有栖とアリス   作:水代

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有栖と水精霊

 

 

 女の買い物は長い、と言うがあれは本当だったらしい。

「まだ回るのか?」

「だってせっかく別の街の来てるんだし、あっちじゃ見ないものとか見たいじゃない」

 詩織と二人、駅の近くに立てられた大型のショッピングモールを回る。因みに悠希は途中で見つけたゲームショップに寄るために別行動中だ。

「昼からバイトだからそれまでには終わってくれよ?」

「だから朝のうちに付き合ってもらってるんじゃない」

「それは良いんだが」

「悠希との待ち合わせはちょうどお昼だし、そこでお昼ご飯食べて解散でいいんじゃない? そのくらいの時間はあるんでしょ?」

「まあそのくらいならな」

 じゃあ、決定。と笑う詩織に苦笑しつつ付き合う。

 昼からバイト、と言ったがつまり昼からいよいよ本格的に動き出す。

 かなり寝不足で万全の体調とは言えないので今日は簡単な調査だけだが、異界の手がかりのようなものは見つけた。

 となれば、今日の調査で確信が欲しいところだ。

 ただそのための障害もあることは確かで…………。

「ついでに買い物していっていいか?」

「いいけど、何買うの?」

「ただの天然水だよ」

 

 

 時間は過ぎ去って昼過ぎ。

「さまなー、なにやってるの?」

 買って来たミネラルウォーターのペットボトルの入ったビニールを海岸の砂浜に降ろし、COMPを操作していると勝手に抜け出してきたアリスが尋ねてくる。

「勝手に出てくるな…………万が一ってことがあるかもしれないだろ」

「だいじょーぶだよ、みつかってもきょーだいくらいだよ」

 こんな明らかな外国人と分かるやつと兄妹に思われるわけないだろ、と言いたいところだが、そもそもぱっと見ではアリスは人間にしか見えないので、確かに見えるやつがいても大丈夫だろう…………多分。

「もういい、勝手にしてくれ」

「それで、なにやってるの?」

 俺の手元を覗きこみながらアリスが上目遣いに問う。

 正直こいつに上目遣いされてもちっとも来るものはないが、別に隠すようなことでもないので答える。

「召喚陣の作成」

「しょーかんじん?」

「そう召喚陣。契約した仲魔を呼び出す時に使うのとはまた別で、ちょっと昔の正統なほうの召喚方法だよ」

 

 例えば、契約によって仲魔になった悪魔はCOMPによって送還の儀式をされて一旦分霊を本体のところへと送り返す。ただ契約と言うしっかりとした糸が繋がっているので召喚する時はその糸を辿るだけで良い。

 逆に契約もしていない悪魔を呼び出すには召喚陣を使って触媒を捧げて呼び出す必要がある。

 まだCOMPも無い頃、十五、六世紀辺りの邪教徒たちがもっぱら使う手である。

 と言うとイメージが悪いが、そもそもその頃に悪魔を使役する存在がほとんどいなかっただけの話だが。

 余談だが、葛葉など平安の時代よりある悪魔召喚師は自然に顕現した悪魔と契約するので召喚はしない。

 

「要するに契約の手前の段階だな。現代のサマナーは自然に沸いて来た悪魔と契約するが、昔のやつらは自分の望みを叶えるための力を持つ悪魔をピンポイントで召喚しようとしていた、だからこう言うのが出来たってわけだ」

 COMPにインストールしたソフトを使用し、さらにCOMPの中から結晶化したマグネタイトを一欠けら取り出す。

「んでこいつを…………これに入れる」

 ペットボトルのキャップを取り、マグネタイトをその中に落とす。

 ぽちゃん、と音を立ててマグネタイトが沈み…………すぐに溶けていく。

「自分の望みの悪魔を呼び出すには絶対に媒体が必要になる、その媒体は基本的にその悪魔と由縁のあるものかその悪魔と相性の良いもの、またはその悪魔の属性を象徴するようなものだな」

 そう言った媒体を用意した上で、最近は技術革新により絶対に望みの悪魔を呼び出せるツールがある。

「悪魔全書にはかつてサマナーたちが契約した悪魔との召喚陣が描かれている、それを元にした上で媒体を用意すれば――――――」

 マグネタイトの溶けた水の入ったペットボトルを傾ける。

 どくどくとこぼれだした水が砂の上に流れていって………………。

 

 SUMMON

 

 流れていった水が時間を巻き戻したかのように浮き上がってくる。

 砂の表面へと浮き上がり、さらに宙へと浮き、一点に向かって流れ出した水が集まってくる。

 その量が俺が流した水の量の数倍に膨れ上がったところで。

 

「我が名はアクアンズ、我との契約を望むは汝か?」

 

 ソレが現れた。

 

「――――――この通り、百パーセント望みの悪魔が呼び出せるって寸法だ」

 

 

 

