有栖とアリス   作:水代

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有栖と独立固体

 

 

 スススス、と言う衣擦れのような音が聞こえる。

 半透明のぼんやりとした青い光を放つソレが銃弾に貫かれると同時に聞こえたその音。

 逃げ出したのか? と思ったがソレはまだ俺の背後にいた。

 振り返ってもいるのは今ので相当にダメージを負ったからなのか。

「下手に仲魔を召喚するよりこっちのほうがいいかもしれないな」

 銃を構え、引き金を引く。

 スススススス、と再度聞こえる衣擦れのような音。と同時にとてとて、と音を立ててソレが逃げ出す。

「逃がすかよ!!」

 一度目と違いダメージは無い。ならこのまま追って倒したほうが良いだろう。気配も無く現れるアレは強さ以前の厄介さがある。

「行くぞ、朔良」

「了解よ」

 朔良を併走しながらソレを追う。

 そしてすぐに気づく、ソレが一階の玄関目指して逃げていることに。

「外に逃げるつもりか?」

「けど結界があるわよ?!」

 そう、だとするなら…………。

 途中まで考え、思考を止めてソレを追う。

「行ってみれば分かるか」

 今ここで考えていても仕方が無い。ただ念のためいつでも召喚できるようにCOMPを操作だけはしておく。

 

 そうしてソレを追って辿り付いたのはやはり異界の入り口、旧校舎の玄関。

 

 そこに一人の男が立っていた。

 

「道案内ご苦労。ふーん、キミたちが俺たちを殺した二人か」

 その不躾な試すような視線に、朔良が眉を潜める。俺はと言えば、そんなことよりも聞き逃せない一言に別の意味で眉を潜めた。

「俺たちを? 殺した?」

「あれ? あいつら何も話してないの? ってキミたちはイレギュラーだったわけだし、話すわけ無いか。まあいいさ、俺はキミたちの顔を覚えた。今日はあと一つで終わりにしよう」

 まるで会話する気も無い、一方的に話し、勝手に自己解釈し、一人納得するその男に俺たちは不快感を覚える。

「勝手に話を進めるな、一人で盛りあってんじゃない。会話する気あんのか?」

「無いよ? なんで俺がキミたちに合わせないといけないの? まあいいや。要件をさっさと済ませて帰ろうか」

 きょとん、とした目で、まるでどうしてそんな当たり前のことを聞くのか、と言った口調であっさりと俺の疑問を否定した上にさらに強引に話を進めてくる。

 ここまで来ると、もうさっさと話させて帰ってもらったほうがいいんじゃないかと思ってくる。

 いきり立って飛び出しそうな朔良を手で制しながら男の言葉を待っていると、すぐに男が口を開く。

 

「俺はキミたちが殺した群体たちの王となる存在、独立固体(インディペンデンス)だ。今日ここにいる用件は二つ。一つは群体である俺たちを殺した人間の顔を見ること。もう一つは…………」

 

 にぃ、と狂ったような笑みを浮かべ、男が言葉を紡ぐ。

 

「来るべき世界の終末の日、その時までに俺はキミたちを殺し俺たちを生み出した者を殺す。そうして復讐を遂げた暁には、俺は群体たちの王となる。これはその最初の宣戦布告だ」

 

「な?!」

「にっ!!!?]

 言葉の意味を理解し、驚愕する俺たちを他所に男が足元の俺たちを襲ったソレを一撫でし…………。

「これを開戦の火蓋としよう。さあ、封を解け…………【ア・バオ・ア・クゥ】」

 パリンパリン、と何かが割れる音と共に床に現れる魔法陣。

 そこから現れたのはヒビが入った一枚の鏡。

 そして鏡が完全に出きったその瞬間。

 

 パリィィン

 

 鏡が音を立てて砕け散る。

 同時に、半透明だったソレが徐々にその青い光に包まれた表皮を見せて行き。

 全長三メートルほどの怪物が現れた。

 

「理性まで弾け飛んだ獣ならぬ、化物だ。精々足掻いてくれ」

 

 楽しそうに笑いながら男が入り口から出て行く。咄嗟に朔良がそれを阻もうと動くが、それより早く怪物が襲い掛かる。

「っく! どうなってるのよ一体?!」

「分からん、が、とりあえず目の前の事態から片付けていくぞ」

 

 SUMMON OK?

