新章第11話:紅魔館での日常
永琳「忘れ物はないかしら?」
優希「ああ、基本的に荷物らしい荷物なんて着替えとかくらいだしな」
優希「短い間だったけど、ありがとう」
うどんげとまったりと過ごした次の日、俺は荷造りを済ませて永遠亭の外にいた。予定では今日から紅魔館へとお邪魔することになっているからだ。一時の別れということで皆総出で見送りに来てくれていた。
輝夜「それにしても、優希がいなくなると思うと憂欝ね~」
てゐ「まったくうさ」
優希「はは……ごめんな?」
永琳「この二人は気にしなくてもいいわよ? どうせ、便利な人間がいなくなる―とか思ってる程度だろうから」
輝夜&てゐ「ぎくぅっ」
二人そろってそんなことを口から漏らしつつ、体をびくつかせていた。その後、みんなして笑いあう。俺自身も冗談だってわかってるし、本音だったとしても別に気するほどでもないと思っている。ひとしきり笑った後、寂しげな顔つきをしてうどんげがこちらへ寄ってきた。
優希「うどんげもありがとな。おかげで楽しかったよ」
うどんげ「そ、そう?」
優希「ああ、厄介になるかどうかはまだわからないけどその時はよろしくな?」
うどんげ「ええ、その時は佐伯がひっくり返るほどびっくりさせてあげるんだから」
そう言って笑ううどんげの顔にはまだほんの少しだけ寂しさの色が見えた。だけど、さっきよりは格段にましになっている。俺はそこでうなずいて返してから扉を創り出した。
優希「それじゃあ、またな」
それだけ告げて、俺はその扉の先へと身を滑らせた。
滑らせた先で、俺は事件に遭遇した。
なんと、紅魔館の門前で一人の女性がうずくまるようにして倒れているのだ! ……まあ、自分で言っておいてなんだが察しが付く奴も多いだろう。
ぴくぴくとけいれんしながら頭を押さえている女性に近寄る。
優希「その様子だと居眠りしてたな? 噂は本当だったのか」
美鈴「はっ! その声は……佐伯さんっ!?」
優希「おう、佐伯祐樹だぞ。今日からよろしくな、美鈴」
俺の声に気付いた明鈴がすごい勢いで顔を上げた。その額にはナイフらしきものが刺さったままであるためすごい絵面だが。噂通りであるなら、居眠りしているところを咲夜に見つかってやられたってとこだろう。傷をいやす霧を振りまきながら、一言断ってナイフを抜いてやる。幸いというべきか妖怪である彼女にとっては軽傷だった。
まあ、そうじゃなければいくら咲夜でもナイフなんて投げないだろうしな。
などと笑いながら傷をいやしていると、バツが悪そうな笑顔で返された。
美鈴「ご迷惑おかけしてすいません、佐伯さん」
咲夜「まったくよ。今日、佐伯さんが招待されていることは知っていたはずよね?」
美鈴「うっ……」
優希「話には聞いてたけどやっぱ驚くな、その能力」
咲夜「ふふ、種も仕掛けもある手品よ? ようこそ、紅魔館へ」
いたずらっぽい笑みを浮かべた後、咲夜は綺麗な仕草で礼を行う。突然現れた咲夜に驚いたものの、その完璧な所作はさすがのメイド長だ。
様になるっていうのはこういうことを言うんだろうか。彼女が来ているメイド服に何ら恥じないものだった。
優希「咲夜って本当にそういう仕草っつーのか、動きが似合うよな。メイド服着ていることも全く違和感ないしさ」
咲夜「当然よ。紅魔館の一員として無様な姿を見せるわけにはいかないもの」
咲夜「どこかの誰かさんは、そうでもないようだけれど」
美鈴「はぅっ!?」
優希「はは……」
言葉の暴力という名のナイフを受けた美鈴が情けない声を上げながら再びうずくまってしまった。
咲夜さんよ……言葉ってのは時として凶器になるんだぜ? 覚えておくといい。
ともあれ、あまりいじめられているのを見るのもかわいそうだな。
