東方優幻想   作:エウラス

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第5話

第5話:幽霊と半霊と人間と。

 

数日ほどの間、特にこれといった動きもなく過ぎる。

そんなつかの間の平穏を味わっていた時だった。

 

紫「……まずいわね」

 

そんな紫さんの言葉に、お茶を飲んでいた俺たちの動きが止まる。

彼女が見ていたのはちょっと前に俺が出した危機察知機器だ。

言ってて舌を噛みそうになるがそれはさておき。

俺も後ろから画面を覗き込むが、昨日まではなかった極限状態の文字。

場所は迷いの竹林となっている。

それって確か、この場所の外に広がってる竹林のことだよな?

 

紫「どうやら、藤原妹紅に上白沢慧音の2名……」

紫「それに稗田の娘と夜雀が一緒にいるようね」

 

どれもこれも聞かない名前だ。

当り前なんだけど。

その名前にいち早く反応を見せたのが蓬来山。

そして、霊夢と魔理沙だった。

 

優希「知り合いなのか?」

輝夜「妹紅とはね。どちらかと言うとライバルだけど」

霊夢「阿求とはちょくちょく会っているわ」

魔理沙「慧音の奴は人里にいたんだろうし、阿求も保護したってとこか」

魔理沙「ミスティアの奴も一応は竹林周辺で活動してたっけ」

優希「ふむ……」

 

多分、阿求ってのが稗田の娘って呼ばれていた子。

そしてミスティアっていうのが夜雀と言われてたのだな。

何となくだけど名前の雰囲気的に。

いる場所がこの迷いの竹林だってことは、こちらにとっても危険だ。

その重要さは口に出さずとも分かること。

霊夢はどうするの? という視線を紫さんに送る。

 

紫「……竹林は広いわ。できるだけ多くの人員を割きたいわね」

紫「この竹林のどこに居るかも分からないし……」

てゐ「ならここは私の出番みたいだね」

 

そう自信ありげに立ち上がると、たちまちウサギたちが集まる。

その一匹一匹に耳を傾けて何度か頷く。

一体何をしているんだろうかと見ていると――。

 

てゐ「まずいなあ……どうやら二手に分断されて追いかけられてるっぽい」

てゐ「幸い、今は身を潜めているらしいけど」

優希「えっ!? てゐ分かるのかっ?」

てゐ「私はこのウサギたちを束ねるリーダーウサ」

てゐ「で、この子たちの縄張りは竹林って訳」

輝夜「やるじゃない、てゐ」

てゐ「それほどでもないウサ」

 

そこで自重しないところがてゐっぽい。

しかし、それとは反対に八意先生の顔色はよくなかった。

 

輝夜「どうしたの? 永琳」

永琳「二手に別れているということは勢力を分断しなくてはいけません」

永琳「その辺りは大丈夫でしょうか?」

輝夜「そうね……妹紅がいる方へは私が行くわ」

輝夜「あいつとの決着はついてないから」

永琳「……お止めしても無駄ですか、分かりました」

永琳「てゐ。護衛を頼むわよ?」

てゐ「ま、姫様と師匠のお願いなら仕方ないね」

てゐ「うどんげはもう片方の勢力を頼める?」

うどんげ「ええ、案内役のウサギが居れば行けるわ」

優希「じゃあ、俺もどっちかに――」

一同『ダメ』

 

せめて最後まで言わせてもらえないだろうか。

いや、言ったところで同じ答えなんだろう。

一部は別に良いじゃない、という顔をしているが睨まれて目をそらしていた。

どうやら、俺の傷……主に腰のが癒えてないから休んでろってことらしい。

 

優希「でも、逆に大丈夫なのか……?」

 

俺が居なくなったところで能力供給が無くなったら……。

そう考えていたが、皆それぞれに大量の飴袋を持つ。

そのままドヤ顔を決められた意味がいまいち分からん。

殴りたいこの笑顔。

まあ、つまりはこれがあるから心配ないってことか。

 

優希「はあ……まあ、何度も忠告無視しちゃってるからな」

優希「今日はおとなしく待ってるよ」

椛「そうしておいてください」

文「では、チーム別けをしましょう」

 

やいのやいのとそれぞれ、助けに行く相手の事を踏まえて相談していた。

どうやら何名かは個々に残ることで決定したようだ。

美鈴さんとパチュリーさん、それに吸血鬼姉妹。

それに紫さんと永琳さんの6名だ。

最低限の守りと負傷者の手当のためらしい。

 

 

優希「気をつけて行けよ?」

 

いざ出発、というところで玄関先まで見送りに来る。

不安っちゃ不安なんだよなあ。

 

霊夢「分かってるわよ……心配性ね」

早苗「いくら能力が限定されてるとはいえ、この人数なら大丈夫ですよ」

にとり「さって、私の新兵器のサビにしてやるかね」

優希「……お、おう」

 

おそろ頼もしい奴らだよ、ほんと。

あの勇猛さの何分の一でもわけてもらいたいもんだ。

それぞれ、案内役のウサギについていくようにして出発。

俺は何となくそれを見届けてから永遠亭に戻る。

ふと、門前に立つ人影が。

 

優希「美鈴さんは入らないの?」

美鈴「ええ、門番ですから……入り口を守りますよ」

優希「そっか……でも敵が来たらすぐに声を上げるんだぞ?」

美鈴「ええ、そうならないことを祈っていますけが」

 

いい笑顔を見せて彼女は前方を見据える。

おお、門番らしい貫禄というのが見え隠れ。

一朝一夕で得たもんじゃないんだろうな……あれ。

俺はそんな後ろ姿に尊敬しつつも室内に入る。

 

 

レミリア「ふう、昼間じゃなければ動けるのに……」

フラン「う~、私も暴れたかったよー」

パチュリー「拠点の防衛だって大事よ……大人しくしてなさい」

優希「ははは……」

フラン「あ、お兄さん! おかえりー!」

優希「ああ、ただいま?」

 

飛び込むようにしてそのまま抱きついてくるフランちゃん。

実際は何百年も生きてるらしいけど、見た目と性格から幼く見える。

だから俺的には近所のお子さんを相手にしてる気分。

……でもお姉さんの方に軽く睨まれた。

 

優希「ほら、あまり無闇に抱きついちゃダメだぞ?」

フラン「えー? どうして??」

優希「大人の女性は恥じらいってのを知ってないと」

優希「フランちゃんは大人だから分かるよね?」

フラン「も、もちろんだよ!」

優希「よしよし、じゃあ座ってような?」

フラン「はーい!」

レミリア「……」

パチュリー「そんなに羨ましいならやってあげればいいのに」

レミリア「できたら苦労しないわよ」

 

