第6話:それぞれ思惑。
白玉楼での一件から2日たったある日。
優希「呼び捨てにしてくれ?」
一同「……」
全員に無言でうなずかれて、少し面食らう。
なんでそんなことを言うのかと思うくらいには。
優希「でもさ、人として最低限の礼儀は持つべきだろ?」
優希「親しき仲にも礼儀ありってやつだ」
霊夢「郷に入れば郷に従うって言葉もあるわよね?」
優希「むっ……まあ、そうだけど……」
どうやら彼女たちいわく、基本は呼び捨てで呼び合うらしい。
余計な遠慮がないというのだろうか。
いいのか悪いのかはおいておいて、そういう感じだそうな。
しかしなあ……。
優希「でも、稗田さんなんかは割とさん付けしてるよな?」
阿求「私はその~……そういう家柄だったものですから」
阿求「でも、霊夢さんたちに呼ばれるときは大抵呼び捨てですよ?」
優希「いわれてみればそうだったか」
優希「じゃあつまり、みんなは呼び捨て名前呼びにしてほしいってことか?」
レミリア「そうねえ、様づけには慣れているけれどさん付けは勘弁してほしいわね」
何が違うんだ何が、とは突っ込まないでおく。
あのなんちゃってカリスマお嬢様は下手に突っ込むと面倒だし。
まあ、たぶん壁を感じるってことなのかな?
前に学校の奴らからも同じようなこと言われた気がするし。
優希「分かったよ……慣れるまでは勘弁してくれよ?」
魔理沙「間違えるたびにハリセンで叩くか」
魔理沙「そうすりゃ間違えなくなるだろ」
優希「意外にスパルタだったっ!?」
早苗「そ、そこまでしなくてもいいと思いますよ?」
早苗「それに、そこまで渋るのは逆に育ちがよい証拠です」
慧音「そうだな……昨今、礼儀のしっかりした人間がどのくらいいるものか」
上白沢さ……と、慧音か。
彼女の言葉に若干、目をそらしたのがいるな。
平然としてるやつらの中にも慧音の言ってることに含まれてるやついそうだけど。
優希「しっかしまあ、わざわざ集団で呼びに来るから何かと思えば」
呆れ半分、うれしさ半分。
距離を縮めてくれようとしているんだってのはわかる。
そこはありがたい話だ。
だけども、ここまで大げさにするほどのことだろうか。
今や宴会でも開けるだろうこの大広間も助けた面々であふれかえっている。
裁判でも開くのかと思ったくらいだ。
輝夜「まあ、いいじゃない」
輝夜「私もいい加減、蓬莱山とか他人行儀なのは嫌だと思っていたし」
優希「えっ、マジか」
紫「幻想郷の住人は基本的に遠慮がないのよ」
紫「だから、敬語とか使われると違和感がね」
優希「う、うーん……そういうもんか」
優希「まあ、それでみんながいいなら良いけどさ」
そう俺がつぶやくと、納得がいったのかみんな満足げにしていた。
呼び方ひとつでここまで大げさになるとは……幻想郷恐るべし。
優希「で、ほかになんか用あるのか? まさかこれだけってことは……」
霊夢「それだけだけど?」
優希「……はっ?」
さすがの俺もすっぱりとそういわれたら唖然とするしかない。
みんな満足げな表情で話は終わりといわんばかりに解散していた。
ぽつん、と一人残されてちょっと切なくなってしまったんだが。
と、哀愁に浸っていると――。
うどんげ「そうだ、佐伯。後で部屋に行くから、おとなしくしてなさいよ」
優希「うん? おお、分かった」
うどんげ「まったく、本当に返事だけはいいんだから……」
と、のぞかせていた顔を引っ込めて気配が離れていく。
……ちょっとだけ救われた気分、かな。
俺は誰ともなしに苦笑いを浮かべ、部屋へと向かった。
うどんげ「……うーん、やっぱり見える部分に異常は出てないわね」
優希「そっか、ならひとまずは安心だな」
あの後、言っていた通り俺の部屋にはうどんげがいた。
俺の腕の様子を見るためらしく、永琳からもまかされてるんだとか。
その後に筋肉の衰え、硬直の進行を抑えるためのマッサージが続く。
肩から指の先にかけてもみほぐされていくので結構気持ちいい。
感覚はないはずなんだけどな……不思議なもんだ。
うどんげ「……あくまで見える部分では、よ?」