優希「その辺にしてやりな? 居眠りできるほどに平和ってことだし、いいことじゃん」
咲夜「そういう問題ではないのだけれど……」
優希「ほら、平和なのはいいことだろ?」
咲夜「ふぅ……そうね。私も『あの時』のような状況は二度とごめんだもの」
咲夜「とはいえ、また同じような目に合わないとも言えないのだから気を付けることに越したことはないわ」
美鈴「そうですね……少し気が緩みすぎていたようです」
ありゃ、逆効果だったか。
妙に緊張感のある空気になってしまい、俺はごまかし笑いを浮かべながら頭をかく。
こんなはずじゃなかったんだけどなあ。
微妙に居た堪れないので話題を変えることにした。
優希「それにしても悪いな。何日かお世話になるぞ」
咲夜「ええ、レミリアお嬢様からも許可はいただいているし問題はないわ」
優希「ならいいんだけど、やっぱりレミリアとフランは夜中に活動しているのか?」
咲夜「ええ、今はちょうどお眠りになられているわね」
咲夜「代わりに来館の対応と、最高のもてなしをするようにと言われているわ」
美鈴「妹様は『お出迎えするんだー』、と頑張って起きていたみたいですけどね」
優希「まあ、そこは種族的な問題もあるし仕方ないよな」
咲夜「昼に起きているときもあるのよ?」
優希「え、そうなのか?」
美鈴「ええ、何かの事件が起きているときが多いですが……平時でもたまに」
優希「あー、なるほど」
確かに礼の異変の時はそんな感じだった。フランは無邪気な顔していたけどやっぱり緊張はしていたんだろう。レミリアのほうも一度は追い込まれたところもあって神経質になっていたのかもしれない。
改めてあの異変を解決できてよかったな、と俺は心の底から想うのだった。
それから俺は美鈴とは別れ、咲夜の案内を受けて廊下を歩く。
外見との印象が全く変わらないほどに、視界は真っ赤に染まっていた。猟奇的な意味でなく、絨毯やら壁やら調度品やら。それらの大半が赤が基調の色で整えられているからだ。机なんかは普通に茶色してるんだけど、目が微妙に落ち着かない。
優希「外観もそうだったが……ほんと真っ赤だな」
咲夜「ええ、お嬢様は紅がとてもおすきなので」
優希「好きにしても程度ってもんがあると思うけどな」
優希「それにしても……結構歩いてると思うんだけど、気のせいか外見よりも広くないか?」
咲夜「ふふ、気づいたかしら? ちょっとだけ空間をいじっているから」
優希「空間を?」
咲夜「ええ、時間と空間は密接な関係があるの。だからこういったことも場所を限定すればできなくはないわ」
優希「うへえ、とんでもないな」
咲夜「なんでも意のままに作れてしまうあなたが言えること?」
呆れたような笑みを肩越しに浮かべるメイドさんに黙り込む。確かに俺の能力は非常に便利だ。言われた通り、思い浮かべた者は一通り作ることが出来る。だけどもちろんできないことだってある。
そのいい例が咲夜の持つ能力だ。
俺でも空間を都合よくいじることはできないし、時を止めるなんてことだってできない。工夫次第で似たような状況を創り出すことはできるだろうけど、それだって咲夜のそれと同等とは言えないだろうしな。
優希「それで、パチュリーたちがいるっていう大図書館はどれくらいでつくんだ?」
咲夜「普通に歩くと大体……そうね、10分くらいかしら?」
優希「……ドア使ったほうが早いんじゃ?」
咲夜「あら、私との会話は退屈かしら?」
優希「いや、別にそういうわけじゃ……」
咲夜「そう? それならいいけど。……お望みなら私が時を止めている間に運ぶこともできるわよ?」
優希「そいつは勘弁だ! それならまだ歩いてる方がいい!」
咲夜「ふふ、それなら行きましょう?」