ぼそっと呟くパチュリーさんの言葉を苦々しい表情で拾う。

どうやら、二人の間には何か確執のようなものがあるらしい。

そんな話をちらっと魔理沙から聞いた。

見た感じ、レミリアの方は気にしてるみたいだが素直になれないのだろう。

それで妹さんの頭を撫でてる俺を睨むのはやめていただきたいのだが。

とりあえずクッキーと紅茶を出しておく。

 

レミリア「あら、気が利くじゃない?」

優希「まあ、そっちのメイドさんほどじゃないけどね」

パチュリー「あの子はレミィと妹様命だから当然よ」

レミリア「咲夜なら当然ね」

優希「そ、そうなのか」

 

言われてみればレミリアたちに尽くしてる時はいきいきしていた。

あまり表情には出さないんだが……動きとかそういうのが。

それに言葉遣いもレミリア達がいる時とはまた違う。

俺に対してはタメ口に近い感じ。

その方がこっち的にはいいけど。

ふと、全く会話に参加してこない紫さんが気になった。

 

優希「はい、紅茶だけど飲めます?」

紫「っ!?」

紫「え、ええ……大丈夫よ」

優希「? 紫さん?」

 

なんだか物思いにふけっていたような反応だな。

どうしたのか……そう思って何気なく彼女が見ていた物に目が行く。

そこには、さっきまではなかった極限状態の文字が新たに表示されている。

場所は白玉楼……人数は2名だ。

 

優希「これ……また増えてるじゃないですか!?」

紫「ええ……参ったわね」

レミリア「白玉楼か……私たちでも行けなくはないわね」

紫「でもこれ以上、ここの防衛を薄くする訳にはいかないわ」

パチュリー「私は攻めこむには向いてないしね……」

優希「……なら、俺が一人で行くってのはどうだ?」

 

俺の提案に皆目を丸くしていた。

流石に無謀って取られたか?

だけど俺にだって策がないわけじゃない。

 

優希「俺は幸い男だ」

優希「だから、そこを逆手に取ってギリギリまで紛れ込む」

パチュリー「ふむ……悪く無いけれど、信じてもらう側にはマイナスよ?」

パチュリー「私たちは一人でも知人がいたから良かったけれど」

レミリア「そうね……単身で初対面であれば、警戒されるわよ?」

優希「まあ……そうだろうなあ」

 

それは犬走の時や東風屋の時でわかりきっている。

ならばどうするかも考えてないわけじゃない。

 

永琳「あなたには大人しくここで待っていてもらいたいのだけど」

優希「八意先生?」

 

どこから聞いていたのだろうか。

開け放たれた麩の入り口に身を立てかけるようにしてこちらを見ていた。

その顔にはどこか迷っているような思案顔。

 

永琳「私個人としてはどちらでも構わないのだけど……」

永琳「うどんげや他の子たちに止められているのよね」

優希「……そこまで信用ないか?」

フラン「でも、今一人でいこうとしてるよね?」

優希「うぐっ」

 

フランちゃんは時々鋭い一言を放ってくれるな。

 

優希「でも、極限状態ってことはまずいってことだ」

優希「実際レミリアたちを助けに行った時もそうだったし」

永琳「そうは言われても困るのだけど……」

紫「……頼めるかしら? 優希くん」

永琳「……紫?」

 

少しだけ、震えた声。

そんな違和感を皆感じ取ったようで押し黙る。

俺も何も言えなくて、ただ次の言葉を待つことしか出来なかった。

 

紫「そこにいるのは、私の古い友人なの」

紫「……とても大切な」

レミリア「……西行寺幽々子ね」

紫「ええ」

紫「本当は私が出向きたい所だけど、ここを動くわけにはいかない」

 

そうだな……拠点の防衛も確かにそうだ。

だけど、紫さんは移動手段の要。

そうそうウロウロされてはいざというときに困る。

自分の必要性と友人の危機との間で揺れているんだ。

だったら俺の答えなんて決まっている。

 

優希「分かった、なんとかやってみるよ」

紫「! ……恩に着るわ」

永琳「はあ……まったくもう、あの子たちの説教は覚悟しときなさいよ?」

優希「な、なんとか説得できないかな?」

永琳「無理だと思うけど、善処するわ」

 

先生、それ無理な人が言う建前です。

まあ、そのあたりは覚悟はしておこう。

種族が人なのかどうかはさておき、人命第一だ。

 

紫「一つだけ忠告しておくわ」

紫「緑の服を着た白髪の子に注意しなさい」

優希「どういうことだ?」

レミリア「ああ……あの半人半霊か」

紫「あの子、幽々子に絶対の忠誠を誓っているのよ」

紫「おまけに早とちりの過ぎる子でね……妖夢というのだけど」

 

なるほど、この魂魄妖夢……でいいのか?

おそらくは西行寺さんっていう人に仕える立場なんだな。

それでいて早とちりが過ぎる……ああ、嫌な予感しかしねえ。

 

優希「ちなみに、どんなやつなんだ?」

レミリア「2本の刀を持つ二刀流とかいう剣術の使い手よ」

レミリア「せいぜい細切れにされないようにすることね」

優希「冗談でも笑えないぞ、それ」

パチュリー「でも能力は封じられているはずだから多少はマシよ」

優希「能力って?」

パチュリー「剣術を扱う程度の能力よ」

優希「うげ……」

 

嫌な予感が嫌な確信にランクアップした。

下手すりゃ切り捨てられてもおかしくなさそうだ。

能力面が落ちているとはいえ、油断はできない。

これは十分に注意して行動しないと。

 

紫「これを持って行きなさい」

優希「これは?」

 

差し出されたのは紫さんが良く手にしている扇子。

何気なく手にとったが、すごく手触りが良い。

前に京都で触った絹で織った着物のようだ。

ほのかに紫さんの匂いがするが気にしないでおこう。

 

紫「それを見せれば、少なくとも幽々子は分かってくれるわ」

優希「……妖夢って子は?」

紫「出来れば、彼女に見つかる前に幽々子と接触を図りなさい」

紫「その方が身のためよ」

 

紫さんの言葉にその場に居るフランちゃん以外が頷く。

ああ、危険な子だってのは共通認識なのね。

つまり敵側にバレないように、かつ従者を避けて行け、と。

結構な無茶振りを要求してくださるもんだ。

とはいえ、無茶振りなんてのはこっちにきてからしょっちゅうだ。

俺はため息一つついて腰を上げる。

 

紫「準備はいいのかしら?」

優希「ああ、紫さんも帰ったら一緒に説得してくれよ?」

紫「ええ、善処してみるわ」

 

だから、その善処ってのはしない人の言葉だっての。

分かって言ってるのか……まあ、ちょっと場は和んだけどな。

両手で頬を打ち、気合を入れる。

 

優希「よし、行ってくる!」

レミリア「ま、せいぜい気をつけて行ってらっしゃいな」

フラン「お兄さん、ちゃんと帰ってきてね?」

優希「ああ、もちろん」

パチュリー「妖夢に見つかったらどんな状況でも逃げなさい」

パチュリー「下手に慈悲を見せると真っ二つよ」

永琳「さすがの私も死んだ人間は生き返せないからね?」

優希「物騒なこと言わないでくれるかな!?」

 

レミリアですら空気を読んでくれたってのに酷い!