うどんげ「これ以上、自分の体を犠牲にするのは控えて」
優希「うっ……」
マッサージの手を止め、こちらを上目使いで見上げるうどんげ。
最初こそすごく警戒されていたが、今では大分優しくなったな。
……そんなこともあって、距離感が近すぎてドギマギしちゃうんだけどさ。
うどんげ「後、リハビリ程度の運動なら構わないけれどトレーニングもよ?」
優希「……何のことだ?」
うどんげ「隠しても駄目よ。ちゃんと見てたんだから」
優希「あちゃ……見られてたのか、参ったなあ……」
うどんげ「何よ、やましいことでもあったの?」
優希「そういうんじゃなくて……ほら、恥ずかしいじゃん」
優希「努力する姿ってあんまり見られたくないもんだし?」
うどんげ「ふーん? そういうものなのかしら……」
あまりピンとは来ないようで、小首をかしげる。
そんな姿も可愛い。
話がそれちゃったな……。
優希「どっからばれてたんだ?」
うどんげ「あなたと最初に話したあの夜よ」
優希「最初っからかっ!」
うどんげ「あの時はあなたのこと、信用できてなかったから……」
うどんげ「黙って監視してたの。それはごめんなさい」
申し訳なさそうに顔を伏せるうどんげに首を振る。
確かにあの時のうどんげは俺にかなり冷たかった。
それは俺という人間をまだ知ってもらえてなかったからだ。
でも、今はそんなこともないし気にしてるつもりもない。
そんなことをかみ砕いて伝えてやると――。
うどんげ「あなたらしいわね」
と、ふんわりと微笑まれてしまった。
俺らしいってのがどういうことなのか。
それを尋ねてみたけどはぐらかされてしまった。
地味に気になる。
そのあと、部屋に戻るとうどんげは去って行った。
とりあえず、下手に動かないで大人しくしとくか。
俺はそう考えて、部屋で寝ておくことにしたのだった。
一方、そのころの妖怪の山勢力たち。
椛「……ふう」
文「ため息ばっかりね」
椛「あ、文さん……すいません」
『良いのよ』、と苦笑いを浮かべながら隣に腰を下ろす。
そんな文さんも、疲れた表情で溜め息をついていた。
というよりも……。
一同『はあ……』
みんなそれぞれに重さは違うにせよ、ため息を吐いていた。
そのことから私の中でも容易に想像がつく。
原因はみんな共通で、佐伯さんについてだ。
それぞれの溜め息に呼応して、みんな顔をあげて顔を見合わせていた。
その後、気恥ずかしいのかぎこちない笑みを浮かべる。
神奈子「全く、辛気臭いったらないねえ」
諏訪子「ほんとだよ」
椛「ですが、佐伯さんにはもう少し自分を大切にしてもらいたいです」
文「そうよね……佐伯さんは無茶を平然としますから」
神奈子「まあ、そうさねえ。それに関しては坊やの悪い所だ」
神奈子「……だけどそれをどうこう言ったところで変わらないんじゃないかい?」
椛「それは……」
確かに神様の言うとおりだ。
あの人は何度自分を大切にと言い聞かせても怪我をしてくる。
きっと、佐伯さんにとって私達を守ることが最優先事項なんだと思う。
それが嬉しいと思う反面、心配になる。
あの人がいつか、取り返しの付かない怪我で命を落とすのではないか……。
そんなことを考えてしまって、思わず自分の体を抱きしめる。
諏訪子「こりゃ重症だね……」
早苗「神奈子様や諏訪子様は気にならないのですかっ?」
神奈子「そりゃ、大事な早苗を助けてくれた人間だ」
神奈子「気にならないわけがない」
諏訪子「だねえ、彼は見どころあるよ?」
早苗「なら……」
諏訪子「早苗、それにみんなも」
なお言葉を紡ごうとする早苗さんの口元に指を当てて閉ざす。
その顔は幼さの残る顔立ちでありながら、子を想う母のようで――。
諏訪子「佐伯は死なせない、私達が守るんだ」
諏訪子「あいつがどんな無茶をしても、その背中を守ってやりなよ」
何も言えなかった。
彼のダメなところも良いところもひっくるめて理解していた。
やっぱり……神の肩書を持つだけはある。
そんな諏訪子さんの肩に手を置き、神奈子さんも頷く。
