ガルパン×ゲート・シリーズ外伝 黒き小船の物語 CODE1903-1940   作:ボストーク

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皆様、こんにちわ~。
今回のエピソードは……女の子は一切出てきません(えっ?
というか全体的に伏線回でしょうか?

ある戦いの記録で、これまでのイタリア海軍のそれと違って史実と()()()()()()()()()は変わりませんが、”この世界”の欧州/アフリカ戦線の行く末をある意味暗示するエピソードかもしれません。




第16話 ”ダカールの日 CODE1940”

 

 

 

なぜ【ダカール沖海戦】、英国名『Operation Menace(メナス作戦)』が生起したのか?

まずは順を追って説明しよう。

 

史実においてのダカール沖海戦は、1940年9月23日~25日にかけて生起した海戦で、戦艦2+空母1を中核とする強力な英国H部隊(ジブラルタル艦隊)がダカールに停泊していた未完成のヴィシーフランス戦艦”リシュリュー”を中心とする仏艦隊に攻撃を仕掛け、これを撃破するという作戦目的だった。

それと同時に、同行するド・ゴールを頂点とする『6隻の輸送船に分譲した自由フランス軍の2個歩兵大隊』をヴィシーフランスの支配地であるダカールに上陸させ占領するという目的もあった。

 

だが、チャーチルやド・ゴールの思い通りにはならなかった。

メルセルケビール海戦……英軍によるアルジェリアの仏艦隊への攻撃で何が起こったかをよく知る故に戦意の高いヴィシーフランス艦隊から思わぬ反撃を受け、上陸を行えないまま撤退したのだ。

戦力差を考えると、実は英国軍も結構ヘタリアなことをやっているのだ。

 

 

 

さて、結局は失敗に終わったこの作戦が決行されるには、些か生臭い政治的裏事情があった。

フランス降伏後にロンドンに亡命していたド・ゴールは自由フランス軍を作り本国のヴィシー政権と対立したことは御存知の通りだ。

この時、ド・ゴールはヴィシーフランス勢力下のダカールを占領し、自陣営に引き込もうと考えたのだが……ここでしゃしゃり出てきたのが英軍だった。

 

この頃ドイツにダカールを潜水艦の基地として使用する動きがあり、これを警戒した英国は艦隊を派遣を決定、戦後のことを考え恩売りがてらにド・ゴールの攻略に協力することにしたのだ。

自由フランスは英国が()()()()()()()()()()()()()であり、それなりの意義はあった。

 

 

 

***

 

 

 

では”この世界”ではどうかと言えば……

政治的バックボーンは史実とそう変わらない。

英首相ウェリントン・チャーチルは、自由フランス代表”シャルルマーニュ・ドゴール”に恩を売りたかったし、戦後のことを考えれば自由フランスに貸しを作るのは悪い話ではなかった。

また英国は、僅か2ヶ月でドイツの侵攻の意思を砕いたバトル・オブ・ブリテンの勝利で意気軒昂(これは過剰な勝利宣言のせいもあるが……)であり、今回の相手は今のところ予想外の強さを見せている油断ならないイタリア海軍でないのがまた良かった。

 

一番変わったのは、作戦決行日時かもしれない。

そもそも発令が出たのが史実の決行日にあたる9月23日であり、準備を終えてジブラルタルを出港した英仏混成艦隊が、ダカールを攻撃圏内に捉えたのは半月遅れの10月8日の事だ。

 

 

 

英国にとって、何一つ恐れるものは無かった。

ダカールに停泊しているのは、8門の主砲のうち2門しか使えずおまけにスクリューの損傷で身動き取れない未完成の戦艦(リシュリュー)に、せいぜい軽巡洋艦2隻に駆逐艦4隻+潜水艦3隻の小勢。

対して英艦隊は……

 

戦艦:レゾリューション

巡洋戦艦:フッド

空母:イラストリアス

重巡洋艦:カンバーランド、オーストラリア

 

の主力に加え、駆逐艦10隻が護衛に付いていた。

いくら勝ちたいとはいえ、合計15隻……エゲツない戦力集中だった。

また海戦において戦力にはならないが、前述の輸送船6隻とそれを守るブーゲンヴィル級通報艦3隻の自由フランス軍も随伴していた。

 

イタリア軍にアーク・ロイヤルが沈められ、バーラムが磨り減った戦力補強の為にアレクサンドリアに邂逅されたために些か陣容は変わっているが、戦力としてはほぼ史実と同等と言ってよかった。

 

 

 

