有栖とアリス   作:水代

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風邪が治ってきた。
あと喉が痛いのが治れば完璧だ。
熱で頭が浮かされると本気で執筆できなくなるから、治って良かった。


有栖と喫茶店

 いっぱい食わされた。

 別に騙されていたわけでも無いのだが、なんとなくそんな気分になる。

「あはは、驚きました?」

 そう言って快活に笑われると、怒る気にもなれない。と言うか別に多少言を伏せていただけであって、何か悪いことをされたわけでも無いので怒る必要も無いのだが。

「驚いた。ここの従業員さんだったんだ」

 悠希が目を丸くして呟くと、小夜と名乗った少女がニコニコと笑って答える。

「実は私ちょうど皆さんを迎えに行ってたんですよ。今日来るのは事前に分かってましたし、こんな辺鄙な場所に初めての人が簡単にたどり着けると思ってませんでしたから、ただ皆さん思ってたより早くいらっしゃっていたので遅くなったようでお詫びいたします」

 丁寧な物腰で頭を下げる小夜に、悠希が慌てたように答える。

「あ、いや。俺たちが早く着過ぎただけであって、別にそちらが悪いわけじゃ」

「まあ予め迷う可能性を考えて早めに来たのは良かったんだが、ちょっとすれ違ったみたいだな」

「まあ合流できたし良しとしようよ。ちゃんと着けたんだし…………ていうか私たちがタクシー使ってたらどうしてたの?」

 詩織の疑問に小夜が、ああそれはですね、と前置きして答える。

「こんな場所ですから。タクシー使う方も増えるでしょうし、そう言った場合はタクシー会社から一言連絡が入ります、大抵うちの旅館の名前出して、ここに行ってくれ、って言うでしょうし」

 なるほど。と詩織が頷く横で俺は時計を見る。

 まだ十二時前か…………こう言う旅館では良くあるが、チェックインはだいたい三時からなのだが、どうすべきか聞いてみるか。

「まだ昼前なんだが…………部屋に荷物置くだけは置いていいのか?」

「構いませんよ。部屋はとっくに整えてますし。何ならもう宿泊してもらってもいいですし」

 いやこんな朝から…………? と思いつつ二人のほうを向くとふるふる、と首を振る。

「じゃあとりあえず、荷物だけ置いて街のほう行って見ようぜ」

 悠希がそう提案してくるが、特に反論も無いのでそうすることにする。

「じゃ、お部屋ご案内しますね」

 そう言って通されたのは二十畳はありそうな大きな和室だった。

「こちらになりますね」

「広いな」

「広いね」

「すげえ広いじゃん」

 俺の家の敷地と同じくらいあるんじゃないか? と思うほどに広い。

 さすがは豪華温泉旅館と銘打っているだけはあるかもしれない。

「夕食の時間はいつごろにしましょうか?」

 そう尋ねられ顔を合わせる三人。それから簡単に相談して。

「じゃ、七時で」

「承りました、では失礼いたします。また何かあれば受付にいますのでどうぞ」

 そう言って小夜は部屋を出て行く。

 そうして三人になると、何となく一息吐いてしまう。

「長かったね、ここまで」

「軽く一時間くらいかかったからな」

「あの人いなかったらもっとかかってよな」

「でさ、これからどうしよっか? 有栖と悠希は何か考えてる?」

「俺は街の観光でもしようかと思ってたけど、有栖は?」

「俺はお前らについてく…………でも道中に見た感じ街で観光するほど見るものあるか?」

 そんな感じで旅行に来たと言うのに非常に無計画な俺たちだったが。

「じゃ、石動さんに聞けば良くね?」

 と言う悠希の一言により、一同手荷物だけ持って移動。

「こちらの店と、あっ、こっちの店もお勧めですよ」

 と地図を見せながら教えてくれた場所へ行くこととなった。

 

