ガルパン×ゲート・シリーズ外伝 黒き小船の物語 CODE1903-1940 作:ボストーク
さてさて今回のエピソードは……空飛ぶ魔女たちの競演です(えっ?
いよいよ某扶桑ウィッチやあの名機が出てきますよ~♪
「最初はダントツにドイツが勝ってたんだよな? たしか撃墜レートは1:2以上だって聞いてるが」
ここは灼熱のリビア、地獄の1丁目。
舞台は再び1940年11月、アルベイダにあるアンツィオ遊撃旅団の本拠地へと戻る。
「んー、たしかそんな感じだったかな? 少なくともトゥルーデの手紙にはそう書いてあったし」
アンチョビの疑問に答えるのは、部隊で唯一の
どうやらドイツ時代の友人とは文通程度の交流は、未だ続いてるようで何よりである。
それにしても驚くべきはその数字だ。
空中戦で落され易い爆撃機を侵入させてその数字なのだから、戦闘機同士のキルレシオは1:3に近いんじゃないのだろうか?
つまりドイツ機が1機撃墜される間に英国戦闘機が3機撃墜される計算だ。
英国には最新鋭戦闘機のスピットファイアやハリケーンの数はそれなりに揃っていたが、史実と違ってドイツも英国奥深くまで爆撃機を護衛できる
しかもこの機体、戦闘機としての基礎能力がBf109シリーズよりも高いうえにドイツには既に
「でも日本人の航空部隊にサクッと殺られてスコアをタイブレークに持ち込まれたのよね?」
とさらりと言いにくいことを言ってのけるフェルナンディア・マルヴェッツィである。
「まーねー。あの【ゼロの悪魔】が集団で飛んできたみたいだからねー」
どことなくつまらなさそうにハルトマンは答えた。
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1940年8月3日、大日本帝国海軍の遣英艦隊が英国の軍港グラスゴーに入港する。
本来なら船も乗員も十分な休養が必要だが、残念ながら今は戦時下。
荷降ろしに整備と補給、最低限の休養のみで慌しく再出港することになる。
そして中核となる二隻の空母、赤城型空母2番艦”天城”と加賀型空母2番艦”土佐”の編成は普通ならありえない編成を行っていた。
そう、偵察用の少数機を残して九九式艦上爆撃機と九七式艦上攻撃機を降ろし、空いたペイロードを【零式艦上戦闘機】で埋めた。
具体的には、1隻あたり80機以上のゼロ戦ばかりを搭載していたのだ。
その目的は……
***
1940年8月8日、その日もドイツの各爆撃機隊は、英国の本土に入り軍需工業地帯を目指して飛んでいた。
本日のこの爆撃機部隊の主役は、Ju88双発中型爆撃機が48機だ。
これをルフト・フロイラインの8機と
「なにか妙な空気ね……」
そうコックピットの中で呟いたのは、相変わらずHe100Dを空飛ぶ愛馬にするミーナだった。
彼女は昔から妙に
周辺の空間から何らかの”違和感”、特に自身に降りかかる危険な臭いを嗅ぎ分けるのがやけに上手かった。
『ミーナ、どうした?』
ミーナのかすかな異変を感じたのか? 通信機越しに声をかけてきたのはバルクホルンだ。
今回、ドイツ空軍とのローテーションの関係でミーナとバルクホルンがそれぞれ4機1組の
最先任が自分というのも何やら納得しがたいものがあったが、He100Dの配備数がまだまだBf109に比べれば少ない現状では、これも仕方のないところだろう。
本来、ルフト・フロイラインの指揮官と副官待遇の娘が英国本土侵攻航空隊に同時参加することは組織工学的には好ましくないのだが、ミーナにはどうにも気になることがあった。
「敵意と殺意が空に溢れているのはいつもと同じなんだけど……なんとなく、
『どういう意味だ?』
「それは……」
その時、
”ゾクッ!”
ミーナの背筋に氷柱を差し入れられたような悪寒が走った!
「全機散開! 増槽、投棄! 戦闘よ! 急いでっ!!」
”VoVoVoVoVoVoVoVoVoVoVoVoVoVoVoVo !!”