俺の反応が楽しいのか、咲夜はくすくすと笑いながら止まっていた足を再び動かす。普段からクールな印象の強い咲夜だけど、こうして笑っているときの顔は年相応に可愛いなと純粋に思う。いつも笑ってればいいのに、とも思うがそこを口に出せるほど俺の女性経験値は足りてない。なんとなく負けた気分になりつつも、俺は咲夜との会話を楽しみながら廊下を歩き続けた。
そうして歩いていると、思ったより時間を感じない間にそれらしいドアが見えてきた。
咲夜「ここです」
優希「おー、こりゃすごい。あんときとはやっぱり雰囲気が違うな」
脇に立つようにしてドアの前から少し離れた咲夜を横目に扉を見る。異変のさなかは何かの余波だったのか吹き飛んでしまっていたが、今はきちんと直されていた。質素ながら厳かな雰囲気を感じる扉は、大図書館の扉としての誇りに輝いているように見える。
咲夜の先導でその扉を開いて奥へと入っていく。
「おおー! 相変わらず圧巻の光景だ!」
中に入ると出迎えるのは自分の背丈の何倍もある、見渡す限りの本棚。そしてそれらに収められている無数の本たちだ。俺の好きな物語系の本がその中に一部しかないだろうとはいえ、本好きとしては心が躍る光景といえる。
そんな光景に目を奪われていると、隣からの視線を感じた。
咲夜「パチュリー様以外で、そこまで本に興味を持っている相手に会ったのは初めてね」
優希「そうか?」
咲夜「ええ、私も息抜き程度に読むことはあるけれど、佐伯ほどではないわ」
優希「んー、そういうもんじゃないか? 外の世界でも本好きは一定数いたけど、決して多い方じゃなかったと思うしな」
世の中にはネット小説というものが流行り出していたから、活字を読むという意味合いでは分からない。果たしてネット小説を読んでいる人間を本好きと称していいのか自信はないが、少なくとも俺は同じ文字を読む者同士仲間だとは思っている。
面白いは正義なのだ。
こあ「あ、咲夜さん……と、佐伯さんっ! お久しぶりです!」
優希「お?」
頭の上から聞こえてきた声に視線を上げると、幾らか本を抱きかかえた女の子が見えた。悪魔っぽい黒い羽を頭と背中からはやした……確か、こあって名乗ってた女の子のはずだ。小悪魔という種族らしいけど、何故かそれらしい雰囲気を一切感じさせない明るい性格だったことはよく覚えている。
などと回想しているうちに目の前に降り立った。
いやあ、助かります。えっ? 何がって……そりゃこあさんはスカートですよ? そんな人が頭上から声をかけてくればそりゃねえ……。
誰に対してか分からない言葉を内心で並べつつ、ようやく降りてきてくれたこあと目を合わした。
優希「よ、こあ。久しぶり」
こあ「はい! そういえば本日からでしたね」
咲夜「ええ、粗相のないように頼むわよ?」
こあ「わかってますよぉ……」
咲夜「ふふ、それでパチュリー様はいつものところかしら?」
こあ「あっ、はい。私もちょうど本を運ぶところだったのでご一緒しますね」
優希「お、ありがとな。それにしてもそうだが、大丈夫か?」
こあ「そうでもないですよ。皆さんに比べれば大したことはありませんけど、普通の人間の方々に比べれば力持ちなので」
この通りです、と本を上げ下げしているコアは言う通りさほど苦にしてなさそうだ。持ってあげようかとも提案したんだが、客である俺にはそんなことはさせられないという理由で断られた。しかたないので手伝いは断念し、ほか場所での生活なんかを話しながら進む。しばらくすると、うずたかく積まれた本が見えてきた。よくよく見れば、その合間からかすかに紫色の何かが動いている。
こあ「パチュリー様ー、持ってきましたよ!」
パチュリー「ええ、ご苦労様。それに……」
