水平線の少女   作:宵闇@ねこまんま

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水平線の少女(16)

 爆風が聞こえてから、砲撃音はピタリとやんだ。

 ソナーにも何も映っていない。

 勇次郎は船の外に出て、最後の爆音が聞こえた方向をジッと見つめた。

 厳慈たちも、なんとか船に乗せ、あとは名無しを待つだけだった。

「勇次郎、ナナは……」

 春江は言いづらそうに、勇次郎に近寄った。

「帰ってくる。絶対にだ」

 勇次郎はそれだけ言って、水平線の彼方を見つめた。

 少しすると、太陽が昇ってきた。勇次郎は名無しと出会った日、涙を見せた日を思い出す。

 その時、太陽を背中に何かがこちらに向かってきているのが見えた。

「あれは……」

 厳慈の言葉に、皆が黙り込んだ。

「あぁ。あれは」

 勇次郎がその言葉を受け継いだ。その姿を見間違うことはない。

 水平線の向こうから、少女が一人、こちらに向かってきていた。

「なっちゃんだ!」

 勇次郎は、安堵の言葉と共に、海に飛び込んだ。

「勇次郎さん! 私は大丈夫ですから……」

 名無しは泳いでこちらに向かってきた勇次郎に手を振った。

 しかし、そこで名無しはガクッと膝から崩れ落ちた。全身から力が抜けていくのが分かった。

 勇次郎もまた、名無しのボロボロの姿で、疲労困憊なことを察し、泳ぐ速度を上げた。

「なっちゃん!」

 名無しを再び光が包んで、それが消えた後、名無しの身体から、鉄の装備は消えていた。

 そのまま海に沈んでいきそうになった名無しを、勇次郎が救い上げた。

「勇次郎さん……」

「今度は、大切な人を助けられた」

 勇次郎は、名無しを強く抱きしめた。

 

****

 