ま、真っ二つとかないよな?

若干スキマをくぐるのが怖くなったけど……ええい!

 

優希「行ってくる!」

 

それだけ言い残して、俺はスキマへと飛び込んだ。

 

 

「ぐあっ!?」

 

不愉快な声を上げて地に伏せる男。

何十人目の人間になるんだろう。

刀を持つ腕が痛い……これも能力の低下のせいか。

刀が異様に重く感じるのだ。

 

妖夢「……ふう」

 

数日前、紫様に言われたことを素直に受け止めるべきだった。

どうせいつもの異変。

その程度にしか考えていなかった当時の自分をたたっ斬りたい。

一人ででも幽々子様を守る。

そう吠えた時の元気は今の私にはない。

ただ、白玉楼に立ち入ろうとする人間を斬る。

それが私への罰だ。

 

妖夢(問題はないと思うけど……一度戻ろう)

 

白玉楼へ続く道はこの長い階段のみ。

つまり、私と出会わずして通り抜ける事はできない。

だが……万が一ということもあり得る。

重い体を引きずりながら白玉楼へと戻った。

 

 

スキマをくぐり抜けた俺は、やけにひんやりした場所に出た。

寒い、というのとは別の寒気がする。

そういえば、どんな場所かってきいてなかったな。

薄暗く気味も悪いその風景に思わず周囲を見る。

目の前に見える和風の屋敷からちらりと人魂のようなものが見えた。

 

優希「……もしかして、あの世とかじゃないよな?」

 

そういえばあの時、レミリアのやつが半人半霊っていってたっけ?

まさかと思うが、あれも本物の霊ってわけじゃ……。

 

優希「うわっ!?」

 

ふわっと目の前を漂う人魂。

ああ、やっぱり見間違いとかじゃなかったんだな。

乾いた笑いを上げながらも、気を取り直す。

ここには紫さんの大事な友人とそのお付の人がいる。

無事でいてくれたら良いんだが……。

 

優希「ん?」

 

ふと、近くに顔を向けると妙なものが目にはいった。

何が妙なのかと聞かれると困るんだが、辺りを漂う幽霊とは存在感が違う。

ふよふよとこちらに近づいたかと思うと、周囲を回り始めた。

 

優希「どうかしたのか?」

 

尋ねてみても返事はない。

まあ、人魂に口なんてないし当然か。

だけどどうも、他のに比べて何らしかの意思は感じる。

 

優希「……」

 

スッ、と道をそれて正門らしく場所へ向かう。

するとそれに合わせるようにしてふわっと俺の前に来る。

また反対のほうから回ろうとすると同じように先回り。

……もしかして、警戒されてる?

 

優希「うーん……困ったな、乱暴するわけにも行かないし」

優希「って、そもそも幽霊だよな? 物理的干渉は出来るのかな」

 

何となく気になってふわふわと浮かんでいる人魂に手を伸ばす。

するとなんとも驚いたことに、ちゃんとした質感がかえってくる。

すべすべしたような、ひんやりした感じ。

手触りを良くした水風船みたいな?

表現は難しいが、そんな感じだった。

何度か触れていると、不意に人魂が離れていく。

いや、離れていくって言うより背後へ通り過ぎる。

そして同時に、背後に妙な寒気。

 

妖夢「……戻ってきて正解だったようね」

優希「……白髪に、緑の服……ハッ!?」

 

紫さんたちに気をつけろと言われていた少女、魂魄妖夢。

その特徴は実に的を得た説明だったらしい。

言われた通りの風貌に、2本の刀を辛そうに構えている。

能力の関係で刀の扱いが難しくなってるのかもしれない。

よく見ると、さっきまで戯れていた人魂が彼女の横に浮いていた。

 

妖夢「私の半霊が反応していたから急いできてみれば……」

妖夢「貴様、どこから入ったっ!?」

優希「うおっ!?」

 

説明するどころか返事をする前に一閃。

幸いこちらでも反応できるレベルだから辛うじて避ける。

パックリと割れた上着から除く肌に少し赤い線ができていた。

チリチリとした痛みを感じながらもとりあえず屋敷の方へと逃げこむ。

 

妖夢「っ!? 狙いは幽々子様かっ!!」

優希「うわわっ!?」

 

叫ぶや否や、何本かの短刀が投げ込んでくる。

本当にもう、何もかも説明通りの子だな!

しかし、紫さんの忠告も無駄になっちまったしどうするか。

俺はとりあえず背後からの攻撃に障壁を張りつつ屋敷の中へ転がり込んだ。

 

 

妖夢「くっ……この短時間で一体どこに!?」

 

迂闊だった……何度失態を犯せば気が済むのだろう。

白玉楼へと逃げこんだ男を焦りと共に探す。

正面から入ったのならば、この長い渡り廊下の他に道はない。

油断させておいて、かなりの瞬脚の持ち主だったか。

それにしても……。

 

妖夢「何故、さっき飛んでいかなかったの?」

 

言葉を介さない自身の半身に問いかける。

ふわふわといつもどおり私の周りを漂うだけ。

返事なんてものは期待はしてないけど、どうにも不自然だ。

もしかしたら奴に何かされたのかもしれない。

会ったらただでは置かない……そう気持ちを新たに廊下を駆け抜けた。

何度も通りなれた道筋……その先にあるのは幽々子様の自室。

私は一声かけることすら忘れ、部屋の扉を開け放つ。

 

妖夢「幽々子様っ……!?」

 

部屋の中はもぬけの殻。

おまけに部屋の中は荒らされたような状況。

これは、もう間違いないだろう。

 

妖夢「……幽々子様に何かあれば……慈悲もなく切り刻む」

 

我ながらが物騒な言葉だが、それでも飽き足らない。

最悪の状況になっていないことを祈りながら、私は再びかけ出した。

 