ミーナが叫んだその刹那、太陽の中から
『なっ!? 馬鹿な……いくら奇襲を喰らったといっても、』
「12機が一瞬で落されるなんてね……」
そう、どこぞの世界線には単騎で3分の間に12機のドムを落したツワモノが居るそうだが……それとは比べられないかもしれないが、24機で一糸乱れぬ
いくつかの幸運と有利に状況が推移してきた英国本土空爆に
(戦闘機の被撃墜はないわね……)
だからミーナは瞬時に判断する。
「全機、ロッテを再編し直ちに降下し、敵機の撃墜に向かいます! って、えっ!?」
それは信じられない機動だった。
目の前を通過したはずの敵機は、もう垂直方向の反転旋回を終えて急上昇してくるのだ!
(なんて旋回半径の小ささよ!)
ミーナは頭の中でいくつもの悪態の言葉を並列で並べて、
「全機、ダイブ! 迎撃しなさいっ!!」
***
「なんて奴っ!!」
僚機を引きつれ自身もダイブし敵の頭を押さえて撃ち落そうとしたミーナだが、敵機……見慣れない大柄の空冷星型エンジン戦闘機は、本来は動きが鈍いはずの上昇中にも関わらずまるで横滑りするような機動でこちらの射線をかわしつつ、まるで戦闘機隊を無視するように上昇を続け、擦れ違い際に再び爆撃機の
ただ、ミーナたちの阻止行動が無駄だったかと言えばそうでもない。
進路を妨害されたせいか上昇の一撃で落された爆撃機は7機となった。
だが、逆に言えばたった2回の攻撃で爆撃隊は一気に半減してしまったのだ。
(上昇速度は、そうでもないみたいだけど……)
「全員、気をつけて! ”噂の敵の新型”は恐ろしく運動性が高いわっ!! しかも威力から考えて20mm級の機銃を装備してるわよっ!!」
並みの機関銃でああもあっさりJu88が落ちるわけはない。おそらく20mmクラスの大口径航空機銃だとミーナは判断する。
彼女は全力で激を飛ばすが、
『全機に告ぐ。大隊長機は撃墜された。私は爆撃隊の指揮を引き継いだレンドランド中尉だ。現有戦力でこれ以上の作戦実行は不可能と判断。爆撃隊は爆弾を投棄後、戦域より全速で撤退する……! 戦闘機隊は我々の援護を』
最早、作戦継続は不可能という爆撃隊臨時隊長の判断。
「了解!」
本来は階級的に最先任になるのはミーナだが、任務の性質上命令権は爆撃隊が優先される。
おそらく敵は爆撃機隊のフォーメーションから大隊長機や各編隊長機の位置を割り出せ、優先順序を設定してその順番通りに撃墜できる錬度を持った部隊だ。一筋縄じゃいかない。
大隊長だけでなく副長格の二人の中隊長大尉の乗機も、初撃が第二波で撃墜されたのだろう。
命令を出してる中尉は、運良く未だ生き残れてる小隊長の誰かだ。
そしてこの判断は誤りではない。
『ミーナ!』
バルクホルンの言葉にミーナは頷き、
「全機このまま反転上昇! これ以上爆撃機はやらせないわ!」
***
”この世界”の大日本帝国において、『門』外勢力との闘争の結果、当然の帰結として発布された【婦女子軍志願制度】により帝国軍の女性への間口は広げられ、昭和という時代に突入して15年も経つこの頃には既に一般化していた。
これには幾つもの流れがある。
本音ではいつ終わるかわからない『特地』勢力(当時の呼び方は『門』外勢力)による帝都の一部不法占拠、そしてそれらの奪還……という命題に加えて、国際舞台に出てしまったが為に数々の必然的な派兵をこなさなければならず、おまけに戦いを続けるためには金が必要で、国家レベルで金を得るためには国家の、特に重工業を中心とした産業の近代化が必須……
重工業には当然大量の就役者、工場労働者が必要であり……本来、志願/徴兵を問わず軍の人材供給源となる筈の”成人男性の失業者”を都市労働力として吸引していった。
皮肉なことに国家の近代化が大量の労働者を必要とし、それが結果として軍の志願者を減少させ、更には「労働力の減少は国力の衰退にダイレクトに影響する」という理由でかつてのような大規模な徴兵はできなくなってしまう。
軍とは多分に国家の失業対策として側面を持つのだが……むしろ急速な国家の近代化で慢性的な労働力不足に陥りつつある”この世界”の日本においては、その性質が完全に裏目に出た。
女性の社会進出の促進、職業婦人の普及という建前で、民間市場だけでなくむしろ軍の方が深刻に女性という人的資源を家庭に眠らせるわけには行かなくなっていた……言い方を変えれば、明治大正昭和と『特地』とおいう異変に関わることにより史実とは異なる歴史を歩んだ日本は、早期にその余力を失っていたのだ。
そして、その一つの回答として生まれた「婦女子軍志願制度」の成果の一端が、今
『宮藤、ついてこれるか?』
「このぐらいの機動なら、わたし程度の腕前でもまだどうにかなります!」
『ハッハッハッ! いい返事だな!』
「焦がれて焦がれて憧れ続けた空! 例え翼が血塗れになっても飛び続けます!」
まだ幼さを残す少女の瞳に闘志の炎が宿る!