しかし世の中とはえてして上手くいかないものだ。

ダカールに展開しているヴィシーフランス軍には、史実とは「()()()()()()()変化」が起きていたのだ。

大きな変化というほどではない。いきなり救世の大艦隊が現れたわけではない。

だがやはり無視できない戦力補強が、6月22日の降伏から三ヵ月半の間に行われていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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一番槍となる攻撃は、史実同様に空母機による降伏勧告ビラの散布だった。

無論、ヴィシー軍はこれを拒否。

ダカールに設置された28cm砲9門を収めたマニュエル砲台から砲撃が開始の号砲となり、初日は陸海の砲雷撃戦に終始した。

 

さて様相が変わったのは、翌日10月9日の昼間……イラストリアスから発艦した空母攻撃隊が行おうとしていた空爆のときだ。

この時、イラストリアスには41機の航空機が搭載されていた。

フルマー艦上()()戦闘機が15機、ソードフィッシュ()()艦上雷撃機が24機。加えてシーグラディエーター()()艦上戦闘機が2機という編成だった。

 

この時、ダカール港空爆に向かったのは、10機のフルマーに守られた20機のソードフィッシュだった。

全航空戦力の7割を投入して行われた攻撃だったが……

 

「ぐわわわぁぁぁーーーっ!!?」

 

「ガッデム!」

 

「Go to Hell !!」

 

英国航空兵たちの悲鳴が響いた!

 

 

 

イラストリアス航空隊を魔女の大釜の具材にしたのは、本来ならこの時はまだ「ダカールにありえない戦闘機」だった。

 

現在の欧州液冷エンジン戦闘機のスタンダードともいえる流麗なシルエットを持った機体……特徴を挙げるとすれば、エンジンのすぐ後ろにメイン燃料タンクがあるため、MC.202やHe100D等に比べるとコクピットがやや後方に寄っていて、印象的にはMe209が近いだろうか?

530km/hに達する最高速度にHs404/20mmプロペラ同軸機関砲(モーターカノン)1門と7.5mm機関銃4丁の強武装、そして高い運動性と頑強さを兼ね備え、ドイツ侵攻時においてのフランス最良の戦闘機であり、現用フランス機の中で唯一性能的にBf109へ対抗可能と言われた隠れた名機……

 

その名は【ドボワチーヌD.520】!

 

 

 

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強力な殺虫剤をかけられたハエのようにパタパタと落ちてゆく友軍機……

無理もなかった。

重い魚雷を抱えたソードフィッシュはもちろんだが、護衛しているはずのフルマーもD.520相手では戦闘機として格が違いすぎた。

D.520は重量2030kgの機体に935馬力のエンジンを組み合わせ、最高速は534km/hのを誇る。対してフルマーはエンジン馬力こそ1080馬力と勝るが機体重量は3955kgと約倍の重さがあり、最高速度は同条件で400km/hも出ないのだ。

最高速度で130km/h以上も劣り、その重量差に比例した運動性の開きがあるとすればもはや空中戦になどなるわけが無かった。

しかも数は同等かフランス機の方がやや多いくらいで、これでは逃走することも出来ない。

仮にすぐに退避運動に入ったところで、この速度差ならばすぐに追いつかれてしまうだろう。

つまり、最初の一撃を喰らうまで気付けなかった英パイロットは、その時点から生還できる望みは酷く低かったのだ。

 

 

 

史実ではアーク・ロイヤルから発艦し仏ダカール艦隊の攻撃に向かった英空母機隊は、予想以上に激しい対空砲火の洗礼を浴び、直撃弾を与えられなかった。

だが、”この世界”のイラストリアス隊に待っていた運命はさらに過酷で、この時期のフランス最高峰の戦闘機の手厚い歓迎を受け、比喩でなく短時間で全滅の憂き目を見た。

想像しうる限り最悪の結末だったが……

だが、これはヴィシーフランス軍の『返り討ち劇』、そのほんの序章に過ぎなかった。

 

そう英国機の排除を終えたダカールの空には、ヴィシーフランスのエンブレムを描いた航空機団が轟々とエンジン音を響かせ、勇ましく銀翼を煌かせていたのだから……

 

 

 

***

 

 

 

”それら”を発見した英国艦隊は大混乱に陥った。

空母機隊の帰還を待っていたら、飛んできたのはダカールにいるはずのないヴィシーフランス航空機の大集団だ。

慌ててイラストリアスから艦隊防空の為に残っていた5機のフルマーとシーグラディエーター2機が飛び立つが、先を争うように喜び勇んで上空から飛び込んでくる護衛役の12機のD.520にあっという間に皆殺しにされる。

 

だが、何よりも驚かされたのが……

 

急降下爆撃機(スツーカ)!!」

 

「なんでこんなところにJu87がいやがるっ!?」

 

そう『ヴィシーフランスのマークを描いたJu87急降下爆撃機』なんて在り得ない存在だったのだ!