 

優希「……行ったかな?」

 

忍者関係の話には出てきそうなベッタベタな手法。

いわゆる隠れ蓑の術の応用で壁からひょっこり顔を覗かせる。

とくに人の気配はしないし、大丈夫だろう。

壁と同じ色をした布地を投げ捨てると一息吐く。

 

優希「しかし、どうしたもんだか……」

 

とりあえずあの妖夢って子が危険だってのは間違いない。

これからも誤解が解けるまでは逃げたほうが良いだろう。

とはいえ、彼女も保護対象である以上は放っておけない。

こうしてみると、やっぱり難しいな。

まあ、為せば成るだろう……多分。

そんな事を考えつつ、とりあえず廊下を歩くことにした。

 

 

優希「こんな長い廊下は永遠亭にはなかったよなあ」

 

そんな呑気な感想を述べながら、俺は廊下を進む。

永遠亭と比べると規模は結構でかい。

後、周りが竹でなくモヤなもんで気持ち明るく感じる。

道中幾つかの部屋を覗いてみたが、特に何か居るわけでもない。

本当にこの広い屋敷の中から西行寺さんて人を探せるんだろうか。

そんなことを思いつつ、また視界には一つの部屋。

 

優希「……ん?」

 

ただ、そこの部屋は他とちょっと違って何かが違う。

つい最近使われたかのような、そんな生活感に近いもの。

警戒しながら入口に近づいてみる。

 

優希「!?」

 

ガタッ、という物音に体を固くする。

もしかしたら、俺以外にも侵入してきた奴が?

そんなことを考えて勝手に緊張していたのだが。

 

幽々子「お~な~か~す~い~た~……」

優希「……」

 

どっかの子供を見てる気になって和んでしまった。

見た目は紫さんに勝るとも劣らないわがままな体型。

それでいて行動が駄々こねた子供って感じ。

思わず呆気にとられてしまう位には衝撃的な光景だった。

そんな俺を他所に、その人はまんじゅうを口にしている。

 

幽々子「こんなんじゃ足りない……うぅ……」

幽々子「あら……こんなところにもよく見たら食料が――」

優希「わあっ!? それまな板! 食べ物違うっ!!」

幽々子「う~……?」

 

恨めしそうな顔で取り上げたまな板を見上げる女性。

幼児退行なされてはいるが、高そうな着物を着てるな。

そういえば、紫さんから西行寺さんの特徴きいてないじゃん!

 

幽々子「うう~……食べ物~……返して~……」

優希「いや、これは食べれないって」

優希「ほら、今はこれで我慢してくれ」

幽々子「あら、飴じゃないっ」

幽々子「ちょっと酸っぱいけれど、美味しいわね」

優希「お、おう……」

 

飴を口にしたと思ったら上品な口調になった。

どうやらこっちが正常らしい。

しかし、本当に美味しそうに食べるなあ。

犬走のやつとよく似ているかもしれない。

 

幽々子「……そういえば、あなたは人間ね?」

幽々子「やっぱり私はこのまま襲われるのかしら……」

優希「いや、俺は紫さんに頼まれて来てるだけ」

優希「西行寺幽々子って言う人を探してるんだけど知らない?」

幽々子「……紫は無事なの?」

優希「へっ? あ、ああ……今は永遠亭に身を潜めてるよ」

優希「妖怪の山の奴らや、紅魔館の奴らも一緒だ」

 

やたら凝視されているせいでしどろもどろになる。

そんな俺を他所に、その人は妙に冷静だ。

 

幽々子「……あなたは、正常な意識を保ってるのね」

優希「ん? まあ、外来人だから……かな?」

幽々子「分かったわ、ひとまずあなたのことを信用させてもらうわね」

 

ふんわりとした、どこか儚げな笑みを浮かべる。

ああ、どこか確信はしていたが多分そうだ。

俺はそう考え、預かっていた扇子を差し出す。

 

幽々子「それ、紫が大事にしてる……!?」

優希「やっぱり、あなたが西行寺さんなんだな」

優希「これを渡せば、分かってもらえるって聞いたんだけど……」

幽々子「……ふふ、これを託すということはよほど信頼されてるのね」

優希「ど、どうなんだろう……?」

 

頼りにされてると思いたいが、信じてもらってるかは怪しい。

未だに俺に対しての不信感を持つやつだって居るのは確かだ。

 

優希「うう~ん……」

幽々子「ふふ、心配しなくても大丈夫よ」

幽々子「これを託されるということは、そういうことよ」

優希「まあ、うん……そういうことにしとくよ」

幽々子「でもあなた、よく無事だったわね」

幽々子「うちの妖夢と会わなかった?」

優希「ああ……あの刀娘ね」

 

あの子も保護対象だからどうにか説得しないといけない。

ただ、どうにも誤解されきってる状態で分かれてしまっている。

思い込みが激しいとかいう話だから、そう簡単にことは進まないだろうなあ。

 

幽々子「あの子は私の命令には決して逆らわないわ」

幽々子「私と居ればまず、安心なはずよ」

優希「そういえば、紫さんもまずは西行寺さんに会えって――」

妖夢「そこかあーーー!!」

優希「えっ……?」

 

風が腕を凪ぐような感覚。

その後、突然俺の左腕からが力が抜けた。

 

妖夢「これは白楼剣……その一振りは迷いを断ち、幽霊を成仏させる」

優希「うっ、動かないっ!?」

 

何度も腕に力入れようとするがうんともすんとも言わない。

さっき、迷いを断ちとかわけのわからないこと言ってたが……。

まさか、あれで切られたのか!??

だが、さっき切られた時とは違って体には傷一つないってどういうことだ。

一体何が起こっているのか分からない。

相手は相手で構えは解かないし、これはまずいな。

 

妖夢「一刀で介錯などはしない……」

妖夢「幽々子様を傷つけた罪、その身を持って償ってもらう!」

優希「うわっ!?」

 

上段からの袈裟斬りから続けて横薙ぎ。

さっきの長い方と違って、物理的に斬る以外の用途もあるらしい。

それは感覚がなくなった左腕からも分かる。

理屈はよく分からんけど、あれで斬られたら動かなくなるんだ。

小振りな短刀に近いものだからか、さっきよりも早い。

だけど、ギリギリ避け続けることは出来る。

少女は息が上がったのか、肩を上下させつつ睨む。

 

妖夢「くっ……ちょこまかと……!」

優希「ちょ、ちょっとまってくれって!」

妖夢「黙れ! 幽々子様こんな目に遭わせて……おい……て?」

 

どうやらそこでようやく、普通に笑っている西行寺さんにきづいたようだ。

だがその笑みには何か、本来感じる心穏やかじゃない何かが……。

 

幽々子「あら、妖夢。ダメじゃない、紫の恩人に手を上げたりしたら」

妖夢「ひ、ひぇ……」

幽々子「お仕置きが必要ね」

妖夢「ぴ、ぴえぇぇーーー!?」

優希「う、うわー……」

 

握りこぶし二つ、妖夢とかいう子の頭両サイドを挟む。

よく子供にするお仕置きの一つのあれだ。

女の子が上げるにはふさわしくない悲鳴上げてるが大丈夫なのか……。

しばらくされて声をあげなくなったところで解放。

頭を抑えて涙目になりながら睨まれた。

いや、俺のせいじゃないからね?