神奈子「そうさ、坊やが私達を守るっていうなら私達も坊やを守ればいい」
神奈子「何を言われようと、お互い様ってやつさ」
雛「……ふふっ、確かにそうかもしれないわね」
穣子「ま、そのほうが佐伯にはいい薬になるかもしれないわ」
静葉「穣子ったら……ふふ」
その冗談交じりの会話にみんなの表情もさっきよりは明るい。
私もいつの間にか、迷いは消えていた。
椛(……彼が傷付き倒れてしまわないように、私が護るんだ)
いつも愛用している紅葉が描かれた盾と大振りな刀を見る。
そんな決意を新たにしていると、ふと両肩を叩かれた。
驚いて振り返ると、そこには文さんとにとりの顔が。
文「一人で守ろうとしないで? 私達も佐伯さんを護るわ」
にとり「へへ、佐伯は特別な盟友だからね!」
椛「……そうですね」
今の私ではできることなんてたかが知れている。
こんな時だからこそみんなで力を合わせよう。
大事な仲間を助けるために。
そして、場面は変わって紅魔館チーム。
ああ、ここはなんと居心地がいいのかしら。
私自身、薄暗い図書館に引きこもってばかりだった。
普段の私ならまず訪れることのないであろうこの場所。
今、この場所には佐伯優希という人間の男がいる。
彼の出してくれたクウキセンジョーキとかいうのがすごく……良い。
本来のものは空気中のゴミを取り除いて綺麗にするものらしいのだけど。
これは特殊で、私の喘息に効く薬も同時に出してくれていた。
レミリア「これは良いわね……日光を浴びてもなんともないわ」
フラン「ぽかぽかして気持ちいいね、お姉さまっ」
レミリア「そうね、フラン。こんな感覚を知らなかったなんてもったいなかったわね」
レミイたちの声に顔を上げてみれば、縁側で姉妹並んで座っていた。
普段であれば咲夜が必死の形相で止めていたであろう。
しかし、今の彼女たちは佐伯の出した日光を浴びても大丈夫になるスプレーをかけている。
これは一度かければ3日もつらしく、レミイたちもかなり気に入った。
日傘を刺さなければ行動できなかったことから比べれば劇的と言える。
なんとも面白い研究対象だわ……佐伯優希。
書物以外にこれだけ興味を持ったのはいつぶりかしら。
咲夜「お嬢様、パチュリー様。お茶の準備が整いました」
レミリア「ご苦労様、咲夜。あなたも一緒に座りなさい」
咲夜「では、お言葉に甘えます」
フラン「美鈴も呼んでくるね!」
パチュリー「ふふ、元気いっぱいね」
レミリア「外に出ること自体が珍しいから仕方ないわ」
レミリア「それに、明るい外は私だって興味深いもの」
『いい味ね』『恐縮です』といういつもの掛け合いに思わず頬が緩む。
これ一つとっても、しばらくは聞いていなかったものだ。
咲夜の入れてくれたお茶を飲むと、口の中に僅かな渋みと共に芳醇な香り。
これがまた、彼女の作ってくれたクッキーとよく合う。
畳の部屋でするには少々不格好な御茶会だけれど、満足だった。
しばらくすると、元気な足音と一緒に妹様と美鈴も姿を現す。
普段は門番をしているのが当たり前だからか、美鈴の方はおどおどしていたけれど。
レミリア「美鈴も座りなさい」
美鈴「で、ですが……」
レミリア「今は役職を忘れ、ただの仲間としていなさい」
レミリア「命令よ」
美鈴「っ!」
美鈴「そ、それでは失礼して」
パチュリー「こあも来なさい?」
小悪魔「は、はいっ」
フラン「えへへ、なんかこう言うのっていいね!」
レミリア「こういうの?」
フラン「うんっ! 家族みたいで、なんかあったかくて」
レミリア「……そうね、その通りだわ」
『えへへ』と撫でられながら笑う妹様に目を細めるレミイ。
その姿を私達もまた、暖かく見守る。
嫌なことばかりが起きた異変だけれど、この今だけはとても幸せな時間。
そこでふと思い出すのはやはり、あの外来人……佐伯優希という人間だ。
パチュリー「ところで、皆はあの外来人のことはどう思うかしら?」
私の発言に驚いたのか、レミイを始めとして皆目を丸くしている。
失礼ね……私だって別にしゃべらないわけじゃないわよ?