 

無論、ヴィシーフランスがH部隊に送り込んだ”空飛ぶ刺客”は、D.520やスツーカだけではない。

その総勢は……

 

・D.520戦闘機×12機

・Ju87急降下爆撃機×24機

・Leo(リオレ・エ・オリビエ)451双発爆撃機×16機

・LN(ロワール・ニューポール)401急降下爆撃機×24機

 

イラストリアスの倍に匹敵する合計76機の大部隊だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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彼らはどこから来て、どこから飛び立ったのだろうか?

その優秀さを持って知られる英国諜報部だが、だからと言って神でも完全無欠でもない。

情報が巧妙に偽装/隠蔽されていたせいもあるが……この1ヶ月の間にダカール周辺にいくつもの野戦臨時飛行場が突貫作業で設営されていたことを把握していなかったとしても不思議は無かった。

また、これらの航空機がヴィシーフランスからダカールへ直接搬入されたのではなく、イタリアの輸送船や貨物船に通常補給物資に紛れ込ませる形で一度リビアの各港に陸揚げされた後、アルジェリアと仏領西アフリカを横切る形で各地の基地で補給を受けながら少数ずつの自立飛行で、目立たぬようダカールへと集結したのだった。

 

つまり黒幕は、同盟は結んでないが真っ先にヴィシーフランスを”正統フランス政府”として承認し、今は友好国となっているイタリアということだ。

 

もっともそれは今回の件だけではない。

第13話の冒頭をはじめ、何度かそういうニュアンスを書いてきたが……リビアから産出される膨大なオイルとオイルマネーを武器に、ドイツとヴィシーフランスの鎹役を積極的にこなし、また自ら直接支援することで基本的に工業インフラが戦火で破壊されていない『フランスの早期産業復興と再軍備』を後押ししたのは他でもないイタリアなのだ。

 

その結果として、フランスの航空産業は旧政権では実現できなかった大鉈を振るう業界再編を敢行し、開発/生産機種を絞ることとの相乗効果で明確に効率的な産業構造へシフトすることに成功した。

また、降伏前よりも独ソ伊から資材を安価(友好国価格)に安定的に入手できるようになり、復興景気と相まってむしろ前よりも産業も経済も活性化していた。

 

 

 

無論、イタリアは何の下心も無く、あるいは善意で巨額の復興支援をしているわけではない。

イタリアの大きな目的の一つは、パンク気味の国内軍需産業の生産肩代わりをフランスに委託したいのだ。

30年代から始まるオイルバブルで巨万の富を手に入れ、その資金を重工業界全般に惜しげもなく流して国内産業の近代化と規模の拡大、ひいては国力強化に尽力したが……いざ戦争を始めてみると、史実とは比べられないほどの工業力を持つに至った”この世界”のイタリアでもこの戦争の時代を生き抜くにはまだまだ不十分であった。

 

そこで”最高戦争指導者(コンドティエーロ)”バルケッタ・ムッソリーニを中心としたイタリア上層部は、ヴィシーフランス政権と友好関係を構築。大々的な梃入れで軍需産業を中心とした仏工業界を復興させ、有力な兵器供給源にしようとしていた。

 

無論、イタリアの思い通りにならないリスクはあるが……だからこそ復興支援の中身は大部分が実質的には”投資”であった。

つまりイタリアが、経済的な意味での()()()()あるいは()()()()()を通して兵器企業の株主や社主となったり、あるいは兵器会社に融資する銀行をイタリア資本が買収したりと多彩な手段と巨大資金そして石油を用いてヴィシーフランスに強い影響力を築こうとしていたのだ。

つまりフランス企業の看板は掲げていても、持ち主はイタリアという形だ。

蛇足ではあるが、その”大口のトンネル”の名簿に【クロステルマン家】という名があるが、特に気にすることはないだろう。

 

更にこの情況を後押しする追風がイタリアに吹いた。

何かと言えば、第一次大戦後のマルクほどではないが……仏通貨”フラン”の大暴落だ。

 

 

 

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大暴落と言っても、明らかに無理がある法外な戦時賠償を求められた第一次世界大戦後のドイツとは些か事情が違う。

史実ではドイツは、フランス降伏後のヴィシーフランス政権に対して第一次世界大戦後のベルサイユ体制でドイツが味わった過酷な戦時賠償、「報復的戦時賠償」の取立てを行った。

 

だが、”この世界”では同じ結末を辿る前に意外なところから横槍が入った。

そう、イタリアだ。

 