 

幽々子「この人は紫の知り合いよ」

妖夢「っ!? 紫様の!?」

優希「あ、うん……」

幽々子「そういえばまだ名前を聞いてなかったわね」

優希「あ、そうだっけ!」

優希「俺は佐伯優希、外来人だけどな」

 

出会いがあまりにも衝撃的で自己紹介とか忘れていた。

外来人という言葉を聞いて、妖夢って子は驚いてるようだ。

ただ、その後例に漏れず納得したような顔でうなずかれた。

 

幽々子「彼は正常みたいね」

妖夢「そうとは知らず……申し訳ありませんでしたっ!」

優希「ああ、まあ……そこは大丈夫だから」

優希「こっちに来てから似たような目には遭ってる」

 

アチラコチラにある傷や手当の跡で察してくれたらしい。

そういえば、この腕はどうなるんだろうか。

 

妖夢「……実はその、その腕なんですが」

優希「うん」

妖夢「腕の部分を狙って成仏させてしまった結果なんです」

優希「うん? 成仏って……」

妖夢「はい……つまり、その腕を治すには閻魔様のところへ行かなくては行けなくて……」

優希「えっ、ちょっと待って? それじゃあ、それまでこの腕は?」

妖夢「そのままですね……」

優希「まじかいっ!?」

 

さっきまでは冷静に聞いてたけど、どうやらタダ事じゃないらしい。

成仏って言ってるってことは多分だが、俺の左腕の部分だけどっかに行ってると。

なんか自分で説明しておいて摩訶不思議な内容だな。

 

優希「でもまあ、動かないだけだし大丈夫っちゃ大丈夫か」

幽々子「いえ、そのままではいけないわ」

優希・妖夢「えっ?」

優希「その、どういうこと?」

妖夢「いえ、私もあまり詳しくは……」

 

おい、俺の左腕成仏させておいて何という言い草だ。

だがまあ、相手も申し訳ないとは思ってくれているようだから咎めない。

問題は、西行寺さんの言葉だ。

俺たちの視線が向けられると、ほんの少しだけ沈黙。

そして――。

 

幽々子「まずは安全な場所へ移動した方がいいのかしらね?」

幽々子「幸い、今はまだあなたの命に別状はないから」

 

と、さらりと爆弾発言をされてしまった。

え、これってそんなにまずい状況なの?

俺と同じ考えに行き着いたのか、妖夢の顔色が目に見えて青くなっていた。

……無関係じゃないだけに、気にするなとも言いづらいんだけど。

とりあえずは脱出……それについては異論はない。

俺たちは門への道へ向かって移動する。

 

 

優希「そういや、思ったよりもまだ大丈夫そうだったな」

 

破壊された形跡なんかもなく、襲われたところも見ていない。

そんな理由から、俺は極限状態と記されていたことにちょっと疑問を持っていた。

もし、誤った情報であったなら信用性にかけてしまう。

しかし、そんな俺のつぶやきに妖夢は首を振る。

 

妖夢「いえ……実際に限界は近かったですよ」

妖夢「いくら半分死んでいるとはいえ、私も人間ですから」

優希「……半分死んでる?」

妖夢「ええ、この半霊が私の半身です」

優希「あっ、そいつか」

妖夢「?」

優希「ああ……何か他の人魂と違って意思みたいなものがあるなあって」

優希「襲ってくる感じもなかったから撫でたりしてたんだけど」

 

いいながらふよふよした半霊に触れる。

うん、相変わらず形容しがたい良い手触りだ。

先ほどとは違い、興味が有るのか俺の周りをふよふよしている。

とと、話が脱線したな。

 

優希「じゃあ、やっぱり妖夢も体力的に限界きてたのか」

妖夢「それももちろんありますが……」

幽々子「う~……お腹空いたわ~……」

妖夢「この通り、食糧難でして」

優希「ああ、そっち方面か……」

 

道中聞いた感じだと、ここは冥界らしい。

通りで普通の寒さじゃない、薄ら寒いものを感じると思った。

それに空を舞うようにして漂っていた人魂の数にも頷ける。

そんな辺鄙な場所にあれば食料を得るのだって難しいだろう。

だからさっき飴を出したら喜ばれたんだな。

 

妖夢「食糧問題については永遠亭の方々も似たようなものでしょう」

妖夢「幽々子様ってばよく食べるので、この状況は辛いものがあります」

幽々子「ちょっとー、まるで私が暴食魔みたいじゃない」

妖夢「1月持つはずの食料を1週間ほどで食べちゃったじゃないですか」

優希「えっ? 西行寺さんだけで?」

幽々子「それでも我慢してたわよ~」

 

可愛らしく頬をふくらませる。

第一印象は子供っぽい大人。

それから話をしてみれば、線が細くて弱々しい女性。

しかし、どうにも彼女はよく食べるらしい。

1月持つはずの、というのが具体的にどの程度かは分からないが。

 

優希「ま、大した怪我とかしてなくて良かったよ」

優希「射命丸なんかはひどい怪我だったんだ」

妖夢「あの烏天狗がですか?」

優希「ああ、俺が出会ってなければと思うとゾットするよ……」

 

あの時の傷は、常人なら死んでいたっておかしくない程だった。

それを耐え、生き続けていたのだから大した生命力だったと思う。

今でもあの時の光景を思い出すと心が痛い。

 

妖夢「? では、佐伯さんが手当を?」

優希「ん、そうか。まだ能力のことを言ってなかったっけ」

優希「ほいっと」

 

俺はそんな気の抜けるような掛声とともにおにぎりを出す。

一つは両手で持たないと少し危ないくらいのサイズ。

まさかとは思うけどこれを食べ切ったりとかしないよなあ。

とか考えていると――。

 

幽々子「いただきま~す」

優希「……えっ?」

 

気がついたら、でかいおにぎりが姿を消していた。

更に言うと、妖夢に上げるようのまでだ。

なんか俺の目が間違ってなかったら吸い込まれたように見えたんだけど!