 

「きょーはいそがしいね、さまなー」

「頼んだぞ、アリス」

 予めいつでも出せるようにしておいたお陰ですぐに対処できたのは幸いだ。

 出だしで詰まると後々に響くからな。

「吹っ飛ばせ、アリス」

「メギドラ!」

 朔良が懐から出した小刀で咄嗟に化物の爪を受け止め弾き返す。あれを見ている限りは最初にやった時と違って、普通に攻撃が通りそうだ。そう判断しアリスに撃たせた魔法が化物を吹き飛ばす。

「大丈夫か? 朔良」

「ええ、何とかね…………第六感が警告している、ってことはまだ動くわねあの化物。ヨシツネ、オルトロス、ツチグモ」

 朔良が管の封を解き、三体の悪魔を召喚する。

「攻撃は有栖に任せるわ。こっちはアイツを止めることに専念する」

「了解だ」

 恐ろしい速度で突進してくる怪物に銃を放つ。だが怪物の速度のあまりに数発が反れて、けれど数発が着弾する。

「こいつ何か弱点とか無いのか?」

 呟きつつ、観察してみるが、そうそう簡単にわかるはずも無い。

 そして観察したから分かるが、どうやら朔良の仲魔たちも厳しい一戦を潜り抜けたのかどこか動きに精彩を欠いている。あまり長期戦はしないほうがいいかもしれない。

「…………っち、あんま危険なことはしたくないんだが」

 こっちも死神との死闘が終わったばかりであまり余裕がある状況でも無い。

 あの怪物のレベルは凡そ5,60と言ったところだろうか?

 ただ力と速度に特化しているらしく、その二つだけならレベル70以上の悪魔にひけを取らない。

 しかも理性が飛んでいると言っていた通り、ダメージを無視して攻撃を振り切ってくるので中々に恐ろしい。

 だったら、一撃で行動不能にまで追い込むしかないのだが、素早過ぎて攻撃が当てられない。

 まともに当たるのは連発して出した小技くらいで、でかいのを使おうとすると速度に翻弄されてしまう。

 と、なるとやるしかない…………か。

 朔良に全部任せてしまうようで内心あまり気乗りしないが、そうも言っていられない。

「朔良、頼む。もう少しだけ持ちこたえててくれ」

「…………っ、何か考えがあるのね…………了解、よっ!!」

 朔良の答えを聞くと同時にアリスをCOMPに戻す。

 そしてマグネタイトによってCOMPの中の仲魔たちに命令を伝えていく。

 

 はーい、わかったよー。

 了解だホ!

 思いっきり行くんだホー!

 

 三者三様の返答に頷き。

 後は俺がやるだけだった。

 

 

 

 振り下ろされる剛爪をヨシツネの刀が受け流す。

 その隙をついてオルトロスが炎弾を口から吐き出し、怪物の背中が燃える…………がすぐに身を捻った勢いで炎を消し去り、傍にいたヨシツネを吹き飛ばす。

「っぐううう!!! オイ、サマナー。こいつはマジでやべえぜ」

 ヨシツネの言葉にぐっ、と臍を噛む。

 魔法も使えない、しかも一体しかいない相手。

 だと言うのに、速度で圧倒され、破壊力で圧倒される。そんな単純な戦力差に三体の仲魔が押されていた。

 六体全て出してもこの狭い玄関の空間では逆に身動きがしにくくなってあの速度にやられるだけだった。

「ツチグモ!」

 ツチグモが放電するが、怪物が高速で動き、避ける。そして即座にツチグモの背後に回り込み、その爪を振り上げ…………不味い! フォローできない。やられる!

 そう、思った瞬間。

 

「召喚!」

 

 SUMMON OK?

