学校の敷地内。
校舎の裏側にあるもう一つの学園。
そこにある古びた学舎。
旧学園校舎。
十五年前ほどに今の新校舎になった折、取り壊されずに残っていた。
理由は簡単で…………異界化しているから。
下手に取り壊そうとすれば業者のほうが怪我をするし、サマナーの取り壊し業者などいない。
異界化を解除しようにも、霊穴の上に立つ異界は強大過ぎて下手に手出しが出来ない。
さらに異界の主が閉鎖的なのか、中から悪魔が出てくる様子も無い。
ついでに言うなら、この異界自体がある程度霊穴に対する栓のような役割を果たしており、霊穴から湧き出す力を軽減してくれる。
そこで当時の葛葉ライドウが異界に侵入。異界の主との対話により、この周囲に漏れ出す霊穴の力を学園の敷地内に留める結界を張ることになった…………らしい。
この街はキョウジの管轄なのだが、何故キョウジが行かなかったかと言うと、キョウジは基本的に掃除屋の二つ名通り、排除することしかしない。逆にライドウは守護者だ、戦うだけの存在ではない。
実際、異界を利用して安全性を保つ、と言うのは良くあることだ。
異界と言うのは悪魔が湧き出す危険地帯でもあるが、逆に言えばMAGが芳醇に溜まっている異界から出てくる悪魔は少ない。さらに現世を漂う悪魔も芳醇なMAGのある異界へと寄っていくので、異界の存在が周囲の悪魔関係の治安を保つことも多いのだ。
元来、太古より日本は悪魔と共生してきた。葛葉やヤタガラスにもそう言った技能がある。
帝都に複数ある異界、強大な力を持つそれらを点と線で結ぶことにより、帝都を覆う巨大な結界とし、外敵を排除している。
ただ、良いことばかりでも無い。
例えば。
「こうして逃げた悪魔が入っていったりな」
忌々しげに呟く。
「くそったれ!」
「結界はどうなってんのよ?」
内から外に出ることは出来ても、外から内へと入れないように出来ているはずだ、なのにどうして入ってこれたのか。
「機能してる…………だがあれは本体だ、分霊体じゃないから機能しねえんだよ」
MAGはどんな生物にでも存在する。特に人間など感情を持つ生物はそれが高い。
結界が機能するのは一定以上のMAGの塊、だ。現界している悪魔はほぼ全てがマグネタイトによって体を構成された分霊体。よって人間と悪魔を区別するために、マグネタイトのみで構成された存在を弾けばそれで良かったのだ……………………本来なら。
「肉体を持つ本体悪魔ならあの結界は抜けられる」
「なるほど…………そう言うことね。珍しすぎてそれは気づかなかったわ」
「おいおい、困るぜ、ライドウ様よ」
「候補よ…………ただの、ね」
どこか不貞た様子の朔良に首を傾げる。
「…………どうかしたか?」
「…………別に」
不貞腐れた顔。その表情にふと昨日の言葉を思い出す。
「もしかして、昨日遅れたこと気にしてるのか?」
「……………………………………別に」
その様子が図星だと言っているようなものであり。俺の表情で悟られたのを分かってかどこか諦観した表情で朔良が呟く。
「そうよ…………昨日私は間に合わなかったわ。助けたのはあの和泉って子で、彼女がいなければ一人死んでいた。ライドウは守護者の名前よ。そんな私がライドウの名前を継ぐ資格なんて無いわ」
なるほど、今日どこか不機嫌なのはそのせいか。
「けっこう気にしてたんだな」
「自覚はしてたわ、ただそれを葛葉にまで結び付けられたのが嫌だっただけ。ただライドウを継げばそうも行かないわ。葛葉ライドウの失敗は引いては帝都の危機と同義よ、故にライドウに絶対に失敗は許されない」
「ライドウ…………ね」
絶対に辿り着けない、と言う場所ではないだろう。ただ今はまだ足りない、と言うだけで。
葛葉の里は血統を重要視するが、それは血統に力が宿るからだ。
究極的には実力主義、それが葛葉の里と言うもの。
「いつかはなれるさ、可能性も無いのに候補なんてなれない」
それは即ち、候補になった人間に現段階で可能性がある、と言うこと。
その可能性の中から最良のものが選ばれる。
「分からないわよ…………私以外にもライドウ系譜の人間はいくらでもいる、ライドウ候補は私一人じゃない。私はね、本当に助けようとして助けることができたことが無い」
だから、自信が無い。と言うことか。
「だったら見せてくれよ俺に…………」
ライドウ候補の力を。
―魔階吉原高校旧校舎―
暗い。
薄暗い。
木造の旧校舎は薄暗い。
「…………凄いな、これは」
「本当にね…………」
そう、薄暗い。夜の闇の中。月も射さない校舎の中。電気も点いていない場所なのに。
薄暗い。ぼんやりとだが周囲が見える。
そう、光源がある。
あちこちに突き出した薄紫色の結晶。
それがぼんやりとした光を発している。
「…………アリス」
SUMMON OK?