驚いて目を丸くしていると、ほんの少しだけ満足したような顔をなさる西行寺さん。

あ、これは見間違いじゃなかったか。

 

幽々子「ご馳走様~」

幽々子「あんなでかいおにぎり、どこにしまってたの?」

妖夢「あう……私の分まで……」

優希「ああ、うん。これが俺の能力の一端」

優希「望みを具現化する程度の能力だよ」

 

そう言って再び、おにぎりを出してそれぞれに渡してやる。

西行寺さんには念のためさっきのサイズを2個。

従者の分まで奪ってあげないでほしい。

ちょっとだけ妖夢が可哀想になってきたじゃないか。

妖夢は妖夢で、嬉しそうな顔でおにぎりを受け取っていた。

夢中で頬張る姿がなんとも可愛らしい。

リスの食事風景って感じ。

西行寺さんは……なんだ、どこぞのピンクの生命体だと思っておこう。

二人への印象が色んな意味で反転してしまった。

 

妖夢「はあ~……久しぶりのお米です……」

幽々子「まだ腹3分目だけど、大分ましになったわ~」

優希「まだ3分目かよっ!?」

幽々子「でも、あなた随分といい能力を持っているのね」

優希「ああ、うん。ご都合主義のチート能力だよな」

優希「なんとこの能力、温泉とかまで創れちゃうんだぜ」

妖夢「おんふぇんでふふぁっ!?」

優希「飲み込んでからしゃべろうな?」

妖夢「……ふぁい」

 

真っ赤な顔をしておにぎりを飲む込む。

さっきまで鬼のような顔して斬りかかってきたとは思えん。

何分必死だったんだろうけどな。

そんなギャップに苦笑いを浮かべていたら玄関にたどり着く。

そのまま玄関を降りて門をくぐった。

 

 

さて、周囲には敵の姿もないし……今なら大丈夫か。

……とと、左腕は動かないんだっけ。

右腕で左ポケットを探るとか言う器用な真似をして無線機を手に取る。

 

紫『っ!? 佐伯くんかしらっ?』

優希「ああ、今二人を無事確保したよ。スキマを頼める?」

紫『……ええっ!』

 

紫さんにしては珍しく、語調に感情が入っている。

あれほど心配していたんだし、気が気じゃなかったのかもしれない。

なにより、無線機をつなげた瞬間に反応が来た。

つまりずっと無線機の前に居たってことだ。

やがて、人一人分通れるくらいのスキマが姿を現す。

それを見て二人は本当に安心したのだろう。

ホッとした表情で中へ入っていった。

それを見送った後に俺も続く。

 

優希(さーて……この腕のこと話したら怒られるんだろうなあ)

 

 

優希「……」

椛「さて、佐伯さん……」

早苗「弁明はありますか?」

 

スキマをくぐり抜けてた俺を待っていたのは予想通りの光景だった。

射命丸や犬走たちを中心に扇状に取り囲まれる。

え、なにこれ怖い。

 

優希「いや、紫さんたちから聞いてないのかっ?」

紫「もちろん、ちゃんと言い聞かせたわよ」

永琳「だけど、全く納得してくれないのよね」

 

ふう、と困った風にため息をつかれた。

いや、あれは絶対に途中で諦めたって顔だ!

だが、幸いにして俺は今回目立った外傷はほぼない。

腕がどうのって後で説明されるらしいが問題ないはずだ。

 

椛「まあ、見たところ大きな怪我はなかったようですが……」

早苗「妖夢さんに斬られてしまったのではないかと心配だったんですよ?」

妖夢「っ!?」

霊夢「ん~?」

優希「な、何かな? 霊夢」

 

妖夢のやつ、東風谷の言葉に反応して狼狽えてる。

多分それを見たら間違いなく気づかれるだろう。

そう思ってとっさに皆から見えないよう移動したのだが……。

 

霊夢「あんた、腕んとこどうしたのよ」

優希「……何のことかな?」

霊夢「とぼけない。腕の部分の霊力が感じられないのよ」

霊夢「……妖夢、もしかしてだけど」

妖夢「……はい」

一同『……』

 

言わんこっちゃない、という顔で盛大なため息をつかれてしまった。

居残り組だった面々からはやれやれ、というニュアンスだったが。

そういえば、こうなってることのリスクに対する説明ってまだだったよな。

 

早苗「霊夢さん、このままだとどうなるんでしょうか?」

霊夢「そんなこと知らないわよ」

霊夢「そもそも、一部だけ成仏とかそんな例は聞いたことがないわ」

紫「どうなの? 幽々子」

幽々子「……単刀直入に言えば、放っておけば死んでしまうわね」

優希「ええっ!?」

 

あっさりバッサリとそう告げられるとこっちも困る。

予想してなかったわけじゃないけど。

 

にとり「どど、どういうことだいっ?」

神奈子「……霊魂は身体と密接なつながりがある」

神奈子「霊魂と身体、その二つがあって生物は初めて活動出来るんだ」

幽々子「彼の場合は特殊で、体の一部を強制的に成仏させられているの」

幽々子「そこは幸いというべきね」

レミリア「どうしてかしら?」

幽々子「ごく一部であれば、身体の劣化は遅くなるからよ」

幽々子「逆に言えば、放っておけばその腕が壊死し広がっていくわね」

優希「うげ……」

 

壊死って言うと、腐っていったりするんだっけ。

今の俺の左腕はいうなればゾンビの一部みたいなもんだってことか。

それが全体に……いや、半分以上でも回れば死ぬだろう。

思っていたよりも深刻なダメージだったらしい。

うどんげの奴が慌てた感じで調子を見てくれる。

あちこちペタペタと触られるからなんとも気恥ずかしい。

 

うどんげ「今のところは腕に目立った変化は出てないみたいね」

優希「お、おう……」

 

覗きこむようにしてこちらを見る顔が近い。

以前に比べるとすごく優しくなったな……。

それはいいとして、ちょっと近すぎやしないですかね。

 

永琳「佐伯くんはどう感じてるの?」

優希「うーん、しいて言うなら麻痺の極限状態みたいな?」

優希「……痛覚もないみたいだし、動きもしない」

 

軽く本気でつねってみたが痛みを感じない。

多分、そういった感覚すら全部どっかに行ってしまったんだろう。

 