紫色の何か……パチュリーはこあから受け取った本を机に置き、こちらに視線を向けてきた。相変わらず眠そうな目をしていて、肌は病的なほどに白い。
パチュリー「ようこそ、紅魔館の誇る大図書館へ。久しぶりね、佐伯」
優希「ああ、久しぶり。しばらくはお世話になるよ」
パチュリー「遠慮なくくつろいでいきなさい。レミィたちもそういっていたしね」
普段の無表情に近い表情が少し柔らかいものに変わった。異変中の時から想ってたけど、やっぱりパチュリーは感情表現が苦手みたいだ。あんまり笑っているところも見ないし、ずーっと眠たげな眼を本に向けていた印象しかない。
パチュリー「立ち話もなんだし、座りなさいな」
優希「え? 椅子なんて……いつの間に?」
咲夜「愚問ね」
ああ、咲夜の能力ね。納得したわ。
ついでに人数分の紅茶と茶菓子まで用意してあるのにはもう驚かない。すすめられたとおりに椅子に腰を掛けると、俺たちの間には本という名の壁が出来上がった。
優希「って、座るとお互いが見えないんだが?」
パチュリー「それもそうね。ちょっと片づけを頼むわ、こあ。こっちに積んでいるのはもう読み終わっているから」
こあ「はい、わかりました。よいしょっ」
咲夜「私も手伝うわ」
こあ「あ、ありがとうございますぅ」
幾らか量があったためか、咲夜がやれやれといった様子で手伝い始めた。しばらくすると、積まれていた本が大分すくなくなってお互いの顔を見ることはできるようになっていた。なんとなく話が途切れてしまい、手持ち無沙汰になった俺は手近な本を一冊手に取った。
優希「……『スイーツ大百科』? ちょっと意外なもんを読んでいるんだな」
パチュリー「ああ、それはレミィに頼まれていたものね。貴方の能力で出してもらうんだって張り切ってたわよ?」
優希「あー、目に浮かぶわ」
あの事象カリスマの残念オコサマ吸血鬼なら言い出しそうなことだ。俺の能力で出した食べ物に夢中になっていない奴らはいなかった。だけど、その中で漏れミリ波上位に入るくらいだったはず。毎日欠かさず、デザートをねだってきていたくらいだ。
優希「パチュリーは今、何を読んでたんだ?」
パチュリー「私? 私はこれよ」
そう言って渡されたのは分厚く、古ぼけた本だった。広辞苑など目じゃないほどのレベルの分厚さで、余裕で鈍器になりそうな代物だ。馬鹿なことを考えながら題名に目を落とすと、日本語ではない文字でつづられていた。かろうじて文体から英語かなーって読み取れるんだが……。
優希「すまん、これは何て読むんだ?」
パチュリー「魔術理論よ」
優希「へえ、さすが魔法使い」
中を開いてみてもやっぱり英文で、さっぱり読めない。早々にギブアップしてパチュリーへと返す。
優希「こんな分厚い本なんかよく持てるな。パチュリーって見た感じ非力そうなのに」
パチュリー「まあ、非力なのは確かだけど……。魔法で軽くしてるのよ。それを言ったらあなただってそうじゃない」
優希「ん? ……そういえばそうだな」
指摘されて初めてそういえば、となった。もしかしたら椛たちのところで発覚した容器の発生と関係があるんだろうか。あの日以来、確かに体が軽いと感じるようになった。思えば、最初のころに比べて能力を使うのもつらく感じない。椛たちのところで能力を使ってて少し疑問には感じてたんだよな。
なんとなく気になったのでパチュリーにも聞いてみることにしよう。
優希「なあ、パチュリー。ちょっといいか?」
パチュリー「なにかしら?」
優希「実は……妖怪の山でさ――」
少年説明中。
パチュリー「なるほどね、それで妖気を感じたと」