「よい覚悟だ! 全機、続け! また突っ込むぞっ!!」
日本海軍の誇る最新鋭機、24機の【零式艦上戦闘機二一型】はJu88の編隊を眼下に収め、翼を翻し再び猛禽の如く襲い掛かろうとするが……
「坂本さん! 敵戦闘機多数、急速上昇してきます! すごくおっきい……じゃなかった。すごく速いです!!」
『ほほう。流石は向こうも独逸の最新鋭機ということだな。よい速力だ……全機に告ぐ! 優先撃破目標変更! 敵戦闘機隊の迎撃に戦術を移行する!!』
『『『『『了解っ!!』』』』』
「いっけぇぇぇーーーーーっ!」
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その日、大日本帝国海軍の”
特に特筆すべきは、坂本大尉の僚機を務めた部隊最年少の”
婦女子軍志願制度が本格化し始めた頃、陸軍士官学校同様に海軍兵学校にも女子枠が設けられた(空軍士官学校もだが)が、ただでさえ兵員不足の昨今、女子という新たな人材を確保するための裾野を広げるための努力がその程度で足りるわけはなかった。
陸軍には「女子戦車学校」という女子採用の先陣を飾る錦の御旗があったように、海軍も空軍も同じく象徴となる機関を創設した。
海軍の場合は【海軍飛行予科練習女子学校】、いわゆる”予科女”である。
従来の男子向けの予科練制度の不備の是正と抜本的組織改革同時期に横須賀市に新設されたその学校は、「手早く女子下士官を養成する」ことを目的に創設された。
そのため教育は驚くべきことに国家近代化にあわせた「高品質の労働力の確保」を目的に大正期に施行された教育制度の大改革で定められる「義務教育」期間、中学1年生に該当する満13歳より入学可能となっていたのだ。
これは海軍が「公務員の養成なのだから、新聞奨学生と同じ年齢で可能」とか「海軍の下士官教育は厳しく期間も長いので義務教育は十分に補える」とごり押しした為に可能となったもので、義務教育期間を終えてから入学可能となる品行方正な陸軍の女子戦車学校と好対照な設立理由であり、「軍人にしか使えない人材の違法的促成栽培だ!」批判されることも多い。
まあ世間一般の風評はともかく、他の業種に比べて飛行教育の開始年齢が早い為に空に憧れる少女達には人気の高い学校でもある。もっとも、その開始年齢の速さも「人気取りの(飛行機だけに)フライング採用」と批判対象になりやすいが……
とはいえ腹と肝を据えた海軍は、就労法違反の裁判まで起こされてもめげずに己の姿勢を貫いた。
というか海軍には後には引けない事情があったのだ。
***
さて第一次世界大戦終結後の20年代から、一応は戦争に形がついた40年代中期の終戦にかけて、大日本帝国海軍はこと海軍機に関して大きな問題を抱えていた。
言うまでもなく慢性的なパイロットの人手不足だ。
史実の日本海軍と言えば、花形パイロットは海兵出身でありエリート中のエリートというのが相場であり、それじゃあ間に合わないので海軍飛行予科練習生制度、いわゆる予科練制度ができたという経緯がある。
しかし、”この世界”の海軍は遥かに早い段階からより深刻なパイロット不足に悩むことになった。
理由は、まず軍の方針として空海陸を問わずパイロットは二直制を導入することが決まったからだ。
二直制というのは簡単に言えば飛行機の倍の数のパイロットを確保するということで、基本的には1機の航空機に2人のパイロットがローテーションして扱うという意味合いだ。
機会よりも人間の方が消耗し易く、有事に成れば尚更という意味でもあるが、実際には「戦争になれば飛行機は製造インフラがあれば増産が利くが、パイロットの養成はそうは行かない」という事情もあった。
元が米国辺りから始まった発想だけにそれなりの合理性に富んだ方針だろう。
もう一つは、海軍の「空母の大量建造」の方針だ。
シリーズの別作品を読んでくださった読者諸兄なら既に御存知かもしれないが……”この世界”の日本海軍は史実の同族に比べて「戦艦が少なく正規空母が多い」のが特徴だ。