 旅館から歩くこと三十分ほど。

 さきほど小夜に案内された裏道ではなく、表道を通って街に行ってみよう、と言う悠希の弁により行きの三倍ほどの時間をかけて街へと着いた。

「なんか三人で並んでのんびり歩いてると小学校の下校思いだすね」

 とは詩織の言。まあ分からなくも無い。中学、高校となってから俺も詩織も悠希もそれぞれの事情で忙しく、こうやって三人で帰ると言うことがあまり無くなったのも事実ではある。

「高校入ってからはいきなり有栖が入院したりして忙しかったしな」

「まあ色々あったんだよ」

「中学の時も同じこと言ってたよな」

 などと雑談しながら教えられた店を目指していると。

「お、あれか?」

「【Venus】…………うん、あれだね」

「なんて読むんだこれ?」

 悠希が首を傾げ、呟いた…………直後。

 

「ウェヌス、さ…………英語発音でヴィーナスと言ったら分かりやすいかな?」

 

 ぞくり、と後ろから聞こえた声に一瞬背筋が凍るような感覚に覚える。

「ヴィーナスって、女神様の名前でしたっけ?」

「ああ、それがキミたちの認識なのかな…………そっちのキミは?」

 そうして、後ろへと振り返り…………男と視線が合った瞬間、体が硬直する。

 おかしい、何かがおかしい。何もおかしくないはずなのに、何かがおかしいと全身が叫んでいる。

 いけない、このままでは、こいつを××ないと。

 

 アリス…………こいつを…………。

 

「おい、有栖? どうした?」

「顔が真っ青だけど、大丈夫?」

 二人に声をかけられ、はっとなる。気づけば感じていたはずの何かが綺麗さっぱり消えていた。

 

 今何をしようとして…………。

 

「あ、ああ。大丈夫だ…………」

 取り繕うように答えながら、頭の中は混乱しきっていた。

「大丈夫かい? とりあえず店の中で休むと良いよ。ついでに注文もしてくれるとありがたいね」

 そう言って二人が店内に入っていくのを、混乱した頭ではただ着いて行くことしかできなかった。

 

 喫茶店、と言うよりはどちらかと言うとバーのような薄暗い店内の雰囲気。

 夜に酒でも出していそうな店だがさきほど声をかけた男、店長の言によると喫茶店らしい。

「と言っても私は料理が出来ないので代わりを使っているのだけれどね」

 適当な店内の椅子に腰掛けた俺たち。店長がちらり、とカウンターの奥のほうを見ると二十代くらいのコック姿の男性がいた。こちらが見ているのに気づくと、ニコッ、と笑って一礼する。