輝夜「成仏ということは……やはり三途の河かしら?」

紫「恐らくそうなるでしょうね」

幽々子「ただ、妖夢は悪い人間と勘違いして斬ったのよね」

妖夢「え、ええ……あの時はそう思っていましたから……」

幽々子「その場合は地獄に行っている可能性も否定はできないわね」

優希「そのどっちかってことか」

優希「……あ、そういえば」

霊夢「どうしたのよ?」

優希「いや、機器察知機器の要領でどこに行ってるのか分かる道具だせばいいかなと」

藍「そんなことも可能なのか?」

優希「多分……」

 

自信はないけど多分大丈夫だろう。

今回みたいに設置する必要もないし、携帯できるのがいいな。

そうやっていつもどおりの望みを具現化するために意識を集中する。

すると、懐中時計に近い物が出てきた。

適当にスイッチを押してみると、『三途の河』という文字。

……うわあ、まさかとは思ったけどマジでか。

 

妖夢「ご、ごめんなさい! 私のせいでっ……」

優希「なんでこっちの子はすぐに土下座するの!?」

優希「いいから、顔を上げてくれって」

 

両手が使えない分、無理に起こすことも出来ない。

片手が使えないって結構不便なのね。

頑なに顔をあげようとしない妖夢に少し困ってしまう。

 

幽々子「なら、こうしましょう」

幽々子「妖夢、あなたは彼の魂を引き連れるまで彼に付きなさい」

優希「えっ?」

 

突然何をおっしゃるのでしょうか、この方は。

当の本人は名案、といった笑顔を浮かべている。

ちなみに従者さんは俺と同じで困惑気味だ。

 

妖夢「ど、どういうことでしょうか?」

幽々子「妖夢としては償いがしたい」

幽々子「だけど佐伯くんはそんなの気にしない、でしょ?」

優希「まあ、治るなら治しに行けばいいだけだしな」

幽々子「でも実際、片腕では色々不便でしょう」

優希「む……」

 

確かに、片腕では出来ることも限られはする。

筋トレだってしなきゃいけないが出来ないしなあ。

それに、せっかくの西行寺さんの案を反故にするのも少し気が引ける。

後は当の本人なんだけど――。

 

妖夢「そういうことでしたら、謹んでお引き受け致します!」

 

やるきまんまんか……これは更に断りづらい。

まあ、助けてもらえるのなら有り難いから素直にうなずいておく。

 

静葉「とはいえ、今日はもう遅いですしお休みになったほうが」

てゐ「その前に晩ごはんウサ」

慧音「……こほん」

優希「ん?」

 

聞き慣れない声に視線がさまよう。

すると、声の主だろう女性と目があった。

 

慧音「ふむ、君が霊夢達の言っていた少年か」

優希「ああ、佐伯優希……外来人だ」

優希「もしかしてそっちの4人が?」

 

俺の言葉にそれぞれ応える。

ぱっと見て人間そうなのが3人と妖怪っぽいのが一人。

とはいえ、それもあてにならないんだろうなあ。

 

妹紅「確かに他の人間と比べて話せるな」

阿求「妹紅さん……そういう言い方は失礼ですよ?」

ミスティア「でもねえ……?」

優希「いや、言いたいことも分かるから気にしないよ」

優希「……そっちも、大変だったな」

 

大小の傷に衣服の乱れ、いろんな汚れにまみれた姿。

そんなのをひと目でも見れば察することは出来る。

だけど、俺のそんな言葉に4人は複雑そうな表情だった。

 

妹紅「やれやれ、どうやら疑い過ぎたみたいだね」

ミスティア「そうだね……皆が言ったとおりの人みたい」

優希「ん?」

椛「けふんけふん!」

椛「そ、それよりも自己紹介をしてはいかがですかっ?」

優希「お、おお……そうだな?」

 

なんだか妙に焦ったように提案してくる犬走。

身を乗り出すようにしていたためかちょっと距離が近い。

それには彼女も気づいたみたいで顔を赤くしていた。

何この子、可愛い。

 

慧音「そろそろいいかな?」

優希「あ、すまない!」

慧音「いや、気にしないでくれ」

阿求「ふふ、仲が良いのは悪いことではないですよ」

 

微笑ましい、といった感じで言われて少し恥ずかしい。

ああもう、なんか犬走もそわそわしてるし!

あと、なんでうどんげたちは睨んでるのかな?

 

優希「えっと、改めて自己紹介してもらえるか?」

慧音「ああ、私は上白沢慧音」

慧音「半人半獣のワーハクタクだ」

優希「ワーハクタク……?」

慧音「知りたいかっ?」

 

あまり聞き覚えのない単語に思わず聞き返してしまう。

そんな俺の反応が嬉しいのか、妙にうきうきした笑顔で頷く。

 

慧音「ワーハクタクと言うのは獣人の一瞬でな」

優希「? でも別に尻尾とかがあるようには見えないけど」

慧音「ああ、普段は人間だから身体的特徴はでないんだ」

慧音「私がハクハク化するのは満月を見た時だけだよ」

優希「おお、なんか人狼みたいだな」

慧音「人狼? ウェアウルフのことか……まあ似ているかもしれないな」

優希「……」

 

今見ると本当に只の人間にしか見えない。

だけど、人狼と同じようなもんだということはだ。

もしかして、満月を見たら上白沢さんも獣化するのか?

そんなことを真剣に考えていると、不意に含み笑いが上がる。

そちらを見ると、おとなしそうな着物の子が立っていた。

 

阿求「恐らく、佐伯さんがご心配するようなことはないですよ」

優希「えっ?」

阿求「慧音さんは変身しても、角と尻尾が生え、髪色が変わるくらいなんです」

優希「そうなの!?」

優希「てっきり、毛むくじゃらの狼みたいになるのかなと……」

慧音「そんなことにはならんよ」

慧音「せいぜい、白狼天狗の子と同じ感じさ」

優希「へえ……」

 

例に挙げられて思わず犬走の方を見る。

彼女は急に視線が集まって少し恥ずかしげにしていた。

あんな感じだと思えば可愛らしいもんだ。

化物みたいなのを想像していただけに少しほっとした。

 

阿求「改めまして、私は稗田阿求ともうします」

慧音「彼女は稗田家の九代目の当主だ、失礼のないようにな?」

優希「あ、ああ……よろしく?」

阿求「慧音さん……このような状況ですし、今は身分は気にしないで欲しいんです」

阿求「ですから、佐伯さんもどうか霊夢さんたちと同じように接してください」

優希「うーん……君がそう言うなら」

阿求「はい」

 

裏のない笑顔。

多分、彼女は本心からそう言ってくれてるんだろう。

ならそれに応えないのは失礼だな。

 