1940年時点で言えば、日本戦艦は旗艦の長門を含む長門型戦艦2隻に伊勢型航空戦艦2隻(なんと既に航空戦艦に改装されている)、金剛型巡洋戦艦4隻の都合8隻に過ぎない。
不具合の多い扶桑型2隻は既に解体され影も形もなく、18in砲搭載の大和型は建造プランすらない。
現在計画されているのは古い金剛型の代替となる”新型巡洋戦艦”くらいだ。
対して正規空母は……
加賀型空母2隻(加賀、土佐)、赤城型空母2隻(赤城、天城)、蒼龍&飛龍に加えて40年末から41年年始にかけて翔鶴型空母2隻が相次いで竣工予定だ。
つまり、この時点で日本は8隻の正規空母を保有していた。加えてこれに英米との技術交換で生まれた排水量36500tに達する(それも基準で)装甲空母の大鳳型空母4隻の同時建造が始まっている。
そう、日本は1942年までに少なくとも12隻の正規空母を運用する国家となる予定だった。
無論、これは別に”この世界”に日本海軍が、「これからの海軍の決戦兵器は空母だ!」と大変な先見の明を持っていたわけではない。
むしろ選択肢としてこれしかなかった妥協の産物というべきだろう。
***
事の発端はと言えば……
やはり、第一世界大戦直後辺りまで遡る。
1905年の【日比谷『門』異変】……突如として現れた正体不明の勢力により帝都の一部を占領されるという悪い意味での前代未聞の国内情勢の変化により、大日本帝国は日露戦争で得たはずの大陸の全ての権益を諦めざる得ない事態となった。
その対策に苦慮していたが、日露戦争時代に締結した日英同盟やその後に日露戦争の英国よりの借款対策も兼ねて締結した日米同盟との兼ね合いもあり、日本は第一次世界大戦に不参戦というわけには行かなかった。
戦勝国の一つとなった日本ではあるが、今更大陸情勢に関わりたくもなければ新たな領土もいらなかった。
極端に言えば、戦後処理では脇役に回り戦費の回収が少しでもできればいいという程度だった。
日本が戦後賠償として欲しがったのは、むしろ各国が接収したドイツ側の優れた武器とその製造設備だ。
後の『特地』勢力との戦闘、帝都奪還戦が恒常化していた日本は1丁でも多くの小銃が必要であり、怪異なんて文字通りの人外の存在が戦力となる敵に対しては常に火力が不足していた。
そして戦後処理は半分は成功し、半分は失敗した。
日本は今やパトロンとなりつつあった米国や同盟強化の為に恩を売っておきたい英国の協力もあり、多くのドイツ製の高品位武器を、一部は製造設備ごと日本へ持ち帰ることが出来た。
だが、青島を中心とする大陸の旧ドイツ領は日露戦争の戦後処理同様に米国が主に引き取ってくれたが、南太平洋の島々はどういうわけか委任統治領として残されてしまったのだ。
今にして思えば、米英は日本が戦後すぐに海軍の大幅な軍縮をしようとしていることを見越していたのかもしれない。
国外の戦争に関わりたくない日本は、海外派兵が可能な戦力は可能な限り小さくしておきたいのが本音だ。
帝都奪還は急務である以上に国是だし、その先にある『特地』侵攻の野心だってある。
それに戦後すぐに創出した空軍だって予算が大量に必要だ。
翼竜なんて化物を相手にしなければならない日本にとり、もしかしたら対抗できるかもしれない飛行機のスペシャリスト集団の建軍は必然だった。
だが、そうはさせじと動いたのが米英だった。
せっかく第一次世界大戦で有効に機能することがわかった日英/日米同盟だ。
いざというとき日本人を戦場に引っ張り出せなければ意味がない。
そこで米英はドイツが持っていた南洋の島々を日本に投げることにより領海を思い切り拡大させ、日本が一定の海軍力を維持せざる得ない情況を作り上げたのだ。
無論、ここで手を休めるほど米英は甘くない。
20年代に入ると、事あるごとにやたらと金食い虫な海軍力の削減を試みようとする日本(実際、彼らは早速扶桑型戦艦2隻を戦後早々と廃艦にしてしまっている)を押さえるために数々の「海軍軍縮条約」を計画したのだ。