 名無しが目を覚ました時、そこは船の上だった。

「なっちゃん、気づいたか」

 勇次郎や、他の漁師が名無しを取り囲んでおり、目を覚ました名無しに気づいて皆一様に安堵する。

「みんな、なっちゃんのおかげだ」

 厳慈がそう言うと、皆が一斉に頷いた。

「私は……」

 声を発しようとすると、喉に何かが詰まったように大きく咳き込んだ。

「無理して喋らなくていい」

 勇次郎がそれを制した。

 咳が止むと、名無しはそれでも話そうとしたが、無理だと悟って頷いた。

「もうすぐ村に着く。そしたら家に帰って、ゆっくり休もう」

 笑顔で語りかける勇次郎に、名無しは笑顔で答えた。

 村に着いたら、話すつもりだった。

 名無しがどういう存在で、どんな名前かということを。

「見えたぞー!」

 漁師の一人が大声を上げ、船の先に村が見えてきた。

 そこには多くの人々が待っていた。

「おーい! おーい!」

 漁師が大きく手を振った。

「待て。……人数が『多すぎ』じゃねぇか?」

 厳慈の言う通り、港には、漁師を差し引いたとしても、村の人口をはるかに凌駕する人数が集まっていた。

 その多くは、白い軍服を着ていた。

「海軍……か?」

 港に近づけば近づくほど、その異様な光景がはっきりとした。

 村民の二倍近い人数で、海軍が港に立っていた。

「どういうことだ、これは……」

 厳慈の呟きに答えられる者はなく、ただ不気味な雰囲気が漂っていた。

 港に船が付くと、漁師がまず降りた。

 漁師が一人降りるたびに、その家族が駆け寄り、熱い抱擁を交わす。

 漁師が全員降りた後、最後に名無しと勇次郎と春江、そして厳慈が降りると、月子と冴子が駆け寄った。

 名無しは勇次郎と春江の肩を借りて立つのがやっとだった。

「父ちゃん!」

「帰るって言ったろ。朝飯の準備はできてんのか?」

 厳慈がおどけると、冴子は呆れ顔を見せて、厳慈に抱き付いた。

「これで、全員か」

 軍服の襟もとに、いくつかのバッジを付けた海軍が現れた。

 黒ぶちの眼鏡の奥では、瞳孔が小さく見える鋭い眼が光っていた。

「俺は海軍支部の少将、黒岩礼二。お前が、敵艦を『一人』で撃退したという少女か?」

 黒岩と名乗った海兵は、ゴツゴツとした指を春江に向けた。

「違うよ。あたい達を助けてくれたのは、この子だ」

 春江は疲労困憊の名無しを顎で指した。

「ふん、その小娘か」

 黒岩は、どこか小ばかにした態度で笑った。

「では、『それ』をこちらに寄越せ」

 黒岩の眼は笑っていないのに、口角だけがつりあがる、とても不気味な笑みを浮かべた。

「あんたが何言ってるのか分からねぇんだが」

 勇次郎が黒岩に噛みつく。

「ふん、それは国の財産だ。本来ならそれを無断で所持、使用した貴様らには、重い罰が下るはずだが、今回は『それ』をこちらに手渡せば不問にしてやろう」

 黒岩は答えになっていない答えをベラベラと口にした。勇次郎の眉間の皺が徐々に深くなっていく。

「お前、なっちゃんを渡せとか、いきなりわけのわかんねぇこと言ってんじゃねぇぞ」

 勇次郎は怒りを込めた視線を黒岩に向けた。

「貴様、誰に向かって口をきいてる」

 黒岩がツカツカと勇次郎に近づいた。

「なんだ、ウッ」

 黒岩の拳が勇次郎のみぞおちを抉った。

 とっさのことに、勇次郎は反応できずその場に崩れ落ちた。

「てめぇ! 俺の息子に何しやがる!」

 厳慈が黒岩に詰め寄ると、黒岩は胸元からあるものを取り出す。

「動かないでください。死体の処理は面倒ですから」

 意地の悪い笑みを浮かべる黒岩の手には、黒光りする拳銃が握られていた。

「てめぇ……」

 勇次郎は黒岩を見上げた。

「貴様も見たのだろう? この娘が兵装を身に纏い、敵を撃つさまを」

 黒岩は首をコキッと鳴らした。

「この娘は人間ではない」

 その言葉に村の人間がざわめいた。

「これは、数年前から日本各地で生まれている『艦娘』というものだ。その正体は、かつての大戦で跋扈した軍艦の魂を受け継ぐ者。同時期に、日本近海の海域で、『深海凄艦』と呼ばれる敵が現れた。おかげで外交、貿易ルートは狭くなる一方だ。それを倒せるのが、『艦娘』だけなのだよ」

「それじゃ、さっき俺達を襲ったのは……」

「そう。『深海凄艦』だ。なぜ現れたのかは知らんが、本部から連絡が入っていた。それを撃退したと聞いてピンときたよ。『艦娘』は国が管理する決まりだ。だから、『それ』は我々が預かるぞ」

 黒岩は、春江の肩に身を寄せていた名無しに手を伸ばした。

「待てよ!」

 勇次郎の声が港に響いた。

「俺が気になってんのはそこじゃねぇんだよ」

 フラフラとした足取りで立ち上がった。

「お前、さっきからなっちゃんのこと、『それ』とか『これ』とか呼んでよぉ……」

 そのまま、黒岩の首元を掴んで叫ぶ。

「なっちゃんは『物』じゃねぇ! 俺の家族だ! お前に渡すつもりはねぇ!」

 黒岩は顔をしかめて、勇次郎を突き放した。

「うるせぇなぁ」

 倒れ込んだ勇次郎を、黒岩が踏みつけた。

「お前! 調子に! 乗ってんじゃ! ねぇぞ!」

 黒岩は何度も勇次郎を踏みつける。

 その手に持つ拳銃のせいで、だれも黒岩に近づくことはできない。

「やめて……ください……」

 名無しが勇次郎に手を伸ばした。

 黒岩がそれを見ると、嫌な笑みを浮かべた。

「いいかげんむさくるしい海軍ってのも飽きてたんだよ。こいつを俺の女にする」

 勇次郎に言い聞かせるように、黒岩はささやいた。

「平常時は雌、非常時は武器。これが本当の都合のいい女ってやつだな」

 黒岩がそう言った瞬間、勇次郎の中の何かが切れた音がした。

 黒岩の足を掴み、胸元に引き寄せた。

 バランスを崩した黒岩が、踏みつけを辞めた隙に、勇次郎は素早く立ち上がり、拳を固めた。

「なっちゃんは、俺が護る!」

 その一言と共に飛び出した拳は、黒岩の顔にクリーンヒットし、黒岩は後ろ吹っ飛んだ。

 その黒岩に、部下の海兵が数人駆け寄った。皆腰に軍刀を下げ、胸元から拳銃がはみ出ている。

「いってぇなぁ……。てめぇら」

 黒岩が部下に憎しみを込めた命令を下す。

「あの男をハチの巣にすんぞ」

 そう言って立ち上がり、拳銃を構えた。

 命令を聞いた部下も、少しの戸惑いも見せず同じように構えた。

「勇次郎!」

「勇次郎さん!」

 名無しと春江の悲鳴が共鳴する。

「じゃあな、馬鹿な漁師さん。己の不運を呪え」

 引き金がゆっくりと引かれ、発砲音が港に木霊した。

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