イタリアはフランスを必要以上に締め上げて『ナチスドイツが誕生する経緯』を追体験させるよりも、占領政策を意図的に緩くし戦後復興と再軍備を早め、ヴィシーフランス政権を正統フランス政府と世界に認知させ、『伊ソと同じく親独中立の新生フランス』として国際社会にアピールしたほうが益は大きいと解いたのだった。

 

実はシャルルマーニュ・ドゴールが亡命先の英国ロンドンで自由フランス軍を立ち上げたことが、大いにイタリアの論拠になった。

バルケッタ・ムッソリーニは、アーダベルト・フォン・ヒットラーにこう説いた。

 

『国民と国土を捨てて、自分達だけ逃げ出した亡命政府とフランスに残りナチス占領下でありながら国民の生命と財産を守る決意をした()()()()のどちらをフランス人と国際世論は正しいと思う?』

 

だがヒットラーはこう返す。

 

『我々は先の大戦後、フランスに散々嬲り者にされ、国家としても国民一人一人にしても最大限の屈辱とどん底の生活を味わったのだ。国民は皆、その事実を克明に覚えている。その思いは、積年の恨みはどこで晴らせばいい?』

 

確かにドイツは独裁政権ではあるが、独裁政権ゆえに国民の熱狂的な支持は必要だった。

そして聡いヒットラーは、「ドイツ国民が何を以て熱烈にナチ党を支持してるのか?」を的確に把握していた。

 

『それは理解している。戦後の貧窮は、勝利者であるはずの我が国(イタリア)も経験している……だが、それをヴィシー政権に求めてはいけない。例え傀儡政権であろうがなかろうが、友好国を育てるチャンスをわざわざ棒に振る必要はない』

 

『ならどうすればいい? 我が国は知っての通り、少なくとも見かけは独裁国家だ。だからこそ国民感情は無視できん。独裁とは支配者と被支配者双方の同意があって始めて成立するものだ』

 

ケッタはイタリアも王国でありながら、事実上は自分の父を頂点とするファシスト党の一党独裁体制だからこそ、その事情はよく判る。

だからこそ、こう代案を出した。

 

『ヴィシー政権に求められないのなら、自由フランスに求めればいい。元々、先の敗戦の責任はルブラン()政権の無策さと頑迷さにあり、ドゴールはその閣僚だった。ならば旧政権の閣僚が作った自由フランス戦争責任の一端は担って当然だ。むしろペタン政権とヴィシーフランスは、「聡明で賢明な新しいフランス」というイメージを売りにすべきだろう』

 

『だが、自由フランスに()()()()()()()()()があるのか? 実際に取り立てられる立てられないは別にして、せめて見せ金だけにせよ戦時賠償金額に匹敵する保有資産がなければ話にならんぞ?』

 

『それについては問題ない。前政権、今の亡命政権は降伏直前に国庫から備蓄金塊を民衆に知らせず秘密裏に米国に持ち出している。これを抵当にすればいい……いや、この金塊の不法持ち出しの事実を世界中にプロパガンダとして配信すれば、一石二鳥になるかな?』

 

『なるほど……フランス人の亡命政権に対する印象を、「国民と国土を見捨て、戦争責任を放棄した裏切り者」に加え「矮小で姑息なコソ泥」像を付与するのか?』

 

 

 

このようなフランスの戦後処理の話し合いがケッタとヒットラーの間で執り行われたらしい。

このアウトラインに従い、ドイツは「敗戦と戦時賠償の全ての責任は旧フランス(ルブラン)政権にあり、その閣僚が設立しフランスを詐称する()()()()()()()()()の”自由フランス”にこそ生じる」と言い放った。

つまり戦争責任の全てを自由フランスとドゴールに背負わせたのだ。

それはなんとなく史実の戦後ドイツがナチスとヒットラーに戦争責任の全てをなすりつけた姿に似ていて、歴史的な皮肉を感じる風景であった。

 

更にヴィシーフランス政府は、「旧政権がフランスの国有財産、フランス国民の財産である国庫にあるはずの金塊を、降伏直前に国民に何も告げぬまま秘密裏に国外へ持ち出した上に「テロ組織の運営の為に指摘運用している」事実を大々的に公表し、既に死刑宣告を出してるドゴールに対し、

 

『重国家反逆罪、フランス国の僭称、国際的テロ組織”自由フランス”の設立、同組織のドイツ/フランス市民に対するテロ行為、さらにフランスの国有財産の国外への不法持ち出しと私物化に対する罪状を加える』

 

