有栖とアリス   作:水代

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むしろ悠希と水族館、って感じのタイトルのほうがいいのではないだろうか?


有栖と水族館

 

 水槽の亀裂から水が噴出す。

 ざあざあ、と噴出す水があっという間に地面を濡らしていく。

 そしてそれに呼応するように。

 

 ぴし…………ぴしぴし…………ぱきん

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()・割()()()

 

 水族館内にいた全員のその現象に一瞬理解が追いつかず、シン、とした静寂が水族館内を包みこみ…………。

 直後、絶叫する。パニックに陥った客が何人も走りだしていく。

「悠希さん!!!」

 呆けていた自身の肩を誰かだ掴み、自身の名を呼ぶ。

 はっとなって振り返ると、詩織の手を引いて自身の傍に小夜がやってきていた。

「上に逃げましょう…………水位が上がってきています」

 その言葉にすでにくるぶしの辺りまで上がった水位にようやく気づき、さあっ、と青くなる。

 もしこのまま水位が腰の辺り…………否、膝の辺りまで来たら、かなり行動が制限されるだろう。

 水族館にいるかは知らないが、人を襲うような魚もいるかもしれない。水位が上がれば水槽から流れ出たそう言った魚に襲われる可能性もある。

 小夜の誘導に従い、上階を目指して走る。正直、足首までしか水位は無いが、かなり走り難い。

「なあ、小夜さん」

「はい?! 何ですか?」

「出口から逃げちゃダメなのか? 二階に上がっちまったら出れないだろ?」

 そんな自身の問いに小夜が首を振りながら答える。

「この水族館の入り口内側に開く扉ですよ? 水が重過ぎて開きませんよ」

 そう言われれば全く持ってその通りで、納得する。

 そうして走って近くの階段を見つけ…………絶句する。

「っ、これは…………」

「どうしましょう」

「これじゃ登れないよ」

 シャッターが降りていた。火災用の防火扉と言うのが正しいのだろうか…………。

 他にも二、三人ほど先に来ていた人がいて、その人たちがシャッターを叩いているが開きそうには無い。

「なんでシャッターが降りてる?!」

「あれ火災用の防火扉なのに…………誤作動? こんな時に?!」

「でも途中までは登れるし、ここでいいんじゃないかな?」

 詩織がそう提案すると小夜が何か考えている様子だったので俺も考えてみる。

 例え全ての水槽の水が流れでても精々一階フロアの半分を満たすほども無いだろうからここでも問題無い…………とは思うのだが。

「別の階段…………非常用の階段か何か探したほうが良いと思う」

 気づけば、そう口にしていた。

「どうして…………?」

 詩織が悲痛な表情で尋ねてくる。

「水の音が途切れない…………おかしいんだよ、とっくに水槽の水なんて全部抜けてるはずなのに、水位は上がり続けてる」

 ちらり、と床を見ればすでに膝の辺りまで水位が上がっている。

「なんで水位が止まらない? どこから水が出てきてるんだ? それは俺には分からないことだけど、もしこのまま止まらないのなら、この階段の高さを超えるのなら…………まだ歩けるうちにもっと高いところを探したほうが良いと思う」

「そんな…………ここまで上がってくるなんて有り得ないよ、ここにいようよ!?」

 こんな状況では冷静になれないのか、詩織が取り乱し叫ぶ。

 そう、有り得ないんだ…………いくら階段の途中までとは言えこんな高さまで水が上がってくるなんてこと、有り得ないはずなのだ。

 なのに、どうしてだろうか…………。

 

 この水位の上昇は止まらない、そう確信している自分がいる。

 

 けれどそれをどうやって伝えれば良い?

 自身一人だけで行けば二人はあそこに残るだろう。そうなればもし自分の予想が当たれば二人が危ない。

 かと言って自身が説得して今の詩織が頷くだろうか…………?

 こういう時に限ってなんでいないんだよ、有栖!!