パチュリー「私からすれば今のところ、彼の評価はすごく高いわ」
パチュリー「とても興味深い能力をしていると思うし」
レミリア「私も悪い印象はないわね」
フラン「お兄ちゃんのこと? なら大好きだよっ!」
レミリア「ぶっー!?」
咲夜「お、お嬢様っ!?」
レミリア「ゴホッ、ゴホッ……!」
レミリア「だ、大丈夫よ」
フラン「?」
澄ました顔をしているけれど、レミイ……あなた紅茶塗れよ。
ついでに言うと向かいに座っていた美鈴も。
美鈴は美鈴で乾いた笑いを上げながら手ぬぐいで顔を吹いていた。
……あなたも苦労人よね、本当に。
騒ぎの張本人はというときょとんしているけれど。
美鈴「佐伯さんはすごく良い人だと思いますよ?」
美鈴「あの人、自分だって怪我だらけだっていうのに心配してくれましたし」
咲夜「? あなたまだどこか怪我でも……」
美鈴「ああ、違います違います!」
美鈴「ほら、私はずっと門に立っているじゃないですか」
小悪魔「?」
美鈴「それに対してですね、『寒くないですか?』って毛布とか出してくれたんです」
美鈴「後、冷めにくいお弁当とお茶も」
咲夜「……それ、いつのことかしら?」
美鈴「えーっと、真夜中ですね」
咲夜「つまり、そんな時間まで彼は起きていたわけですか」
美鈴「あっ!? そういえば……」
小悪魔「あ、あはは……」
頭が痛い、と言った感じに咲夜は額に手をついていた。
ええ、私もなんとなく言いたいことはわかるわよ……咲夜。
美鈴は天然なところがあるから仕方ないと思うしかないわね。
咲夜「……私は、正直なところまだ警戒しています」
美鈴「そ、そうなんですか?」
咲夜「ええ、今の佐伯が本当の姿なのかわからない」
咲夜「下手をすれば、外来人であるふりをしている可能性もあるわね」
レミリア「考え過ぎではないかしら?」
咲夜「お嬢様たちをお守りする上では必要です」
パチュリー「相変わらずね」
そうつぶやく私にレミイも苦笑いを禁じ得ないようだ。
小悪魔「私は信じたいと思っています!」
小悪魔「喘息で苦しんでるパチュリー様を心配してくれてましたから」
こあらしい返事ね。
こんな状況にあっても、こあはまだ信じることを恐れていない。
それがどれだけすごいことかもわかってはいないのだろうけど。
咲夜「……ですが、異変を抜きにして考えれば彼は優良物件でしょうね」
パチュリー「咲夜?」
フラン「ゆうりょーぶっけんってなあに?」
咲夜「考えても見てください」
咲夜「人が良く、護るためなら傷つくことをためらうことはない」
咲夜「しかも、大抵のものを作り出せる能力ですよ?」
一同『……確かに』
なるほど、伴侶として見たら彼はすごい立ち位置にいるわね。
もともとは外の世界の住人ということだけど、その割には肝が座っている。
そうでもなければ、紅魔館でのあの動きは取れないだろう。
それに、彼が自分の傷に対して誰かのせいにしているのを聞いたことがない。
大抵は『仕方がなかった』の一点張り。
それは傷を負わせた相手を気遣ってのものだと取ることもできる。
美鈴「ちょっと女の子みたいですけど、綺麗な顔をしてますしね」
レミリア「あら、美鈴はああいうのが好みなのかしら?」
美鈴「えっ?」
咲夜「あら、春がきたかしら?」
美鈴「ちょ、ちょっと待って下さいっ!?」
美鈴「私、別に好きとはいってませんよ!!」
パチュリー「下手に否定しすぎるのも怪しまれるだけよ?」」
美鈴「むぐっ……」
私のアドバイスに美鈴の弁明が止まる。