と宣告したのだ。

つまり独仏両国は、公式に「自由フランスはただの偽フランス国だけでなく国際平和に仇をなす武装テロ組織。ドゴールは、そのテロリストの親玉で詐欺師でついでに金塊を持ち逃げして私物化してる泥棒のゴロツキ」と国際的に喧伝したのだ。

テロの語源はフランス語の”テルール”……つまりはロベス・ピエールやジャコバン派が行った”恐怖政治”のことで、ドイツやヴィシーフランスの言い分には妙な説得力があった。

 

 

 

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自由フランスを”唯一の正統フランス政府”とする英国は、その正当性を国際社会に訴えようとするが、どうにも分が悪かった。

 

史実と同じく1937年にフランスも金本位制を停止していたが、この時期の世界は多分に金本位制の影響が残っており、自国通貨の国際的価値(為替レート)を決める大指針の一つが自国の金の保有量なのである。

つまり敗戦と降伏だけでなく、フラン暴落の大きな原因の一つがこの「国家保有金塊の持ち出し」だったのだ。

当然、ヴィシーフランス国民からはドゴールと自由フランスは恨まれ、それを幇助する英国も同罪とみなされた。

 

 

 

もっとも、この大暴落は自国利益と戦争計画の関係上、フランスに大規模な支援(投資)を行おうとしていたイタリアには好都合だった。

何せ国力のわりには、フランの為替レートが異常に低いのだ。

また、企業買収や兵器の大々的な輸入を考えても都合がいい。

単純すぎる言い方だが、対リラ(イタリア通貨)レートが1/3になれば企業や戦艦からワイン1瓶にいたるまで何を買うにしても戦前の1/3の価格で購入できる。

 

ヴィシーフランスにしたところで、これで輸出市場が活況になれば貿易黒字が拡大し国庫が潤う。

事実、まだ降伏から半年もたってない今ですら産業は活性化、工業生産量はすでに戦前の水準にまで戻りつつある。

また立て続けにイタリアと大規模な武器商取引が決まっているので、本物の”戦後景気”が来ることは確実視されている。

国家ぐるみの好景気ともなれば、時間はかかってもいずれは国際為替レートも上がってくるに違いない。

現状の伊仏はまさにWin-Winの関係だろう。

 

 

 

***

 

 

 

さて、このような経緯がありフランスは順調に戦後復興している。

そして、それがこの『ダカールへの航空機の大量配備』へと繋がっていた。

例えば、史実によればD.520は427機が発注され350機が降伏するまでの間にロールアウトされたとされている(ただし、独仏戦開始時の保有数が36機程度だったという資料もあり、D.520の生産性の高さが伺える)が、”この世界”ではD.520はイタリア仕様の開発依頼があったせいもあり「優先生産継続機」に指定され、早くも7月には生産が再開されていたのだ。

現在、降伏前生産機も含めた述べ生産数は1000機を越えようとしており、その余力ゆえに400機以上がアフリカ仏領に配備されていた。

これは何もD.520に限った話ではなく、Leo451双発爆撃機やLN401急降下爆撃機も同じく即戦力とみなされ優先生産機に指定されていたのだ。

現在ダカールに配備されている機体、実は降伏後のヴィーシー政権下で生産された新規生産分だった。

 

そもそもが戦前のフランスの航空産業は混沌としており、中小企業が乱立し集中生産や重点生産が中々やりにくい情況だったらしい。

かくゆうD.520も設計元であるドボワチーヌ社の規模が小さく、その生産の大半は別企業傘下の工場で行われていた

 

ところが降伏後、イタリアによる裏表両面からの企業買収ラッシュで強制的に業界再編が行われて優先生産機が選定されると同時に開発継続機などが整理され、より効率的な生産力の集中が出来るようになっていた。

 

具体例を挙げるなら現在、生産/改良継続指定されているのは戦闘機ならばD.520を筆頭にブロック社の重戦闘機”MB.155”、省資源の金木混合構造でありながら高性能なアーセナル社(旧「アーセナル国営航空工廠」。降伏後に民営化)の”VG.33”などがそうだ。

これらの機体は、既存機やその改良型の生産だけでなく後継機の開発も既に決定していて、これが後に小改良モデルのD.523(あるいはD.520bis)やD.550シリーズ、MB.157やVG.39等に繋がる。

逆に生産中止となったのは、降伏時の仏主力戦闘機だったが構造も性能も時代遅れのMS.406やMB.151/152だ。

 

爆撃機ならLeo451以外にもアミオ354が継続生産機に指定されており、また4発の大型機ブレゲー482やMB.162が継続開発となっていた。

 

 

 

***

 

 

 

また、何でダカールのヴィシー軍がJu87を保有していたかだが……やっぱりこれも黒幕はイタリアである。

イタリアは以前、急降下爆撃機にJu87を輸入して使用していたが、現在は国産化に成功した急降下爆撃機Ba.201への置換が急速に進んでいる。

そこで使い勝手のいい単発急降下爆撃機不足に悩んでいたヴィシーフランスに、余剰分のJu87を無期限の無償貸出(レンドリース)していたのだ。

 

そして間接的あるいは直接的にイタリアが後ろ盾となったダカール航空隊は、一気呵成に敵艦隊へと襲い掛かる!

