有栖とアリス   作:水代

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有栖と十字

 

 

 突きつけられた銃口を前にして、けれど和泉は笑った。

 その口元から一筋、血が流れていく。

 

「ごめんね、有栖くん」

 

 ボロボロの体はすでに自らの意思では動かず、だからもう言葉を紡ぐしか今の和泉にできることは無かった。

 自身の額にピタリと銃口を吸いつかせた有栖の苦々しい表情に、心苦しくなる。

 それでも、これで終わりだ、と精一杯の笑みを浮かべ。

 

「それと、ありがとう」

 

 感謝を口にする。

 最早自分の意思ではどうにもならなかった今の状況。

 こうなってしまったのは結局自らの自業自得であり、それを自らが最も親愛する少年に拭わせてしまった自責の念があった。

 

 だから、謝罪する。

 

 そして、感謝する。

 

 それから―――。

 

 

「さようなら」

 

 

 直後。

 

 

 銃声が響き、和泉の意識は途絶えた。

 

 

 * * *

 

 

 ゆさゆさ、と誰かに体を揺さぶられ、意識が覚醒する。

 目を覚ます。直前まで何か夢を見ていたような気がするのだが、起きた途端に忘れてしまった、

 そうして薄っすらと開いた視界に映る金色の髪の少女を見て。

 

「アリス?」

「…………」

 

 少女の名を呼びながら体を起こす。

 視線を彷徨わせ、部屋の壁にかけられた時計を見れば時刻はまだ五時。

 今日は平日……普通に学校もあるが、それでも七時には起きれば良いのだから随分と早い。

 そして起こしたのは、まあ言わずもがな。

 

「ん……どうした、こんな朝早くに」

 

 まだ眠気でぼんやりとする頭で自分の上に乗っかっているアリスに問う。

 正直起きようにも足の上に乗られると動けないので止めて欲しいのだがそんなことを気にした様子も無くアリスがこちらをじっと見つめ。

 

「……ん?」

 

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「……ルイ?」

 

 無言で、けれどこくり、と頷いた少女、ルイに目を見開く。

 ルイは最近仲魔にした……というより譲り受けた悪魔だ。

 だが意図的に何も持たないように作られたらしく、自我というものが希薄であり、こちらから声をかけないとほぼ何もせずぼうっとしている。

 教えたことは覚えるが、ほぼ無感情にルーティーンを繰り返すだけの様子にどうしたのものか、と考えていたのだが。

 そんな彼女が自発的に動いているという事実に寝ぼけた頭が一発で覚めるほどに驚愕する。

 

 同時に思うのは何故、ということ。

 

「…………」

「どうした?」

 

 問いかけども彼女は答えない。

 無表情に、無感情に、無気力に、ただじっと自分を見つめるだけであり。

 さて一体どういう状況なんだろうと、沈黙を保ちつつも困惑の表情でそれを見続け。

 

「……おは、よ」

「ああ……おはよう」

 

 たっぷりと沈黙を保った後、ぽつり、と呟いた一言に咄嗟に返す。

 そこから先、再び言葉を失くしたルイがじっと自分を見つめ。

 

「…………」

 

 ぷい、と視線を逸らし、そのままベッドから降りて部屋を出ていく。

 そんな少女の後ろ姿を見つめながら。

 

「……なんだったんだ?」

 

 珍しく行動的だったな、と思うと同時にそんな疑問を頭の中を駆け巡っていた。

 それが意味するところを、その時はまだ気づかなかった

 

 

 * * *

 

 

「最近忙しそうだな」

 

 朝から良く分からないことに頭を捻りながらも、それでも時間は過ぎるし、平日ならば学校にも行かなければならない。

 正直、最早今となってはサマナー業界から抜け出すに抜け出せないので学校などドロップアウトして裏街道まっしぐら、というのも選択としてはありなのだが、未だに学校に通うのはそれでも表の世界に執着があるからだろう。

 正確にはそこにいる二人に、だろうけれど。

 

 教室に入ると自分の席で机に突っ伏したまま動かない悠希がいたので声をかける。

「うー……あー……有栖か……おはよ」

「ああ、おはよ」

 視線を移せば詩織もすでにやってきていてこちらを見て苦笑していた。

「おはよう、有栖」

「おはよう、詩織」

 挨拶を交わしながら視線を再び悠希に移せば、のっそりのっそりとゆっくりとした所作で悠希が上体を起こす。

「あー……眠い」

「咲良から聞いたけど、名取に扱かれてるらしいな」

「あーうん……この前の一件で……足りないってのは自覚しちまったからなあ」

 この前の、と言うとあの騒乱絵札との戦いの時の話だろうか。

 あの時、俺は基本的にジョーカーと戦うことに腐心していたが、それ以外にもジャック、クイーン、キングと残りのやつらも勢ぞろいしていたらしい。

 それぞれ咲良、名取、キョウジが対応していたらしいが、その時名取と共に悠希もいたことは知っている。

 確かに普段悠希が戦っているようなやつらと比べれば、格の違う相手だろう、そのことに力不足を感じても仕方ないかもしれないが。

 