まあ、レミイたちが言っていることもあながち間違いではないでしょうね。
反応がこの前読んだ恋愛小説のヒロインにそっくりだわ。
自分の気持ちに気づいてないところなんて特にね。
それからは、美鈴に対してのレミイたちのしつこい追求が始まってしまった。
やれやれ、騒がしくなるわね。
そう思いながらも、私は穏やかだった。
叶うならば、この平穏が続けばいい。
柄にもないそんなことを考えながら、読みかけの本に目を落とした。
そして、更に永遠亭の一同。
うどんげ「あうう……」
てゐ「いつまで唸ってるのよ」
うどんげ「うるさいわね……」
呆れたような声に悪態をついて返す。
私だっていい加減止めたいわよ。
だけど、ふと気を抜けばいつもあいつの姿が浮かんでしまう。
震えながらも私を守ってくれた背中も、申し訳無さそうに謝った顔も。
私を庇いながらも心配させまいとしてくれたことだって。
そのすべてを鮮明に覚えている。
そんなだから、なるべく佐伯には会わないようにしようとした。
だけど、実際そうすると寂しくてそわそわしてしまう。
そして佐伯の顔を思い出してはまた気恥ずかしくなって……。
その繰り返しもすでに数えきれないほどだ。
そりゃあ、てゐに呆れられたって仕方ない。
輝夜「これはまた……」
永琳「重症ね」
うどんげ「ううっ、姫様にお師匠まで……」
情けない声を上げてしまっている自覚はある。
けれど、もやもやした感情に取り繕う余裕すらなかった。
なんでだろう……あいつの前ではそれなりに落ち着いてられるのに。
輝夜「その感情の正体がわかんないって感じね」
うどんげ「姫さまはご存知なんですか?」
輝夜「ええ、私はその感情をよく知っているわ」
輝夜「とはいえ、向けられることが多かったけれど」
少し遠い目をしている姫様。
悲しそうな、それでいて嬉しいような懐かしむような。
そんな目をなさっていた。
輝夜「でも、その正体は自分で見つけないとダメよ?」
うどんげ「……」
永琳「そうね、そのほうがきっとあなたのためになるわ」
うどんげ「?」
てゐ「まあまあ、一つだけヒントをあげようよ」
てゐ「ね、うどんげ」
いつもとは違い、その笑みにはからかうものはない。
何故か、それは優しい笑顔だった。
だからこそ私も素直に耳を傾ける。
てゐ「ちょっと勇気はいると思うけどさ、なるべく佐伯と接してみな?」
うどんげ「佐伯と……?」
そう思っただけで、私の顔が熱くなるのを感じる。
心臓の鼓動もうるさいくらいになって苦しいぐらい。
てゐ「そうしていれば、多分気付くと思うよ」
てゐ「これ以上ないヒントさ」
うどんげ「……ハードル高すぎるわよ」
愚痴をこぼし、体を丸める。
そんな私に苦笑いを浮かべているだろう雰囲気は感じた。
輝夜「ま、佐伯は良い奴よね」
永琳「ええ、私もそろそろ信用していいと思っています」
永琳「ただもう少し、自分を大事にすべきとは思いますが」
てゐ「私も何度かちょっかい出したりカマかけたりしてるけどね~……」
てゐ「あの性格は素だね。ありゃ作ってできるもんじゃないよ」
輝夜「鈴仙はどうかしら?」
うどんげ「……最初はすごく警戒しました」
うどんげ「でも今は信頼してます……怪我をしないで欲しいって思うくらい」
それは私の素直な気持ちだ。
スキマをくぐる度、生きてることにほっとする。
だけど、それと同時にいつもあいつは怪我をしてきた。
聞く限り私たちとあう前もそうだったんだろう。
治せる怪我ならいい……でももし、治せない程の致命傷を受けてしまったら?