 

 ツチグモを攻撃しようと爪を振り上げ、一箇所に立ち止まったその僅かな隙をついて。

 三角形の形に怪物を囲むように有栖の仲魔たちが召喚される。

 召喚されたジャックフロストが振り下ろされた爪をがっちりと掴み。

「つーかまえたホー!」

「それ行けホ!」

 ランタンがその顔…………に見える部分を燃やす。

 突然顔面が燃えたことに慌てた様子の怪物が数歩たたらを踏み。

「ふふ…………さようなら」

 アリスの手から放たれた黒紫の光が怪物へと着弾し。

 

 異界が揺れた。

 

 

 

「大丈夫か? 朔良」

「ええ…………何とかね。でもさすがに疲れたわ」

「まだ動けるか?」

「ちょっと動けないかも」

「そうか」

 やや疲れた表情の朔良を気遣いながら、すっとその体を抱え上げる。

 いわゆるお姫様抱っこ、と言うやつだ。

 途端、朔良の疲れた表情が吹っ飛び、茹で上がったように赤くなる。

「ちょ、ちょ、ちょちょ、な、なにするのよよよ!?」

「あん? いつまでもここにいるわけにいかないだろ。お前まだここにいたいのか?」

 今はいないと言っても、だ。そも、ここは異界。いつ悪魔が沸いてくるか分かったものではない。

 そんな場所に連戦で疲弊したサマナー二人がいても危ないだけだ。もっと奥なら退魔の水でも使って休憩しても良いが、こんな入り口ならさっさと出たほうが良い。

「違うか?」

「…………いや、違わないけど。違わないけど、もっとマシな方法は」

「おんぶと抱っことこれとどれがいい?」

「………………………………もう何でもいいわ」

 諦めたような表情と共に、先ほどよりも疲れた声で朔良が返した。

 

 

 マグネタイトを使ってCOMPの中に戻した仲魔たちに声をかける。

 

 ごくろーさん。特にフロスト。

 えー? わたしはー?

 お疲れさんだホ、サマナー。

 ホッホー! あのくらいへっちゃらだホー!

 

 先ほどの戦闘、一番大変だっただろうフロストを労う。

 あの作戦、概要自体は簡単だ。

 高速で動き回る怪物が攻撃に転ずる一瞬の硬直、そこを狙い、怪物を囲むように三方に仲魔を召喚する。

 そして力と耐久の高いフロストがその攻撃を受け止め、怪物を掴み、逃がさないようにする。

 だがこのままでは怪物が反撃してくるので、ランタンに怪物の頭を狙って炎を出させた。

 朔良の仲魔の攻撃を見て、炎が通用するのは分かっていたので、悪魔にもあるのかは分からないが呼吸器官があるだろう頭部を狙って隙を作る。

 そしてランタンを帰還させると同時に。

 

 フロストごとアリスが吹き飛ばす。

 

 フロストに掴まれ、ランタンに強制的に作らされた隙によって魔法が直撃する。

 問題はアリスの魔法に吹っ飛ばされたら、並の悪魔じゃ即死すること。

 万能耐性を持つフロストだからこそ耐え切れたようなものだった。

 

 フロストは使わなくても強いから、地味にマグネタイトの節約ができるんだよな。

 ホー! オイラ人気者だホー!

 オイラも負けないホ!

 わたしは?

 

 しかしまあ、なんと言うか姦しい。

 やかましい、と言っても良いがその感情がアリスに伝わってもアレなので自重する。

「有栖、もう降ろしても良いんじゃないかしら?」

 腹をくくったのか、平静な表情の朔良が声をかけてくる。

「ん、ああ。そうだな」

 異界を抜け、現在の学校の入り口が見えてきた。

 そろそろ大丈夫だろう…………そう思い。

 

 

 コーン

 コーン

 コーン

 

 どこかから聞こえてくる音。

 

 コーン

 コーン

 コーン

 

 金槌で何かを叩くようなその音。

 

「おいおい…………マジかよ」

 呟き、音のする方向を耳を澄まして探す。

 俺の腕の中の朔良も眉を潜める。

「なるほど、そりゃ呪が実体化もするわ」

 よりにもよってこの学校で行なっていたのかよ。

「…………どうするよ?」

「止めるのは確定でしょ? けど、問題は」

「本人をどうするか、だよな」

 金槌で叩くような音がする、ってことは丑の刻参りか何かか?

 毎晩毎晩ご苦労なことで、相当気合入った恨みだろうな。

「あ、いた」

 学校の裏庭の雑木林、そこに木に向かって金槌を振り下ろす少年の姿。

「仕方ない…………ランタン」

 

 SUMMON OK?