「彼は知り合いのところで働いていた料理長だったのだけれどね、こちらに開店する折に知り合いに相談して手を借りることにしたのだよ。味のほうは保障するよ、どうだい?」

「メニューとかはあるんですか?」

「無いよ」

「「え?」」

 喫茶店なのにメニューが無い、と言う店長の言葉に、悠希と詩織が一瞬呆け…………次の店長の言葉で驚愕する。

「言ってくれればなんでも作るから、何でも頼んでくれ。大概はここの倉庫に揃ってるから大体は何でも作れると思うよ」

「え、何でも?」

「いや、それって……え?」

「まあ、ものは試しだ…………何か頼んでみたまえ。そちらのキミもどうだい?」

 店長が俺のほうを向いて話しかけてくる。

 ようやく冷静さを取り戻していた俺は、少し悩み。

「じゃ、定番でオムライス」

「…………じゃ、じゃあ、俺はカレーライスで」

「え、ええ? なら私は…………えっと、サンドイッチで」

 物怖じせず頼む俺に習って二人も恐る恐ると言った様子でそれぞれのメニューを頼む。

「ふむ、頼んだよ」

「了解しました」

 店長が軽く言って、コックの男も軽く返す。

 そして男が厨房のほうへと消えていくのを見て店長が再度こちらを向いて尋ねる。

「飲み物は何が良い?」

「えっと、なら私は紅茶で」

「茶葉に希望はあるかな?」

「えっと何でも良いです」

「ならそっちのキミは?」

「俺は、俺も紅茶で」

「じゃ、最後にキミは?」

「同じので」

「まだ気分が悪いようならアイスティーにするかい?」

「ならそれで」

「ふふ、承ったよ」

 最後に俺を一瞥してくすり、と笑い店長がカウンターへと入る。

 それから慣れた手つきで茶葉を取り出しお湯を沸かす。

「それにしてもこの辺では見ない子たちだね。どこかから旅行か何かかい?」

「え、ええ。俺たち吉原町ってところから旅行に」

 どこか緊張した様子の悠希がそう答えると、店長がなるほど、と笑う。

「こうしてまた一つ縁が繋がった。だからと言ってこの先に再びそれが交差するかどうか、それはこの世界では不明、か」

「えっと?」

「いやいや、何でも無いよ。ところでキミたちはどうしてこの店に? この周辺にここ以外に店は無いからキミたちはここに来たんでしょ?」

「えっと、宿泊先の旅館の人に勧められて」

 そう言うと、店長が何か思い当たったようにして、ああ、と呟く。

「小夜さんだね…………そうか、彼女が紹介したのならここに来たのも頷ける。()()()()()()()()()()()()

「えっと、どういうことですか?」

「いやいや、ただの戯言さ。気にする必要も無い、ね?」

 くすくすと笑う店長の様子に、詩織がそっと話かけてくる。

 

「なんだか、変わった店長さんだね」

「あれを変わった、で済ませれるお前が変わってるよ」

「おい、お前ら俺にばっかり話させてないで会話に加われよ」

 

 悠希まで加わってこそこそと話している様子を見て店長が楽しそうに笑っている。

「そう言えば先ほど聞きそびれたのだけれど、キミは知っているのかな?」

 ふと思い出したように店長が俺に尋ねる。それが何のことか考え、入り口で聞かれた問いのことだと思い出す。

「Venusが何か、と言う?」

「そう、それさ」

「英語発音でヴィーナス。ウェヌスは…………ラテン語発音だったか? ローマ神話の美と愛の神の名前だけど、たしかもう一つ。()()の名称じゃなかったか?」

 呟いた瞬間、店長がほう、と口元を歪めて呟く。

「良く知ってるね、博識なことだ」

「はあ…………ありがとうございます」

 その一言一言に嫌な予感を感じながらも、適当に取り繕って礼を言っておく。

「へー金星のことだったんだ、私それは知らなかったかも」

「俺も知らない、っていうか良く知ってたな有栖」

「ああ、まあな」

 またもや背筋に寒気が走るような感覚を覚えながらけれど何も起こらない状況に、気にし過ぎかと思いつつ。

「お待たせ致しました」

 ふと聞こえた声に振り返るとコック姿の男性が俺たちが頼んだ料理を運んで来ていた。

「ああ、良いタイミングだ。さあ飲み物だよ」

 次いで店長がそう言ってカップに注がれた紅茶を三人分(俺の分はアイスティーで)俺たちの前に置いた。

 

「店長、私少々外しておりますので何かありましたらまた呼んで下さい」

「ああ、分かったよ。ご苦労様だった」

 

 後ろのほうで何か二人のやり取りが聞こえた気がしたが、二人は料理に夢中で聞こえなかったらしい。

「うめえ、何これ。こんなカレー食ったことねえんだけど」

「本当、美味しい。具自体はそんな凝ったものでもないのに」

 目を丸くしながら料理に口をつける二人。

 まあ確かに美味い。パラパラとしてべたつきの無い米に、胡椒が効いてて香りも味も良い鶏肉、しっかり炒めてありながらも焦げの無い飴色の玉ねぎ、そして甘みの強いながらもしっかりと塩気も感じられるケチャップで絡められたチキンライス。それを半熟ふわふわの熱々の卵で綺麗に包み、その上からデミグラスソースをかけてある。