「アハ…………アハハ、すごいね、さまなー」
楽しそうに笑いながらアリスが召喚される。だが笑いたくなる気持ちも分からないでもない。
「さすがは霊穴か」
悪魔だからこそ…………アリスもすぐに気づいた。
異界内のそこらかしこに生える結晶。
それが全てマグネタイトだと言うことに。
「まあ非活性マグネタイトではあるが、使えるな」
「…………まあ良いけど、あまり時間はかけられないわよ?」
隣で朔良がどこか呆れを含んだ様子で声をかけてくる。
まあそれもそうだろう。
俺たちが時間をかければかけるほどに、逃げた呪が力をつける。
「固いこと言うな」
このご時勢、マグネタイトを入手するのも楽ではないのだ。
キョウジ曰く五十年くらい前まではあちこちで悪魔が存在していてどこに行っても悪魔を見かけたらしいが、最近ではもう異界以外で悪魔を見かけることは非常に少ない。
何故か?
一つは文明の発展。夜になると寝静まる昔と違って、夜になっても人の賑わう現代は、根源的な闇への恐怖、と言うものが薄れている。恐怖は最も根源的な悪魔たちの糧だ。それが薄れてきていると言うことは悪魔たちにとっても生き辛い世界になってきている、と言うのが理由の一つ。
一つはデビルサマナーの増加。悪魔を従え悪魔を討つデビルサマナーだが、近年それが増加傾向にある。それはCOMPと言う優れた機器の普及のお陰か。様々な機能を持つこの機器だが、最大の問題はこれがあれば素人でも悪魔と契約できる…………まあ方法を間違えなければ、だが。悪魔との契約、それが過去のデビルサマナーたちにとっての最初の関門だったのだが、悪魔の言語の自動翻訳まであるこの機器のお陰で悪魔と契約する人間の数が増えている。ぶっちゃけた話、俺とアリスのような一切の媒介を通さない当人同士の直接の契約と言うのはほぼあり得ない、と言っていい。まあ俺もあんな状況じゃなければしなかっただろうが。
まあつまるところ、悪魔は減って行っているのにサマナーは増えている。
悪魔を召喚するのも使役するのもマグネタイトは必須で、それを合法的に手に入れようとするなら買うか悪魔を倒すしかない。そして買うにしてもそのマグネタイトも結局悪魔を倒して手に入れられたもので。
結局、異界と言う悪魔の巣窟に入れるだけのサマナー以外はマグネタイトが手に入れにくい、と言う状況が起こっている。
とは言っても異界以外で悪魔が全くいない、と言うわけでも無いし、人が多いところならばやはりそれなりに悪魔もいるので、全く手に入らない、と言うことも無いのだが。
「ただまあ手に入り辛いのは確かなんだよな。朔良はどうしてんだ?」
葛葉と言うことは悪魔の使役もやっているだろうし、マグネタイトは必須のはずだが?
「葛葉の里で管理している異界で自力で手に入れてるわね」
とのこと。なるほどさすが葛葉…………いくつもの異界を自分たちの管理下において新米たちの修練場にしているらしい(キョウジ談)。
「ま、そういう後ろ盾みたいなのが無いのがフリーのサマナーの辛いところだよな」
と言いつつ、COMPを弄ってマグネタイトの収集をする。
「と言うか、学校の裏の異界がこんな凄いだなんて、聞いたことが無いんだが」
次々とCOMPに溜まっていくマグネタイトを表示した電子カウンターを見ながら、ふと気づいたことを呟く。
実際入るのは初めてだが、これほどの異界だとは聞いたことが無い。
「霊穴だから、で納得してたが、さすがにこれほどの異界をヤタガラスが放置するはずねえよな?」
サマナーにとって必須のマグネタイトだ。日本におけるサマナーを管理する立場のヤタガラスがここを捨て置くはずが無い。
「呪を追っておかしなことに巻き込まれた気がする」
「追って、ってまだ入り口じゃない、まだかかるの?」
「いや、そろそろ…………よし、終わったぞ」
COMPに集積可能な最大量までマグネタイトを収集。これ以上を収集するなら専用の管がいるだろう。
「手間取らせたな、じゃ、行こうぜ」
「全くよ。さっさと終わらせるわよ」
互いの声をかけ、俺たちはようやく異界の探索へと向かった。
ギシリ、ギシリ、と木造の床を踏み鳴らす音。
探索を始めて凡そ十五分ほど。ここまで何事も無く順調に探索は進んでいる。
そう…………順調過ぎる。
何事も無く、と言うより何も無いのだ。
「…………ここ、異界だよな?」
ならば、どうして悪魔が居ない?