 有栖がいれば全部任せられるのに、どうしてこういう時に限ってあいつはいないのか。

 本来悠希はリーダーシップを取るような人間ではないのだ。積極性はあっても人を惹きつけるようなものが無い。

 有栖の場合、いざと言う時は自分の意見に有無を言わせない強引さと、それでいてこいつについていけば全部何とかなるのではないか、と言う安心感がある。

 まあ、その辺があいつの魅力なんだろうな…………きっと詩織が惚れたのもその辺りなのだろう。

 有栖の半分程度でも自身にあの強引さがあれば、この状況も何とかなるかもしれないのに。

 だが無いものを考えても仕方がない。

 どうする? どうする? そう思考を巡らしていた…………その時。

 

 ぬるり、と水に沈んだ階段の底を這うように…………ソレが現れる。

 

 透き通った水その物の体が水から這い出て来る。

 

 赤く、鈍く光る目がこちらをジロリと睨み。

 

 シャー、と唸り声を上げる。

 

 先ほど水槽の中にいた…………未知の怪物。

「何だよこいつ………………」

 見たことも聞いたことも無いその姿に、詩織と小夜も目を見開き…………。

 

 ガアアアアアアアアアアアアアアアア

 

 その姿が一瞬で巨大化し、こちらに体を伸ばしてきて…………。

「なっ?!」

 咄嗟に詩織たちのほうに突進して、押し倒し…………直後。

 ばごっ、と言う音と共に。

「「うわああああぁぁぁぁ…………」」

 悲鳴が響き…………途切れる。

 恐怖に強張った表情でそちらを見て、背筋が凍る。

 そこにあったのは…………べこり、と大きく凹み、歪んでしまった防火シャッター。

 そして…………そこにべとり、とついた赤い赤い血液。

 佇む蛇の口元からは人の手足らしきものがはみ出しており…………それらが時折ぴくり、と痙攣する。

「あ…………ぁ…………あああ…………」

 恐怖で思考が凍りつく。死が自身の足元まで迫っている状況に、意識が飛びそうになる。

「うわあああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 半狂乱になりながら、それでも詩織と小夜の手を引き、駆け出す。

「「きゃあああああああああああああああああああ!!!?」」

 自身の引かれながら振り返り、それを見た二人が直後に悲鳴を上げる。

 膝の上辺りまで水位の上がった通路を精一杯走りながら少しでもあの怪物から逃げようと走る。

 けれど急げば急ぐほどに水が邪魔をし、焦りを呼ぶ。

 ガァァァァァァ、と遠くのほうで怪物の声が聞こえ、また恐怖に染まる思考を無理矢理振り払い、走る。

 後ろを振り向けば死ぬ。そんな焦燥に駆られ、一心不乱に逃げ続け、途中で何度も転びそうになりながら、それでも死力を振り絞って走り続け…………。

 

 腰辺りまで水位が上がるほどに逃げ続け、やがて一つの部屋に隠れる。

「はあ…………はあ…………」

「はっ……はっ……はっ」

「すーはー…………すーはー…………」

 立ち止まるのは危険だと分かっている。一箇所に隠れてもいずれ見つかるのも。

 だが、限界だった…………心も、体も。

「何だよ、何なんだよあれ…………」

 一息吐き、ようやくその言葉が出てくる。

「もうやだ…………帰りたいよう」

 崩れ落ちそうになりながらも腰まで張った水のせいで座れず詩織が泣きそうな表情で呟く。

「………………ごめんなさい、私が水族館に連れてきたばっかりにこんなこと」

 悲壮感溢れる表情で謝罪を繰り返す小夜。

 全員が全員この状況にどうしていいのか戸惑い、そして迫り来る死に恐怖していた。

 どうにかしないといけない、そうは思っていても一体どうすればいいのだこんな状況。

「そうだ…………電話、警察に電話すれば!」

 そう考え、思い出す。携帯はズボンのポケットの中。そして水位は腰の辺りまで。

「……………………くっそう!!」

 水に浸かり使い物にならなくなった携帯を投げ棄てる。残った二人に視線をやるが、二人とも首を振る。つまり連絡手段も絶たれた。

「助けて…………有栖」

 小さく呟いた詩織の言葉。思わずその言葉に心中で同意した。

 

 

 

「…………なんか変な気配しないか?」

 やることも無かったので、旅館にでも帰ろうか、と歩いている途中、ふと感じた奇妙な気配に振り返る。

 その微弱は気配に一瞬気のせいか? とも思ったが、継続して感じる気配にやはり気のせいではない、と集中する。

「………………………………あっち、か?」

 遠くに見える大きな建物。遠くて大雑把にしか見えないが、何の建物だろうか? とにかくその建物からこの気配はするらしい。

「……………………行ってみるか」

 正直、何かの手がかりが手に入るかもしれない、そんな些細な希望を込めて建物まで歩いていく。

 そして近づくごとに強くなるその気配に、目を見開く。

「………………おいおい、どうなってんだ?」

 感じた気配は、異界の気配。だがまだ完全ではない。今この瞬間に異界が出来つつある、つまりそう言うことだった。

「二つ目の異界? それとも俺の推測が間違っていた?」

 全ての情報を揃えたとは言わないが、重要そうな情報は揃えたはずだ。

 そこから推理して異界は海の中だ、と結論付けたはずなのに、それが間違っていた?