話を聞き終えたパチュリー。そして、片づけを終えて帰ってきた咲夜とこあは各々の反応を見せていた。コアは純粋に驚いたらしく目を丸くしているし、咲夜も驚いてはいたもののすぐに気遣うような視線を投げかけている。パチュリーはといえば、俺から妖気を感じていたようで納得しているようだ。
咲夜「体に影響はないのかしら?」
優希「あるかないかでいえばあるな。でも、悪影響が出ているわけじゃないぞ」
咲夜「異変の時は大分調子悪そうだったみたいじゃない」
優希「あー……そういえば神になりかけてた時って、体調に異常をきたしてたもんな。でも、あの時に比べたらそうでもないかな? 一回だけ吐血したけど、それくらいだ。それ以降はむしろ体調がいいくらいだぞ?」
こあ「血を吐いたんですかっ!?」
咲夜「全然大丈夫じゃないじゃない」
優希「いや、たぶんそっちは能力の使い過ぎのせいだと思う。最初のころは能力をつかうのもすごいしんどかったんだ。だけど、短い間隔で使わないといけないような事件があってさ」
そう、あの時のはどちらかというと能力の多用による負担で起きたように感じた。これは間違いないと思う。現に、能力を使っていないときには何らその傾向を見せなかったし。といった考察を述べると、咲夜はどこか腑に落ちないといった様子で下がってくれた。
なぜにそこまで気にする。
こあ「でも、佐伯さんはもともと人間ですよね? なら、どうして妖気が?」
優希「それに関しては思い当たるところはあるんだ。多分、映姫が用意したっていうからだと影響があるのかなって」
パチュリー「その様子だとまだ尋ねには行ってないのね」
優希「うん、まあ。だって別にこれといった悪い影響は感じてないしさ」
咲夜「本人がそういうのであれば大丈夫だと思うけれど、パチュリー様はどう思いますか?」
パチュリー「そうね……こうして面と向かって話している限り、異常らしい異常は感じないわ。こあはどう?」
こあ「私ですかっ? えーっと……そうですね。私から見てもそう問題はないように感じます。佐伯さんが言うように、今の佐伯さんの体が妖怪のものであったとするのなら、ある意味では正常ではないかと」
パチュリー「そうね。どのタイミングで妖気が発生し始めたのかは不明だけど、初めのころにそれを感じなかったのは体が魂となじんでいなかったというところかしら?」
優希「そうなのかもしれないな。最初確かに能力をちょっと使うだけでも息切れしてたんだけど、今じゃ全く疲れを感じないんだ」
咲夜「それならいいこと、なのかしらね?」
ひとまず出たらしい結論に咲夜が首をかしげる。完全に納得は出来ていなさそうだが、俺への悪影響がなさそうだというところでひとまず決着をつけたらしい。
優希「良いことは間違いないとは思うけどな。まあ、元人間としては複雑だけどさ」
茶化すようにそういうと、場も少しだけ和らいだ気がした。深く考えるだけ無駄な気がするし、直ちに何かがあるわけでもないんだ。もう少し気楽に考えておこう。
咲夜「まあ、仮に妖怪になったのだとしても佐伯は佐伯よね」
優希「そうだな。そのつもりだよ」
咲夜「それでも一応、今度あの閻魔のところへ行ってくるべきだと思うわ。今は問題がないだけかもしれないでしょう?」
優希「うーん、そういわれると確かに。確認してもらっとくかなあ」
パチュリー「それが一番でしょうね。何せ体を用意した張本人でしょうし、魂についての概念はそんじょそこらの存在よりもはるかに詳しいはずよ」
こあ「白玉楼の方々ではダメなんでしょうか?」
パチュリー「まあ、魂の知識についてはあちらも十分にもっているでしょうけど……こと、今回の件については佐伯の体にも関係しているからあの閻魔のほうが適任でしょうね」
こあ「ほへー……」
優希「まあ、皆には前に相当な心配をかけちゃったからな。今回はきちんとしようと思う」