かれこれ十五分歩き回っているのに、一体たりとも悪魔を見かけない。
あり得ないほどに散らばるマグネタイト。
そして影すら見ない悪魔たち。
異常だ。これほどの異常が続けざまに起きれば。
「何かある、と見たほうが良いかもな」
注意深く、周囲を警戒する。と、ふとアリスが大人しいことに気づく。
「どうした、アリス? 何かあったか?」
俺の隣を歩くアリスにそう声をかけると、少し遠くをぼんやりと見つめたまま無言で返す。
「アリス?」
肩を揺するとようやくこちらに気づいたのか、なあに? と尋ねてくる。
「何かあったか?」
そんな俺の問いに、アリスは小首を傾げ。
「わかんない…………けど、なんかいやなかんじ」
とどこまで続くのか分からない旧校舎の廊下の奥を見つめながら呟いた。
「朔良は? どう思う?」
感じ、と言う言葉で朔良に尋ねる。何故かと言われれば朔良の勘は良く当たるからだ。
特に危機に際しての直感は際立って高い。
だからこその質問だったが…………答えが無い。
不思議に思い隣を見て…………そこに誰もいないことに目を見開く。
「………………朔良? どこだ?」
追い抜いたのかと思い振り返る、が歩いてきた長い廊下のどこにも朔良の姿は無い。
おかしい…………そう思う。
何がおかしい? そう尋ねられれば。
足音は俺とアリスと朔良の三人分はあったはずだ。
だが現実として朔良はいない。
だとすれば。
こつ
一歩踏み出す。
こつ
その直後に聞こえた足音。
こつ、こつ、こつ、こつ
こつ、こつ、こつ、こつ
俺の後ろをついてくるように聞こえてくる足音に眉を顰める。
「アリス…………何がいる?」
「わかんない…………これなに?」
俺に聞かれても分からん。
こつ、こつ、こつ
こつ、こつ、こつ
気のせいだろうか?
こつ、こつ、こつ
こつ、こつ、こつ
歩くたびに。
こつ、こつ、こつ
こつ、こつ、こつ
踵が…………重くなっている気がする。
「…………有栖」
アリスが…………俺の名を呼ぶ。
有栖、と確かにそう呼ぶ。
背筋に伝わる寒気。
つう、と頬を流れる冷や汗。
「…………何がいる?」
端的に、そう尋ね。
「バケモノ」
答えと共に振り返った。
影が…………襲い掛かってきた。
「有栖?」
葛葉朔良は周囲を見渡し、一人消えたパートナーの名を呼ぶ。
だがいない。どこにも、いない。
数秒を目を閉じ…………開く。
思考は纏まった、ならば次だ。
怖い、とは思う。一人こんなところに取り残され、たしかに怖い。
だが、特段表情に出るほどでもない。
あいかわらずの欠陥人間だと自嘲する。
感情が薄い。そう言われ続け、それを自覚し…………。
有栖に熱を貰った。
だが有栖がいなければ今でもこんなものだ。
まるで中毒症状みたいに。
心が熱を求める。
有栖といる時に心が滾るほどに熱く。
だからこそ、有栖がいない冷めた心との落差が分かる。
冷え切った心が熱を求める。
中毒症状みたいに。
有栖を求める。
「…………有栖」
愛しい少年の名を呼ぶ。
それだけで、僅かに心に火が灯る。
まるでも何も、ずばりで恋する乙女そのものな今の自分に僅かばかりの気恥ずかしさを感じ、頬を染める。
幼馴染の少年はきっと故郷で爆笑しているだろう、過去の自分と今の自分の差に。
「あいつは今度帰った時に一発殴るとして」
想像上で勝手に笑われたと被害妄想に陥った挙句、実害で殴られる少年は気の毒だろうが。
「今は有栖と合流するのが最善ね」
そのために…………戦おう。
目の前に広がる悪魔の群れと。
呟く。
「来たれ」
たった一言。
それだけで。
召喚…………モコイ。
召喚…………ヨシツネ。
召喚…………オルトロス。
召喚…………ツチグモ。
召喚…………ネコマタ。
そして。
召喚…………ライホーくん。
両の手に持った六本の管。
淡い光を放ち出てきたのは…………六体の悪魔。
「さて……………………来なさい」
そして、戦いが始まった。
なんか当初の流れとかなり変わったような気もするけど、まあアドリブと言うことでいいか。と思いつつ、この先の展開必死に考え中。
という訳でようやく出ました朔良ちゃんがライドウ候補になれた理由の一旦。
COMP使わずに六体同時召喚&制御。まあまだレベル低いけど。
コドクノマレビト全巻読みましたが、十四代目がレベル6,70クラスの高位悪魔含めて8体同時召喚してました。さすが公式チート。
因みに昔と違ってマグネタイトの保存技術と悪魔の召喚、制御の術式は改良されているので、難易度的には十四代目の頃よりは低い、はず。
それでも普通にチートですけど。因みに朔良のチートはもう一つありますけど、まあ先の話ですね。