「あんま無茶するなよ?」

「分かってる……生きることが最優先だって、名取にも言われたからな」

 

 頷く悠希の言葉に、なら良いか、と納得して自分の席に座る。

 その直後にチャイムが鳴り響き。

 

 ぴろん、と。

 

 チャイムに隠れるようにして電子音が鳴った。

 

 * * *

 

 

 帰りのホームルームが終わると共に幼馴染二人に挨拶だけしてそそくさと教室を出る。

 自宅への帰路を最短で進んでいく、足が小走りになっているのを自覚する。

 そうして自宅の前に立っている少年の姿を認め。

 

「響野」

 

 少年の名を呼ぶ、と同時に少年……響野十字がこちらを振り返り。

「よう……有栖の兄ちゃん、久しぶりだな」

 相も変わらず老成したような若者らしからぬ口調と雰囲気を漂わせながら十字が告げる。

 だがそれよりも、何よりも。

 

「あのメール、本当なのか?」

 

 朝携帯に届いた一通のメール。

 差出人は目の前の少年、十字からであり、珍しいこともあると開いてみれば。

 

「和泉が居なくなった……ってのは」

「ああ、本当だよ」

 

 告げながら十字は手元の携帯を操作し、こちらに画面を見せてくる。

 

「今朝和泉の嬢ちゃんが拠点にしているマンションに行ったら……この有様だ」

 

 そこに映っていたのは派手に崩れたマンションの一角。

 壁は抉れ、玄関だっただろう場所にはぽっかりと大穴が開いている。

 明らかに普通じゃないその光景は、何かあったと察するには十分過ぎた。

 

「手がかりはこれだけ、か」

「さすがに一週間も連絡が取れないのはおかしいと思って行ってみればこれだからな……」

 

 手元の携帯に視線を落としながら呟く十字に思わず唸る。

 

 誰がやった、とかそんなことは一先ずどうでも良いのだ。

 河野和泉はガイアーズだ。しかもその中でもかなり高位の立場にいる。それだけで襲撃するだけの理由を持つ勢力などこの帝都にはごまんといる。

 問題は、だ。

 

「和泉を倒すほどの相手、か」

 

 河野和泉が掛け値なしに強いという事実だ。

 自身とて正面からやって負けるとは言わずとも、勝ちきれるか、と言われれば正直自信はない。

 負けるはずがない……とは言わないが、だからと言って和泉とてむざむざやられたとは思えない。

 だがそんな相手と和泉が戦ったにしては()()()()()()()()

 手持ちで例えるならアリスとジャアクフロストが本気で喧嘩するような話だ、マンション一つ消し飛ばして、周辺も焦土に変わっていてもおかしくはないのだが、実際の被害はマンションの一室だけだという。

 

「となると、どっかに逃げたか?」

 

 逃げ切ったのか、それとも追いつかれたのか、そこから先はまだ分からないが、その前提で考えたほうが良さそうだった。

 

「とは言え、未だに和泉と連絡が付かない、ということは」

 

 最悪、和泉が負けている、ということで。

 

「それだけの相手、相当に限られてくるだろうな」

 

 それこそ帝都でもトップクラスの相手だろう。

 和泉を探すということは、そんな相手と敵対する可能性も十分にあるわけで。

 

「頼んでおいて何だが……本当に良いのか?」

 

 十字が心配するのも無理は無い話だ。

 とは言え、和泉を探すのに否は無い。

 元より一時とは言え家族のように暮らしていたこともあった大事な友人だ。

 その友人が危機に陥っているというならばいくらでも手を貸すし、骨を折っても構わない。

 

 ただ。

 

「少しばかり、慎重になる必要はあるかもな」

 

 迂闊に手を出せば底の無い深淵に飲み込まれる。

 

 ここはそんな世界なのだから。

 

 

 * * *

 

 

 自分、在月有栖が響野十字に出会ったのはまだほんの二年ほど前のことだ。

 キョウジを経由してヤタガラスから依頼された悪魔関連の事件の中で、偶然同じ事件を追っていた和泉と出会い、その時すでに和泉の手伝いをしていた十字と出会った。

 フリーとは言えヤタガラスの直下で動いていた自身とガイアの指示で動いていた和泉、とは言え個人的な親交もあり、そもそも目的が被らなかったこともあって共同で動くこととなり、その時に十字のことも紹介された。