優希「分かった、じゃあ改めてよろしくな! 阿求」

阿求「はいっ!」

妹紅「みてれば見てるほど分かんなくなるやつだな、お前」

優希「いや、そんなことを言われても……君は?」

妹紅「藤原妹紅だ」

妹紅「苗字で呼ばれるのは苦手でな……だから名前で読んでくれ」

優希「あ、ああ……分かった」

 

『悪いね』とつぶやく声に、ほんの少し蓬来山の奴が反応したような気がした。

ただ、それはあまり気にならない程度のもので気のせいだったのかもしれない。

ただ、妹紅の方はかなり険しい顔をしていた。

多分触れないほうがいいだろうな。

さて……最後は。

 

ミスティア「私はミスティア・ローレライだよ」

ミスティア「よろしくね、面白いお兄さん」

優希「お、面白い?」

ミスティア「だって、この状況で正気を保ってるんだよ?」

優希「と、言われてもだな」

優希「……君は、人間じゃないよな?」

ミスティア「うん、夜雀の妖怪だね」

優希「雀……なるほど?」

 

言われてみれば背中に生えている羽も鳥っぽい。

夜雀ってのが聞き慣れない単語だったが瑣末な問題だろう。

ともあれ、無事あることに間違いはない。

 

閑話休題。

 

優希「よし、皆揃ったところで飯にしようか」

 

例によって、上白沢さんたちには風呂に入ってもらった。

全員ちゃんと綺麗になったところで食卓になる大広間に集まってるってわけだ。

飯という単語に反応したのか、西行寺さんは目に見えて嬉しそうな笑顔を浮かべる。

 

幽々子「あらあら、そういえば食事の心配はいらないのよね?」

優希「ああ、うん。そこは俺が出すから」

 

言いながら適当にごはん物やおかずを出してやる。

洋食も和食も中華も適度に。

こうして出してやると皆、思い思いに好きなところへ。

紅魔館の奴らは洋食が好きなのかそっちに固まっていく。

 

美鈴「う~ん、この小籠包……最高ですねっ!」

優希「やっぱ美鈴さんは中華好きなのか」

美鈴「ええ、こちらではあまり見ませんから久しぶりですが」

椛「変わった料理ですね」

優希「あ、それ熱いから気をつけてな」

椛「ハフハフ……」

 

尻尾をフリフリしながら水餃子を頬張る椛。

この子は本当に見ていて癒される。

思わず浮かぶ笑みも隠さず、肉まんを手にとった。

噛むとふんわりとした生地。

その後にじゅわっ、と溢れてくる熱々の肉汁がたまらない。

うん、たまには中華もいいもんだ。

そう思ってラーメンを食べようとしたのだけど。

 

優希「……むむ」

 

左腕が使えないために丼を支えられない。

意外とこれはテクニックが必要だな。

だけどこれは食べられなくもない。

 

妖夢「持ちにくいんですか?」

優希「ん? まあ、しゃあないよ」

 

片腕ともなれば器を支えることが出来ない。

ともあれ利き腕が動かせるだけましというもんだ。

なんとかラーメンを口に運んでいると――。

 

妖夢「では私が食べさせて上げますよ!」

優希「むぐっ!? ゴホッ、ゴホッ!!」

一部の人妖「!?」

 

とんでもない発言に思わず吹き出しそうになる。

それを無理矢理飲み込んでむせた。

い、一体何をいっているんだこの子!?

後、なんで犬走たちは睨んでるの!?

当の本人はきょとんとしているあたり気づいてないんだろうな。

 

優希「あのな? 妖夢」

妖夢「なんでしょう?」

優希「厚意はありがたいんだけど、よくよく考えてみ?」

優希「自分がしようとしてることについて」

妖夢「私がしようとしていること……はっ!?」

幽々子「あらあら、ずいぶんと積極的ねえ」

妖夢「ち、違うんですよ!?」

 

やっぱり気づいてなかったわけか。

ちょっと残念なようでほっとしたような。

 

椛「でしたら、私が食べさせてあげましょうか?」

優希「へっ?」

にとり「おお、なら私も食べさせてやろうじゃないか」

優希「お、おい?」

 

本人の意思とは無関係に盛り上がるみんなに気圧される。

いや、気圧されてしかるべき状況だ。

なんかみんなの目が怖い!

助けを求めて紫さんに目を向けてみたものの……。

 

紫「頑張りなさい? 死にはしないでしょうから」

優希「薄情すぎる!?」

魔理沙「なんだなんだ? あいつに無理やり食わせるイベントか?」

魔理沙「なんだかよくわからんが参加するぜ!」

優希「しなくていいっ!」

霊夢「あっ! こら、待ちなさいっ!」

 

別に逃げなくてもいいんだけど、俺は何となく逃げ出す。

なんていうか、そういう空気だ。

飯中にちょっと行儀は悪いけどみんな笑ってるなら別にいいだろう。

そんな自己完結をさせておいて、俺は鬼ごっこに身を投じたのだった。

 

 

幽々子「ふふっ、ずいぶんと元気がいいわね」

紫「でしょう? 彼の周りにいると不思議とこうなるのよ」

 

遠目につぶやく幽々子に、私も素直に同意しておく。

なぜだろう、特別な能力を持っているけどさして魅力的というわけでもない。

なのに佐伯優希という人間の周りには人妖神々関係なく集まる。

しかもそこにあるのは基本的に笑顔。

 

紫「あの子を初めに見たときはさすがに警戒したけれど……」

紫「味方につけておいて本当に良かったと思うわ」

幽々子「そうねえ、ぜひうちに引き取りたいくらいよ」

幽々子「あの子がいたら毎日食べ放題だもの」

紫「……あのね、幽々子?」

幽々子「それに――」

 

呆れて諭そうとすると、その言葉はしっかりとした声にさえぎられる。

ちょっと驚いて彼女の顔を見ると、その顔はひどくまじめなものだった。

いつもふんわりとした笑みを浮かべる幽々子にしては珍しいくらいに。

 

幽々子「理不尽に襲い掛かってきた妖夢に反撃をしなかった」

幽々子「私としては、それだけで十分に信用に値するわ」

紫「……」

紫「そうね」

 

確かにあの少年の話を周りから聞いたらそんな内容をよく聞く。

きっと、心の底から優しい少年なのだろう。

優しい希望と書いて優希、か。

顔も見ぬ相手にだけれど、彼の親には賞賛を送るわ。

そんな柄にもないことを考えながら、私もまた見慣れぬ異界の食べ物を手に取った。

少年たちが奏でる騒がしい祭りの声を肴に。

 

 

 

 

 

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