ただし、英国艦隊の上空は、ただ混乱させるために対空砲の射程外をフライパスしたに過ぎない。

彼らが本当に狙ったのは……

 

「ぎゃああああっ!」

 

「このドイツに尻尾を振った駄犬がっ!!」

 

自由フランスの6隻の輸送船と3隻の通報艦、それとそれを守る僅かな英国艦だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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無論、ダカール航空軍がこのような行動を取ったのには合理的な理由がある。

ヴィシーフランスは、最初から今回の作戦がどこまでも政治的な行動……建前的には自由フランス軍が主力で、英国がサブだということを読んでいたのだ。

 

要するに「ドイツがダカールをUボート基地にしようとしている」という論拠の怪しい理由付けをした上で、英国は自由フランスの軍事行動に協力したのだ。

実は英国国内でも、ドイツとヴィシーフランス(+ソ連の政治工作能力)のネガティブ・キャンペーンのせいもあって自由フランスの評判はすこぶる悪い。

 

チャーチルは「自由フランスが唯一の正統フランス政府」と嘯いているが、英国国内でさえ「国際ルールに則り降伏してるのに、なお往生際悪く抵抗運動を続ける政治的正当性のない敗残者」という評価が浸透し、自由フランスへの助力や協力に否定的見解は多い。

 

だからこそ、共同戦線一つ張るのでさえ上記のような理由、あるいは言い訳が必要だったのだ。

つまるところ今回はダカールのフランス艦隊殲滅が主目的ではなく、あくまで自由フランス軍によるダカール占領が主目的だと最初から見抜かれていたのだ。

 

だからこそ、先に上陸部隊を叩き潰せば英艦隊は行動理由を失い、しつこくこの場に留まり攻撃を続ける大義名分がなくなるとヴィシー軍は踏んだのだ。

それにヴィシーフランス軍にせよ国民にせよ、「戦争責任も取らず、国土と国民を見捨て、あまつさえ国民の財産を持ち逃げした上にフランスを騙る自由フランス」に怒り心頭であり、”フランス人の面汚し”どもにそろそろ裁きの鉄槌を叩き込みたいと思っていたところだ。

 

しかも幸いなことに「港や要塞を砲撃できる位置まで接近した」英国艦隊の主力とは離れた海域に自由フランス船団はあり、おまけにたった3隻の通報艦以外に輸送船団を守るのは英国艦隊から分派された2隻の駆逐艦に過ぎない。

駆逐艦の大半は、万が一の航空攻撃や3隻の存在が確認されている潜水艦から守るためにイラストリアスに貼り付けられていた。

 

それに離れてると言っても航空攻撃なら問題なく爆撃圏内だ。

おそらく英艦隊から離れすぎるのも不安だったのだろう。

戦艦や重巡洋艦は砲戦に忙しい……となれば狙わない理由はなかった。

 

 

 

***

 

 

 

結果は言うまでもなく全滅だ。

比喩でなく6隻の輸送船も通報艦も英駆逐艦も全て沈められた。

 

イラストリアスから発艦した戦闘機隊も駆けつけたが、多勢に無勢なうえに個々の性能も敵機が上なら勝負になるわけがなかった。

戦艦隊よりはまだ近くにいたイラストリアスの護衛駆逐艦戦隊から4隻が抽出されて増援に向かったが、間に合うわけもない。

 

航空攻撃だけだったらまだ生き残った船も合ったろうが、さらなる凶報が自由フランス船団を襲う。

そう英国艦隊が到着する前に出港していた3隻の潜水艦が、駆逐艦と通報艦が急降下爆撃で真っ先に潰されたために、守り手のいなくなった輸送船団の生き残りに集中攻撃をかけたのだ。

そしてなお運が悪いことに、その3隻の潜水艦のうちの1隻が史実ではダカールにはいないはずの(史実ではフランスの降伏に伴い英国に接収されたはずの)フランスが誇る規格外の超大型潜水艦、潜水艦のクセに重巡洋艦級の203mm砲を2門搭載した巡洋潜水艦”シュルクーフ”だったのだ!