「海軍軍縮条約」で日本の海軍力を維持させるというのは言葉だけ聞くと矛盾してるように聞こえるが、その中身……というか意図は、少なくとも日本に対しては史実と大幅に違っていて、「大国の過剰な建造ラッシュを抑制するために上限を設けて、軍事費の抑制を図る」という建前は同じだが、「米英の建艦枠を基準に各国の建艦枠が定められ、国際秩序の為にそれを
この遵守の意味は、「その建艦枠を上回っても
もうオチは見えたことだろう。
これらの海軍軍縮条約は軍縮にかこつけて、一方的に保有艦数を削減して海外派兵能力を減少させようとしている日本の海軍力維持を狙った鬼畜な条約だったのだ。
***
20年代から30年代は日英米に仏伊まで巻き込んで、凄まじい折衝合戦だったようだが……日本が止めを刺されたのが史実同様に1935年の第二次ロンドン海軍軍縮条約だった。
日本の目標は、「理想は国力に見合った米国比3割の艦隊保有/維持枠。ギリギリ妥協できるのは対米人口比の5割」だったのだが……英米の要求は「対英米比7割の艦隊保有」だった。
日本の交渉団は吐血しそうな勢いだった。”この世界”の日本はモータリゼーションをはじめとする急速な国家の近代化でたしかに史実の日本に比べるなら「国力は米国比で1/10」といわれた史実の3倍以上の国力があるので不可能ではない。
しかしそれはあくまで史実の日本と比べたらの話であり、「対米比で人口半分、国力1/3」が常識の”この世界”の日本人にとっては、あまりに過酷な要求だった。
日本交渉団も粘ったが、対英米比で6割とするのがやっとだった。
この時、既に日本軍全体の金庫番役の重鎮だった東條英美は、
『大して使うアテもないのになんで国力比の倍の艦隊を持たなきゃなんないのよぉーーーっ!』
と血涙で絶叫したらしい。
とはいえ日本交渉団も転んではただでは起きなかった。「艦隊保有数は対英米比6割」という国力的にも人口的にも無茶振りにしか思えない数字を割り振られたが、妥協点として「6割の制限は建造t数のみに機能し、艦種/艦船数には制限はつけない」という一文が付け加えることに成功したのだ。
日本にとって建造にも維持にもやたらと時間と金がかかる戦艦を、英米の6割も持つなんて冗談ではなかった。
あの戦艦大好きな二大大国のような金持ちとは違うのだ。
そこで考えたのが「空母を大量建造して哨戒能力を高めよう」という解答だった。
よくよく考えてみれば日本に大艦隊が要求される論拠は、戦後にいきなり増えたその支配海域(管理責任海域)の広大さであり、ならば戦艦を建造するより空母を建造して大量の艦上機を哨戒機として放って広域哨戒したほうが理に適っている。
具体的に言えば、戦艦の搭載する水上機(艦載機)の哨戒範囲や密度と空母艦上機の哨戒範囲と密度を比べれば、どっちが効率が良いかはすぐわかる。
実際、日本海軍は空母の増強に飽き足らず、金剛型と同時期に近代化改修を控えていた伊勢型戦艦の5&6番砲塔を撤去し、代わりに水上機母艦としての機能を付与した航空戦艦として生まれ変わらせることまでやっている。
伊勢型航空戦艦は敵戦艦と正面きって殴りあうのではなく、「水上機の大量運用による索敵能力の強化がメイン。主砲は必要があれば使う」という戦艦という艦種のコンセプトから考えればかなり邪道な存在と言えるだろう。
確かに空母には戦艦のような対艦/対地砲撃のインパクトはないが、そもそも日本の支配海域と隣接してる敵性国家で海軍があるのはソ連しかなく、オマケにその海軍力は陸や空に比べて大きくない。
ならば巨大砲弾でなければ立ち向かえないような会敵は滅多になく、万が一バルチック艦隊のようなことがあっても、最新鋭の酸素魚雷と艦上攻撃機にある程度の空対艦攻撃能力を持たせれば対応可能と判断したのだ。
つまり日本海軍の結論は、
『別に敵艦を全て海の藻屑にする必要はない。敵を艦隊レベルでの行動を不能とし、日本の領海に入らせなければいい。最悪、単艦や艦隊を解いて個艦での突入を試みようとしても領土に敵弾が届く位置まで入れねば良い』
