚悟を決める。
命を奪い、誰かを護る覚悟を。
そう静かに考えながら、召喚した大剣をつかむ。
全力の力の乗ったそれを向かってくる餓狼にふるおうとして――。
餓狼「――っ」
優希「……え?」
振りかぶった俺の目の前で、餓狼は細切れのように掻き消えた。
一体何が起こったのか分からない。
振り返ってみると、文たちも驚いたような顔で首を振っている。
突然のことに戸惑っていると、洞窟の奥から足音が聞こえてきた。
旋風「よう戦ったのう、小僧……いや、佐伯優希」
優希「旋風……それに、空牙!?」
空牙「よう……佐伯」
駆け寄って空牙の様子を見る。
ところどころに酷い裂傷がある
幸いなことに致命傷になり得る傷はなさそうだが。
優希「無茶しやがって……お前、大丈夫なのか?」
空牙「いつつ……人のこと言えた風貌かよ、お前」
優希「うっ……そう言われると急に立ちくらみが……」
文「佐伯さんっ!」
椛「大丈夫ですかっ!?」
結界は消え去ったのだろう、体が自由になったらしい二人が駆け寄ってきた。
意識すると体の痛みも酷い。
さっきまでなんで何も感じなかったのか不思議なくらいだ。
思わずふらつく体を二人に支えられ、とりあえずその場に座り込んだ。
優希「……さっきのは旋風の仕業か」
空牙「ちょっ、お前天魔様を呼び捨てって……!?」
旋風「良い良い、別に構わぬさ」
旋風「察しの通り、あれはわしが処分させてもらったよ」
優希「そう、か……」
旋風「此度のことは、部下のことをきちんと把握出来なんだわしの不始末よ」
旋風「じゃから、お前さんが手を汚す必要はない」
おちゃらけた口調が目立つ彼女にしては優しい。
旋風「善悪問わず、何かを手に掛けたことはないのじゃろう?」
優希「……分かっちまうか?」
旋風「かっかっか、どれだけの時を生きたと思おておる」
旋風「とはいえ、覚悟を決めた男の顔は久しぶりにみたよ」
愉快そうに笑う旋風から目をそらす。
全て分かった風に語られるとちょっと恥ずかしい物がある。
覚悟決めてしようとしたことを横からさらわれたから余計に。
ただ、救われたと思っているのは確かだ。
優希「……ありがとう、旋風」
だから、素直に礼を言っておく。
俺はまだ、人としていきていける。
命を手に掛けるような事になれば、個人的に人の道をそれてしまう気がしたんだ。
こっちの奴らって、妖怪でも人の姿してること多いしな。
文「……すみません、私がついていながら」
優希「気にするなって、結局は無事に済んだんだ」
椛「でもっ……! そんなに大怪我を……」
優希「それよりも、二人が……いや、皆が無事でよかったよ」
腹の底から安心した。
そんな意思を込めるかのように自然と出た長いため息。
もしかしたら誰か知ってる奴が死んでしまうかも知れない。
そんな可能性だってあったんだ。
そう考えると、皆命に別状がないようで安心した。
空牙「ひでえな、俺はおまけか?」
空牙「まっ、気持ち分からんでもないが」
優希「悪い悪い、お前のことだってちゃんと心配してたんだぞ?」
空牙「へへっ、最初の反応だけで十分だって」
ブンブンと尻尾を振りながら笑う。
いい顔するようになったな、こいつも。
文「そういえば、中級妖怪の方は……聞くまでもないですか」
旋風「今頃洞窟の肥やしになっとるじゃろうなあ」
優希「肥やしは必要なのか……?」
旋風「細かいこと突っ込むのは野暮ってもんじゃよ」
優希「そういうもんか?」
旋風「そういうもんじゃ」
そういうもんらしい。
まあ、そこまで気になる情報でもないしそこは放っておこう。
それに――。
要「あっ、居ましたよ皆!!」
桔梗「椛隊長、文様、佐伯さん、それに空牙ー!!」
旋風「ふふ、迎えが来たようじゃな」
優希「だな」
空牙「まーた俺がオマケ扱いなのがあれだけどな」
空牙のぼやき気味の一言に皆で笑う。
近くに降り立った白狼天狗たちは何事かと目を丸くしていた。
思う所は確かにある。
だけど、こういうのはいいな……と、そう感じる。
気分の悪いことはあったけど、結果的にはいい方向に進んだ。
今はこうして、皆で笑い合えているのだから。