 

”この世界”のシュルクーフがどういう経緯でダカールにいたのか謎だが、”通商破壊潜水艦”の別名に恥じぬ破壊と殺戮を残存船に撒き散らした後、英国の増援駆逐艦が到着する頃には忽然と水中に姿を消していた。

 

到着した英国駆逐艦が出来たのは救命ボートや浮遊物につかまり波間を漂っていた生存者を救助することだけだった。

また救助者の多くも負傷や衰弱をしており、ジブラルタル帰港時の最終的生存者は157名に過ぎなかったという。

 

まともな対艦武装がない故に無抵抗な輸送船に至近距離から魚雷や203mmをぶち込むようなその執拗な殲滅っぷりは、どこか絡みつくような暗く湿った怨念を感じさせた……

 

 

 

***

 

 

 

翌10月10日、戦艦や空母などの主力艦艇が大きな損傷を受けていないのにも関わらずH部隊はダカールよりの撤退を決定する。

上陸部隊が壊滅した今となっては、これ以上踏みとどまる理由はなかったからだ。

何よりダカールに有力な航空部隊が展開していることが判明した今となっては、航空兵力を喪失した現状でいつまでもこの海域に留まっていたくはなかった。

 

砲戦部隊は空襲直後には舵を沖に切り、離脱を図った。

彼ら(英国人)の判断は正しかったのだろう。

何しろその日の夕刻には大規模な空襲を受け、主力に大きな損傷はなかったが、重巡洋艦は2隻とも中破判定を受け、駆逐艦の数隻は撃沈されたのだ。

もっともこれは現用の航空爆弾では、頑強な防御力を持つ戦艦や装甲空母に有効なダメージが与えられないというヴィシー側の判断のせいでもあるのだが。

 

 

 

英国は「戦術的勝利、戦略的失敗」と評した。

ダカールのフランス艦隊や要塞には相応のダメージが与えられたが、代わりに上陸部隊は全滅したのだ。

戦略的敗北と言わないあたりが、実に英国人らしい。

 

だが、もっとも巨大な影響は物理的な被害や戦死者ではなく、精神的影響であった。

ダカール・ヴィシーフランス軍による自由フランス上陸隊の「()()()()」により、両者の対立と確執は致命的かつ決定的になった。

ヴィシーフランスのペタン政権は公式に、

 

『英国ジブラルタル艦隊に対しての攻撃は自衛という軍事行動だが、自由フランスに対するそれはフランスを僭称するテロ組織への警察行動に過ぎない。テロリストに関してはハーグ条約も対応外である。また大々的テロ支援国家となっている英国は、ただちにその政治的方針を見直すべきである』

 

と発表した。

更には、

 

『我々が優先すべきは、対外戦争ではなくテロ組織との戦いである。これに勝利すべきことこそが国家方針として重要である』

 

と続けた。

ドゴールや自由フランス上層部は、ペタン政権の公式発言に激怒しつつも「自由フランス軍の壊滅に指をくわえてみていただけ」の英国政府を激しく非難した。

だが、冗談ではないのは英国だ。

連日、新聞とラジオに踊る自由フランス側の”傲慢すぎる発言”に、

 

「ダカール占領に()()()()()()()のに、なんて言い草だ!」

「英国の()()()で辛うじて生き延びてる非合法政府のくせに生意気な!」

「自分で自分を守れぬ勢力が戦場に立つな!」

「英国人は、クソ生意気なフランス野郎(フロッギー)の為にこれ以上血を流す必要はない!」

 

と英国世論は大沸騰した。

無論、この世論誘導には共産勢力の息のかかった左翼マスコミの跳梁跋扈があるのだが、彼らにしても楽な仕事だろう。

自由フランスの、別の世界なら”ドゴールイズム”や”ドゴール症候群”と呼ばれそうな「いかにもフランス人らしい自己中心的な発言」を一切包み隠さず垂れ流せばよいだけなのだから。

 

たしかにこのまま悪化の一途を辿る英仏(自由フランス)関係を是正しないわけには行かず、ある程度の緩和は図られるのだが……

だが、両者の間に一度生まれた溝はそう簡単に埋まるものではなく、その不信感はじわじわと内側から腐食して行くのだった。

 

 

 

だが、英国人は未だ気付いてない。

もう一方の対仏関係、本家フランスであるヴィシーフランスとの関係が更に悪化してしまったことを、だ。

ヴィシーフランスの対英感情はもはや最悪のときを迎え、市民レベルで「かつての同盟国」ではなく、今や「完全な敵国」とみなすようになっていた。

英国はこれに気付かないまま戦争を継続することになる……これは市民感情レベルで独伊ソへの心情的接近を容易にするものであった。

 

果たして、後で言う”連合国”が『()()()()()()』パリに入場できる日は来るのだろうか……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





皆様、御愛読ありがとうございました。
ヴィシーフランスと自由フランスとの間に決定的な亀裂の入ったエピソードはいかがだったでしょうか?