 

 曰く、別の悪魔絡みの件で助けた少年であり、その時に異能を発現したこともあり、今は本人の意思もあって和泉の協力者としての立場にいる、と。

 

 決してガイア教に入ったわけでも無いし、そもそもデビルバスターになったわけでも無い。

 あくまで協力者、という立場であり、十字本人はともかく和泉がそもそもそれ以上を望まず、立ち入らせなかった。

 だから自分が知っている十字とはつまりその程度だ。

 具体的に何があって和泉と行動するようになったのかも知らないし、普段何をしているのかさえ知らない。

 

 とは言え十字が和泉を恩人として見ていることは知っているし、和泉のことを助けようとしていることも分かっている。

 

 それだけ分かっていれば協力できるし、信用もできる。

 

「逆に、良く俺に連絡しようと思ったな」

 

 和泉を経由した知り合いではあるが、自身と十字の繋がりは薄い。

 正直連絡先の交換くらいはしたが、直接会ったことなど両手の指で数えることができる程度でしかない。

 そんな相手に良く和泉のことを話す気になったなと少し驚きもする。

 俺は十字のことを信用しているが、逆に十字が俺を信用する理由というのが正直分からなかった。

 そんな俺の疑問に、十字がああ、と一つ納得しように頷き。

 

「和泉の嬢ちゃんからは散々聞かされていたからな。まあ知らん仲でも無いし、切羽つまっていたのもあったが」

 

 まあ簡単な話だ、と言って。

 

「嬢ちゃんが心底信頼してる……なら俺も信じようと思っただけだよ」

 

 十字の中での和泉の立場がどれだけ重いのか、なんて一瞬考えたが、まあそれは後で良いかと思考を放棄する。

 

「そんで……どこに向かってるんだいこれ」

 

 家から駅への道を歩き、駅から電車に揺られながら帝都の街を駆けていく。

 そんな最中にふと十字が口を開く。

 

「ヤタガラスの支部の一つだな……裏絡みの事件のことなら何か情報があるかもしれないし、それに和泉の家、今警察が封鎖してるんだろ? 調べるにしても、正攻法で行けるかもしれないしな」

 

 目的地は今代葛葉キョウジ……つまり、名取のところである。

 この帝都の内側で起きた悪魔絡みの事件で、しかもすでに警察、つまり表の機構まで動いている以上、まず間違い無くヤタガラスにも情報は集まっているだろう。

 先に和泉のマンションに向かっても良かったが、すでに警察が封鎖している以上、こっそり入るしか無くなるのだが、それはそれで面倒を呼び起こす可能性が高い。

 ガイア教のように最初から後ろめたい連中やメシア教のように振りきれた連中ならともかく、中立派のフリーサマナーを謳う自分としては極力ヤタガラスに目を付けられるような真似は遠慮したいところである。

 

「というか、誰か犯人の目星とかついてないのか?」

 

 基本的に和泉は単独で動くことが多い。

 なので実際のところ俺は、和泉が誰にどんな恨みを買っているのか、余り知らない。

 ただガイア教に属している以上は、絶対に真っ当には生きてはいないだろうということは予想できる。

 そしてそんなガイア教としての和泉を一番良く見ているのは俺では無く、十字なのだろう。

 そんな意図から問うた言葉だったが、けれど十字は首を振る。

 

「悪いが俺はあくまで和泉の嬢ちゃんの協力者だ……さすがにそんな深い事情にまでは突っ込んでねえ」

 

 和泉の嬢ちゃんもそれは望まないだろうしな、と独りごちる十字に、まあそうかもしれないな、と納得する。

 普段の言動からしてそうだが、和泉は何でも一人でやろうとする気質が強い。

 正直十字が協力するのも、十字自身が強く望んだから、というのが大きい。

 ガイア教なんて究極の個人主義みたいな団体に属していながら、和泉は結局自分より他人を優先するのだ。

 だからそんな和泉が不和の種を十字に見せるような真似するかと言われれば、確かに考えづらい。

 

「と、なると……もう名取頼みだな」

 

 先代キョウジが死に、咲良が里帰りしている以上、名取に頼るのが最も確実であり。

 

「……大丈夫か、和泉のやつ」

 

 電車の窓から地平の彼方に沈み行く夕日を見つめながら呟いた一言は、けれど誰にも届くこと無く消えていった。

 

 

 




ランス10とかいう底無し沼からなんとか這い出して、第二部は今度にしようと思ったら今度は古戦場が始まるとかいう(

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