俺がそう告げると、みんな少しだけ表情を和らげてくれた。こんなに心配してくれてるんだし、放置せずに今度しっかり聞きに行っておこう。
パチュリー「さてと、この時間だとまだレミィと妹様は寝てるでしょうね。ひとまずは今日から使う部屋へ案内してあげたらどう? 咲夜」
咲夜「そうですね。佐伯はどう?」
優希「そうだな、うん。ひとまず荷物は置いておきたいしお願いするよ」
咲夜「ええ、分かったわ」
そう頷き、咲夜が先導するように歩き始めた。その背中を慌てて追いかけつつ、二人にはまた後で、と一声かけておいた。こあは満面の笑みで、パチュリーは相変わらずの眠たげな視線のまま見送ってくれる。
妖精メイド「きゃははは、つめたーい!」
妖精メイド「待て待てー……わぷっ!?」
優希「おおっとっ?」
咲夜のあとを追いかけて大図書館を出た瞬間、元気な声と共に腹のあたりにちょっとした衝撃があった。突然のことで驚いたものの、思ったより衝撃が強くなかったこともあって多少バランスを崩す程度で済んだ。
妖精メイド「あいたた……はわっ!?」
優希「大丈夫か?」
妖精メイド「あ、あわわわ……!」
優希「うん? ……うおっ?」
咲夜「あなたたち……随分と楽しそうねえ?」
何やら尋常じゃない様子で震えている妖精の子。その視線にふり返ってみればそこに修羅がいた。ゴゴゴ…‥という擬音が響いてきそうなほどにの怒気をにじませつつ、咲夜が仁王立ちで笑顔を振りまいている。笑顔だけど、目が笑ってない。
咲夜「よりによって大事なお客様である佐伯に対して粗相をするなんて……あなたたち、覚悟はできてるのかしら?」
妖精メイド「お、お慈悲を! どうかお慈悲を!」
どうやら相方はすでに逃亡していたらしく、すでにその姿は見えない。残された俺の腕の中で震えている妖精を見ているとなんだかかわいそうになってきた。
優希「なあ、咲夜。その辺で勘弁してやれよ。それにほら、俺は気にしてないし」
咲夜「ダメよ。お嬢様がこの場にいれば同じように厳罰に処していたはずだもの」
優希「厳罰って……何する気だ?」
咲夜「1週間、デザート抜きよ」
優希「へっ?」
思ったより楽な罰だな、と思った俺は腕の中にいる妖精の顔を見て絶句した。死んじゃうんじゃないかってくらいに顔面蒼白で、震えすらなくなって完全に固まってしまっている。
えっ? ただのおやつ抜きだろ? 何この反応。
戸惑いを感じ取ったのか、咲夜は小さくため息をつく。
咲夜「もともと人間で、それも男である佐伯にはわかりづらいかもしれないわね。それに、外の世界から来たというのもでかいのかしら」
優希「というと?」
咲夜「この世界では甘味といえばそれは種類の少ないものなの。それも彼女たちが好むようなデザート類はすべて、私が手作りで作っているものよ。だからどうしても数に限りが出るし、一人当たりに配給される量も少ない。ここまではいいかしら?」
優希「ああ、まあ……なんとなく?」
咲夜「それに加え……彼女たち妖精は食事の必要こそないけれど、甘いものが大好きなのよ」
優希「……あー」
そこまで説明されて、俺は何となく妖精の反応に納得がいった。さらなる説明によると、彼女たち妖精メイドは基本的に無給らしい。それなのになぜこうして雇われているかといえば、咲夜の作る洋菓子が目当てなんだとか。だからこそ、唯一の楽しみであるともいえるそれが1週間も得られないのは相当な罰に当たるんだそうだ。
優希「なんというか、すさまじいな。今までいろんな種族と過ごしてきたけど、デザート一つでそこまでの反応とは」
咲夜「佐伯は男の子だものね。女の子にとって、甘いものというのはとても重要なのよ? お嬢様だってそうだったでしょう?」