 竜宮、と言うのは割りと一般人の中でも有名な場所だろう。

 童話浦島太郎に出てくる海の底に佇む宮殿。

 童話では乙姫と言う名の姫君が住まう場所だったが、本来の竜宮は違う。

 龍神の住まう宮、それこそが竜宮だ。

 龍神とは即ち海神の一種で、具体的にどういったものだ、と言うのはあまり伝承に無い。

 しかも海神の割りに、内陸部に信仰が存在していたりして、本来は海にあるはずの竜宮が山の中に存在している、などと言う伝承も残っていたりして、意外と色々な場所に信仰が存在している。

 まあそれは例外としても、恐らく今回この街の周辺に現れた異界はその竜宮のことだろう。

 だとするならヤタガラスが見つけられた無かった理由も納得できる。

 海の底に存在する異界など一週間程度の短期間で見つかるはずも無い。

 だが逆に、海の底に存在する異界など俺にどうこうできるはずも無い。

 正直、俺はある程度確信を持って異界がこの海の中にあると思っている。

 小夜から聞いたこの街の龍神信仰、今は廃れたそれ、そして繋がってしまった龍脈、そして現れた異界。

 三つの事柄を繋げて考えればどう考えても同じ結論にしかならない。

 

 ただ不可解なこともある。

 

 この街に現れた魔人の存在。もしかすると街の近くに存在する異界が何か関係しているのかもしれない。

 そして、何の確証があるわけでも無いが、あの喫茶店。

 何かおかしい、そう第六感が告げていたあの場所。

 異界のすぐ傍の街で、何故か現れた魔人と、不可思議な喫茶店。

 さて…………これらの事柄に関連性はあるのか、それとも無いのか。

 

 話を戻すが、もし海の中に異界が存在するとして。

 俺ではそれを見つけることが出来ない、と言う問題がある。

 この広大な海のどこかにある()()()()()()異界を生身で探すのはあまりにも非効率的、と言うか現実的では無い。

 なので水棲の悪魔を呼んで探ってきてもらうことにする。

 

「ってことで海の中を探ってきてくれ」

「了解した。契約に基づき、汝の命に従おう」

 

 海へと沈んでいくアクアンズの姿を見送りながら、次の行動を考える。

「…………うーん。さて、どうするか」

 正直アクアンズの成果待ちなのでしばらく暇になる。

 と、波間に揺れる海の様子を見てふと思い出すのは一人の少女のこと。

 石動小夜。祠を守る少女。龍神への変わらぬ信仰を捧げる者。

 そして龍神を信仰していたと言う彼女の祖母。

 軽く街で聞いた限りではこの街の龍神信仰は完全に廃れてしまって、そもそもそんなものがあったことすら知らない者も多い。

 恐らくだが、現存する最後の信者が彼女なのだろう。

「…………………………白か黒か、どっちだ?」

 もし龍脈の開通により龍神が復活したとして、唯一の信者に接触を持つ、と言うことは無いだろうか?

 古来よりこの国の神が他国の神よりも民に近いところにいる。だからこそ、彼女に接触していてもおかしくないのだが…………。

「彼女からはそう言った様子は見られなかった、となると白? だが隠しているだけかもしれない、となれば黒…………とも言えないか」

 彼女が一般人であるのか、それともそこから逸脱しているのか…………。

 本当に海の中に異界があるのならば、次はその入り口を探しつつ、彼女の動向を監視してみる必要があるかもしれない。

 この時の俺はそんなことを暢気にも考えていた。

 

 もうすでに…………異変は起きていたと言うのに。

 

 

 絶望とは何だろうか?

 きっとそれは、文字通り、もう望みが無い状態のことを言うのだろう。

 だとするなら…………今の自分たちの状態を絶望的と言えるのだろうか?

 そう…………腰まで水位の上がった身動きの不自由なこの水族館で、巨大な水の蛇の化物と対峙していると言う、この状況は。

「なんなの…………これ…………」

 

 そもそもの始まりは数時間前。

 有栖と分かれた時から始まる。

 