そう考えるだけで血の気が引くのを感じる。
永琳「大丈夫よ、うどんげ」
うどんげ「? お師匠?」
てゐ「そうさ、あいつが無茶しても大丈夫なように私らも護ればいい」
輝夜「そうね。彼はもう、立派な仲間だもの」
うどんげ「護る……」
私の脳裏には、あの日……佐伯と一緒に戦った時の映像が浮かぶ。
互いに背中を預け合い、戦場を駆けたあの日のこと。
そうか、そうよね。
私は立ち上がって、縁側に立つ。
うどんげ「……あいつが私たちを守ってくれるなら」
うどんげ「私は、あいつの背中を護れるようにするわ」
私の言葉に、皆それぞれの表情を浮かべてうなずいてくれた。
……そうだよね。
あいつが傷付こうとしてでも誰かを助けるなら私たちはそんな彼を護る。
あの日みたいに、あいつの背中を全力で護るんだ。
相変わらずこの胸を締め付ける感情の正体はわからない。
だけど、今はそれすらも心地よく感じる。
いつかは、この感情にも名前がつくのかな……。
見上げた空には、眩しい陽の光が映った。
更に、その他の面々。
なんだか雑な括りを受けた気がしますが気にしないでおきましょう。
さて、今の私たちの話題はもっぱら佐伯さんに関すること。
外来人でありながら、特別な能力を持ち、私たちを助けてくれる男の子。
私はその様子を目の前で見たわけではありません。
それ故に、信じられないでいたのですが……。
魔理沙「あー、あいつにそんな打算とか策とかないと思うぞ?」
アリス「同感ね。あれが演技だとしたら、大したものよ」
どうやら、魔理沙さんとアリスさんは別意見のようです。
彼女たちも別段、彼の戦いを見たわけではないとのこと。
であれ、どうしてそこまで信頼できるのか。
妹紅「なんか理由あるだろ?」
ミスティア「そうそう、そこまで言うなら具体的な何かないの?」
魔理沙「具体的なー……あいつの行動を冷静に見てれば分かるぜ」
アリス「そうねえ、見ていて呆れちゃうくらいだったわ」
阿求「呆れる……?」
魔理沙「あいつ、あんな普通にしてるけど腰辺り刺されてるんだ」
慧音「なっ? じょ、冗談だろう?」
アリス「私たちもその現場を見たわけじゃないわ」
アリス「だけど、刺した本人に聞いてみたから間違いない」
阿求「えっ、もしかして私たちの中に?」
魔理沙「早苗だよ」
魔理沙「あの二人が襲われると勘違いしたらしくってな」
にわかには信じられませんが、言われてみれば疑わしいところはあった。
動きの所々が鈍かったんです。
特に、立ち上がったり座ったりする時には顕著でした。
魔理沙「それ以外にもどれだけ怪我してるのか力説されたぜ」
魔理沙「興味あるなら文たちに聞きに行ってみろ」
アリス「命に関わるレベルの怪我も治してもらったそうよ」
妹紅「ふむ……今度聞きに行ってみるか」
阿求「そうですね」
魔理沙「ま、あいつの場合放っといてもまーた怪我してくるぜ?」
ミスティア「でも、あんな能力もっててそんなに弱いの?」
魔理沙「あー違う違う。あいつの場合はいつも助ける側に襲われてるんだ」
魔理沙「ほら、今回の妖夢のときみたいにな」
阿求「それはどういう……」
アリス「まあ、助けられるまでの私たちを思い出すと良いわ」
言われて思い出して……納得がいきました。
突然、男が助けると言って現れたところで信用はしません。
となれば、取る行動は迎撃か撤退でしょう。
その、迎撃を受けた結果がその傷であるようです。
阿求「でも、避けられなかったのでしょうか?」
魔理沙「あいつ、普通の学生?ってのをしてたらしいからな」
魔理沙「能力もこっちに来て使えるようになったみたいだ」
慧音「ふむ……言われてみれば、彼はあまり武道をしているようには見えなかったな」
妹紅「ひょろっこいやつだったよな」
妹紅さん、そこで笑うのは失礼かと思いますよ?