だった。
考えてみれば艦上機は確実にどんな巨大戦艦の主砲よりもアウトレンジ攻撃が可能で、どうしても沈めなければならないのでなければ、行動不能にすること自体は極端に難しくはないはずだった。
かくて日本海軍は空母の建造に尽力することになるのだが……先に話題に出てきた二直制とも合わせて、深刻なパイロット不足に陥るのは自明の理だった。
というより砲弾で撃ち合うのでなければパイロットの人的損失は間違いなく跳ね上がる筈なので、可能な限り多くの人員を確保する必要に迫られた。
そこで登場したのが件の”海軍飛行予科練習女子学校”だ。
もっとも本来なら義務教育期間中に軍隊教練を行うのだから、かなり荒っぽい。
”予科女”では中学卒業程度の学力と下士官教育を最初の3年間で行うのだが、原則3年目は飛行機操縦の基礎課程も組み込まれ始める。
この最初の3年間は”基礎課程”と呼ばれ、この時点でも二等飛行兵の階級が与えられるので、所定の飛行時間をこなしていれば着任できなくもない(日本の軍志願年齢は一応。16歳から可能)が、普通はここまで来てお待ちかねの最後の1年を蹴る少女はいないだろう。なにせ最後の1年をパスできねば、空母には乗せてもらえないのだ。
三年の基礎課程を終えると最後の1年は、”海軍飛行士専修課程”。要するに飛行機漬けの毎日だ。
また一定の飛行時間と技量審査にパスすれば、在学中から空母の離着艦訓練にも参加できる特典があるのも大きいだろう。
予科女が人気ある理由は、若い頃から飛行機の乗れる道が開けるというのが一つと、もう一つは約束された昇進の早さだ。
基礎課程終了時に二等飛行兵、専修課程を修了できれば一等飛行兵(一飛兵)で軍隊生活がスタートでき、1年過ぎれば万歳昇進で例外なく上等飛行兵(上飛兵)、二年過ぎれば自動的に兵隊の一番上である飛行兵長(飛兵長)だ。
死にさえしなければ、あるいは何らかの理由で途中除隊しなければ、卒業さえすればここまでは誰でもこれる。
予科女出身者の通常兵役期間は3年で、その後は軍に残るか予備役に編入されるかを選べて、軍に残れば下士官教育は終えてるのでそのままよほどヘマをしない限り出世は続くし、それなりの実績と成績を残せば短期士官養成コースへの推薦状が貰え、その気になれば正規士官への展望も開くのは難しくない。
予備役編入を選んでも、よほど素行やら技量やらが悪くない限りは普通は下士官の二等飛行兵曹(二飛曹)で退役、腕を落さないために所定時間の飛行訓練は毎年義務付けられるが予備役手当てが付く上に再召集がかかれば一等飛行兵曹(一飛曹)で原隊復帰するのだから悪い話じゃない。
しかもどのパターンであれ、国家資格である
***
こうしたある種の
彼女はあらゆる意味で規格外であり、また確実に死亡したと思われる事故でも奇跡的に掠り傷程度で生還している。
それも二度もだ。
おかげで学生時代に付いた渾名は、”不死身の宮藤”に”不死鳥芳佳”である。
ちなみに彼女の伝記の英語版が出版された時には「ミヤフジ・アンデッド」「ヨシカ・フェニックス」と訳され、某物語シリーズ風になってしまった。
別の世界なら間違いなく亜神か何かと勘違いされてもおかしくないだろう。
彼女の特異な
史実も予科練上がりのエース・パイロットは多いが、宮藤は間違いなく”この世界”のその枠組みに入るだけの素養に満ちていた。
そのせいか、彼女は予科女を卒業すると同時に「成績優秀者」の”褒賞”として特例枠である1階級上の上飛兵から軍隊生活が始まり、”天城”隊の一員として配属される。
そして晴れて艦上機乗りとして1年間を過ごし1階級昇進して現在、飛上兵になっていた。
芳佳はともかく度胸満点で、空中接触するんじゃないか?と思わせるほどに接近し、確実に弾幕を浴びせ素早く離脱する……まだまだ荒削りではあるし、ゼロ戦の性能に頼ってる部分もあるがその機動に迷いはなく、まだ新人と呼ばれる次期の飛行兵にあるまじき切れのいい動きをしていた。