 

「ヒーホー! オイラの出番かホ!?」

「ああ、ちょっと脅かして来い」

 俺の仲魔の中で顔がカボチャと言う一番オバケっぽい容姿のランタンに行かせる。

 ふわふわと浮遊しながら少年へと近づくランタン。

 少年はふとその姿に気づいたようで…………。

 

 うわああああああああああああああ

 ヒーホー!

 

「あいつ、元気だな」

「そうね」

 ランタンに追いかけられ、時々を火をつけられ、恐怖しながら逃げ出す少年を見ながら呟く。

「よし、もういいぞランタン」

 帰還。

「もっと驚かしたかったホー」

 ランタンを帰還させ、これでようやく帰れると思い。

「そういえばいつまで抱えてるのよ」

「おっと、そうだったな」

 朔良を立たせてやる。それから二人並んで学校から帰る。

「ヤタガラスへの連絡はこっちでやっとくわ。まだこっちに来て数日だしなお前」

「お願いするわね…………そうまだ数日なのよね。どっと疲れたわ」

 まあ無理も無いだろう、と思いつつ、苦笑して返す。

「こんなこと早々無いだろ」

 そう願うわ、と呟きつつ朔良がふと首を傾げる。

「けど良かったの? さっきの人逃がして、また呪いかけられるんじゃない?」

「ああ、それか、もう大丈夫だろ。そもそも呪いが発現しないと思うぞ」

 どういうこと? と首を傾げる朔良に俺は簡単な推論を話す。

「そもそも何で最近になってあの呪いが発動したのか…………俺の勝手な推測だが、多分」

 

 多分、あの異界での儀式のせいだろう、と推測する。

 死神を呼び出すためのマグネタイト。その一部が異界から漏れ出しあの呪いを具現化させるに至った。

 と、なればあの死神を倒した以上、もう呪いは発動しないだろう。

 

「まあ多少の体調不良は起こるかもしれんがな」

「ダメじゃないの」

「後でヤタガラスに合わせて連絡しておく。まあ理事長の意向もあるし悪いようにはならんだろ」

「他人任せね」

「俺がやってもいいが、少なくとも禄なことにはならん自信がある」

「そんな迷惑な自信いらないわ」

 

 やれやれ…………と内心で呟く。

 

「長い夜だったな」

 

「ええ…………そうね」

 

 疲れた。

 

 それが両者同一の感想だった。

 

 




ヤベーヨ、もう学校いく時間だヨー。
ってことで、最後ちょっと適当。
チョッパヤで書いた一時間半の手抜きクオリティ。ごめんなさい。
学生さんの身は辛いね。





というわけで誰もわからなかっただろうけど、今回出てきたのはア・バオ・ア・クゥでした。
ただ特殊な契約と封印によって鏡の魔術追加されたから意味分からんことになってるけど。
ひっじょうに、使いにくいと思う、こんなのいても。
プレイヤーが使うような悪魔じゃないのはたしか。



幻魔 ア・バオ・ア・クゥ

LV? HP????/???? MP???/???

力?? 魔?? 体?? 速?? 運??

弱点:???
耐性:???
無効:???

獣の爪、猛る牙、塔を登る者、鏡幻の憑獣、憑依

備考:塔を登る者 塔の最下段で眠る獣の識能。対象者に取り憑き、共に歩いた距離に応じて力を増していく。対象に取り憑いた時間と取り憑かれた対象が移動した距離に応じて能力が変化する。不自然に増えた足音と徐々に増していく踵の重みに対象が振り返ると実体化し、襲い掛かる。

幻影の憑獣 取り憑いた対象に見つかった瞬間、自身の幻影を生み出し、対象の背後に取り憑く。幻影への攻撃は全て取り憑いた対象へと向けられる。ただし、背後への攻撃、つまり本体が一撃でも攻撃を喰らうと解除される。封印中のみ使用可能。

憑依 相手に取り憑いている。この状態で行う攻撃は全て必中となる。実体化すると使えなくなる。

封ぜられしモノ 本来のスキルをいくつか封じると同時に全てのステータスを減少させる。代わりにいくつかの特殊スキルを得る。

狂化 本来使用するスキルを封じ、通常攻撃しかできなくなるがステータスが、力と速度のステータスが大きく上昇する。




さあ、とうとう第一章の学校の怪編終了しました。
というわけで、次から二章です。いや、やっぱエピローグ入れるか。

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