でも、確かに女の子かと思えるような顔立ちにあの体格。
それをみれば言いたいことはわからなくはないです。
……女の子の服とか着せてみたらおもしろいかもしれませんね。
優希「っ!?」
優希「……なんか寒気が?」
ミスティア「なるほどねえ……じゃあ、戦いなれてないんだ」
阿求「つまり、能力はあるけれど里の方々と同じということですね」
魔理沙「チート並みの能力があるからなんとかなってる、そんな感じだぜ」
阿求「……大丈夫でしょうか」
アリス「大丈夫だとは思うわ」
アリス「一度は死にかけているのに性懲りもなく怪我をしてくるみたいだし」
慧音「はあ、なるほど……天狗たちが心配するのも無理は無いな」
慧音「話を聞いてもやっぱり、自己愛が足りないように感じるよ」
妹紅「蓬莱人ならまあ、わかるけどね」
阿求「何が彼をそこまでそうさせるんでしょう?」
魔理沙「さーな……ただ」
アリス「あいつはそんな問に必ずと言っていいほどこういうらしいわ」
一同『?』
魔理沙・アリス「『男は女を護るもんだ』ってね(な)」
苦笑いを浮かべ、湯のみとティーカップを傾ける二人。
その表情から察するに、一度言われたことがあるみたいですね。
男は女を護るもの、ですか。
乙女としては一度は言われてみたい言葉ですね。
阿求「興味深いですね」
阿求「ぜひ、幻想郷縁起に加えたいくらいです」
魔理沙「おいおい、あいつは外来人だぞ?」
阿求「いいじゃあないですか」
久しぶりに幻想郷縁起に加えられる人が増えた。
そう考えると状況も忘れてワクワクしてしまいます。
さあ、彼はこの私にどんな記録を残してくれるのでしょう。
お気に入りの紅茶の香りを楽しみながら、そんなことを考えていた。
そして、白玉楼の二人は。
妖夢「幽々子様、お茶が入りました」
幽々子「あら、ありがとう」
小腹がすいたという幽々子様へのおやつを用意した後、向かいに座る。
佐伯さんにつくということだったけれど、ここにいる間は遠慮されてしまった。
幽々子「……あの子、いい子ね」
妖夢「?」
幽々子「佐伯くんよ」
妖夢「ああ……確かに、良い人ですね」
一度はあの人に刃を向けてしまった。
いや、それどころか彼の腕を使い物にならなくしてしまっている。
それでも彼は嫌な顔ひとつせず私と接してくれていた。
一方的にひどいことをした私に対して――。
優希『大変だったな』
と、それだけいって頭をなでてくれたのを覚えている。
そして、同時に気にしないでくれとも。
片腕を使えなくされて、あまつさえ命の危険さえある。
そんな状況にされているのにたったそれだけだった。
あの人の優しさは異常で……。
だけど、すごく温かった。
幽々子「妖夢」
妖夢「っ! は、はい?」
一瞬、反応が遅れてしまい急いで顔を上げる。
そこにあるのはいつもの柔らかい笑みを浮かべた幽々子様。
しばらく見つめられてしまい、慌てていると納得したようにうなずかれた。
……一体何だったのだろう?
幽々子「佐伯くんをしっかり守ってあげなさい」
幽々子「あの子、無茶しすぎみたいだから」
妖夢「……はい、もちろんです!」
この瞬間、私の中には護るべき対象が増えた。
私にとって主であり、家族でもある幽々子様。
そして、不思議な優しさを持った少年の二人に。
一方、博麗の面々といえば。
霊夢「極楽ねえ……」
紫「全くもう……あなたという子は」
優希の出すご飯はすごく美味しい。
それだけでもあいつを仲間に引き入れたのは正解だったと思う。
平和なときですらこんなに食に満足したことがあったかしらね。
だらしなく四肢を伸ばしているせいで呆れた声が上がったみたい。
ま、別にいつものことだしきにしないけどね。
藍「では、紫様は佐伯殿のことを全面的に信用すると?」
紫「ええ」
霊夢「あら、紫にしては珍しいじゃない」
紫「そうかしら? 霊夢もなんとなくだけど、信用できるって思ってるでしょう?」
霊夢「……そうねえ、あれだけ馬鹿みたいなお人好しだし?」
橙「れ、霊夢さん……」
橙がおどおどした感じで名を呼んできた。
まあ、ちょっと口が悪いのは黙認してほしい。
今更変えられるもんじゃないし。
よっ、という掛け声と一緒に身を起こす。
霊夢「内面は全く心配いらないと思うわ」
霊夢「ただ……」
藍「ただ?」
霊夢「なんていうのかしらね……只の人間とは思えないのよね」
紫「いつもの勘、かしら?」
霊夢「それもあるわね」