「さて…………どうしよっか?」

「どうしようかねえ」

 有栖の抜けた席をぼんやりと見つめながら、悠希と二人、午後からの予定を考えてみる。

 旅行の日程は二泊三日。つまり明日には帰る予定だ。

 なのでゆっくりお土産などを買うなら今日が最後なのだが…………。

「もうだいたい買い尽くした感があるよね」

「そもそもそんなに金ねえしな」

 学生の身で使える金額などたかが知れている。ただでさえここまで来るのにかかった電車代もあるというのに。

 買い物も終わった、遊ぼうにも使える金額も少ない。そして何より。

「娯楽施設の類が少なすぎるよね、ここ」

「まあ人の多い街でもないから仕方ないっちゃ仕方ないんだろうけど」

「では水族館などはどうですか?」

「「うわ?!」」

 いきなり割り込んできた声に驚き、声のほうへと振り向くと、そこに学校の制服姿の小夜さんがいた。

「小夜さん? なんでここに?」

「このショッピングモールの近くの学校に通ってまして、朝ちょっと用事があって学校に行って来てんですけど、その帰りにちょっと寄ってみたらお二人がいましたので」

 ニコニコ、と笑いながらそう言って学校鞄らしき荷物を見せてくる。

「なるほど? えっと、それで水族館って?」

 悠希が気を取り直して尋ねると、手をポン、と叩いて答える。

「海辺に立てられたとっても大きな建物知ってます? あっちの方角なんですけど」

 そう言って指刺す方向を見て、確か昨日街中を歩いている時にそれらしきものを見た記憶があることを思い出す。

 それを告げると、そうですか、と笑って続ける。

「で、その大きな建物、この街と隣町が共同で作った水族館なんですよ、この街でも数少ない娯楽施設でして、中もそれなりに充実しているので、休日なんかにはけっこう盛況なんですよ?」

 自分の街の自慢だからだろうか、どこか誇らしそうにそう言う小夜さんに苦笑しながら、けれど首を傾げる。

「水族館が…………市営?」

 こんな寒村とした街でそんなことできるものだろうか? 採算が取れない気がするのだが? そんな私の疑問に気が付いたか、小夜さんが補足する。

「正確には水族館を経営しようとしている企業を融資して、ここに誘致したと言う話ですが」

「それって市営なの…………?」

「ですです」

 と考えてみてもそれで何か変わるわけでも無し。有栖みたいに言うなら、どうでもいいや別に…………と言った感じだろうか。

「水族館…………面白そう、言ってみる?」

「んだな…………あー、でも有栖いないのか、いいのかなあ?」

「そう言えば有栖さんはどちらに?」

「んー、なんかバイトがある、って言って別行動中」

「バイト…………ですか? 皆さん旅行で別の街から来たのでは?」

 まあ当然の疑問と言えばそうなのだが、そこは私たちも良く分かっていないので何とも答えられない。

 そんな空気を察したか、小夜さんがテンションを切り替える。

「まあそこは置いておいて、今なら入場料半額のチケットがあるんですが、一緒に行きませんか?」

「私たちでいいの? 友達とかは?」

「あはは、お母さんがもし皆さんが行くようなら案内しろ、と渡してきたのでこれは皆さんにどうぞ」

 何とも至れり付くせりなことだ、とも思いつつ、悠希と顔を合わせ、一つ頷く。

「じゃあ、お言葉に甘えますね」

 そう言うと、小夜さんが嬉しそう笑って。

「やった、じゃあ案内しますね、すぐ行きますか?」

 その言葉に頷き、連れ立って歩いていった。

 

 

 

 ゆらゆらと揺られる水面。

 水底で揺れる海草類に、そこで踊るように泳ぐ魚たち。

 一種神秘的なその光景に、けれど悠希は頭を抑える。

 ぴりっ、と脳裏に走る痛みに首を傾げながら。

 そうして、ソレを見つける。

 

 するり、とそれが水底を這う。

 

 そして水底に佇んでいた小魚を見つけると、一瞬で丸呑みに、その透き通った体を魚が転がるように通って行き…………そして消える。

 

 その光景に、悠希は何かを思い出す。

 

 ごぼごぼと言う水の音。

 

 轟々と聞こえるざわめき。

 

 暗い暗い深海で。

 

 鈍く光る…………赤い瞳。

 

 気づけば、ソレと目が合う。

 

 ミテシマッタ/ミラレテシマッタ

 

 ミツケタ/ミツカッタ

 

 知覚シタ/知覚サレタ

 

「………………あ…………ああ」

 

 思い出す、それが夢でないことを。

 

 崖から落ち、海に叩きつけられ…………そこで見たものを。

 

 何故自分は生きているのだろうか?

 

 あの時、差し伸べられた手は、一体誰のものだったのだろうか?

 

 それを思い出すより早く。

 

「悠希さん?!」

 

 聞こえた声に意識が覚醒する。

 

 そして、直後。

 

 ぴきぴき…………と水槽のガラスにヒビが入り。

 

 ぱりん…………あっさりと、割れた。

 

 




難産だった…………2000字くらいはあっさり書けたけど、その後の、特に有栖と分かれてから二人が何をする、と言う部分を考えるのに三日かかった…………orz

伏線ばら撒き過ぎて、何を回収したのか何を回収してないのか忘れた感があるけど、だが私は自重しない。次々と伏線を立てていく。

と言うわけで、前回何事もなかったかのように復帰していた悠希の伏線の一部回収。
夢だけど、夢じゃなかった…………悠希くんはSANチェックに失敗したのだ、と言うわけでは無いので一応。
因みに今回のアクアンズの召喚方法ですが、適当に考えたオリ設定です。
ただこのオリ設定から解釈を当てはめた原作設定もあるので、この小説内では意外と重要な設定だったりします。

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