 正直、喫茶店どころかどこかのレストランで出てきそうなオムライスだった。

「ところで今更ながら気になったんだがさ…………これいくらなんだ?」

 ピタリ、と二人の手が止まる。

「なんかもう喫茶店って言うよりレストランの食事みたいになってるけど、メニュー無いからそもそも値段が分からないし、これ三人でいくら請求されるんだ?」

 店長のほうを見てそう問いかけると、店長が笑って答える。

「ああ、一律で五百円だ。出す品もそれに揃えてある、ああ、飲み物も一緒くたに、でだから安心してくれ」

「これが…………五百円?」

 ワンコイン。ちょっとした丼物屋で丼一杯食べれる程度の値段でコレが食えるって…………。

「それで経営できてるのが凄いな」

「はは、まあこれは趣味のようなものだからね、そこまで利益を求めてはいないよ」

 値段を聞いてあからさまにほっとした様子の二人を横目に見ながら俺は最後の一口を口に入れる。

「ごちそうさま…………俺の分ここに置いとくぞ」

 財布から五百円硬貨一枚を取り出し机の上に置くと、席を立つ。

「どっか行くのか?」

「ああ、近くに海岸があったしそこで休んでるから、旅館に戻る頃になったら携帯にかけてくれ」

「一緒に回らないの?」

 詩織のどこか寂しそうな、不満そうな表情。とは言ってもどうにもさっきから冷静になりきれない、この妙な違和感を振り払うためにも一人になりたかった。

「悪い、まだちょっと気分悪くてな…………また明日な」

「そっか…………じゃあ、気をつけてね」

「ああ…………分かってる」

 詩織を言い含め、店を出る。

「じゃあ、店長。ごちそうさま」

「またいつでも来ると良い…………私たちは待ってるよ」

 どこか含みのある店長の言葉に何かを感じながらも具体的にならないそれに悶々としながら店を出て歩く。

 ちょうど昼飯時と言うこともあってか、出歩いている人間もそれなりにいる街の中を外れるように歩いていく。

 そうして辿り付いたのは小夜の案内してくれた場所とはまた違う海岸。

「……………………なんだったんだあそこは」

 五月だと言うのに焼けるように熱い太陽が砂浜を照らし、熱の篭った砂がじりじりと俺の背を焼く。

 ごろり、と砂浜の上に寝そべり腕で日差しから目を隠した体勢で一つ、二つと深く呼吸する。

 ふと呟いて出た言葉は、今の悶々とした気分を表していたようで。

「お前らは何か感じたか?」

 俺以外には誰もいない場所。人の気配などまるで無いその場所で、けれどたしかに返ってくる声が三つ。

「んーなにかおかしかったきもするけど」

「気のせいのような気もするホー」

「オイラも良くわかんなかったホ」

「………………そうか」

 顔を見ないでも声の主が誰か分かる、と言うか俺が召喚したのだから当たり前だが。

 だが仲魔たちでも分からなかった、ただ何かあるような気がする、と言うこと。

 俺と同じ感想だ。本格的にあの喫茶店は怪しいかもしれない。

 だが今回の異界と何か関係があるか、と聞かれると何となく違う、と言う気がする。

 

 アリス…………こいつを…………。

 

 俺はあの時…………一体アリスに何を命じようとしていたのだろうか?

 それさえも今は思い出せない。

 喫茶店のことを考え…………それからふとその店長のことを思い出す。

「食えないやつだったな」

 飄々としている、と言うよりかまるでピントがあってない、とでも言うべきだろうか。

 人の話を聞いて話を合わせているようで、その実まるで話を聞いていない、そんな印象だった。

 ただの印象、だが一体彼のどこにそんな印象を受けたのかが分からない。

 

 印象と言えばあの店の名前。

 

 Venus

 

 英語読みでヴィーナス。ラテン語読みでウェヌス。

 店長曰く、日本語読みに直すのなら。

 

「明けの明星…………ねえ」

 

 金星の別名だが、随分と洒落た名前だことで。

 

 

 




悪魔って体はマグネタイトなんだし、変身してる悪魔も例にいるんだから、服装だけ変えるとかできるよね、きっと…………ということで。

告白します。

今回アリスちゃんの水着回(予定)でした。
水着だったんだ!! アリスちゃんの!!!

なのになんで俺は全く違う話を書いてるんだ?!

作者が一番戸惑っている現実。

喫茶店の名前決めてる時にVenusの記事をウィキで見たのがいけなかったのだろうか。


次こそは、次こそはアリスちゃんの水着回を。

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