優希「うん、まあな。咲夜だって人のことは言えなかったろ?」
咲夜「……何のことかしら?」
そうやってとぼけるように視線を逸らす咲夜。だけど俺は覚えてる。彼女は自己主張こそ乏しかったものの、やんわりと俺の出すデザート類に目を輝かせてこっそりと確保していたことを。あの冷静そうな咲夜ですらそういう一面を見せるくらいだから、女の子にとって云々は本当なのかもしれないな。ちょっと女の子の甘いものへの執着心を侮っていたかもしれない。
優希「それはさておき、さすがにそれは厳しすぎるって。それに今はお客様扱いだけどさ、もしかしたら一緒に住むことになるかもしれないんだし……家族になるかもしれない相手からの粗相なんて可愛いもんだろ?」
咲夜「……ふぅ、まったくしょうがないわね。……貴方」
妖精メイド「はいぃっ!?」
咲夜「佐伯に感謝しなさい? 彼がここまで言ってくれていなければ、貴方への罰は間違いなくきまっていたんだから」
妖精メイド「はい! その……ありがとうございました、人間さん!」
優希「おう、どういたしましてだ。ちなみに俺は佐伯優希だからな」
妖精メイド「佐伯さんですね? 分かりました! 仲間の皆にも伝えておきます!」
そういって、さっきまでの表情がウソのように晴れやかなものになった妖精が飛び去って行った。きちんと道具やら、ふざけて水浸しにした部分も掃除していったようで何よりである。そんな彼女の様子を見て、咲夜は嘆息していた。
苦労していそうだな、メイド長様は。
咲夜「さてと、ちょっとしたハプニングがあったけれど……部屋へ案内するわね」
優希「おう、頼んだ」
咲夜「それじゃあ、私は館の中を見て回ってくるからゆっくりしていてちょうだい」
部屋についた後、俺はそんな咲夜の言葉に甘えることにして部屋の中でくつろいでいた。トイレもきちんと個室に配備されていて清掃も行き届いている。ちょっと度を越した真っ赤な風景にさえ目をつぶればこれといった苦痛はない。さほどない荷物を軽く整理した後、俺はベッドに背中を預けてぼーっとする。
優希「ここで四件目か……」
つぶやいた内容は、俺が訪れた仮ぐらしの場だ。ここ紅魔館で四件目となる。まだほかにも早苗のとことかさとりのとこが残ってるし、細かいところでいえばにとりたちのとこも。現時点での感想はいろいろとあるものの、一言に要約することが出来る。
『どこもそれぞれの良さがあって居心地がいい』
ということだ。多少の環境の違いなんかに違和感は覚えつつも、それも些末な問題といえるほどには楽しい日々を送らせてもらった。そんな生活もすでに4件目になる。俺は果たしてどこに住居先を固定するのか……そんなことを考えながら、俺の意識はゆっくりと落ちていった。
優希「ん……寝ちまってたか」
ふと気が付いて目を開けると、さっきまでは明るかった窓からの景色が夕やみにくれ始めていた。結構長い間寝ちゃってたんだな、とか思いながらぼんやりする頭で上半身を起こす。思わずあくびを一つ浮かべた後、大きく伸びをした。
そんなところで扉からのノックが聞こえて返事を返す。
咲夜「あら、その様子だと寝ていたのかしら?」
優希「ああ、でもちょうど起きたところだから大丈夫。それよりどうした?」
咲夜「そうそう、お嬢様方がお目覚めになったから声をかけておこうと思ったの。出来れば、今から一緒に来てほしいのだけれど……大丈夫?」
優希「おう、問題ないぞ」
睡眠をばっちりととったせいか意識ははっきりしてるし、体の調子にも問題ない。俺は軽く反動をつけて立ち上がると咲夜へと歩み寄った。
咲夜「それじゃあ行きましょう。レミリアお嬢様とフランお嬢様がお待ちよ」
そんな彼女の言葉に頷いて応え、俺は咲夜と共に再び廊下へと出た。