「いや、だいたいこんな街の傍にあるならいくらなんでもカラスの連中が見つけてるだろ?」

 やや外れにあるとは言え、まだ街の中と言える範囲だ。だとすればヤラガラスがすでに調査を終えている可能性は高い。なのにそこに異界が出来つつある…………つまり。

「また予想外かよ、糞ったれ!!」

 悪魔の行動を予測できるなんて思っているわけでも無いが、こうも不意打ちが多いと悪態の一つも吐きたくなる。

 走る。こうなっては一刻の猶予も無い。

 あの建物が何なのかは知らないが、こんな真昼間の街中だ。人が巻き込まれている可能性は捨てきれない。

「っち…………取り合えず連絡しとくか」

 ショッピングモールのほうにいたはずだから、あの二人があんな街から外れた場所に行くとも思えないが、一応忠告しておくことにする。

 そう考え、携帯を鳴らし………………繋がらない。

「……………………おい、嘘だろ」

 電源が切れている。そう返してくる携帯に手が震える。

「なら詩織なら」

 悠希には繋がらなかったので、詩織のほうに…………詩織ならショッピングモールに出る前に携帯を弄っていたので電源は点いてるはず…………。

 

 電源が切れています。

 

「…………………………………………」

 まさか、とも思う。ショッピングモールで有栖が別行動を取ったのが一時間半ほど前。あのショッピングモールからここまで三十分。一時間の間に何がしかの事情であの場所に行くことは十分過ぎるほどに可能で…………。

 けれどあの建物に行く理由があの二人にあるのだろうか?

「くそ!! 考えても仕方ねえ…………」

 少しでも急ぐ。それが今できる最善だった。

 

 

 

 この水族館は狭い、だが広い。

 水族館としては狭く、水槽の数も大きな水族館と比べれば格段に少ない。

 だが水槽を置くスペースに、資材を置くスペース、職員のためのスペースにそれらを繋ぐ通路など、普通に建物としては十二分に広い。

 そのお陰と言うべきなのか、廊下を見渡す限りでは蛇の姿は確認できない。

「…………よし、行こうぜ」

 そろりそろり、とゆっくりと移動を始める。

 遠くに見える緑色の光、非常階段の位置を知らせるそれを睨みながら、音を立てないように、怪物に見つからないようにゆっくりと歩く。

 あと少し、あと少し、と歩き…………もうそこまで階段が見えてくる。

 階段を上がれば二階だ…………少なくとも水位の問題は解決する。あの蛇も一階をうろついているようだし、恐らく安全だろう。

 そうして、非常階段の手すりに手をかけ、思わず気が緩んだ、その瞬間。

 

 にゅる、と足に何かが絡みつく。

 

「…………え?」

 

 瞬間、足に走る強烈な痛み。

 直後、凄まじい力で引かれそうになり、咄嗟に手すりにかけた手に力を込める。

「…………っ!!!」

 視線をやると、自身の右足咥えた蛇の姿。その姿はさきほどよりもやや小さく、ちょうど水の中に隠れるほど…………だが十分大き過ぎる。人一人を丸呑みできるほどの巨大さだ。

「詩織!!! 小夜さん、早く上へ!」

 咄嗟にそう叫ぶと二人が駆け上がり…………その途中で詩織が立ち止まり、こちらを向く。

 あのバカ! この状況で迷うな!

 そう言いたいが、蛇の引き寄せる力に抵抗するのに精一杯で声が出ない。

「悠希………………」

 どうすべきか、そう悩んだ様子の詩織に叫ぶ。

「二階へ走れ! 俺のことはいいから!」

 だが詩織に気を取られた一瞬の隙に、蛇が引き寄せる力がぐん、と強くなり思わず手が放れ…………。

 

「悠希いいいいいいいいいいい!!!」

 

 詩織の声が聞きながら…………水中へと引きずり込まれ、そのまま、意識を閉ざした。

 

 




本編とはあんまり関係ない話だけど、メガテンの主人公って高校生くらいの少年なこと多いけど、だいたいクラスメートと一緒に巻き込まれて、けどクラスメートって死ぬよね。
まあ本編とは関係ないけど、全然関係ない話だけどね。

昨日久々に投稿したけど、感想無くてちょっと寂しい。

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