爆撃機は坂本大尉と2機1組で共同撃墜してるので、1機あたり0.5機換算で計1機の撃墜であるが……特筆すべきは、戦闘機同士の乱戦に陥ったとき、彼女がドイツ空軍のパイロットが操るHe100Dを独力で撃墜してる点である。
空中ポジションの関係で、坂本共々逆落としで上昇してくるHe100Dのロッテを右斜め上方より迎え撃つ形となり、
「いっけぇぇぇーーーーーっ!」
空中衝突ぎりぎりの擦れ違いざまにプロペラからコックピット周辺に
「びんごぉ!」
直後、ガクンと失速し力なく墜落しはじめる敵機……芳佳、初の実戦で会心の撃墜であった。
これが後に男女合わせた日本海軍十傑に入るエース・パイロットの開眼の勝利だった。
************************************
『宮藤、初の実戦はどうだった?』
「……すごく悔しかったです」
『悔しい?』
通信機越しの坂本の声に芳佳は頷き、
「戦闘機を落した後、敵機に逃げられちゃいましたから……もうちょっと粘れるかと思ったんだけどなぁ」
『はっはっはっ! お前は本当に大した奴だ! 初陣で生き残り、なおかつ一度のチャンスを物にして敵を見事に撃墜したおきながら、まだ物足りないとはなっ!』
坂本の見立てでは、敵戦闘機の撃墜の可能性があったのはあの逆落としの一度だけだ。
敵の爆撃隊は既に撤退行動に入っていたし、戦闘機隊はその援護の為に時間稼ぎで殿に残っていただけだ。
ならばこちらの追撃圏内から爆撃機が逃げ出せたと判断できれば、撤退するのは道理だろう。
「それにしても……戦闘だけじゃなくって、逃げ足まで速かったです」
『そうだな。上昇速度も下降速度もだが、何より水平速度が速い。海軍にもいよいよ高速戦闘機が必要になってきたか?』
ゼロ戦隊も追撃をかけたが、速度差はいかんともしがたくあっさりと残存機には振り切られてしまった。
3機を失い(幸い2人までは脱出も確認されていた)つつも、こうして芳佳達は悠々と”天城”に帰還することが出来たのだった。
***
ただ、それでもミーナ達はまだ運がいいほうだと言えた。
この日、英国本土へ向かった爆撃隊はほぼ同規模で4編隊、その全てに土佐と天城から発艦したゼロ戦隊が襲い掛かったのだ。
そう日本海軍の2隻には戦闘機が満載されており、24機編隊×4を同時出撃させていたのだ。
しかも、距離の関係で2個編隊は往路ではなく消耗した復路で奇襲を喰らっている。
その被害は全滅と言っても過言ではない。
ドイツはたった1日で、実に100機以上の爆撃機を失うという空前の大惨事を経験することになった。
爆撃機の帰還率は半分以下……これこそゼロ戦が、独ソ伊のパイロットからゼロの使い魔ならぬ【ゼロの悪魔】と恐れられるようになった所以である。
多くの歴史家は、
『この1940年8月8日こそが、バトル・オブ・ブリテンにおける最大のターニングポイントだった』
と語ることになる。
そう、ドイツは『自在に離発着地点を変えられる浮かぶ航空基地』に悩まされ続け、ついに史実より2ヶ月も早く8月一杯で英国本土爆撃を中断する羽目に陥るのだった。
皆様、御愛読ありがとうございました。
坂本&芳佳の初登場のエピソードはいかがだったでしょうか?
ミーナ&バルクホルンの友人コンビ vs 坂本&芳佳の師弟コンビの対決となりましたが、戦術的軍配は扶桑ウィッチ側に上がったようです。
とはいえミーナとバルクホルンはピンピンしてますし、あまつさえ二人とも1機づつゼロ戦を返り討ちにしてたりします(^^
それにしてもどんな育ち方をしたのか、芳佳が強気なこと強気なこと(笑)
こりゃあ、みっちゃんもリーネも色々と大変だろうな~と。性的な意味も含め(えっ?
さて次回はリビアの砂漠に動きがあるような……?
それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!