霊夢「あまりにもタイミングが良すぎるのよ」
橙「?」
紫たちは思い当たる節があるみたいね。
橙はまあ……お子様だから仕方ないとしても。
藍「異変が起き、混乱しきっている瞬間に彼は現れた」
藍「だが、それもこの混乱に際して結界がゆるんだとも思われる」
霊夢「そうね……でも、ならなぜ優希だけなのかしら」
藍「……それは」
紫「誰かの手引、の可能性も捨てがたいわね」
霊夢「ええ、そしてそうなると一番あやしいのは――」
3人『謎の声』
橙「謎の声って……佐伯さんのお話に出ていた?」
霊夢「そうよ」
藍「確かにその声の主が佐伯殿を連れてきた可能性は高い」
藍「その上で、能力を与えたとも考えられるな」
紫「つまり、彼はその誰かに選ばれ連れてこられたわけね」
紫「そうなると、その誰かはこの状況を知っていたことになるわ」
霊夢「そうね。その上で、どうしないといけないかもわかっていた節がある」
霊夢「異変に関わっていた可能性は否定できないわね」
藍「では、佐伯殿はそいつの手駒で?」
霊夢「いいえ、それはないわね」
ここまで言っておいてなんだけどそれはないだろう。
優希に人を騙すような技量があるとは思えない。
ちょっと小突けばすぐにボロが出る。
それに、あいつの誰かを助けたいって思う気持ちはきっと本心だ。
だからこそ、あんなボロボロの体でも出ていこうとするんだろう。
私にはよく理解できない感情ね。
霊夢「あのヘッタクソな演技で人を欺けるなら大したもんよ?」
藍「……そうだな、彼は人を化かすには不向きなほど実直だった」
橙「それに、すごく優しいよっ」
藍「……ふふ、そうだな」
微笑ましいものね。
藍に撫でられて嬉しそうな笑みを浮かべる橙を見てそう思う。
この瞬間を得られているのもひとえにあいつの功績がでかい。
ま、信用はしてあげるけど、警戒もしておきますかね。
あいつはすぐに無茶をするんだから。
紫「あの子の動向にはきちんと目を向けておくわ」
紫「霊夢は何かあったら、あの子を助けてあげなさい」
霊夢「言われなくても分かってるわよ」
霊夢「大事な食い扶持を潰されるわけにいかないしね」
紫「……素直じゃないんだから」
うっさいわね……聞こえるように言うなんて当てつけがましい。
これだから紫は苦手なのよ。
とはいえ、素直じゃないのは認めるわ。
他との関わりをなるべく避けてきた私が個人を気にしている。
そんなことは分かっていても納得出来ない自分がいた。
どうしてあいつは、ここまできになるのかしらねえ。
開け放った襖の先からは、竹林独特な香りが吹き込んでくる。
……あいつは今頃、ちゃんとおとなしくしているのかしらね。
そんな柄にもないことを考えながら、笑っていた。
優希「うぐぐ……ふぅ」
だー! やっぱり片腕で筋トレとかできねえ!
汗だくになりながら、仰向けに倒れる。
できる筋トレだけでもと思ってスクワットをした。
その上でなんとか腹筋はできたが……。
さすがに片腕で腕立て伏せなんてもってのほかだった。
世の中には普通に片腕でする人もいるらしいが、それって人間なのだろうか。
荒い息をつきながら、俺はふと考えた。
この異変の終わりはいつ来るのかと。
優希「……よっこらせっと」
座る体制に戻してからいろいろと整理してみた。
まず、この異変は人間の男が限定で狂う現象のようだ。
その上、実力者の能力が減少してしまっている。
それは果たして、ウィルスみたいなものが原因なのか。
それとも、人為的な能力によるものなのか。
……前者はない気がする。
なんというか、これはあまりにも策略めいたものを感じている。
狙う対象や狂う対象がピンポイントすぎるんだ。
優希「……そういえば気になったんだけどさ」
優希「実力者の中に男っていないのかな……」
一人、湧いて出た疑問を吐き出す。
そうだよ! あまりにも忙しくて忘れてた。
俺が助けた子は皆もれなく女の子だ。
今更気づいたのかよ、とも思うけどね?
死にかけたりしてたんだから許して欲しいもんだ。
ま、これはまた集まった時にでも聞くとしてだ。
優希「……明日は三途の川へ、か」
俺の成仏してしまった左腕を回収するため。
そこには閻魔様と死神の実力者もいるらしい。
その二人も回収しつつってことだけど……。
優希「……無事に済めばいいんだけどなあ」
一番危ないのは自分だってのもさておき。
俺はそんな緊張感のないことをつぶやいていた。
明日どんな目に遭うのかも知らずに……。