まあ、何も亀裂が入ったのは二つのフランスのみならず、英国&自由フランス+英国&ヴィシーフランスも同様ですが(^^

そして裏でちゃっかり国益を掻っ攫うイタリア(笑)
どうもヒットラーは、父より息子のムッソリーニを「頭が切れて、話の通じる奴」と好感をもってそうです。
それに久しぶりに台詞で登場のケッタはともかく、ヒットラーも割と現実主義者だなっと。
もしかしたら”この世界”のヒットラーとトロツキーは、「理想主義者の成れの果ての現実主義者」という似たもの()()(誤字に在らず)で、国民が熱狂し易い理想主義者の表面と体面を守りつつ、理想と現実の間の接合店と妥協点を的確に見つけにかかる(タチ)の悪さをもってるのかもしれませんね?

それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!



***



設定資料



He118RM (RM=イタリア語の”Regia Marina(王立海軍)”の略)

製造元:ハインケル・イタリアーノSPA社(ハインケルのイタリア現地法人)
エンジン:フィアットA35/210H(1段2速軸駆動式過給器(スーパーチャージャー)中間冷却機(インタークーラー)付き倒立液冷V型12気筒SOHC、公称:895馬力。Jumo210Gaのライセンス生産版を原型としたナトリウム封入排気バルブ+3バルブヘッド発展改良型)
最高速:408km/h(高度6000m、500kg爆弾搭載時)
航続距離:1050km(機内燃料のみ)
実用上昇限度: 8900m
固定武装:MG17機関銃×3(7.92mmx57弾、毎分1100発、機首×2+後席旋回銃×1)
プロペラ:可変ピッチ・定速式3翅
乗員:2名
特殊装備:防振処理空中無線機、防弾装備一式(30口径級弾対応。パイロット保護防弾板、セルフシーリング・タンク、防弾ガラスなど)、主翼折畳機構、着艦フック、内側開閉主脚、カタパルト射出対応装備、簡易式航法装置、無線ビーコン誘導装置、電波高度計、推力式排気管、ダイブブレーキ
オプション:最大搭載量650kg。胴体直下最大懸架重量500kg、主翼に落下増槽用パイロンやRSシリーズ用ロケット弾レールを装着

備考
He118急降下爆撃機をベースにイタリア王立海軍用に再設計された艦上急降下爆撃機。
ベースは降下角度が50度しかとれず運動性の面でも見劣りし、テスト飛行で操縦不能になるような欠陥機だったが、He112同様にイタリアからの発注が社存続の最後のチャンスと思ったハインケル社は一念発起。驚くほど短期間で大幅な設計変更を済ませ、まったく別の機体として蘇らせた。

基本的にはHe118の機体構造を艦上機としてハードな運用に耐えられるように全般的に素材レベルから強化し、空母運用のためのカタパルト・フックや着艦フックを搭載。
主脚の強度&安定性向上の為に轍間距離(トレッド)を広くとれる内側引き込み脚に設計を変更。
また重量のかさみ強度的なマイナス要素になる爆弾庫を用いた爆弾の機内搭載を取りやめ、空気抵抗増大を覚悟の上で兵装は全て機外搭載、胴体下や主翼下に懸架する構造に改めた。
また重量増大に対処し、運動性や最高速を引き上げるためとイタリア海軍の要請もあり、エンジンはベースのDB600C(810馬力)より高出力で、セッティングが爆撃機用にされているだけで基本部分はHe112RMと共通の”フィアットA35/210H”に変更されている。

これらの改造の効果は大きく、速度上昇は大きくはないがHe118RMにJu87並みの急降下性能と操縦安定性と運動性の向上、ペイロードの増大を齎した。
また武装バリエーションもベースより豊富で、例えば胴体下にイタリアで多用されている250kg~320kg爆弾、両翼内側に100リットル増槽、両翼外側にロケット弾というような混載例も多い。

配備は1939年から始まり、いずれにせよ艦上雷撃機を基本的に持たないイタリア海軍にとり貴重な対艦攻撃機であり、大戦初期を飾る代表的な急降下爆撃機であった。

後継機は大戦勃発でハインケル社も多忙になった為に、Ba.201”Tuffetti(トゥフェッティ)”を開発ベースにした純イタリア機になるようだ。










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