***
設定資料
零式艦上戦闘機(二一型)
製造元:三菱重工
エンジン:金星51型(1速2段
最高速:580km/h(高度6000m)
降下制限速度:750km/h
航続距離:3000km(落下式増槽装着時、最大)
上昇力:6000mまで6分50秒、8000mまで9分53秒
実用上昇限度:10300m
固定武装:
九九式二十粍航空機関砲×2(主翼、
武1919式2型航空機関銃×2(機首、
プロペラ:定速式3翅(米ハミルトン社製の正規ライセンス生産品)
特殊装備:
オプション:空海軍共用落下式増槽、30kg~60kg爆弾2発
備考
日本海軍の誇る最新鋭戦闘機であり、史実との最大の違いは、最初から栄ではなく出力に余裕のある金星エンジンの使用を前提に設計されてることであろう。
史実でも設計者の堀越氏が「海軍の機嫌を取る為に軽い栄を選択したが、最初から出力に余裕のある金星を選んでおけばよかった」と邂逅していたが、そもそも”この世界”における海軍の『次世代戦闘機』の要求は、史実より重戦闘機指向だった様だ。
『爆撃機を撃墜できる重戦闘機が基本だが、高出力エンジンと軽量新素材を用いて可能な限り軽戦闘機の運動性に近づけ対戦闘機戦においても遅れを取らないようにする』
という明確なコンセプトがあったために、開発は当初から金星エンジンの使用、超々ジュラルミンを大規模に使い全体的に軽量化、20mm機関砲の搭載は最初から決定された。
また、この設計段階から英米と良好な関係がある故に史実より圧倒的に優れている、あるいは有利な点がいくつもあった。
・燃料が高品質な英米規格の100オクタン燃料を標準と出来た。
・スパークプラグをはじめとし、真空管や電線にいたるまで電装品関係が高品質の米国製、あるいはその規格に準拠する国産品が使えた。
・オーストラリアをはじめ潤沢なボーキサイトの適正価格供給により、史実より豊富に超々ジュラルミン鋼材が使用できる。それはニッケル/クローム/モリブデンなどの高強度合金の素材も同じ。
・史実の日本機のプロペラ性能は特に米国機のそれに劣り推進効率が悪かったが、ギアなども含めて最新のそれがフィードバックされ、ほぼ同水準の効率となっていた。
等である。
この時点で既に史実のゼロ戦とは下地が違うのだが……オリジナル同様に徹底的な空力的低抵抗処理や軽量化は行われているが、元が重戦指向だっただけにスペックは最初から五十/六十番台のゼロ戦寄りで強度が求められた結果、降下速度のリミットも史実の零戦五二型甲以降のモデルと同等になっている。
何より信頼性や稼働率、整備製のよさも考慮されて設計されている。飛びぬけてオリジナルより優秀なのは無線機であり、また何も指標の無い海上での母艦帰投の為に簡易式ながら無線誘導装置や無線航法装置が搭載されている。
また非常に小型化された電波高度計の搭載も見逃せないだろう。
防弾装備も30口径対応だが充実しており、機体強度の高さと相まって中々撃墜されにくい機体に仕上がっている。
また同時期の一式陸攻などの三菱機に採用されたセルフ・シーリング防弾仕様の翼内インテグラル・タンクなどのトレンドも押さえ、史実同様の長い航続距離を確保している。
武装も地味に強化されており、20mm機関砲はスペック的には大戦後期に採用された長砲身の”九九式二〇粍二号機銃四型 発射速度増大型”に該当するもので、また使用弾も20mmx110RB弾というオリジナルより強力な実包を使うため、銃口初速も750m/s → 830m/sと強化されている。
そのため、史実で言う「ションベン弾」の逸話は”この世界”には無いようだ。
ただ、このゼロ戦も完全無敵というわけにはいかなかったようだ。
史実のウィークポイントを是正する形で生まれたゼロ戦だが、抜群な運動性は欧州勢を大きく凌駕したが、速度性能が全般的に一段劣る傾向があった。
実際、Bf109E/F型ならともかくHe100Dシリーズに関しては特に劣速が目立つシチュエーションが多く、戦闘ではそうそう負けはしなかったものの速度に任せて逃げられることが多かったらしい。
その結果に慌てた日本海軍は生産が始まったばかりの二一型の改良を即座に命令。三菱が出した結論は、まずエンジンを”究極の金星”こと公称1580馬力を誇る”金星60シリーズ”に変更し、それに対応した小改良を行った”二二型”を製作するが、やはり急場凌ぎの改良に過ぎず、速度性能の全般的不足は否めなかった。またエンジンパワーに対して強度不足も指摘され、扱いが難しく生産数は少なかった。
そこで三菱は、腰をすえて機体構造の抜本的強化と主翼の全面変更を盛り込んだ大規模改修プランを計画。
これが”ゼロ戦の最終形態”といわれた”三二型”である。
三二型は1942年初旬から生産と配備が開始され、43年終盤の”烈風”の登場まで戦場を支え続けた。
まさにゼロ戦は、大戦序盤から中盤の日本海軍を支えた名機と言えるだろう。