しばらくの間、軽い雑談を交えながら歩いていた俺がたどり着いたのは随分と広い部屋だった。おまけに部屋の真ん中にはこれまた長い机が置かれており、椅子もそれに合わせて適度に置かれている。イメージするなら、王族貴族が食事を開く場所って感じか。そんな部屋の中、テーブルの席に見覚えのある二人の少女が
座っていた。その二人と目が合い、そのうちの一人がぱっと太陽のような笑みを浮かべて駆け寄ってくる。
フラン「お兄ちゃん!」
優希「おっと! 久しぶりだな、フラン。元気してたか?」
フラン「うんっ! 私は元気だよ! お兄ちゃんは?」
優希「俺も元気だったぞ?」
躊躇なく胸に飛び込んできたフランを抱きかかえつつ、俺はなだめるようにして頭をなでつつおろした。ほんの少しだけ不服そうな顔をしたものの、すぐに笑顔に戻り近況報告的なものを交わす。
レミリア「まったくフランったら……ごめんなさいね、佐伯」
フランとは違って、あくまで優雅な対応で近寄ってきたのが姉であるレミリアだ。今日はダメダメポンコツな状態ではなく、それなりにカリスマを感じさせるスタイルらしい。いつまでもつかはわからないが。
レミリア「佐伯には感謝の言葉以外にないわ。……本当にありがとう」
優希「良いって良いって。そう言ってもらえるってことは、フランの暴走はないんだよな?」
レミリア「ええ、まったくないわ。ちょっと癇癪を起してしまうこともあるけれど、能力の暴発は起きてないから」
フラン「お兄さんがくれたこの髪飾りのおかげだねっ!」
そう言ってレミリアとの会話に割り込んだフランは見せびらかすようにして側頭部辺りを突き出してくる。そこにつけられている紅色の華をかたどった髪飾りが照明の光に反射してきらきらと輝いていた。
優希「体に不調とかはないか?」
フラン「うん、全然ないよ。むしろ調子がいいくらいなんだあ。お気に入りのぬいぐるみとかも壊さなくなったもん!」
優希「そっか、ならよかった」
レミリア「おかげ様で、こうして妹と共に同じ空間で時間を過ごすことができているわ。本当にありがとう、佐伯」
優希「大袈裟だなあ」
察しがついているかもしれないが、俺がフランに渡した髪飾りは彼女の能力を抑制するためのものだ。もちろん、そういう効果がついてかつ悪影響が及ばないようなものを願って創り出した。その結果は見ての通りのようだ。仲睦ましげに笑いあう姉妹の姿を見て思わずほおが緩んだ。
レミリア「さて、そういうわけで今日はあなたという大事なお客様をもてなすために少々豪華な食事を用意させてもらったわ」
優希「そんな気を遣わなくても……むしろ俺がお世話になるほうなのに」
レミリア「あなたには返しきれない恩がある。だから素直に受け取っておきなさい」
フラン「そうだよ、お兄ちゃん。お兄ちゃんが私たちを助けてくれたから、今こうして笑っていられるんだよ? だから、お兄ちゃんは私たちにもてなされるのが正しいの!」
優希「……ははは、そうか。そういうことなら遠慮なく受け取らせてもらうかな」
レミリア「ええ、楽しみにしておきなさい。何せ、咲夜が腕によりをかけたフルコースなんだから」
フラン「咲夜のご飯すっごくおいしいんだよ?」
優希「へえ、そりゃ楽しみだ」
咲夜「ふふ、それじゃあ準備をしないといけないわね。お嬢様、私は一度席を外します」
レミリア「ええ、最高の料理を待っているわ」
咲夜「はい」
そう答え、咲夜の姿が掻き消える。いつも思うが時間を操るってすごい能力だよな。何度目か分からない感想だが。そんな咲夜と入れ替わるようにして、残りの紅魔館のメンツも入ってきた。今夜は賑やかになりそうだ……そんなことを考えながら彼女たちからの歓迎を受けるのだった。